ex フィール 造られた天使、ココロのありか
今回はフィール視点で、フィールの過去と蒼一朗との出会いの話。けっこうシリアスな話になっています。
世界の狭間を守るために造られた人形。それがわたし、フィールという天使だった。
ただ世界の為に戦い、秩序の為に行動する。ただそれだけの人形であったはずのわたしに、心なんてものは存在していなかった。
あるのはただ、防衛本能にも似た、侵入者を排除するための機能のみ。それを悲しいとも思わなかった。そもそもそんな機能なんて初めから存在していなかったのだから。
これは、ただの人形だったわたし、フィールが、ソーイチローに出会って一人の心ある存在になるまでの話。
その日、わたしは世界の狭間に一人ぽつんと浮かんでいた。ここは世界と世界を繋ぐ場所。世界を超えてわたし達の世界に侵略しようとするものは必ずここを通る。
わたしの役目は、その悉くを撃退すること。だから、何か特別な用でもない限り、一日をここで過ごす。
だいたいは何も起きない。世界を超える侵略者なんてものは、数千年に一度発生すれば良い方なのだから。
その日もまたいつもの様に、一人で宙に浮かびながら虚空を見つめる。……いや、今日に限っては一人では無いようだ。
「ねーフィール。聞いてる?」
ここ最近よくこの狭間を訪れる人間だ。いや、魔族とか言ったか。下界の事に関しては詳しくは知らない。わたしがそこを訪れる事など、数年に一度やそこらなのだから。
「ねーフィールってば」
……この人間、いや魔族は、どうしてここに居るのだろうか。下界の者がここに来る理由など、ただの一つも存在しないはずだが。
最近、ここを訪れる下界の者が増えた。もしかしたら同一の者かも知れないが、わたしに下界の者の差異など分からない。そのような機能は不要だからだ。
「あー今日も駄目ねー。こんなに毎日毎日話しかけてるのに」
どうやら、ここ最近訪れていたのは、全てこの魔族だったようだ。
「じゃあわたしは帰るわね。また――」
――轟音
耳障りな音を立てて、狭間の景色の一部が、まるでガラスが割れているかの様に剥がれて行く。侵入者だ。
景色はその崩壊を進め、その奥に或る存在の姿形が露になる。
――亡者
この空間を犯す存在で、最も厄介なモノがその姿を現した。
亡者。神であったものの、その器たる世界を失い、代替となる世界を求めて世界を渡る存在。
その世界の神を滅ぼし、自らがそれに取って代わる事で己の存在を保とうとする存在である。しかし残念ながら、彼らはその世界の神に取って代わる事は出来ない。彼らは自らの世界を失った時点で、その神格を失っているのだから。
彼らはただの侵略者であり、世界に破滅を齎す災厄。必ず排除する必要があるが、相手は仮にも元は神であったモノ、一筋縄ではいかない。
わたしはちらりと、先ほどから何やら話していた魔族を見る。どうやら亡者の圧倒的な存在感に、身体が動く事を拒否しているようで、完全に硬直している。
わたしの使命は、この世界の全てを外の侵略者から守る事。そこにはこの魔族も含まれている。
完全にその姿を現した亡者。今回ここを訪れた亡者は、巨大なヒトガタをしている。
その視界が、遂にわたしと魔族を捕らえた。
――戦闘が、始まる。
神に届きうる実力を秘めた者同士の戦闘は、もはや一般的なものとは程遠い。
そこに技術など不要であり、必要なのはただ相手を屈服させるだけの力。その力だけに限ってみれば、わたしの力はこの亡者を上回っている。
しかし、こちらは守る側で、向こうは攻める側。その事実一つがわたしとあの亡者を互角たらしめている。
世界一つ守るのはまだ容易い。世界の壁というものはそう容易く破壊されるようなものではない。しかしこの魔族の少女の存在がある。
人は脆い。それこそあの亡者の攻撃の余波がかすった程度で、その身を無へと還すだろう。
今までは、この亡者の意識にあったのはわたしの存在のみ。己の目的を邪魔立てする存在を消し去る事だけが、この亡者の目的だった。
その亡者が、遂に魔族の少女の存在に気づいた。
魔族の少女と、世界の壁。双方を巻き込むようにして放たれた攻撃。間が悪かった、そのとき同時に、わたしも亡者に向けて必殺の一撃を放っていた。
わたしの攻撃が亡者を消滅させていく。しかし放たれた亡者の攻撃が消える事は無い。
世界の壁は、魔力障壁を全開にする事で対処が可能であると、コンマ数秒の間に答えが出る。しかしそれでは魔族の少女を守る事が出来ない。
自分の存在意義が果たせない。そのことに初めてわたしは、恐怖という感情を覚えたのかもしれない。
瞬間、意識的にか無意識にか、わたしは亡者の最後の攻撃と魔族の少女の間に割って入った。
「フィー……ル?」
少女の声が聞こえたような気がした。その瞬間、わたしはその光の奔流に身を包まれて、その意識が飛んだ。あの少女、そうだ、フェリシアとか、いう……
――空白
――――落下
――――――――落下
無限に落ちていくような感覚が続く。
落ちて、落ちて、落ちて……
不意に浮遊感が終わる。身体は......動かない。ただ、機能が麻痺しているだけで、壊れている訳ではない。かろうじて意識があるが、それもいつまでもつだろうか。
「うわっ、なんだなんだ……? 羽根……人……か?」
人間の声がする。どうやら下界、それも人間界に落下してしまったようだ。
