2. 一攫千金の夢
様々な生き物を蒐集することを生涯の仕事とする好事家の貴族がいた。
そんな彼のもとへと各地で狩られた生き物を持っていくと、珍しいものほと高値で買い取られた。
彼の住まいには様々な生き物の剥製や、角、骨などが飾られ、しまいには展示用の屋敷をもう一つ建てるほどであった。
その屋敷にいけば古今東西の生き物を見ることができるといわれたが、ただ一匹、彼の蒐集物に足りないものがあった。
彼はそれを欲し、出入りの商人に命じた。
『竜を持ってきたものには言い値で買い取る』
商人は鱗の一枚だけでも手に入れようとし、その話は人づてに広まっていった。
一攫千金の夢を見たものたちが竜に挑むために動き始める。竜退治というおとぎ話を自らの手で実現するのだと息巻きながら、彼らは一つの町を目指す。
その町ではたびたび上空を飛ぶ竜の姿が目撃され、町の近くに巣穴という情報をつかんでいた。
町に物々しい武装に身を固めた一団がやってきた。
「これ、そこのもの」
「はいはい、なんでしょうか?」
きらびやかな金属鎧に身をつつみ貴族然とした男が、店先にいた店主を呼び止める。
「この近くに住むという竜についての目撃情報はあるか?」
「ああー、竜ね。竜なら、そこの山の中腹に巣穴がありますよ」
店主が指差す緑の濃い山を指差すと、その上空を飛ぶ竜の姿を目にする。
男たちの間からどよめきがひろがり、その姿を見上げる。彼らの討つべき相手として目に焼き付けようと鋭い視線を送った。
「情報感謝する。待っているがよい、我らがかの邪悪なる竜を討ち取ってみせよう」
「はあ、騎士様はお強いでしょうけれど、腹ごしらえも必要でしょう。よろしければうちで何か買っていかれませんか?」
商売用の笑顔を浮かべながら店主はもみ手を見せる。
この町の人々にとって、竜は脅威どころか良き隣人であった。
気性は穏やかで人を襲うこともなく、竜の存在によって危険な魔物もその縄張りに近づかず、町は平和そのものであった。
町の人間はつかず離れずの距離を保ち、巣穴には近づこうとしない。たまに、いたずら小僧が度胸試しと称して巣穴に近寄ろうとして、竜を間近に見た恐怖で半べそをかきながら帰ってくるぐらいであった。
過去にも武功をたてようと挑むものがおり、滞在中には町に金を落としていった。そのため、今回のような手合いは歓迎であった。
町は盛り上がりを見せ、山へと登っていく戦士たちを見送る。
朝は意気揚々としていた男たちは、夕方に下山すると泥と土にまみれボロボロであった。中には、傷一つないものもいたが、その顔には一様に諦めの色が張り付いていた。
せめて一太刀でも浴びせて鱗を剥ぎ取ろうと挑んだものもいたが、徒労に終わっていた。
疲れた人々を優しく出迎えることで、さらに町は潤った。
しかし、そんな盛り上がりも一時のもので、次第に竜退治を夢見てやってくるものたちの数は減っていく。
落ち着きをみせた町で今日も人々は日常を送っていた。
「まったく、見かけだけで大したヤツラじゃなかったな!」
威勢のいい笑い声が昼間の酒場から聞こえていた。
昼間の酒場には数人が安酒をちびりちびりとなめるように飲んでいた。
その一人、30代と思われる男が顔を赤らめながら遠慮のない大声をあげている。その顔つきは上品や落ち着いているといった言葉とは真逆のものであった。
「あーあ、ケインのほらふきがまたはじまった。その話何度目だよ」
「うるせえな。おまえらが信じるまで何度だっていってやるぞ。オレが竜を退治したことがあるってよ。そのとき使っていた剣がこれだ」
「はいはい、竜退治の逸品ね」
腰の剣を指差す男の声に応じる周囲の反応は、呆れが含まれていた。
男はそんな周囲の反応がおもしろくないようで、竜と対峙したときの様子を腕を振り上げ過剰な演技で説明していた。
同席していた男はケインの演技にうんざりした様子で水を差す。
「ケイン、昔は傭兵だったんだって? その様子じゃ、吟遊詩人にでもなったほうがいいんじゃないのか。マリーもなんでこんなやつを用心棒になんて雇ってんだか」
「んだとぉ! よーし、それじゃあその身をもって思い知らせてやるからよ」
いきりたったケインがイスを蹴立てて男の胸倉をつかむ。
「こら!! ケイン! あんたに頼んだのは用心棒役で、ごろつき役じゃないだろ」
店の奥にいたエプロン姿の女が一喝すると、ケインはバツが悪そうな顔で手を離す。
そんなケインを周囲の人間がからかうと、またも顔を赤くして殴りかかろうとする。
「お父さん、いますか?」
店の入口から少女の声が聞こえた。
彼女は三つ編みにした髪を揺らしながら店の中を見渡す。
「リズ、何の用だ」
ケインは腕を組みながらジロリとねめつける。
威圧するような姿勢のケインを見上げながら、リズと呼ばれた少女はいいずらそうに口元をもごもごと動かす。
「おい、ケイン、自分の娘なんだからもうちっと優しくしてやれよ」
「ひとの家のことに口をだすんじゃねえよ」
ケインの頑固親父のような物言いに、男は肩をすくめる。
「昨日もいったけど……、今月の家賃がまだなの……」
「こ、この前にはらったばっかじゃねえか」
「それは先々月の分で、まだの分は大家さんに待ってもらってるから。さっきも家に来てせめて先月分でもっていわれて……その、仕事中にごめんなさい」
頭を下げる娘にケインは嫌そうな顔をし、懐の財布をとりだす。
逆さにして中身を出すが、手の平にのっているのは銅貨が数枚。
「ほら、これでいいだろ」
「……えっと」
リズはいいずらそうに上目使いでケインを見る。
「ケイン! まーた、あんたは。何に無駄遣いしたのさ!」
「うるせえな、おまえはオレのかかあかよ!」
「マリー、無駄だぜ。ケインの財布には穴があいててためることなんてできやしないんだから」
横で馬鹿にした笑い声を上げる男をケインが殴り飛ばす。
マリーはため息をつきながら銀貨をリズの手に握らせる。
「ほら、これで足りるだろう。いっておいで」
「で、でも……」
「大丈夫、足りない分はこいつの給金から引いとくから。そうだ、今度からリズちゃんに渡したほうが安心だね」
「お、おい、待てよ。何勝手に決めてんだよ」
「あんたがだらしないから、こんな子供が生活の心配なんてするんでしょうが!」
「子供に金の管理なんてできるわけないだろ!」
「じゃあ、あんたは子供以下だね!」
言い争いを始めた二人を前におろおろしだすリズに、男にひとりが手を振って今のうちに行けとうながす。
ぺこりと頭をさげるとリズが走り去っていき、その背を見ながら「オレの銀貨が~」というケインの情けない声が聞こえていた。