女性陣と黒い箱
ちょっと間が開いてしまいましたが、しっかり投稿していきます。
「そういえばフェリちゃん。ソーイチローにヤっちゃった事まだ言ってなかったんだね」
まあわたしは気づいてたんだけどさ。フェリちゃんもなかなかどうして初心なところがあるねえ。ま、人の事は言えないんだけどさ。
「いや、だって恥ずかしいし……」
わたしやフェリちゃんに限らず、長命種ってのは多かれ少なかれこういう所があるよね。良くも悪くも子孫を残さないとっていう意識が低いから、恋愛ごととかに無頓着というか。
なんだか自分で言っていて恥ずかしくなってきたけど。
「なあフィー姉ぇ。やっちゃったってなんの事だ? なあ?」
あの時は居なかったリアが興味津々といった様子で聞いてくるが、軽く流す。子供にはまだ早い。
……誰だ今お前も子供だろって思ったやつ。空耳かな。
「なあなあ」
しつこく食い下がるリアががしがしと肩を揺さぶってくるが、風に柳。今のわたしには効きはせんよ。
「まあ別にソーイチローもあんま気にして無さそうだったし別にいいんだけどさ。フェリちゃんは良かったの? 眷属って生涯一人しか作れないでしょ?」
魔王種の宿命とでも言うべきか。なかなかに難儀な生物だよね。
「他に男の人とか知らないし……ソーイチローだし……」
何をもじもじと照れているのか。乙女モードのフェリちゃんってのも新鮮だね。普段クールな娘のこういう面ってのもなかなかいい。なんか今わたしすごいおじさんみたいな事言ってる気がする。
クールな娘……クール? いや、これ以上は考えないようにしよう。
珍しくゲームも手につかない様子のフェリちゃん。よし、この機会にフェリちゃんがソーイチローの事をどう思っているか根掘り葉掘り聞いてみようか。
なんか今のわたしってかませ犬ヒロインポジションじゃない? どっちかっていうとヒロインの友人かな? いやいや、ソーイチローのメインヒロインはわたしのはず……だよね?
「はい、それでは今からフェリちゃんに色々聞いていこうと思いまーす」
「なあフィー姉ぇ。あーしイマイチ流れがよくわかんねーんだけど」
「リア。こういうときは乗っかっておくのがこの社会を生き抜いていくために必要なスキルなんだよ」
「そういうもんなのか」
そういうものなのだよ。まあわたしも社会に出た事とか無いんだけど。
「アズも聞くのー」
今まで出窓で大人しく聞いていたはずのアズが、ちゅるんと人型に変形すると、わたしの隣に陣取る。やはりアズも女の子という事だろうか。しっかりと恋バナには食いついてきた。
「ふん。ただの引きニートにパパの相手が務まるとは思わないことなの。しっかり面接してあげるのー」
違った。何故か親ポジションだこの子。
引きニートといわれたフェリちゃんががっくしと肩を落としている。ちょっと前までは魔王として仕事してるから! と否定していたはずが、最近ではもはや自分が魔王だという事を忘れかけているみたいだ。
確かにほとんどこっちにいるからね。あの国も実質トップがいない状態が続いているわけだけども、それでも大丈夫なのはシルちゃんが優秀だからだろうか。
「それじゃあ面接を始めるのー。まずは志望動機と自己アピールからなのー」
一体何が始まったのだろうか。この子がからむと直ぐにコントになってしまう。
「あ、えーと。志望動機は、ソーイチローならシアみたいに小うるさくないし、甘やかしてくれるし、一緒に遊んでくれるからで……」
「答えるんかい」
というか、なんじゃいその志望動機! 子供か!
しどろもどろになりながら答えるフェリちゃん。その姿はもはや初恋をこじらせた子供にしか見えない。
「それじゃあ面接官のお二人も質問どーぞなの」
わたしたちはいつの間に面接官になったのだろうか。というかわたしたちが面接官ならアズは一体何者なのか。
そんなアズから質問権を預けられたわたしとリア。なんかあるかな……
「あー。えーと……あーしはなんもねえな」
リアも何も思いつかないようだ。ここにきてわたしたちの経験値の少なさが出てしまった。
「私は一体何に巻き込まれてるのかしら……」
困惑するフェリちゃん。申し訳ない。
「やれやれなの」
はーあ。とこれ見よがしに溜息をつき、やれやれと肩を竦めるアズ。何も言い返せないのが悔しいね。なんか最近ずっとアズにマウントをとられてる気がする……全く、たくましく成長しちゃって。わたしのおかげでこの家に住めるようになったことを忘れてるのかな?
「じゃあこの会は解散って事でいいの?」
だね。
なんともしょうもない時間を過ごしてしまった。まあわたしたちの恋愛偏差値の底が知れてしまった。
「ねえフィール。丁度ソーイチローもいないことだし、ちょっと試したいことがあるんだけど」
「何?」
「最近気づいたことがあるんだけど、魔力を完全に遮断してから押入れを開けば、私たちの世界に繋がらないみたいなのよ」
……なぬ。そんな仕様があったとは。
今まで押入れの中に用事なんてなかったから、考えた事も無かったよ。
「服やらなにやら取り出すのに逐一ソーイチローに頼まなきゃいけないのは女子としてどうかと思うのだけど……」
「そうか? べつにあーしは不便じゃねーけど。どーせ洗濯してるのもソー兄ぃなんだし」
「たしかに」
「はあ……」
なにか言いたそうな顔だね。
「そんな事よりあーしは押入れの中身が気になるんだけど。案外おもしろいもんでも入ってそうじゃねー?」
おもしろいもの……か。たしかにソーイチローの趣味のものとか入ってそうだよね……というか、ソーイチローの趣味って何だろう?
