42 蒼一朗尾行作戦 その1
フィール視点のお話です。
「ねえ、ソーイチローって一体何者なのかしら」
とある日の昼下がり、いつものようにだらだらとゲームをプレイしていたフェリちゃんが、ゲームの手を止めてそんな事を聞いてきた。
今日はソーイチローはお出かけ、というか編集との打ち合わせがあるとかで街まで出かけている。夜は作家同士の集まりがあるらしく、今日は珍しく夜まで帰ってこない。
そんな訳で、こうしてフェリちゃんと二人でだらっと過ごしてたんだけど……
「何者、ってどういうこと?」
何者もなにも、普通の一般人だと思うけど。
「何者っていう言い方はちょっと違うわね。ほら、私たちってソーイチローの事をあんまり知らないなって思ったのよ」
あーそういう事か。
確かに、一年以上一緒に過ごして来たけど、あんまりソーイチローの事ってよく知らないかも。義妹が居るって事も最近知ったくらいだし。
「それに、こんなにぽこじゃか異世界から人が来るのに全然動じないでしょ? 私が最初に来た時も動揺して無かったし」
ぽこじゃかって、どんな語彙力よ。
「それは慣れたからじゃないの?」
「そんな簡単に慣れるのがおかしいのよ。それにフィールが来る前もたまに異世界との扉は開いてたんでしょう?」
……確かに。この部屋がしょっちゅう異世界に繋がるようになったのはわたしのせいだけど、その前からたまにそういう事はあったって言ってたような気がする。
うん、そう考えるとちょっと気になってきたかも。
そんな事を思っていると、ゲームの電源を落としたフェリちゃんが衣装箱をごそごそと漁っているのが見える。
取り出して来たのは、わたしたちが普段着ないような街に出かけるような私服のセット。この娘は何をしようというのだろう。
ぱぱぱっとその服に着替えると、どこから取り出したのかサングラスを掛けてばっちり決めてみせるフェリちゃん。
「という訳で、ソーイチロー追跡プロジェクト、始動よ!」
え、何それちょっと面白そうなんだけど。
「じゃあこれ、フィールの分ね」
どさっと新品の服をまとめてわたしに押し付けてくるフェリちゃん。当人は黒いカーディガンと白のパンツが良く決まっている。サングラスをかけるとお忍びの芸能人のようだ。
対してわたしに渡してきた服は……なんだろう、なんかラッパーとかが着てるような感じかな?
だぼっとしたパーカーと、サルエルって言うんだっけ、このぼふっとしたズボン。ご丁寧に帽子まで用意してあるし。
まあわざわざ用意してくれたんだし、文句を言わずに着るけどもさ。
「そういえば、こんな服いつの間に用意してたの?」
「こんな事もあろうかと、動画の広告収入で買っておいたのよ」
「でもわたし達こんな荷物が届いてた事知らないよ?」
基本的に外出しないわたし達が知らないのだから、この部屋にこの荷物が届いた事は無いハズだ。それにフェリちゃんが一人で外に出かけた事も無いハズだし……
「ヘルフリッツの所に届けて貰ったのよ」
ああ、なるほどね。
場所を移して、市内の繁華街までやってきた。今日は平日という事もあり、そこまで人ごみは激しくないね。
「うーん、確かこの辺だったと思うんだけど……」
昨日ソーイチローはカフェで打ち合わせって言ってたんだよね。たぶんこの辺のカフェで間違ってないと思うんだけど。
「ねえフィール、あれじゃない?」
フェリちゃんの指差す方向を見てみれば、いつもの見慣れた覇気の無い顔が見えた。
ちょいと洒落たカフェの窓際で、一人の女性と楽しそうに話しているソーイチロー。ふうん、編集って女の人だったんだね。それは聞いてないなあ。
「ちょ、ちょっとフィール? 魔力が漏れてるわよ」
おっと、少し心が荒ぶってしまったみたいだ。周りの人たちがちょっと硬直してしまっている。失礼失礼。
気を静めてヤツの観察に戻ろう。
とりあえずカフェの正面のハンバーガーショップにでも入ろうかと思っていると、不意にわたしたちに話しかけてきた人間が居た。
「ねー君タチ暇してる感じ? それなら俺タチと遊ばない?」
……なんだ、ナンパか。まあわたしはともかくフェリちゃんはめちゃくちゃ目立ってるからね、無理も無いかも。
ただ、今のわたしにはそんな暇は無いのだ。
「……あ゛?」
「ちょっとフィール、ガラ悪いわよ」
おっと、またしても魔力が漏れてしまった。まあ、ナンパボーイたちも威圧されたのか、素直にどこかに行ってくれたのでいいとしよう。
「そういえば、ソーイチローって何歳なのかしら。見た目的には二十歳くらいだけど」
ハンバーガーショップに入り、一息つきながらもソーイチローの観察を続ける。うん、やっぱ美味しいね月見ってやつは。
「ん? えっと二十四、だったかな? あ、この間誕生日だったから二十五歳か」
下手すりゃ未成年に見えそうなソーイチローだが、見かけによらず二十台も中盤なのだ。
「意外と行ってるわね。まあ一人暮らしで自立してりゃそんなものかもね」
もぐもぐとフィッシュバーガーを食べながらそう溢すフェリちゃん。それにしても、さっきから観察してるけどあんまり動きが無いね。
一緒に居る編集と思わしき女性だが、キツそうな顔つきだがかなりの美人だ。アニメに出てくるような女教師って感じ。ソーイチローってああいうのが好みなのかな?
