シスターズ編4 迷いの森
シスターズ編四話になります。
迷いの森。立ち入ったものはその濃密な瘴気と、過去の亡霊達に惑わされる。ある者は正気を失い、ある者は気力を失い、一度立ち入ったものは二度と外に出てくる事はかなわないという。
曰く、迷いの森に立ち入り、そしてその命を森で失った者は亡霊として森に残り、自分達と同様に立ち入る者を惑わすのだとか。
「――という話ですわ」
腕を組み、迷いの森に関するレクチャーをしてくれるミナリーゼ。
「なあ、いつも思うんだけどこの手の話ってのは生きて帰ってきたヤツが居ないのに何で詳細まで分かるんだ?」
「それは大体が普通に帰ってくるからですわ。盛りに盛られた話ですわね」
こうやって怪談とかって広がって行くんだろうな。
「お兄様、とはいえ帰ってきた冒険者達が憔悴しきっていた、というのは本当の話です。気を引き締めて行きましょう」
凛は真面目だな。
俺たちは今、その迷いの森に足を踏み入れたところだ。今のところ、普通の森にしか見えないな。
「普通の魔物はあまり出ないようですが、その代わりゴースト系の魔物が大量に出現するようです。ゴースト系の魔物は人間の前に姿を現さず、人の精神に干渉する魔法を使うらしいので気をつけて下さいね」
見えない敵のよく分からない魔法に気をつけろって言われてもなー。
「まあソーイチローの事はわたしに任せとけばいいよ」
なんて頼りがいがあるんだ。いつもは食っちゃ寝するだけなのに。
それにしても陰気臭い場所だなここは。鬱蒼と茂った木々が頭上を覆い隠し、まだまだ日は高いというのにほとんど光が入ってこない。
隣で精霊が光を照らしてくれてはいるが、かなり視界が悪い……ん?
「なあ凛。ゴーストってのは人の眼には見えないんだよな?」
「ええ。彼らは人に見えないのをいい事に好き放題する魔物ですから」
なるほど。ゴーストって言えば幽霊みたいなもんだもんな。
まあ一言で言うと、もう見えてるんだこれが。
少し先の木陰に佇む人影。遠目でははっきりとは見えないが、確かに誰かが居る事だけは分かる。他の誰も反応していない事をみると、どうやら俺にだけ見えているようだ。
「ねえソーイチロー。もしかして居るの?」
「ああ、あっちの木陰のところに一人」
俺が指差した先に、俺以外の全員の視線が集まる。
「なんも見えねーけどな。兄ちゃんホントに見えてんの?」
そう呟くアリス。そんなアリスに詰め寄った凛が、その両頬をつまむ。
「アリス。アナタはお兄様の言う事が信じられないと?」
「イタタタタ! ちょ痛いってば! だって見えないもんは見えねーもん!」
「凛ー。その辺にしといてやれー」
なにやらわちゃわちゃとじゃれだした妹たち二人。凛は昔から人のことを信じやすいからなあ。悪いやつに騙されないか不安だ。
「というか、本当に見えてるんですの? ワタクシには何も見えませんし感じませんわ」
「うーん。言われてみれば、何となく違和感があるような気が……しないでもなくもないかもしれない」
どっちなんだ。お前絶対何も感じてないだろ。
そんな感じで緊張感の無い会話をしながら、件の木陰まで近づいてきてしまった俺たち。人影はその間も動くことなく佇んでいる。
近づいてくるにつれて、人影の風貌がはっきりとしてきた……が、これは……
「兄ちゃんどうしたんだ? 目なんかこすって。花粉症か?」
んな訳あるかい。
「いや、なんか思ってたのと違うっていうかなんつーか」
と、その時。今まで動かなかったゴーストがついに動き始めた。そのまま地を滑る様にするするとこちらに近づいて来る。
『あら、もしかして貴方、見えてるのかしら?』
うわ、話しかけてきた。とりあえず返事をしないと。
「ああ、見えてるぞ」
「兄ちゃん、何言ってんだ?」
そうか、はたから見たら虚空に話しかけてるみたいになるのか。どおりで昔から独り言が多いとよく言われたわけだ。
