6 六畳間とサキュバス
今回から新キャラが登場します。
この後も度々登場する予定です。
「大変不躾なお願いであるとは分かっているのですが、私の事を嬲っていただけないでしょうか?」
とある日の午後、押入れの戸を開いて現れた銀髪の女性。フェリシアの秘書だという女性は、俺の目を真っ直ぐに見てそう言い切った。
……ちょっと何を言ってるのか分からないです。
今日も今日とて、暑さに耐えながらフィールと共に作業をしていた。
「ねーソーイチロー。エアコン買い換えようよ。こいつもう限界だって」
「確かになー。明日にでも町に出るかー」
人ごみは嫌いだけど、ここは心を決めて外に出よう。
「あー汗でシャツがくっつくのがいらいらするわー」
シャツの首元を引っ張り、少しでも空気を入れようとするフィール。
今の格好はTシャツに短パンスタイル。とてもでは無いが言われなければ天使だとは思えない。それにしても、その『死ぬ事以外はかすり傷』って書かれたTシャツは何処で買ってきたんだ。俺も欲しい。
そんな折に、いつものようにガラリと押入れの戸が開いて、その奥からフェリシアが姿を現した。
ん? 後ろにもう一人居るな。誰だ?
「ごめんねソーイチロー。この子がどうしても挨拶をしておきたいって言うから連れて来ちゃった」
「いつも魔王様がお世話になっております。魔王様の秘書を勤めさせていただいているシルヴェリアと申します」
フェリシアの後ろから姿を現したのは、銀色の髪を肩口で切りそろえ、メイド服のような物に身を包んだ美人さんだ。
手本のようなお辞儀をして見せたシルヴェリアと名乗る女性は、どうやらフェリシアの秘書のようだ。
「ああ、俺は蒼一朗だ。よろしく」
「シルちゃんじゃんおひさー」
フィール、それフェリシアの時と全く同じ挨拶じゃねえか。
「お久しぶりです大天使フィール様。そしてソーイチロー様、いつも感謝しております。ここに来るようになってから、魔王様が休息を取ってくれるようになり、大変助かっております」
あー、なんかちょっと前に言ってたな。部下にもっと休めって泣きつかれたって。このことか。
「それは別に感謝されるような事では無いと思うけど……毎日毎日けっこう長い時間こっちで休んでるけど、それは大丈夫なのか?」
長いときだと半日くらいこっちでぐーたらゲームしてる日もあるからな。
「ええ、そもそも魔王様のやらなければいけない仕事などたかが知れているのです。このお方は放っておくと部下の仕事までやってしまうので」
ああ、そういう事か。初めて会った時仕事に圧殺されそうだとかぼやいていたが、こいつはアレだ、仕事中毒ってやつだ。
「だって自分で出来る仕事は自分でやったほうがいいじゃない」
「ちゃんと部下に仕事を振って下さい。雇用を生み出すのも魔王様の仕事ですよ」
「そういうものかしら」
まあこれに関してはシルヴェリアが正しいな。
……それにしても、さっきからシルヴェリアが俺から目を離さない。フェリシアと話しているときも俺の方をガン見している。何かしただろうか?
「ソーイチロー様、一つよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
俺から目を離さないシルヴェリア。そして冒頭の台詞を言い放ったわけだ。
「大変不躾なお願いであるとは分かっているのですが、私の事を嬲っていただけないでしょうか?」
とな。
……この人が何を言っているのか、誰か説明してくれないでしょうか。
「あちゃー、ここで出ちゃうのかー」
シルヴェリアの隣に立っていたフェリシアが頭を抱えている。
「あのねソーイチロー。この子はサキュバスなの」
サキュバスというと、ファンタジーなんかでよく出てくる淫魔の事か。男に淫らな夢を見せて精気を吸い取るとか、場合によっちゃ直接肉体関係に及ぶ事もあるな。
それで? そのサキュバスがどうしたって?
「それでね、サキュバスってのは好みのタイプに出会うと初対面でも興奮するわけ。とりわけこの子は虐げられたり嬲られたりする事に興奮するタイプだから......」
……なるほど。それで先ほどから顔を赤くして俺をガン見していた訳か。
新しく俺の部屋に現れた異世界人は、ドMサキュバスだったようだ。
「えーと、それで俺はどうすればいいんですかね?」
「シルちゃんのお望み通り言葉で嬲ってあげればいいんじゃない?」
いやいや、初対面の人相手にそれは難易度高いって。
「あのー、シルヴェリアさん?」
「シルと、そうお呼び下さい。ソーイチロー様」
ぐいっと距離を詰め、俺の両手を握りしめてそう言うシルヴェリア。というか近い近い!