「ああやって外にいると、ソーイチローってモブ顔よね」
「フェリちゃんって可愛い顔して結構えげつない事言うよね。まあ否定しないけど」
確かにモブ顔なんだよね。人ごみに紛れてたら見失っちゃいそう。こうやって見ていると本当に一般人にしか見えないね。
「あ、店を出るみたいよ」
カフェを出て、女編集者と別れるソーイチローを追跡する。たしか作家の集まりは都心でやるって言ってたから、このまま駅に向かうのかな?
ソーイチローにばれない様に、かなり距離を開けてついていく。スマホをいじりながらふらふらと頼りなく歩くソーイチローは予想を裏切り、そのまま繁華街の方へと歩いて行く。
「あれ、駅に行かないね」
「ともかく追いかけましょう」
繁華街をふらふらと歩いて行くソーイチロー。一体どこへ向かうのだろうか?
「ねえ、もしかしてちょっとアレな所に行くんじゃないかしら?」
「アレな所って?」
「ほら、そのソーイチローも男だし……」
ああ、そういう事ね。確かにそういう所に行くのであればついていくのは野暮かもしれない。
それでも追跡はやめないけどね!
「あ、アニメショップに入ってった」
まあどうせそんな事だろうと思ったよ。でもどうしよう、流石にあの狭い店内じゃバレちゃうよね。
そんな事を考えていると、フェリちゃんがちょいちょいとわたしの服を引っ張ってきた。
「ねえフィール、どうせ中には入れないんだからゲーセンで暇をつぶさない?」
たぶんフェリちゃんがゲームしたいだけなんだろうけど、まあいいか。
「ちょっと、フェリちゃんがゲームしすぎたせいでソーイチロー見失っちゃったじゃん!」
「しょ、しょうが無いじゃない。新曲があんなに出てるなんて知らなかったんだから!」
この娘ったら新曲を全部ノルマクリアするまで止めないんだから。まあわたしも色んなアニソンとか聞きながら楽しんでたから人のこと言えないんだけど。
「こうなったらしょうが無い、探知魔法を使うしかないね」
あんまりこの世界で魔法を使うのは褒められた事じゃないけど、探知程度なら他人にばれる心配も無いし、別にいいよね。
とにかく人気の少ない場所を探して、探知魔法を使って、ソーイチローの現在位置を探し出す。
「えーと、これは……移動中だね。スピード的には電車、ライン的にはJR横浜線かな?」
スマホのマップアプリと照らし合わせながら、ソーイチローが取る進路を推測していく。
飲み会の場所は都心って言ってたね。それで横浜線に乗ってるって事は、町田で乗り換えて小田急線を使うって事かな……?
それなら新宿が目的地ってのが濃厚だね。
「フェリちゃん、お金はまだまだ余ってるよね?」
「流石にタクシーで都心に行くほどは持ってないわよ?」
「なら電車で追っかけよう。とりあえず駅だね」
今更ながら、そこまで追いかける必要性があるのか疑問に思ってきたけど、ここまできたら最後までやりきろう。また別の女が出てくるかもしれないしね。
後編に続きます。ここまでご覧きありがとうございます。