シスターズ編9 一人目の四天王
空への渇望。人類の思い描く夢の一つである。
古来から人々は、その広大な空を目指し日々技術を磨いてきた。十九世紀初頭、アメリカで世界初の本格的な有人飛行実験が成功。それ以降、僅か百年の間に技術は進歩し、今では誰でも金さえ払えば空の旅を楽しむ事が出来るようになった。
人の夢はそれで終わることなく、今では宇宙旅行すら現実のものになろうとしている。
しかし当然ながらリスクというものは存在する。近年でも、飛行機の事故というのは良く聞く話ではあるし、それに伴う死亡事故というのも残念ながら無くならない。
明確なリスクがそこに存在している以上、危機感を持って行動するというのは人間として必要な事なのだ。
「だから高い所が怖いというのも仕方が無い事だと思うんだ」
「はいはい。長々とどうも。しゃべってる間に落ち着いた?」
はい、やっぱり俺の高所恐怖症はドラゴンの上でも駄目でした。
今は情けなく地面に四肢をついてフィールに介抱されている。
「情けねーな兄ちゃんは。どうせあんぐらいの高さだったら落ちても死にやしねーってのに」
「……いや死ぬわ。少なくとも俺は」
普通に高度百メートル以上はあったぞ。東京タワーの展望台に上って以来だわあんな高さ。
……いや、つい最近何回か空中からの自由落下があったな。
「パパ、ごめんなの。こないだ一緒に落ちたときに十分以上立ち上がれなかったの忘れてたの」
ああ、初めて魔界に以降としてあの村の近くに落ちた時の事か。あの時はあまりの恐怖に漏らす寸前だったからな。地面の上に存在できている事のありがたみを深く感じたよ。
「というか何で高所恐怖症なの? なんか切っ掛けでもあったの?」
「いや……特には無いな。ほら、なんか高い所に上ると落ちたときのことを鮮明に想像しちゃうんだよなー」
「想像力が高いとそうなるのかねー」
他にも先端恐怖症とか、閉所恐怖症とかも同じようなもんだと思うけどな。刺さったときの事とか閉じ込められた時の事が想像できるから怖いんだ。
「あ、そんな事よりもさ」
「そんな事って」
「移動中に竜之介から聞いたんだけど、この先四天王とかいう連中がいるらしいよ」
四天王、ねえ。というかここまで来てなんだけど、イマイチ何をすればいいのか分かってないんだよな。
「この世界の邪神は魔族を支配しているようなのですが、そもそもこの世界の魔族は人間とは敵対していないようですね。その四天王とやらも邪神に洗脳されている可能性が高いです。できるだけ穏便に解決したいですね」
こまった時の凛、とばかりに、すぐさま凛からの説明が入る。中二病さえなければ完璧美人さんなんだけどな。
「んで、その四天王ってのは?」
『そこは自分から。四天王は元々魔王様の臣下の中で最強の四人に与えられる称号です。現在はおそらく邪神の眷属になってしまっているでしょう』
なるほど、よくあるやつだな。
『この間までは一人欠員が出て三人だったのですが、最近補充されて四人に戻ったらしいですね』
「詳しいな竜之介」
『妹が四天王の一人ですので』
どうやら竜之介と竜姫は兄妹のようだ。竜之介が長男で、竜姫が長女、そしてその四天王の妹の三人兄妹らしい。
「妹は四天王なのに二人は下っ端なのか」
『それを言われると弱いですね。まあ妹は戦闘だけはべらぼうに得意でしたから……』
「なんか含みのある言い方だな」
そこで一度口を噤み考え込む竜之介。
「なんといいますか、性格に問題があるといいますか……まあその内出会うと思いますので」
なんか気になる言い方だが、まあいいか。
『それと、その最近加入した新しい四天王の方なのですが、どうやら異世界から召喚された方のようです』
邪神も異世界から戦力を補充してくるのか。やっかいだな。
『なんでもオークの方で、これがまた強いらしいですね』
オークっていうと雑魚キャラのイメージが強いが、まあそんな事もあるのか。
ともかくここから先は徒歩で進む次第となっている。これは別に俺を気遣っているわけではなく、この先は本格的に魔属領になっているらしく、ドラゴンに乗っての移動では格好の的になるからだ。