さっきまでメイド服姿だったのにいつの間にか黒いボンテージみたいな衣装になってるし。さっきまで無かった尻尾まで生えてきてるし!
「もうこうなったら止まらないから。諦めてやってあげたら? それにしても、シルが男相手に発情するなんて初めての事よ?」
男相手に、って事は今まで女に発情していたって事かよ。このサキュバス属性を詰め込みすぎて大変な事になっているな。
というか手を撫でるのをやめろ!
「分かった分かった、やるから! とりあえず手を離して離れてくれ」
俺も興奮しない訳じゃないんだから。美人に近づかれるだけで身体が反応しちゃうから!
俺の言葉に納得してくれたのか、シルが俺の手を離し、一歩はなれてこちらを見ている。あー、初対面でも分かるわ、めちゃくちゃ期待してる目だわー。
つうか言葉で嬲るっつったってそんなんやった事当然やった事無いわけで。マジで何を言っていいのやら。
「ソーイチロー小説家なんだから、そのくらいぱぱっと出てくるもんじゃ無いの?」
小説家にそんな期待をしないでくれ。毎度毎度血を吐く思いで考えて書いてるんだから、そんなささっと出てくるなら苦労しないわ。
……そうだ。フィールの言葉で一つ思いついた。この間読んだ小説に丁度良いシーンがあったな。この際それを引用しよう。
台詞は決まった。あとは心の準備だけ。
一度大きく深呼吸し、心を整える。七海蒼一朗、心頭滅却だ。この後来るであろう衝撃に耐える準備をしろ。
よし、行くぞ。
「おい、この雌豚が。誰の許可を取ってそこに立って居やがる。さっさと頭を下げねえか」
「は、はい!」
こんな感じでいいのかな? 本人は嬉しそうに跪いてるからとりあえずこのまま行こう。
「ふん、この淫乱な豚め。どうせ俺の事を見ながらしょうもない妄想でもしてたんだろう? ほら言ってみろ、お前の矮小な頭を絞って考えた妄想を、この俺に話してみせろ」
「はい、ソーイチ、いえご主人様に激しく罵られながら身体に鞭を与えられ、その後は......」
自分で言っておいてなんだが、その後が聞きたくない。とりあえずカットしよう。
「哀れな豚だ。人から精気を吸い取るしか能のない醜い淫魔が、よくもまあのうのうと俺の家に足を踏み入れたものだ。お前のような豚は家畜のように外で啼いているのがお似合いだ」
「ひゃい! 私は醜い豚です! ご主人様の家畜ですぅ!」
とても嬉しそうだ。顔は上気し、涎が垂れてもうべとべとだ。
その後も、シルが満足するまで俺の言葉攻めは続いた。え? 他にどんな事を言ったのかって? 勘弁してくれ。
興奮しすぎて気絶したシルが、畳の上にあられもない姿で横たわっている。見た目だけで言ったら完全に事後だ。
っと不味い。そんなシルの姿を見ていたら俺の体の一部も反応しかけている。これがフィールにばれたらまた面倒な事になりそうだ。
昨日テレビで見た相撲の試合を思い出せ。激しくぶつかり合う男達の肉体と、飛び散る汗を。
……よし、なんとかおさまってくれたようだ。
「いやー凄いねソーイチロー。役者顔負けの演技だったよ」
「そうね。ここまで満足そうな顔をしているシルは初めて見たわ」
こんな事で褒められても全く嬉しくないぞ。
「んで? どうするんだよこれ。完全に伸びてるぞ」
「まあ一時間もすれば起きるでしょう。その間ゆっくりさせてもらうわ」
そう言い、ゲーム機の電源をつけるフェリシア。フィールは夏コミ用の原稿に戻るようだ。
俺も仕事に戻ろう。
そう思いながら、出来るだけ倒れているシルを目に入れないようにして、日常へと戻っていくのであった。
その後、気を取り戻したシルは帰って行ったのだが、それからちょくちょく俺の部屋を訪れるようになった。
そのたびに言葉攻めを考えていたので、俺は言葉責めに対する知識も深くなった。
試しに小説にドSの男キャラを出してみたところ、これが人気を呼んで俺の小説がより売れるようになったのだが、別にシルに感謝する事は無かった。
新キャラ、魔王の秘書にしてサキュバスのシルヴェリアさんでした。はい、ただのドMです。肉体的なのも精神的なのもイけるタイプのハイブリッドな奴です。一応R15指定した方がいいのでしょうか。
次回更新は明日の夜になります。
次回「魔王と銭湯」
六畳間の外に出ます。俗に言うお風呂回です。