第12話:あの頃
「おかえりなさい、クロ! 怪我はない?」
「ただいま、ルミ。大した怪我はないよ」
俺達、異世界からの来訪者は、『英雄』と呼ばれ、王国から好待遇を受けていた。驚くほどすぐに受け入れられて不思議だったのだけど、どうやら、女神が神託か何かで手回ししてあったらしい。
この巨大な屋敷も好待遇の一環で、英雄一同の住まいとして、与えられていた。
出迎えたルミは、ひどく心配そうな顔を俺に見せた。彼女は、こちらの世界に来て、かなり精神が不安定になっていた。
そりゃそうだろ。
ただの高校生が、異世界に来て、チートスキルを活用して戦争するというのだから、まともな精神では保たない。
俺も、この生活に慣れていることに驚いてる。もしかすると、チートスキルを得た際に、いくらか精神耐性の補助があったのかもしれない。
それでも耐えられないものは耐えられない。ルミは、できるだけ戦場に出向かないように努めていたし、俺も気遣っていた。
ただ、彼女のチートスキルは、とても有用で、他の者は戦場に引っ張り出したがっているのだが。
「ルミはどうだった? 何かあったか?」
「うん。危ないことはなかったよ。カスミちゃんとお買い物行ったり、料理作ったりしてた」
「そうか。それは何よりだな」
「お裁縫も挑戦したんだけどね、あんまりうまくできなかった」
「不器用は異世界に来ても治らないんだな」
「あ、ひどーい。自分は得意だからって」
あはは、と俺とルミは笑った。
だいぶ落ち着いてきたみたいで、こうやって笑っていると、昔みたいだなとちょとだけ懐かしくなった。
でも、あの頃とは違うんだよな。
「おい、出入口でいちゃついてんじゃねぇよ」
背後から聞こえてきたのは、よく知った声。この笑いの中にいつもあったはずなのに、今ではやけに遠くに聞こえる。
「アキト……、あの、お帰り」
「あぁ」
アキトは、すたすたと屋敷の中に入っていき、俺の方を一瞥すると、ふんと鼻を鳴らした。
「大した成果もあげてないくせに、女にちやほやされて、いいご身分だな」
「別にちやほやされてない。こんなやりとり普通だろ」
「そうやって話せているのも俺のおかげだろ。俺のおかげで今生きているんだから」
「そういう作戦だったんだ。危なかったのは、おまえが遅かったからだろ」
「へ、人のせいかよ。情けねぇ」
「諭してやってんだよ。自分の責任をちゃんと理解しろってな」
「何だよ、喧嘩売ってんのか?」
「どう聞いたらそんな話になるんだ。そもそもそっちがつっかかってきたんだろ」
「はっ、喧嘩をふっかける勇気もねぇのかよ。そりゃ、できねぇわな。そんなゴミスキルじゃ」
「それはおまえが!」
「何だよ!」
「もうやめて!」
叫んだのは、ルミだった。
「私の前で喧嘩しないで!」
そう言って、ルミは泣き始めてしまった。その様子を見て、俺とアキトは、しまったと黙り込む。
ルミの前では、おとなしくする。それが、俺とアキトの間で無言で交わされたルールだった。
それともう一つ。
これは、言葉にして交わされたルール。
王国で、勝利を目指すこと。
この世界に転移された、あの日の夜。俺は、すぐさま王国チームを抜けようとした。
その理由は、想像に難くないだろう。俺を裏切った男と同じチームにはいられない。他のチームに入れなくても、少なくとも王国チームにはいられないと。
当たり前だ。
しかし、俺は、今でも王国に所属している。その理由は、アキトにチームを抜けることを制されたから。
『おまえが抜けたらルミがどうなっても知らないぞ』
あの一言を聞いた瞬間に、俺は王国チームから抜けることを諦め、そして、アキトという男に一生心を許すことはないと決めた。
ケッと吐き捨てて、アキトは屋敷の奥に消えていった。俺は、その背中を一瞥してから、ルミを介抱した。
「また、前みたいに、みんなで仲良く、できない、のかな」
きっと、いつか。
そんな希望の言葉を口にしようとして、俺は口を閉ざした。今だけの気休めの言葉だったとしても、どうしても、俺には口にできなった。