決して俺が空が嫌だからでは無い。
「まあ別にそのまま飛んでいっても魔族の魔法くらいなら迎撃できますけどね」
凛よ、それは言わないでくれよ。
そんな感じで、徒歩で進む事数時間。その間ちょっとした魔物との戦闘が数回あったくらいで、特筆するような事は無かった。
『そろそろ件のオークの方が守っている砦ですね』
そんな竜之介の言葉のとおり、眼前に現れたのはそれはそれは大きな砦だ。ちょっと中国っぽいデザインだな。
その前にずらりと並んでいるのは、邪神の軍勢だろうか。まあ俺たちは特に隠れる事無く進んで来たから、向こうにも俺たちの動きは筒抜けだっただろう。
敵の姿は見えてきたが、俺たちの歩みは特に変わることなくのんびりとしたものだ。
「随分と数を揃えてきましたね」
凛の言うとおり、目算で一万人くらいは居るんじゃないかな。武道館のライブに行ったときがこんな感じだった気がする。
「あの先頭に立ってるのが四天王なのかな?」
目を凝らしてみれば、確かに先頭に立った重鎧のヤツがオークっぽい顔をしているような気がする。
「んで、どうするんだ? 向こうは邪神に操られてるんだろ?」
「どーんと竜之介たちのブレスでなぎ払えばいいのー」
いや駄目だろ。アズ、お前は今までの話を聞いて無かったのか。
「冗談なのー」
本気か冗談か分かりづらいな。
そんな感じで敵の軍勢を前にわちゃわちゃと作戦会議をしていた俺たちを相手に痺れを切らしたのか、向こうの軍勢から四天王と思われる人物が前へと出てきた。
近づいてくると、確かにオークのようだ。しかしどこかで見た事があるような気がするな。
「あー、あのー勇者の人たちっすよねー。一応聞いときますけど、帰ってもらうわけには……あれ? ソーさんじゃないっすか。何してるんすかこんな所で」
ああやっぱり。四天王のオークってのはヤスヒロの事だったようだ。
「いやマジビックリですよ。勇者が来たっていうから来てみればソーさんとフィールさんがいるんすから。というかなんすかこれ、ハーレムじゃないっすか! 何してんすか僕が異世界で苦労してる間に!」
騒がしいなこいつも。
ヤスヒロの話では、ある日突然邪神によって召喚されて、帰りたければ勇者を倒せと言われたらしい。
後ろについてきている軍勢は、邪神によって洗脳された魔族の人たちらしく、今はヤスヒロの命令に従うようになっているらしい。
「というかソーさんがいるなら別に邪神の命令に従わなくても帰れますよね、僕」
「まあそうなるわな」
「後聞きたかったんすけど、後ろにいるゴーストのおねえさんたちとか精霊とか、この美少女たちとかなんなんすか?」
おねえさん、という言葉に反応したゴーストのおばちゃんたちが一斉に色めき立つ。
『あらーよく分かってるじゃないこの子』
『おねえさんですって』
『飴ちゃんあげようかしら』
なんかこいつってこういう所ホントに如才ないよな。どこの世界でも上手くやっていけそうだ。
「この二人は俺の義妹で、後はなんかついて来た」
「なんかって……まあソーさんらしいっすね」
らしいで納得されるのは甚だ不本意だが、まあ話が早くて助かる。
「まあ僕も邪神に従う理由は無くなりましたし……ソーさんは邪神を倒しに来たんすよね。どうせですから付き合いますよ」
「それは別にいいが……後ろの人たちはどうするんだ?」
「砦に待機しといてもらえればいいんじゃないすか?」
まあそうか。
そんな訳で、さらに人員を増やした俺たち一行は、邪神目指して歩みを進めて行くのであった。
今の所ほとんどの戦闘は回避してきてるな。
「ほとんどお兄様が原因ですけどね」
確かに。意外と俺も役に立っているのかも知れないな。
久しぶりのヤスヒロ。実は筆者お気に入りのキャラだったりします。
~そのころの六畳間~
リア「やべえ、思ったより帰って来ねえ」
フェリ「もう三日経ったわね。ヘルフリッツも何故か帰ってこないし」
リア「流石に毎日カップめんだと飽きるな」
フェリ「とはいえ料理なんて作れないしね」
リア「なんであーしが作るとあんなにまずい料理が出来るんだろうな」
フェリ「この世の神秘ね」
リア「レシピどおりなはずなんだけどなー」




