7 銭湯に行こう
皆さんのおかげさまでジャンル別日刊9位になる事が出来ました。本当にありがとうございます。
次は五位以内目指して頑張ります。
いつもはクールな様子の魔王フェリシアが、その日はやけに取り乱した様子で俺の部屋に現れた。
「はあ、はあ……逃げ切った……」
髪は乱れ、服も身体も埃にまみれて汚れてしまっている。何かあったんだろうか?
「フェリちゃんどーしたのその格好。ボロボロじゃん」
「ちょっと公爵から逃げてきてね……最近しつこくてしつこくて」
公爵とは何の事だろう。と俺が頭に疑問符を浮かべて居ると、フィール先生がありがたい事に説明してくれた。
「公爵ってのは昔からフェリちゃんの事を追い回してる人のことだねー。昔からフェリちゃんのことが大好きで、ずっと追いかけてるんだよ」
「へー」
「まあ簡単に言うとストーカーにまでなってしまった熱狂的なアイドルオタクみたいなもんだよ」
簡単に言った結果が酷すぎるな。
「最近あの男何処にでも現れるのよ。なまじ実力があるせいで撒くのにも一苦労ね」
なるほどねー。有名人ってのも大変なんだな。
「という訳でしばらくここで匿って欲しいのよ」
それにしてもフェリシアはボロボロのドロドロだ。しばらくはこちらに隠れているようだし、風呂にでも入れてやったほうがいいかもしれない。
「まあ別に構わないけど。その格好は何とかした方がいいな。よし、銭湯にでも行くか」
「おーいいねー。さんせー」
「せんとう?」
銭湯が何か分かっていないフェリシアに、要はでかい風呂だ、と雑な説明をして外出の用意をする。といっても財布と部屋の鍵とお風呂セットを持つだけだけどな。
「フィール、フェリシアに服を貸してやってくれ。あと行く途中にコンビニで下着とか買ってやってくれ」
「おっけー」
フィールはいつもだぼっとした服を着ているから、サイズ的にも大丈夫だろう。
ちなみにフィールの身長は142cm。フェリシアはたぶん150ちょい位。俺は172cmだ。流石に俺の服では大きすぎるだろう。
「よし、じゃあ行こうか」
そんなこんなで、今日は三人で銭湯に行くことになった。
時刻は夕方六時。太陽は定時退社など絶対にしない、という固い意志を持って今日この時間も熱を我々に届けてくれる。
何が言いたいかといえば、夕方なのに暑すぎということなのだけど。
「あづー。銭湯までの五百メートルが無限に続く荒野に感じるよー」
道中コンビニに寄ってフェリシアの下着類を買い、現在は銭湯に向かっている最中だ。
「そんなに歩くのが嫌なら転移魔法でも使えばいいじゃない」
「何言ってんのフェリちゃん。転移魔法なんて使って出てくる瞬間を見られたりしたら大変な事になっちゃうじゃん。人が居なくても監視カメラに映った時点でアウトだし」
だらんと両腕を垂らしながらぽてぽてと歩くフィールがそうぼやく。
「最近は何処にでも監視カメラがあるからな。フェリシアも外では魔法は禁止なー」
「監視カメラが何かは分からないけど、魔法は禁止ね。分かったわ」
最近じゃツイッターで拡散されて住所特定、なんて話も聞くし、注意するに越した事は無いしな。
っと、そんな会話をしているうちに銭湯までようやくたどり着いた。
俺たちが今日目指していたのは、うちの近所にある銭湯『黄金湯』だ。
古き良き、といえば聞こえはいいだろうか。まあ昔ながらの銭湯で、入浴料は四百円。スーパー銭湯なんてものはうちの近所には無いしな。
立て付けの悪い引き戸をガラガラと開けて、これまたガタの来た木製の靴箱に脱いだ靴をしまう。
「おや、坊やじゃあないか。久方ぶりだねえ」
中に入れば、番台に座った婆さんが出迎えてくれる。それはいいが坊やはやめて欲しいといつも言ってるんだけどな。
「今日は坊やが初めての客だよ。おや? 綺麗どころを二人も連れているじゃないか。坊やも隅に置けないねえ。丁度客もいないし混浴でもしていくかい?」
「勘弁してくれ。はい、これ三人分で千二百円な」
「はいよ。確かに。それで混浴は」
「だからしないって」
暖簾をくぐり、俺は男湯へ。二人と別れて脱衣所へ向かう。
婆さんの言う通り客は俺たちだけのようで、がらんとした脱衣所で一人服を脱ぐ。
……なんだか視線を感じるな。
「婆さん。そんなにガン見されると脱ぎづらいんだけど」
「ひっひっひ。若い男の裸をタダで見られるのがこの仕事の特権だよ」
婆が何を色気づいてるんだか。
番台からこちらを眺めている婆さんを無視して着替えていく。婆さんもこちらを見るのをやめたようで、今度は女湯の方に目を向けている。