アニメとかゲームはそこそこ好き、くらいだし……アウトドアな趣味があるわけでもないし……わたしたちが来る前のソーイチローってどうやって過ごしてたんだろう?
「それじゃあ開くわよ」
おそるおそる、といった様子のフェリちゃんが押入れの扉に手をかける。いままで触れてこなかった魔界への扉が開かれようとしている……あ、そもそも魔界に繋がったらいつも通りか。
「なんか結構ごちゃごちゃしてんなぁ。この辺は全部あーしらの服が入ってる箱か……こっちは何だ……なんだこの黒い箱みたいなの?」
リアが手に取っている謎の箱。漫画本くらいの形と大きさで、なにやらテープのようなものが中に入ってるように見える。
「なにかしら……見たことないわね。とりあえずトゥイッターで何か聞いてみようかしら」
「さっすがフェリちゃん。とりあえずこれに関しては臣民たちからの反応を待つとして……あ、なんかこれ横になんか書いてあるよ」
謎の箱の側面。漫画で言うところの背表紙がある部分に、白いテープが張ってあって、なにやら文字が書いてある。
「なになに……?『音のソノ○ティ 2005/08/21』って書いてあるみたい。音のソノ○ティって何?」
「あれじゃないの? あの日曜の夜にやってる五分くらいのテレビ番組」
……あー、そんなのもやってた気がする。そういやソーイチローって夜のよく分からない時間によく分からない番組を一生懸命見てたような気が……しないでもないかもしれない。
「なあフィー姉ぇ。こっちにおんなじような箱が一杯入ってるぜ」
リアの言葉の通り、押入れの半分近くを埋め尽くしたダンボールやらクリアケースからは、同じような黒い箱がわんさかと出てくる。
「こっちは『世○の車窓から』で、こっちは『空か○日本を見てみよう』。こっちは『お○くろ、もう一杯』。ググってみたら、全部5分くらいの短い番組みてーだな」
うーん。ミニ番組が好きなのは分かったけど、結局この黒い箱はなんなんだろう? テレビを録画したいんだったらレコーダーとかでいいわけだし……
「そういえばフェリちゃん。トゥイッターの返信は?」
「あ、忘れてた。えーと、そのまま読むわね。『これはビデオテープと言って、テレビ番組を録画したりするのに使っていたものです。録画媒体がDVDに移り変わる前に使われていたもので、私が高校くらいまでは使われていました。ずいぶんと懐かしいですね笑』だって」
この人のプロフィールを見る限り、三十代前半くらいの人だから……十数年前までは使われてたって事か。
「はーん。なるほどなー。こんなかに磁気テープが入っててこれで記録してんのか。って事は、テレビの下にあるあのデッキはこれの為のやつだったのか。誰も使ってねーからなんなんだろうなとは思ってたけど」
さすがはアンドロイド。機械についてはお手の物って感じだね。
「押入れの中には他に面白そうなものはあんまり無さそうね……結局出てきたのはこの大量のビデオだけね」
うーん。もっと面白いものが出てくるのを期待してたけど……まあソーイチローに面白みを求めてもね。
「他にやる事もないし……見てみる?」
そんな訳で、気がつけばわたしたちの女子会はミニ番組の鑑賞会になるのであった。
がっつりと遅刻し、編集さんにみっちりと怒られた打ち合わせからやっとの思いで戻ってくる事が出来た。いやはや、遅刻は良くないよ、社会人としてね。
「たでーまー」
帰ってくるのに随分と長い時間がかかった気がする。というか、いつもならフィールあたりの気の無い返事が返ってくるはずだけど、今日は返事が無い。鍵は開いてたし、どこかへ出かけているわけでは無いと思うんだが……
部屋の中へ入ってみると、珍しく三人、いやアズも入れると四人が揃ってテレビの前に陣取っている。というか、見てるのってあれ『世○の車窓から』だよな……? しかもあれは2006年の八月のやつ。
という事は押入れから出してきたのか。
「おーい。遅くなったけど夜飯にするぞー」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。
まあ気持ちは分かる。あの手の五分番組ってのは変な中毒性があるんだよなー。
テレビ画面には、イギリスの鉄道から見える花畑の光景が広がっている。行った事はないが、一度くらいは実際に見てみたい光景だよな。
というか、こいつら一切瞬きもせずにテレビから目を逸らさない。傍に積んであるビデオの数を見るに、半日近くずっと見ている計算になるな。
まあ、自分の好きなものを他人に分かってもらえるというのは嬉しい事だ。なかなか理解されがたい趣味ではあるからな。だから今まで一人のときだけこっそりと見てたんだけど。
いまだ微動だにせずテレビを食い入るように見る皆を傍目に、いつもより少しだけ気合の入った料理を作ろうと思う俺であった。
個人的にも好きなんですよね、ミニ番組。
どでかい台風が来ていますが、皆さんお気をつけ下さい。ほんとに洒落にならない規模らしいので。
次回から魔界編。なつかしい面々がぼちぼち登場します。




