5葉
日本の神々の名前は聞き慣れない為に、イリスが簡略化してしまった事を国之常立は大らかに受け入れる。
納得がいかない様子の天表春命だったが、国之常立が認めるのであれば…と、それ以上口を挟むのを諦めた。
「あ、そうそう。俺、女の子じゃないから。」
「はっ!?そんなに可愛らしいのにっ!?」
「あははー、男の子でもないけどねー。」
「どういう事なの?」
「んー…、候補生だから?まだどんな神になるかも決まってないし、未熟なんだ。神様になったら男か女か決まると思うけど。」
「ふぅん、そういうものなのね。候補生って感覚が無いから良く分からないけど…。」
ユララの顔立ちは可愛らしい少女にしか見えなかったが、性別というものがないらしい。
天表春命は落胆している様子だったが誰もそれに声を掛けようとしなかった。
「さてユララちゃん、此方の事について幾つか聞かせてくれる?」
「んー…、何が違うか知らないけど…もう直ぐ代替わりで、候補生は皆が敵って感じ?」
「敵!?え、じゃあ全員を神の元に戻したら後継者争いみたいな事になるとか、そんな感じな訳?」
「うん、なるね。俺、そんなに強くない…っていうか、候補生で最弱とも言えるかな。どうせ戻っても負けるだけだし、イリスさんと居る。」
「はぁ、それは分かったから。他の神候補の場所とか分からないの?」
「さーっぱり。もっと力の強い候補生なら分かるのかも知れないけど。」
「困ったわね…。私たちも帰る為には候補生を集めなきゃいけないのよね。ユララちゃんと会えたのは幸運だけど…。」
「お話中失礼します。ユララ、どうぞ。」
「わーい。」
「あのさ、一応大事な話の最中なんだけど…。」
国之常立とユララが話をしている途中でイリスが食事を並べ始めた。ユララは両手を上げて喜んでいたが天表春命は苛立ちながらイリスを見上げる。
イリスは申し訳なさそうに頭を下げるもののどんどんと料理は並べられていく。
温かそうな湯気が立ち上り、香ばしい良い香りが漂っている。三柱はその香りに思わず腹の虫が騒ぐのを感じた。
「良い匂い。イリスはお料理上手なのね。」
「恐れ入ります。…あまり得意では無かったのですが、ユララが美味しいと言ってくれるのが嬉しくて段々と…。」
「ふふっ、素敵。私にも分けてくれないかしら?良い匂いでお腹空いちゃった。」
「あ、では直ぐに用意します。」
「え?これを少し分けてくれるだけで良いんだけど…。」
「これはユララが…。」
「コタさん、全部俺の。」
「この量を…?」
「うん。少な目だよ?」
「ユララは小柄なのに大食らいでして…。ウワハルさんとミカゲさんも食べますか?」
「男の料理とか嫌だけど…、この匂いには逆らえない!食べたい!」
「俺は気にしない。イリス、肉料理で。」
「はい、お待ちください。」
テーブルに並べられた大量の料理をユララ一人で平らげられるという言葉を疑う三柱だったが、今はそれよりも運ばれてくる予定の料理を楽しみにする事にした。
台所で手際良く料理を再開したイリスに料理は任せ、三柱は食事に手を伸ばして頬を膨らませているユララに視線を向けた。
「ユララちゃん、何か手掛かりとかないかしら?候補生の顔とか、こう…候補生だって分かるような事。」
「んー?何だろ?やっぱり神気…かなぁ。」
「でもイリスはあの神気で人間なんでしょう?」
「うん、人間だと思うよ。俺も初めて会った時は神様かなって思ったけど。」
「纏っている神気は神のものだと感じますがね。あれで人間とは…。」
「イリスは今どうでも良いだろ。候補生揃えなきゃ俺達も帰れない…というか、矜持に関わる。」
「お前に矜持なんてあったのか?クソ眼鏡。」
「あるわ!立派に務めるつもりあるんだからなっ!」
「はいはい、喧嘩しないの。ごめんね、ユララちゃん。……でも困ったわね。安請け合いしちゃったかしら…。」
神が神候補を探すくらい単純な事だと思っていた為か三柱は大きな溜息と共に肩を落としてしまう。
神候補という感覚はないものの、日本で神を探す場合はその神の気配…神気を探れば良い。それと同じような感覚で神候補探しを買って出た国之常立だったが、思いの外難航しそうな予感に頭を抱えるしかなかった。
「お待たせ致しました。お口に合うと良いのですが…。」
「神サマの口に合わなかったら俺が全部食べるから安心して。」
「ユララは食べ過ぎ。」
短時間で作ったとは思えないような料理が三柱の前へと並べられる。
三柱にとっては見慣れない料理ばかりだったが、鼻を擽る香りはとても食欲をそそるものだった。
「こんな良い匂いさせられたら考えてなんていられないわね。まずはご飯にしましょ。腹が減っては戦は出来ぬってね。」
イリスの料理は三柱の口に合ったようで、誰もが夢中で食べていた。慣れぬ事が続いて空腹だった事もあっただろうが、味を称賛しつつどんどん皿を空けていく。
イリスは神と同じ食卓に着く事を遠慮したがユララに腕を引かれ、国之常立から許可が出た為に躊躇いながらもユララの隣に腰を下ろす。
全部自分の食事だと言っていたユララだったが、イリスが隣に座ると満足そうに笑ってイリスにも食べるようにと勧めた。イリスは少し戸惑ったもののまるで貴族のような上品な所作で食事を始める。
「あー、美味しかった。ありがとう、イリス。すっごく美味しかった。」
「お口に合ったようで何よりです。」
「男の料理なんて、って言って悪かった。凄く美味しかった。」
「…また作れ。」
「お気に召して頂けたようで光栄です。…あの、差し出がましいとは思うのですが、ギルドに顔を出してみませんか?」
「ギルド?なぁに、それ。」
「仕事斡旋場みたいなものですよ。こっちには冒険者っていう職業があって、彼等はそのギルドを介して仕事をしているようです。でも、何でギルドに?」
「仕事以外にも色々な情報が集まりますから、何か手掛かりになる話もあるかも知れないと思いまして…。」