7. 飛行少女と月の夜
地面に倒れて動かない娘の姿を見て、ケインは走りながら剣を抜きはなつ。
邪魔だとばかりに鞘を放り捨て駆けていく。
竜は横たわる少女の前に立ちはだかるケインを邪魔だとばかりに鼻息によって吹き飛ばす。
地面を転がる痛みに耐えながら、ケインはその手にもった剣をつき立てて踏ん張る。
再び駆け出し、リズの元へと急ぐ。
差し出される竜の前足。リズの上に巨大な影を落とす。
「やめろ!」
ケインは娘をかばうようにその身を投げ出した。
小さな体に覆いかぶさり、やがてくるであろう衝撃に耐えようと目をつぶる。
しかし、ケインの頭上の影が動くことはなかった。
恐る恐る上を見上げたケインの目にはキラキラと光る細かい破片が映った。
それは、巣の中で初めてリズと出会ったとき、彼女が手にしていたものと同一のものであった。
暗闇の中、リズとケインの周りだけが切り取られたように明りに囲まれていた。
ケインは、体の下でわずかに身じろぎする気配に気づく。
「お父さん、重いよ…」
「リズ! リズ! よかった、ほんとうによかった……」
ケインはリズを胸に掻き抱くが、今度は「苦しい」という声が聞こえて腕の力を緩めた。
しかし、ふいにその体が浮き上がる。
「お、おい、なにするんだ!」
「お父さん、だいじょうぶ!?」
ケインの体が竜の前足でつままれ、じたばたと空中でもがく。
竜が翼をひろげ羽ばたかせ、あたりに風がふきあれる。落とさないようにと、ケインは胸の中にリズをぎゅっと抱きかかえた。
浮遊感の後、二人の視界は山の上空にあった。
「うおーーーー! 空飛んでるぞーーー!」
「うわあ、おとーさーん、すごーく高いよ! あんなに町が小さく見える!」
激しい風切り音に負けないようにリズは大声を上げ、眼下に広がる光景に目を輝かせる。
町の上空で旋回した竜は、門の手前に降り立つ。
解放された二人は地面に足をつけると、さきほどまでの浮遊感との落差に足をよろめかせた。
ケインがリズの肩を抑えて支えているところに、突風が吹き荒れてリズの髪を揺らす。
見上げると、はちみつ色の月に浮かび上がる竜の姿。
「竜さん、ありがとねー!」
竜に向かってリズが大きく手を振り続け、その姿が星々のまたたきの中に消えていった。
「さて、帰るか」
「うんっ!」
手をつないだ二人が家の前にきたところで、人影を発見する。
「マリー? なにやってんだ、こんな夜更けに」
「あの竜が町の近くまで飛んできたのを見てね。いつもあの竜は、巣穴にきたやつらを町の前まで送り返すからね。もしかしたと思ってきてみたら……、はぁ、あんまり心配させないでよ」
疲れた顔を見せるマリーに、自分がした迷惑を理解したリズはしゅんと顔をうつむかせる。
「……ごめんなさい」
「これからは一人で勝手にいったりしないこと。いいね?」
涙目でうなずくリズをマリーは優しく抱きしめる。その胸の中でリズはなつかしい温もりを感じていた。