矛盾a2
【創作と矛盾について】第2回(全4回)
「矛盾」についてですね。う~ん。 まず最初に確認しておくと、現実の社会は矛盾で満ちています。矛盾だらけ。ひょっとすると、何から何まで、すべてが矛盾しているといってもいい。現実社会を作る人間というものが、矛盾した生き物、矛盾した存在だからです。
小説や漫画などを創作するときに、現実社会を描写しようとすると、現実社会は矛盾しているので、必ず絶対に矛盾します。なので、設定などでリアリティーを気にしすぎて、本当らしさを追求すればするほど矛盾し破綻します。それか身動きがとれなくなり、何も書けなくなってしまいます。
私たちが小説や漫画に求めるものは、つまらない現実社会ではなく、面白い非現実的な世界なのです。小説や漫画に限らず、映画・テレビドラマ、コンピューターゲーム、囲碁・将棋、それと娯楽としてスポーツを見る場合も、同様に面白い非現実的な世界を求めているといっていいでしょう。
では面白い非現実的な世界を、どうやって作るかなんですが、無から有を作るように、ある日突然、何もないところに面白い世界ができるものではありません。非現実的な世界といっても、やはり人間が登場し参加します。また単独で独立して存在できるわけでなく、現実社会をベースにしていますし、現実社会に身を置いています。
めざす非現実的な世界は、現実社会と同様にいろいろな矛盾を抱え、つまらなくなりがちです。なので、非現実的な世界を作るには、現実社会から様々な要素を排除しなければなりません。
ところで、この排除と逆の行為は、持ち込むことです。たとえば野球では、国家間の対立関係を持ち込んで、勝ったからとピッチャーマウンドに自国の国旗を立てる。野球と国家間の対立は関係ないと思うのですが、持ち込む。すると、せっかくの野球の試合なのに、白け、つまらなくなってしまいますね。
面白い非現実的な世界を作るには、つまらない現実社会から、色々なものを排除しなければなりません。では、何を残し何を排除するかです。もっと突きつめて言うと、何かを残す、その残した「何か」が、非現実的な世界の基準になります。なので、その「何か」にとって都合が悪いことを排除していきます。
小説や漫画ではストーリーが基準です。野球やサッカーではボールの動き、囲碁は石の配置、将棋は駒の動きが基準になります。現実社会というものは複雑ですし、たくさんの矛盾が絡みあっています。それらを排除していって、たったひとつの基準となるものを残し、単純化して、面白い世界を作る。
ここで、ちょっと「対決」で整理してみましょうか。
現実社会で人間同士が対決する場合は、対決に至るまで様々な経緯があり、時間が長々とかかります。ピッと戦い開始の方が面白いですね。現実では、対決を回避したり、負けそうになった方を助けます。対決を見物したいと思っている人にとっては、「ちっ、余計なことをするなよ」と思います。
現実社会の対決から、うざったい余計なことを取り除いていって、いきなり対決、とことん決着がつくまで対決させる。その対決を見て楽しむのが娯楽であり、面白い非現実的な世界なんです。そのひとつの基準とは、たくさんある「矛盾」のうちの、たった1個の「矛盾」なんでしょうね。つまり「矛盾」に出てくる矛と楯を無理矢理に戦わせて面白がるようなものなんでしょう。
じゃあ、小説や漫画はというと、基準はストーリーです。ストーリーの進行に邪魔になるものは排除していって、ストーリーにとって必要なリアリティー(現実味)だけを残します。
で、そのストーリーで何をさせるかというと、まあ緩くではあるけれど、人間同士を戦わせるのですね。つまり矛盾や葛藤をさせる。矛盾や葛藤しやすくするように、お膳立てをしてあげるのですね。 長くなってしまいました。今回は、ここまでです。
<本文 終>
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[娯楽と矛盾]
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(^_^)[作者]
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娯楽番組で、矛盾を扱っていたことがあって、娯楽と矛盾についてが、ゴッチャになってしまう。
矛盾なんて娯楽になるのか?
う~ん
●どうでもいい矛盾は、娯楽
●真面目な矛盾は、ドラマ
……と、しよう。
ところで「名探偵コナン」は、完全犯罪の矛盾を暴くという深刻な内容なのだが、娯楽作品である。
いいのだよ。犯人は、どうでもいい登場人物なんだからww
<終>
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[背景の矛盾]
背景を考えると頭が痛くなる。まあ、適当なんだろうね。
隣近所の方が難しくて、もう二度と行かない旅行先の方が簡単だったりする。
もう行くことがないのだから、矛盾しようがない。
<終>
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【終】