第15話:荷馬車
馬車の荷台は、激しく揺れる。
それは、馬車の造りの問題もあるのだが、そもそも道が舗装されていないため、小さな石ころで、すぐに跳ねるのだ。
初めは俺も耐えられなかったが、慣れとはすごいもので、今では、かるく眠ることもできる。
「獣国は、王国の北東に位置していて、直接、国境を接していない。ただ、帝国の隣国であり、帝国の敵だ。だから、俺達との同盟も十分ありうる」
今日は、天気がよかった。
こうやって、日蔭にいることがもったいないくらいに、心地のいい日差しが降りていて、草原が緩やかな風に揺れている。
「ちょうど、魔国と帝国の関係に近いな。実際に国と国の同盟としては、隣国よりも少し離れたところの国の間で行われることが多い。やはり、地理的に近い国では、裏切りのリスクを消しきれないらしい」
俺が、ぽつぽつと、今回の任務の説明をしていると、向かいに座るソマリは、つまらなそうに大きな欠伸をした。
「そんなたいそうな話は、あたしにはわかんねぇよ。あたしが、今知りたいのは、どうしてあたしがクロ隊長と二人っきりで、獣国にお出かけしなきゃなんねぇのかってことだよ」
「その説明をしていたんだが」
「もっとわかりやすく言ってくれよ」
そこで、ソマリは何かに気づいたように、ハッと身体を手で覆った。
「まさか、あたしの身体目当て?」
「……ふっ」
「あ! 笑うことないだろ! 自分で言うのもなんだけど、けっこういい身体してんだぞ!」
「はいはい」
「流すな!」
ぬぅ、と拳を握るソマリを、どうどうと諫めて、それから、俺は話を続けた。
「えっと、どこまで話したっけ?」
「クロ隊長が、あたしをエロい目で見てごめんなさいって話だろ」
「ソマリを連れてきた理由だったな」
「……、ふん!」
「痛っ! わるかったから、物を投げるな」
「……で、何でなんだよ」
「そんなの決まっているだろ。ソマリ以外、全員断ったからだ」
「えー」
獣国。
その名の通り、獣人が多く住まう国だ。二足歩行だが、耳や角、尻尾があり、獣然としている。ちゃんと言葉も通じるが、獣のように気性が荒いといわれていた。
獣ということで、その身体能力は高い。ともすれば、人間など簡単に制圧してしまいそうで、昔、そういう時代もあったらしい。
しかし、現代の覇者は人間である。
それは、ひとえに魔法適正の問題だ。
人間は魔法適正が高く、獣人は低かった。魔法を使いこなす人間に、獣人は歯が立たず、征服され、弾圧され、虐げられた。
彼らが、人間から逃げて追いやられた先にできた国、それが獣国とのことである。
さらに宗教的な対立もあり、人間だけでなく王国に住む獣人まで、獣国の住人に対して、凄まじい差別意識を持っていた。
獣人の国に行くなんて、まっぴらごめんだ。
今回の作戦での同行者を探していたところ、すべての者に、そう言って断られた。
「割高な仕事があるけどやるか、と聞いて、即答したソマリ以外は、全滅だ」
「そうだ! あたし、そのとき、作戦の内容聞いてない!」
「聞く前に、どっか行っちまったんだろ。自業自得だ」
「ぬぉぉ! ぬかった! 金に目がくらんで、乙女の貞操の危機だよ!」
「うっせぇ、誰が乙女だ。まぁ、そもそも少数で行くつもりだったから、ソマリだけなのは構わないし、適任といえば適任なんだよ」
だって、と俺は告げる。
「おまえ、獣人だもん」
騒いでいたソマリは、一瞬、殺気を発して、それから、また、つまらなそうに目を逸らした。
「何だかんだ理屈をつけてたけど、あたしは連れていくつもりだったわけか」
「いや、金を積めばついてくると思っていた」
「金かよ! まぁ、そうだけど!」
はぁ、とソマリはため息をつく。
「クロ隊長には感謝しているんだよ。獣人のあたし達なんかを使ってくれているんだから。他のところじゃ、働けたもんじゃねぇからな」
「知らなかっただけだよ。生れたときから王国にいたら、きっと同じように差別していた。だから、特別できた人間ってわけじゃない」
「そうだな。どっちかというとダメな方だよな。なよっとしているし。あたしはもっとがしっとしている方が好みだ」
「何の話だ」
差別は、歴史と文化に根ざすもの。
それを知らない俺には、とうてい理解できるものではない。ただ、その根深さは元の世界でも同じで、深くて陰湿で底なし沼だと知っている。
だから、わだかまりはなるべく早く解消しておこうと、俺は踏み込んで聞いた。
「不服か? 俺が、獣人だということを理由に、おまえを作戦に加えたことが」
「んー、別に。そこは、なんていうか、もう折り合いがついてるっていうか、実際にそうだし。ただ、クロ隊長は、あたしなんかより賢いんだから、もっとうまく誘ってほしかったなとは思うよ」
「人には、ずけずけ言うくせに、贅沢な奴だ」
「あたしはいいんだよ。バカだから」
あはは、と笑ってから、ちょっと目を逸らして、口をもぞもぞとさせた。
「こういうときはさ、その、いちばん頼りになるとか、そういうことを言ってくれた方が、うれしいっていうか、期待してたっていうか」
言ってから、ソマリは頬をかいて、目をすっかり泳がせてから、顔を真っ赤にした。
「いや、今のなし! なしだから! 何言ってんだ、あたし。あー、びっくりした!」
慌てて、手を振って、ソマリは窓の外に顔を向けてしまった。
いつもはガサツな奴であるが、その縮こまった背中は、年相応の少女のようで、こんなしおらしい態度もできるのかと、なんとなくおかしくなった。
だから、別にいじわるするわけじゃないけれど、俺はソマリの背中に声をかけた。
「じゃ、頼りにするぞ、ソマリ」
すると、ソマリは、こくりと小さく頷いてから、バカ、と呟いた。




