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41 スライムと進化

 さて突然だが、今日はアズについて話をしたいと思う。


 最近では我が家のマスコットキャラクター的な立ち位置を確立しつつあるアズであるのだが、そもそもは我が家に迷い込んできた謎の生命体である。


 見かけこそはスライムなのだが、見かけによらず高度な知性を持ち、スライムとは思えない変形をする。最近ではかなり高い戦闘力を有している事も分かった。


 とはいえ、温厚な性格のアズは、いつも窓際で日向ぼっこをしているか、フィールに抱き枕にされている。


 何故このような話を始めたのかといえば、最近アズの様子がおかしいのである。







 異変に気づいたのは今日の朝。いつもであればフィールに抱き枕にされているアズが、いそいそと彼女の元を逃げ出して、せわしなく部屋の中を動き回っている事に気がついた。


 その事に気づかずに、大口を開けて寝こけているフィールを尻目に、あっちへとてとてこっちへぽよぽよ。何をする訳でもなく動き回っている。


「どうしたアズ。何かしたいことでもあるのか?」


 気になって声をかけてみるが、ふるふると震えるだけで、特にこちらに何か要望があるわけでは無いようだ。運動不足だろうか? 


 少し気になったものの、見たまんまスライムであるアズを部屋の外に出してやるわけにも行かず、どうしたものかと見ていたが、数分そうして部屋の中を動き回ったアズは、いつものように出窓の座布団の上に戻って動かなくなった。







「アズの様子が変?」


 昼飯の時に、昼前になってやっと起きてきたフィールにその事を話してみる。昼飯のサンドイッチを口いっぱいにほおばりながらアズの様子を伺うフィール。


 当のアズはあれから特に動く事も無く、出窓で静かに日光浴をしている。


「特に変な感じはしないけど……しいて言えば、なんか前より魔力が多くなってるような気がしないでもないかなー」


 魔力か。出たなファンタジー。


 フィール曰く、このあいだのコンテストで大量の魔物を取り込んだことで成長したっぽいとの事だ。


「でもアズはわたし達の世界の生物じゃ無いから、わたし達の常識が通じるかといえば微妙なところだね」


 まあ確かに、本当にただのスライムなのかさえ怪しいところだからな。


 魔界で他のスライムを見かけたが、特に意思疎通が出来るような個体は居なかった。アズが特殊なのか、それともアズの居た世界のスライムが皆そうなのかは分からないが。


 フィールと二人、昼飯を食べながらそんな話をしていると、押入れの引き戸が開く。この時間だとフェリシアかな。


 案の定、押入れの闇から現れたのは、魔王仕様の黒いドレスを身にまとったフェリシア。昼飯を食べたかどうか聞くと、まだ食べてないという事なので、フェリシアの分のサンドイッチも用意する。


「アズの様子、ねえ」


 風呂場で部屋着に着替えてきたフェリシアにもフィールにしたのと同じ話をしてみるが、芳しい答えは返ってこない。


 そもそもスライムは魔界ではあまり興味を持たれないモンスターのようで、研究なども特にされていないようだ。








 それから数時間が経ち、日も落ちてきた。


 アズに変わった所は無い。しいて言うのであれば、いつもなら俺がちゃぶ台で執筆していると、俺の膝の上に乗ってくるアズが、今日は来なかった事だろうか。


 とはいえ特筆するような事は他に無く、アニメを見たいフィールとゲームが続けたいフェリシアがテレビの取り合いをしているのを尻目に見つつ、晩飯の用意をしようかと席を立った時だった。


「ちょっとフェリちゃん、そろそろ『いせたま』の再放送が始まっちゃうんだけどー」


「あと三分、三分でこのステージを終わらせるからちょっと待って。ああ、この木の葉が避けれない!」


 『いせたま』は、去年放送されていたアニメで、正式名称『異世界でたまたま英雄になった俺』だ。フィールは再放送から見始めているので、見逃す事は許せないだろう。


 対するフェリシアも、最近リメイクされたアクションゲームに夢中だ。昔ならタイム連打という荒業が使えたけど、リメイク版だと上手く行かないんだよな。


 そんな二人を、喧嘩にならなきゃいいなあと思いながら見ていた俺の目を、唐突に激しい光が襲った。


「うわ、なんじゃこりゃ!」


 業務用のスポットライトもかくや、という光量を放つのは、出窓に居たアズだ。


「うわ、何これ!」


 争っていたフィールとフェリシアも、腕と手で顔を覆い隠す。


 そんな状態が、数十秒ほども続いただろうか。


 強い光がだんだんと弱まっていく。俺は目に光の直撃を受けてしまった為、周囲の状況を把握する事が出来ない。


「え? アズ?」


「うわ、こんな事あるのね」


 二人の声で、アズに何か異変が起こったが、危機的な状況で無い事だけは分かる。


 未だにちかちかとちらつくが、徐々に目が回復し、視界に景色が戻ってくる。


「パパ!」


 視力は戻ったが、目の前の光景を受け入れる事が出来ない。


 出窓に居たアズが消え、代わりに素っ裸の幼女がこちらに手を伸ばしていた。




 




