第17話:ニア・ザ・ベッド
情報収集などという名目で、結局のところ、観光になってしまった。
獣国の首都をうろうろして、食べ歩きしたり、民族衣装を着てみたり、露店の小物を眺めたり。
スマホがあればインスタにでもあげたいところだが、そんなものはないので、この景色は胸の内にしまっておこう。
「あぁ、楽しかった」
宿に入ると、ソマリは、そのままベッドに腰をかけた。
「遊びにきたんじゃないんだけどな」
「いいじゃん。作戦決行は明日なんだろ。それまでは自由だし」
「自由は言い過ぎだが、まぁいいか」
買ってきた荷物をおいて、俺はソファに座った。女というのはどの世界でも同じらしく、買い物すると止まらないようだ。
そして男は荷物持ち。
万有引力なんかよりも、よっぽど法則染みているなと俺はため息をついた。
「わりといい部屋だな」
「ほんとだよ。遠征っていったら、屋根があればいい方だっていうのに」
「エドガー戦線は過酷だったよな。土は固いし、横になれないし、銃撃音のせいでよく眠れないし、雨は降ってきて寒し」
「よく生きてたよな。クロ隊長は悪運がつよいって、みんな褒めてたぜ」
「そりゃどうも」
運がいいとすれば、別の理由だと思うが、それをソマリが知る必要はない。それに、俺の評価があがるのは歓迎だ。
「さぁ、さっさと寝よう。明日は大仕事だぞ」
「えー、まだいいじゃん。カードか何かで遊ぼうぜ」
「修学旅行か」
「しゅうがく? 何だ、それ?」
それこそソマリは知らなくていいこと。さらにいえば、俺にとっても、もうどうでもいい。元の世界に戻れる算段はないしな。
修学旅行か。
クラスメイトと殺し合っている今となっては、想像もできないけれども。
学校に通っていたのは10か月ほど前。だというのに、ずいぶんと昔のことのように思える。まぁ、実際に昔か。
「勘弁してくれ。俺はもう疲れた」
「ぶぅ。だらしねぇな。ふわぁぁ。まぁ、確かに、ちょっと眠くはあるな。うん」
「すげぇ、でかい欠伸してんじゃん」
ソマリは、ぐっと身体を伸ばしてから、靴を脱いで放り、ブレスレットを外して、髪をくくり直した。
「なぁ、クロ隊長。身体を拭きたいから、あっち向いていてくれよ」
「ん? あぁ」
戦場だと、顔を拭うくらいで、身体を洗ったりはできないが、今回は旅行みたいな状態だから、そのくらいの余裕はある。
俺が背を向けると、後ろで衣擦れの音が聞こえてきた。
今思えば、女の子と二人きりなんだよな。
一つの部屋に女子と二人きり。いや、ルミとならば、そういったこともあった。でも、あいつは幼馴染で、女子ってかんじじゃない。
戦場でならば、何度もソマリと夜を共にしているが、こんな平穏なところで、となると急に緊張してくる。
防衛上の理由で、部屋を同じにしたのだが、分けた方がよかったかもしれない。
なんというか精神衛生的に。
「俺、外出てようか?」
「いや、いいよ。一応、背中向けているし。あ、だからって、こっち見ていいわけじゃないからな!」
「見ないよ」
はぁ。
なんか調子狂うな。
ソマリとは、女ということを無視してきたから、これまで円滑な関係を築けてきたのに、こうして、意識してしまうと、今後、今まで通りやっていけるか心配だ。
俺が、なるべく無心でいようと心掛けていると、ソマリの方から声をかけてきた。
「あ、あのさ」
「何だよ」
「別に、大したことじゃないんだけど、その、ベッド、がさ、一つしかないんだけど」
「……」
何? その聞き方?
いや、確かにベッドは一つしかないけどさ、むしろ、作戦中の寝床にベッドが一つあるだけでも、喜ぶべきなんじゃない? いや、そういう考えは、俺もこの世界にだいぶ毒されているなとは思うけど。
いつもなら、ベッドはあたしが使うから! って主張してくれるじゃん!
そうしてくれれば、俺も、仕方ねぇな、って譲ってあげられるのに、そんなもじもじ来られたら、こっちも答えに窮するんだけど!
何?
もしかして、疑われてる?
俺が、隊長職の地位を利用して、夜にソマリを襲うとか疑われているの?
何それ? 何てAV?
だとしたら、ものすごい心外なんだけど。俺は、そんなパワハラとセクハラのダブルパンチみたいなことをする上司じゃない。コンプライアンスはちゃんと守るタイプだ。いや、軍にコンプライアンスなんてないけど。
そうだ、ここは異世界だ。
むしろ、ソマリの考えの方が普通なのか?
俺は、冷静に整理してみた。
隊長が、部下の女を2人きりで作戦に連れて行き、ベッドが一つしかない部屋に一泊させる。
……あ、これ、事案だわ。
異世界とかそういうの関係なしに、普通に、コンプラ違反だったわ。いや、コンプラないんだけど。
つまり、何?
俺は、ソマリを襲っちゃってもいいってこと?
……。
いやいやいやいや違う違う!
むしろ逆! 襲っちゃだめだって!
俺の配慮のなさで、ソマリが襲われるんじゃないかと不安になっていることが問題なのだ。みんなやっているからって、俺もやっていいわけじゃない。
ここは、エロい雰囲気をつくらず、できるだけ紳士的に振る舞うのがベスト!
「ベッドは、ソマリが使えよ。俺はソファでいい」
よし。
完璧な返し。
よくぞ、自制した俺の理性。
俺が、自らの胸の内で、紳士レベルがあがる音を聞いて、悦に入っていると、ソマリが、ぼそりと返答した。
「あたしは、別に、ベッドで、一緒に寝ても、いいけど」
……え?




