第16話:ランチ
「意外と、人間が多いのな」
獣国に、荷物と一緒に密入国してから、俺達は探索という名目で、首都をぶらぶらと歩いていた。
というのは先ほどまでの話で、ソマリが腹が減ったとごねにごねて、現在、オープンテラスで遅めのランチをとっていた。
「そうだな。この国は、帝国に追いやられてやってきた獣人と原住民によって建国されたらしい。人間と獣人の確執もあったらしいが、宗教が同じだし、帝国の脅威を理由にまとまったってところか。まぁ、俺も文献を読みかじっただけだが」
「クロ隊長って、そういうどうでもいいこと調べるの好きだよな」
「歴史が好きなだけだよ。歴史っていうか、背景かな。上っ面だけ演じても、どこか薄っぺらくなっちゃうんだよ。やっぱり、どうしてそうなったのか、どういう人生を送ってきたのかを知らないと」
「何の話だ?」
コスプレの話。
設定資料集とか読むの好きだったんだよな。
「つまり、今回は潜入任務なんだから、その国の歴史を知らないと、国の雰囲気に溶け込めないって話だよ」
「ふーん、そんなもんか。あ! その肉餃子、あたしのなのに!」
「どこに名前書いてあるんだよ」
「むぅ! じゃ、この魚っぽいやつはあたしのだから!」
「その魚、すげぇ臭いぞ」
「え? ふんふん、うわっ! くっさ! 何これ、腐っているじゃん!」
「そういう食い物なんだ。俺のいた世界にも似たような料理が、おい、こっちに寄せるな!」
「これ、クロ隊長って、名前書いてあったから」
「どこにだよ! やめろ、ぐちゃぐちゃにするな。名前を書くな!」
フォークで魚料理を串刺しにするソマリの頭を叩いてやめさせて、俺はため息をついた。
「まぁ、気負ってがちがちになられるよりはいいが、もう少し緊張感をもってほしいな」
「無茶言うなよ。あたしの性格知ってんだろ」
「あぁ、ガサツで短気。隠密作戦には、まったく向かない」
「あはは、よくわかってんじゃん。だったら、うまくいくよ。いつも通りだろ。クロ隊長が考えて、あたしが実行する。それで終いだ」
「そうであってほしいね」
まぁ、うまくいくような作戦を考えて、うまくいくようにお膳立てはしてあるんだけど。
「で、あたし達は、獣国のお偉いさんのケツに落書きしてくればいいんだっけ?」
「何だ、その質のわるい嫌がらせは」
悪戯を覚えたての小学生か。
「逆だ。逆。いや、何が逆なのかわからんが、貢物を渡しに行くんだ」
「あぁ、そうだった。獣国と同盟を結ぶ日が来るなんてな。よく、王様が許したよ」
「いや、勘違いしているようだが、獣国と同盟を組むわけじゃない。あくまで、王国が同盟を組むのは帝国だ」
「ん?」
ぽかんとした顔をして、ソーセージを頬張るソマリに、俺は簡単に説明する。
「ソマリの想像通り、王国が獣国と同盟を組むのは不可能だ。王国の獣国への差別意識は根深過ぎる。特に、王がひどい。はっきり言って、話にならない」
「じゃ、今、私たちは何をしているんだよ」
「俺がソマリに求婚するとするだろ」
「ふぇ!?」
ソマリが腑抜けた声を出した。やはり、からかいがいのある奴だ。
「いきなり何を言い出すんだよ!?」
「だが、ソマリは答えを渋る。俺と結婚しても将来が不安だとか、他に気になる男がいるとか」
「いや、別に、そんな奴はいねぇけど、その、急には、ちょっと」
「だが、その一方で、俺が別の女にプレゼントを送っていた」
「は?」
「ソマリがそっけない態度をとり続けたせいで、他の女になびいたのかもしれない」
「ちょっとやそっと断られたくらいで諦めるんじゃねぇよ! 男ならもっとだな!」
「そう。そっけない態度をとってはいたものの、他の女にとられると思うと急に惜しくなるものだ。そうすれば、次の求婚は成功しやすくなる」
俺のたとえ話に、ソマリは混乱していた。わかりやすくするために、例えたのに、あまりよくなかったようだ。
「同盟も同じだよ。帝国との同盟がうまくいっていない。そこで、王国が獣国に貢物を送ったらどうなる? 帝国は、王国と獣国が同盟を組むと思うだろ。そうすれば、帝国は焦って、王国との同盟に積極的になるって話だよ」
「え? 結婚の話は?」
「それはたとえ話だ。おまえ、俺の話を聞いていたのか?」
「別の女は?」
「今は女のことなんて考えている暇はないよ」
理不尽な戦争ゲームに巻き込まれて、女とのいちゃこらを考えている暇があるなら教えてほしい。
「つまり、帝国を焚きつけるための工作活動だよ。やることは単純だが、危険なのは間違いない。くれぐれも軽率な行動は慎めよ」
俺は、いささか説教染みたもの言いで言ってから、発酵した魚料理を口にした。臭いはきついが、味が深く、なかなかに美味であった。一方で、ソマリはフォークを握り込んだまま、なぜか呆けていた。
「結婚かぁ」