「えっと、これは一体どういう事だ?」


 目の前に座る裸の幼女。空の様な青いショートヘアーと、それよりも少し濃い群青色の瞳。髪先がまるで意思を持っているかの様にうねうねと動いているのが印象的だ。


 ともかく、イマイチ状況が把握できない。まあなんとなく目の前に座るこの少女がアズだということは分かっている。なんとなく面影があるしな。


「パパの為に進化したの!」


 にこにことこちらに笑顔を向けるアズ(仮)と、呆然とするフィールとフェリシア。


「最近のスライムって凄いのね」


 お前ほんとそればっかだな。思考停止するのが早いんだよ。 


「えっと、アズ……でいいのか?」


「そうだよ!」


 ともかく、目の前のこの娘はアズで間違い無いらしい。とりあえず服を着せよう。


 フィールに頼み、彼女の私服をアズに着せてもらう。なんとなく居心地が悪かったので、その間俺は一旦部屋の外で待機していた。


「で、この間の魔物から吸収した魔力を使ってレベルアップしたから進化した……と」


 よく分からないが、アズ本人がそういうのであればそういう事なんだろう。


 今日の朝から様子がおかしかったのはその前兆だったらしい。


「でも何でソーイチローがパパなの? わたしの事は呼び捨てなのに」


「フィールって実質ニートだもん。パパはわたしたちの事を養ってくれてる、いわば保護者だからパパなの」


 ニートといわれたフィールが胸を押さえて苦しんでいるが、まあ間違っていないので放っておこう。


「でも、私はちゃんと魔王として仕事してるわよ?」


「フェリシアもこの家に居るときはぐーたらしてるだけだもん。ただ飯食らいじゃん」


「うっ」


 おっと、この短時間で二人をノックアウトした。中々凄い口撃力だ。


 その二人を見て、俺の膝の上でからからと笑うアズ。姿形が変わってもここがお気に入りのようだ。……頭の上じゃなくて本当に良かった。


「そういえば、何でアズは人型になったんだ?」


「だってこの姿じゃないとパパとお話できないもん」


 なんという親孝行な娘だろう。アズの一言で俺の中の父性が開花したような気がする。可愛いという言葉が頭の中を支配している。


「ソーイチローもノックダウンされたね」


「最近のスライムは凄いわね」


 そんな二人の言葉も、アズの可愛さに支配された俺の耳には入ってこなかった。








「あ、そろそろ時間かも?」


「ん? なんの時間だ?」


 リアも学校から帰ってきて、五人でちゃぶ台を囲みながら晩飯を食べていると、不意にアズがそんな事を言い出した。


 アズを見たリアの感想だが「すげーな、スライムぱねー」の一言だけで、すぐに馴染んだ。いいのかそれで。


「そろそろ元の姿に戻っちゃいそう」


 アズ曰く、人間の姿にちゃんと進化するにはまだまだレベルが足りなかったようだ。今回は俺にこの姿を早く見せる為の、制限時間付きの進化だったようだ。


 夕方の時と同じように、激しい光に包まれるアズ。収まった光の中には、いつもどおりの丸っこいアズが鎮座していた。


「さっきまで会話出来てた分、なんか前と見方が変わっちゃうね」


 フィールはそういうが、前から意思疎通は取れてたしあまり変わりは無い様に思えるが。


 アズが漬物を欲しがっているようなので、小皿に取り分けてアズに渡してやる。


「なあソー兄ぃ、そうか? みたいな顔してるけど、普通スライムとは意思の疎通なんてとれねえからな?」


 手に持った箸をくるくると回しながらそう言うリア。そうか? 割と分かりやすいと思うが。


「ソーイチローもだんだんと人間離れしてきてるよねー」


 失礼な。俺は一般人だってーの。





 その後も事あるごとにアズは制限時間付きとはいえ、人型に変化して過ごすようになった。


「ねーパパ、モンスター倒しに行こうよー」


 早くレベルアップしてちゃんと進化したいのか、たびたびモンスター狩りの提案をしてくるのは勘弁して欲しいが。


 どうやらウチのスライムは武闘派だったようだ。

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