「それにしても、あんな綺麗どこの外人さんを二人も。おやおや、黒髪の方のお嬢ちゃんは凄い身体をしてるねえ」
……実況せんでええわ。もうさっさと風呂まで行こう。
風呂場に入り、身体を洗う。この銭湯にはスーパー銭湯の様にシャンプーなどが置いてあるわけじゃないので全て自前だ。百均で買ってきたクリーム色の籠に全てを入れてある。
「ソーイチロー! 石鹸足りなくなったからちょーだい!」
女湯との壁の向こうから、フィールの声が飛んでくる。
「あいよー」
「さんきゅーっと……うわっ」
「おいフィールなんでこっちに!」
なんか壁の向こうから凄い音がしたな。
「おいどうしたー?」
「ごめんごめん、石鹸とろうとしたら滑って転んじゃったー。フェリちゃんが巨乳で助かったよー」
「助かったよーじゃ無い! あんた人の胸をクッションか何かと勘違いしてない?」
どうやらすっ転んだフィールがフェリシアの胸に向かってダイブしたようだな。
「というか何であなた戦うと強いのにそんなに運動神経が無いのよ」
「えー、戦闘なんて大体魔法でどーんってやったら終わるし。大体わたし飛んでるし」
フィールは運動神経が皆無だ。普段全く出歩かず、一日中家の中でごろごろしているしな。まあ俺も人のこと言えないけれど。
フィールとフェリシアはまだ何かゴタゴタと争っているが。もう放っておいて風呂に入ろう。
風呂の横に据え付けてある温度計を見れば、風呂の温度は四十一度。この銭湯に来る客は老人ばかりなので、自然と彼ら好みの熱い温度設定だ。
「うおー、熱いなー」
心を決めてドボンと一気に風呂につかる。確かに熱いが、慣れてしまえばこれはこれで気持ちのよいものだ。
タオルを頭の上に置いて、壁に描かれた山を眺める。銭湯の絵といえば富士山だが、何故かここの銭湯は高尾山の絵が描かれている。土地柄だろうか。
「うへー、熱いねー。でもそれがイイ!」
ドボン、という飛び込んだような音と共に、フィールの声が聞こえてきた。他に客がいないから声がよく聞こえるな。
「こんなに大きな浴槽にお湯がたっぷりと……やっぱり日本って裕福なのねえ」
「あー、足が伸ばせるお風呂ってのはいいねえ。風呂は心の洗濯とはよく言ったもんだよ」
俺が生まれる前のアニメから台詞を引用してきたフィール。あのアニメも放送からはや二十四年か。未だに劇場版がやってるもんなあ。最新作がいつまでたってもこないけど。
壁の向こうからはフィールの鼻歌が聞こえてくる。あいつも同じ事を思い出したのか、鼻歌があのアニメの主題歌だ。
フィールの歌を聴きながら、しばしゆっくりと湯につかる。毎日結構な時間ちゃぶ台の前で作業するせいか、凝り固まっていた腰と肩がほぐれていくような感じ。やっぱりたまにはこうして湯につからないといけないな。
そんな事を考えながら、湯の中でゆったりとした時間が流れる。フィールの鼻歌はいつの間にか他のアニメの主題歌になっている。
「ふんふふふん〜」
ああ、あの合体するロボットアニメの主題歌か。ロボットつながりかな。俺はそろそろのぼせそうだ。フィールとフェリシアに一声かけてあがるとしよう。
風呂から上がり、番台の前で婆さんからコーヒー牛乳を買う。風呂上りはこれだよな。
丁度フィールとフェリシアも着替えてきたようだ。
「おばちゃんわたしはフルーツ牛乳で。フェリちゃんはどうする?」
「うーん。私は普通の牛乳がいいわ」
そんな会話が繰り広げられているが、俺の耳には全く入ってこない。
俺の脳は今、フェリシアの姿を処理する事で精一杯だからだ。
フェリシアは、フィールから借りたTシャツ。『働くくらいなら死ぬ』と書かれたTシャツを着ているのだが……胸が大変な事になっている。
いやまあ確かに、フェリシアはいつも胸元ががっぽり開いたエロイ服を着ている。最近は見慣れてきてはいたのだが、いざ別の服を着ると、その破壊力に目を奪われてしまう。
あまりの巨乳に服の文字が歪んでしまっている。これは……すごいな。
「ん? どうしたのソーイチロー」
「い、いや別に何でもないぞ。そうだ、帰りにアイスでも買って帰ろうか」
「おーいいねー。わたしはスイカ棒にするー」
とっさに誤魔化したが、この二人がそういうことに無頓着なタイプで助かったよ。
「ひっひっひ、若いねえ」
後ろで婆さんがからかってくる。ほっといてくれ。
お風呂回もとい婆回でした。エヴァの劇場最新回はいつやるのでしょうか。
次回更新は明日の夜になります。フィールとの出会いの話にするか、フェリシアが来る原因になった部下の話にするかで悩んでいます。
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