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3. ほら吹きケイン

 夜、ケインがいつものように威圧するように酒場の隅に陣取っていると、店に鎧姿の男たちが入ってきた。

 丸テーブルを囲んだ男たちは暗い顔をしながら、酒をあおるようにして飲み干していく。


「くっそ、あんなん勝てっこないだろ」


「俺たち人間が、倒せる相手なんかじゃなかったんだ。竜ってやつは……」


「でも、まあ、命が助かっただけもうけものだろう。今度はもう少し安全な相手をさがそう」


「そうだな、生き延びたことに乾杯だ」


 悪態をつきながらお互いの傷をなめあうように慰めあっていた。

 そんな男たちを見ながらケインは口元をへの字に曲げながら苦々しい表情をとっていた。


「……ケッ、負け犬どもが」


 ぽつりとつぶやいた言葉だったが、それは男たちの耳に確かに届いた。


「おい、今いったのはあんたか」


「なんだよ、聞こえたのか? まあ、聞こえるようにいったんだけどな」


 小馬鹿にした物言いに男たちが剣呑な気配を漂わせ、マリーが割ってはいる。


「ケインやめなさい。すいませんね、こいつバカなもので。お詫びにお酒一杯ただにしときますから」


「……ふん、まあここは美人の店主に免じて許してやろう」


「オレはまだ……いってて、おい足」


「おだまり」


 なおも食って掛かろうとするケインのつまさきをぐりぐりと踏み潰しながら、マリーがとりなしなんとか場が納まる。


「そういえば、この町に竜退治の英雄がいるらしいって聞いたな」


「へえ、そりゃすごい」


「それがよぉ、ただのホラ話で毎日その話をしながら酒をのんで管巻いてるだけだってのが本当のことらしいぜ」


「なんだそりゃ、バカ丸出しじゃねえか。そんなことオレだったら恥ずかしくてできねえよ」


 笑い声をあげる男たちにケインが顔を赤くしながら近づく。


「そいつならオレも知ってるぜ」


「へえ、知り合いかい。どんなやつなんだ」


「ケインってやつだよ!」


 最初に話を振った男が顔をなぐられ床にころがる。

 それを見たマリーは目を覆いながら天井を見上げる。


「てめえ! やりやがったな!」


「なんだ、竜を前に尻尾まいてきた腰抜け野郎のくせに、一丁前にやろうってのかい!」


「お、ケインのやつが始めたぞ。オレはケインに賭けるぜ!」


「3対1じゃさすがに無理だろ。オレはそいつらに賭けるぞ」


 客たちはなれた様子でテーブルをどかし、決闘のリングを作り出す。

 喧騒につつまれた中、床に転がるのは3人の男たちだった。


「口ほどにもねえ。こいつらに賭けてたやつ、さっさと金だしな!」


「なんでおまえに払うんだよっ!」


 わめく客の首根っこを捕まえて無理矢理財布から金を取り出すケイン。

 身を起こした男たちがケインを忌々しそうに睨みつけていた。


「……本当に竜退治をしたってんなら、証明してみろよ」


「なにいってんだ、おまえ? おい、だれか、ばけつに水くんでこいよ。こいつの酔いをさましてやれ」


「簡単だろ。そこの山にいる竜を倒してくればいいだけのことだ」


 男の言葉にケインの動きが止まる。


「できるんだろ? なあ、竜退治のケインさんよぉ」


「で、できる。やってやろうじゃねえか」


「お、おい、ケイン、やめとけって。酔った勢いだからって滅多なこと口にすんじゃねえよ」


「うるせえな、あんなもん散歩がてらちゃちゃっと倒してきてやるよ!」


 なだめようとする客の腕を振り払い、ケインが大声で宣言した。


 酒場がしまるとケインは家へと夜の道を歩いていた。火の灯っている家はなく月明りだけが便りであったが、ケインの目に暗闇への恐怖はなかった。

 おおまたで足を前に出すたびに腰に下げた剣がカチャカチャと音を立てる。

 

「おう、帰ったぞ」

 

 家の玄関扉を開けたときの習慣として出した挨拶で、返事は期待しないものだった。しかし、部屋の真ん中に置かれたテーブルに小さな人影があった。

 

「はぁ、先に寝てろっていってるのに……、風邪ひいたらどうするんだ」

 

 粗末なつくりのテーブルにつっぷするリズにため息をたてながら、その小さな体を抱える。眠りの意識の中、リズの右手がケインの服を軽く握る。その反応にケインの口元がほころぶ。

 

「よっと……、まだまだ軽いな。まあ、それでも初めて見たときよりかはだいぶ大きくなったか」

 

 胸に抱えられたリズをそっとベッドの上におろすと、むずがるように手を離そうとしなかった。

 ケインは困った顔をしながら指を一本一本ていねいにはずしていき、最後に「おやすみ」といって隣のベッドに寝転がった。

 目を閉じると、ケインは酒場でのできごとなど忘れすぐに眠りへと落ちていった。



 ケインが竜退治にいくという噂は町中に広がっていた。

 ケインが外を出歩けば、激励の言葉をかけられる。


「おい、ケイン。とうとうやるんだな? おまえはやるときはやる男だっておもってたよ」


「も、もちろんだ。まかせろ、広場にあの巨大な竜の死体を飾ってやるよ」


 口元をひくつかせながら大口を叩くケインを心配そうに見つめるリズ。

 家に帰ったところで心配げに声をかけた。


「ねえ、お父さん、本当にやるの? 危ないよ」


「だ、大丈夫だ。でも、ちょっとおなかの調子が悪くてな、今日は無理そうだ」


「そうなの? じゃあ、よかった」


 昼間は人に会わないようにケインは家の中にひきこもるが、夜になって仕事のために酒場に出向くとみなから声をかけられた。


 その中には騒動の発端である3人の男たちも含まれていた。


「よう、どうしたんだ。せっかく山のふもとで見送ってやろうと待ってたのによ」


「……今朝は腹の調子が悪かったんだ」


「ほーん、じゃあ、明日になれば大丈夫だな」


「……いてて、おい、マリー、なんだか急に腹が」


「まったく、あんたって人は……」


 腹を抑える演技をするケインを見て男たちは大笑いをしたが、ケインには怒りにまかせて殴りかかることはできなかった。


 そんな日が続いた頃、次第にケインの評判は落ちていく。

 ケインの噂はリズの耳にも入っていく。父がうそつきよばわりされることは苦痛であったが、それでも父が危ないことをしないでいてくれることに安心していた。


「お父さん、いいんだよ。危ないことなんてしなくて。わたしだって竜は怖いから、みんなもきっと怖いってのはわかってるはずだよ」


「ちがう、オレは怖くなんてねえぞ!」


 父を気遣っての言葉だったが、ケインは口元をへの字に曲げながら剣を持って出て行こうとする。


「だめだよー、お父さん、やめようよー」


 ケインの腰にしがみいたリズの足が引きずられ、二本線が地面に残る。

 しかし、その動きが急に止まりリズは父の顔を見上げる。ケインの視線は上空に固定され、その先では巨大な影が悠然と空を舞っていた。


「……やっぱ、やめる」


 意気消沈したケインの背中には、いつものような威勢のよさはなかった。


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