『あらあらあらあら! 珍しい体質なのねえ。それにイケメンじゃないの! お姐さん嬉しくなっちゃうわあ』
『ちょっとアナタ、さっきから何を煩く……って何よこの子達』
『あらー。可愛い子達じゃないの』
おいおいおい、なんか他のゴーストまで集まってきたぞ。いや、集まってきたのは良いんだが……
『というか何よアンタ。自分の事お姐さんとか言っちゃって。アンタなんておばさんで十分よ』
『何言ってんのよ。アンタもあんまし変わらないでしょうが』
『ちょっと煩いわよおばさんタチ。イケメンが引いてるじゃないの』
なんか大阪のおばちゃんみたいなのばっかりなんだけど。
いや、人の年齢に突っ込むのは野暮だと分かっているが、ここに集まっているゴーストたちはどう考えてもおばちゃんって感じだ。
おまけに皆見事なおばちゃんパーマに派手な服装。なんで異世界に来て豹柄のおばちゃんを見なきゃならんのか。
「お兄様? どうしたのですか?」
あまりの光景に硬直した俺を心配した凛が声を掛けて来るが、なかなかこのショックから立ち直る事が出来ない。
いやホントに、なんやねんこれ。
『ちょっとあんた達、さっきから何を煩くして……あら、何このイケメン?』
俺が呆然としている間にも、おばちゃんの数は増えていく。完全にちょっとした井戸端会議状態だ。
というかゴーストってのはおばちゃんしか居ないのか?
「あのーちょっといいか?」
『あらあら、本当に見えてるのねー。何、どうしたのかしら?』
「あの、仲間たちには見えてないみたいなんで、人にも見えるように出来たりしないですかね?」
おばちゃんたちの圧に押されて、ついつい敬語になってしまった。
『あら、見えてるのはアナタだけなのね』
『人の前に姿を見せるなんて久しぶりじゃないの?』
『ちょっと、今日は化粧のノリがあんまり良くなかったのよね』
がやがやと騒ぎ始めたおばちゃんたち。俺の目には何も変わった事は無いが、他の皆には違ったようだ。
「うわ、いきなりババアが!」
どう考えても失礼な発言で驚いてみせたのはアリスだ。流石はアホの子。
『あらあら、アンタババアだなんて言われてるわよ?』
『アンタの事でしょう?』
『アンタたち両方ともババアじゃないの』
そんな失礼な発言だったが、ゴーストおばちゃんたちは特に気にもしていないようだ。
他の面々はといえば、皆絶句したままだ。まあ無理も無い。いきなり目の前に十数人の宙に浮く大阪のおばちゃんたちが現れたら誰だってそうなる。
「なあおばちゃん、その服イカスな!」
『あら、この娘嬉しい事言ってくれるじゃないの』
『アナタ、センスあるわねぇ』
もう馴染んでるアリスが異常なだけだ。なんというコミュ力。
周りを見渡してみれば、ついて来た精霊たちもなにやらおばちゃんたちと馴染んでるな。ゴーストと精霊ってなんか対照的な感じだけど。
「ゴーストも精霊も似たようなものよ。それにしても貴方、本当に変な体質ね」
俺の肩にとまっていた光の精霊が疑問に答えてくれるようだ。そういや、ずっと精霊とだけ呼んでいたけど、精霊って名前とかあるのか?
「……? 何よ? 名前? 私の名前だったらルミエーラだけど?」
あ、意外とあっさり教えてくれたな。
「精霊が名前を教えるなんて……最上位の精霊魔道士ですら不可能だというのに……」
後ろでミナリーゼが何やら言っているが、アリスとおばちゃんたちがうるさすぎて何言ってるか分からんな。
というかなんだ。亡霊の出る迷いの森って聞いてたからちょっと身構えてたけど、案外大したこと無いな。おばちゃんの森じゃねえか。
ちょいと更新が遅くなりがちですが、ちゃんと生きてます。
~その頃の六畳間~
リア「ねえ、その紙って何?」
フェリシア「ソーイチローの置手紙ね。お金と一緒においてあったわ」
リア「ふーん……え? なんか電気代とガス代払っておいてって書いてあるんだけど……」
魔王「……え?」
ロボ子「払い込み票がこの辺に……合計いちまんにせんえん……」
魔王「……え?」




