4. 弱虫リズ
約束通り、リズが酒場にケインの給金を受け取りにいったときだった。
「結局あいつ行かなかったな。竜の巣穴どころか山のふもとにすらきやがらねえよ」
「ははっ、どっちが腰抜けだってんだよ。この町から出て行く前にいい笑い話が仕入れられただけよかったかもな」
昼間から酒を飲みながら笑い声を上げていたのは、ケインに殴り飛ばされた3人の男たちであった。
リズはぎゅっと手を握りながら、その声を聞かないようにしていた。
うつむくリズにマリーが優しく頭をなでる。
「町での噂もひでえもんだったぜ。周りに迷惑ばっかりかけてて、飲んだくれてばかりだってな」
「娘が一人いるらしいが、そいつもかわいそうだな。あんなのが親父だなんて」
「ちがうもん!」
「あ゛?」
「かわいそうなんかじゃない! お父さんは優しくて強いんだから!」
唐突に見知らぬ少女から声をかけられ戸惑う3人だったが、すぐにその口元が歪められる。
「へー、おまえがあいつの娘なんか。けっこうかわいいじゃないか、よかったなあ、あんなろくでなしに似なくて」
「お父さんは、わたしのお父さんだもん……」
「あーあ、泣いちゃったよ。腰抜けの娘は弱虫ってことだな」
少女の怒りには取り合わず3人の男たちは馬鹿にする笑いを浮かべている。
そこに、マリーが腕を組みながらリズをかばうように前にたった。
「あんたら竜を相手に逃げてきたのに、小さい女の子相手だとずいぶん強気だね。今度からは女の子を泣かせるのが得意だって自慢したらどうだい?」
冷や水のような声にバツの悪そうな顔をしたあと、リズの泣き顔を見る。
「ちっ、さっさといくぞ」
男たちが去ったあともリズはしゃくりあげ、泣き止もうとするが意志に反して涙は流れ続けた。
「リズ、大丈夫かい?」
「……わたしは……お父さんの子だから弱くなんてない。だからこれは泣いてなんかないの」
「偉いね、あんたは」
マリーはそっとリズを抱き寄せて、落ち着くまで優しく背中をなで続けた。
やがて、夜になりケインがやってくると、怒り顔のマリーにたじろぐ。
「な、なんだよ。オレがなんかしたのかよう」
「いろいろ言いたいことはあるけれど、あんたはもう少しリズのことを見てやりなさい」
ケインが連れて行かれた先は酒場の奥にあるマリーの私室であった。
ベッドの上には、まぶたを赤く腫らしたリズが寝息を立てていた。
「り、リズ!? どうしたんだ、誰かにいじめられたのか!」
「うるさいよ! いいから、リズちゃんを連れてさっさと家に帰りなさい!」
マリーに蹴飛ばされれケインはリズをおぶって家に帰っていった。
「なんだってんだ、まったく」
夜の町を歩きながらケインが愚痴をこぼしていると、リズが目をさました。
「……お父さん?」
「お、目を覚ましたか。泣き跡で顔がひでえぞ。何かあったのか? いじめられたならオレに言え、そいつをぶっ飛ばしてきてやるからよ」
「ち、ちがう。泣いてなんかない」
「そんなこといってもよお……」
「いい、自分で歩くから!」
背中で暴れだしたリズの足から手を離すと、リズは顔を見せないように家へと走っていった。
「なんなんだよ……。マリーもリズも、女はわっかんねえな」
朝、いつものようにケインより先に起きたリズは、足音をたてないようにケインのベッドに近づく。
ベッドの脇に立てかけられた剣の柄に手をのばす。
その手にかかるずしりとした重さに驚きながらも、しっかりと持ち直した。
「……いってきます」
リズは静かな声でそれだけを口にして出て行った。