ふと、昔の事を思い出した。人間はかつて、天使を捕縛するための技術を開発した。人間はそれを使い、人間界に滞在していた天使を次から次へと捕縛し、意のままに操るようになった。
ある者は戦争の道具として、またある者は慰み者として。不要になれば処分され、まるで物のように扱われた。
それに激怒した天使の長、天界神は人々の半分を滅ぼし、その道具を世界から抹消した。
だが、人間は強欲だ。また同じような技術が開発されているかもしれない。
わたしも、他の天使とは別格の能力を備えているとはいえ、天使である事には変わりは無い。人間に捕縛される事もあるのかもしれない。
――嫌だなぁ
そう思いはしたけれど、身体は全く言う事を聞かない。そのままわたしは、その意識を闇に落とした。
次に目が覚めた時、わたしは何やらやわらかいものの上に寝かされていた。
「お、目が覚めたか。随分とぼろぼろだが、大丈夫か?」
そう話しかけてくる人間の男。捕縛されているような感じは無い。
改めて身体を動かす事を試みるが、今だほとんどの機能が麻痺しているようで、身体を起こすのがやっとだ。
「おいおい、無理するなって」
男が何やら話しかけてくる。この男は天使であるわたしを見て何も思わないのだろうか。
改めて、目の前の男を観察する。
驚くべき事に、魔力のひとかけらも感じられない。下界の生物、多少の差異はあれど微小な生物でさえ魔力を持つ。そうでなければその存在を保つ事が出来ないからだ。
――ここは、あそことは違う世界なのか
そんな考えが頭に浮かんだ。わたしは、あの亡者の攻撃により、世界を超えてしまったのか。
虚無感がわたしを襲う。あの世界を守る事だけが、わたしの存在意義であったのに。その世界から外れてしまった。
何をしていいのか分からない。何のために存在しているのか分からない。頭の中を考えが巡り、そのどれもが形にならないまま霧散していく。
そのとき、人間の男が声をかけてきた。
「おい、大丈夫か?」
心配するような声色で、何かを抱えてこちらへと近づいてくる。
「一応メシ作ったんだけど、食べれそうか?」
メシ、食事の事か。天使に食事は必要ない。魔力さえあれば活動が可能だからだ。普段であれば、不要だと突っぱねるだろう。
しかしその時のわたしは、するべきことを求めていた。何か行動をする必要を感じていた。
おそるおそる、男の差し出してきたもの、後に聞いた雑炊というものに手を伸ばす。
手渡されたスプーンのような食器で、雑炊を口に運ぶ。
――美味しい
そう思ったその時、景色に色が付いた。
今までただ灰色であった世界が、途端に色鮮やかに映る。その瞬間、濁流のように様々な事が頭をよぎる。
記憶に色が付く。今まで忘れていたもの、いや思い出そうとしなかった思い出が次々と蘇る。フェリシアの話していた様々な事も、今では鮮明に思い出せる。
彼女が攻撃にさらされた時、守らなきゃいけないと思った。
人間界に落ちたと思った時に、嫌だなあと思った。
男から渡されたものを口にした時に、美味しいと思った。
――ああこれが、感情というものなんだ。
そう自覚したとたんに、わたしはただの人形じゃなくて、一人のフィールって存在になったんだ。
改めて男の顔を見る。平凡で、少し頼りなくて、優しげな顔。その彼に、わたしは生まれて初めて、自分から声を発した。
「ねえ、わたしはフィール。あなたの名前は何?」
「おいフィール、起きろ。原稿がぐしゃぐしゃだぞ」
おっと、ちょっと居眠りしちゃってたみたいだ。手元の原稿がソーイチローのいうとおりぐしゃぐしゃだ。まあネームだから別にいいか。
それにしても懐かしい夢だったなー。あの後意外とあっさりもとの世界に戻れる事を知って、そしたら直ぐに天界神から伝令が来てこっちで羽根を伸ばせって言われたんだっけ。
あのおっさんもわたしの事はずっと気にしてたみたいだね。ちょくちょくフェリちゃんをよこしてたのもあのおっさんみたいだし。なかなか感情が出ないわたしの事を、おっさんなりに心配してたみたいだ。
どうもわたしがずっと一人で世界を守ってる必要は無かったみたい。よく考えたら他にも天使はいっぱい居るもんね。あの頃のわたしは自分に感情があることに気がつかないまま、自分を道具だと思い込んでただけだったんだ。
「これから晩飯作るけど、何が食いたい?」
「雑炊で!」
「はあ? このクソ暑いのに雑炊?」
「いいじゃんいいじゃん。たまにはさ」
わたしがそういうと、へいへいと言いながらわたしのわがままを聞いてくれるソーイチロー。いつだってわたしの事を考えてくれて、いつも一緒に居てくれる。
そんなソーイチローを見ていると、不思議と胸がドキドキする。
きっとこれが、恋って感情なんだと思う。
いかがだったでしょうか。ライトなこの小説には合わないかもと思ったのですが、どうしても入れたい話だったので、ここで入れさせてもらいました。
~ちょっとした裏話~
あの世界から転移するとだいたい六畳間に繋がるのは、フィールが落ちてくるときにあの世界と地球を繋げるでっかい穴のようなものをあけてしまったから。フィールはそのことを知っていますが、自分では直せないので黙っています。
勢いで書いた感じが否めないので、矛盾点等あるかもしれません。ここおかしくね?などありましたら感想で報告していただけると幸いです。