39 モンスターの秋
早いもので、三十九話。閑話を入れると四十話目です。
九月も終わり、十月になった。
ついこの間までは夏の暑さに苦しんでいたというのに、気がつけば掛け布団を押入れから出す様な気温になってきた。
そういえば、エアコンを買い換えようと思っていたがなんやかんやそのままだったな。
「ヤバイ……もうあと八十日も無い……」
ちゃぶ台に広げたカレンダーを凝視し、何やら苦しんでいるフィール。ああ、冬コミか。確かにそろそろ動き始めないとまずいかもしれないな。
「前回印刷屋さんに迷惑かけたんだから、今回は早めに入稿できるようにしとけよー」
前回の夏コミでは、期限ギリギリの入稿。さらに誤植があったりなんだりで印刷屋さんには多大なる迷惑をかけた。担当の人は目が死んでいたな。
「分かってる、分かってるんだよ……でも、やろうと思うことと出来るかどうかはまた別の話なんだよねー」
なんて無責任な。まあ気持ちは分からないでもないが。
とまあそんな冬が近づいてきたことを実感していると、唐突に押入れの引き戸がガラガラと音を立てて開いた。
引き戸の奥から現れたのは……なんだろう、二足歩行の犬、かな? コボルトというやつだろうか?
「うわ、モンスターじゃん」
コボルトは全部で三匹。突然景色が変わったことに動揺しているのか、辺りをきょろきょろと見渡している。
「どうしよっかあれ。追い返す?」
「あー。まあ意思相通もとれなさそうだし、追い返すか」
「んじゃあまあほいっと。ちょっとした風ー」
フィールの指先からぶおんという音と共に突風が発生し、コボルトたちを押入れへと押し戻す。
ぎゃぎゃ、っという鳴き声をあげながら、コボルトたちは押入れの闇へと消えていった。
次の日の昼も、押入れからモンスターが現れた。
「うわ、汚ったねー」
今日は小学校が午前授業だったようで、リアも帰ってきている。リアの感想のとおり、今日現れたのはゴブリン。それも洋ゲーとかに出てくるめちゃくちゃ醜いタイプのやつだ。
「マジ汚ねえな。なあソー兄ぃ、あいつら蜂の巣にしていいか?」
「バカやめろ! この部屋を血で汚すんじゃねえ! フィール、頼む!」
とんちんかんな事を言い始めたリアを制止し、まだ穏便に済ませてくれるフィールに頼む。昨日のコボルトたちと同じように、押入れの奥へと吹き飛ばされていくゴブリン。
「なんかちょっと臭いな」
「窓開けるよー」
「ソー兄ぃ、ファブってどこにあんの?」
「キッチンの下にあると思うけど」
つーんと鼻にくる臭いが部屋に充満してしまった。これと戦ってる異世界の冒険者ってのは凄いな。俺にはとてもマネできんぞ。
「なんか昨日今日とモンスターが続くな」
「そういう季節なんじゃない?」
どんな季節だ。勘弁してほしいぞ。
この二日間を皮切りに、毎日のようにこの部屋にモンスターが訪れるようになってきた。一体何があったんだ? 普通に面倒なんだけど。
三日目。この日は朝と夕方。二回もモンスターが来た。
朝起きて直ぐ。学校にリアを送り出し、さて二度寝でもするかと布団に戻ろうとした時に現れたスライムと思わしき物体。
そろそろうっとおしいとしか思わなくなってきたそれは、ぼけっと見ている間にアズが吸収してしまった。
フィールに関しては布団から出てくる事すらしなかった。
夕方、夕食の準備をしている最中にも押入れが開く。
一目見てモンスターだと分かったので、フィールにアイコンタクトをして風の魔法で吹き飛ばしてもらう。チラッと見えたが、オークみたいな感じだったな。
去り際に「なんすか、ちょっと待……」と声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
四日目。この日は更に襲来するモンスターが増加した。そろそろ対策を練らないと夜もおちおち寝ていられなくなり始めた。
朝はゴブリン、ようよう臭くなりゆく部屋際。少し明かりて、あらわれたるはこうもりの群れ。ただ一つ二つであれど、うっとうしき事この上なき。
昼は植物。ローパーなる大きな植物などあらわれたり。触手を揺らしはいよる様はいと不快である。
夜は幽霊。ゆらゆらとゆれほのかに光る様は言うまでもなく。おどろいたる赤い髪の少女は発砲し、壁に穴を開けるもいとおかし。
……まじでそろそろうっとうしい。ただ原因が分からないし対応しようが無い。
五日目。この日は割と大人しい一日だった。昼に一度コボルトが来たくらいで、夜まで特に何も起きず、ゆったりとした一日を送る事が出来た。
晩飯を食べ終えて、フィールとリアと三人でテレビゲームをしてた頃、またしても押入れが開いた。
「お、これはちょっと強いのが来るね」
ピクリと動いたフィールのアホ毛が、ふらりふらりと揺れる。え、そのアホ毛ってセンサーみたいになってんの?
そんな疑問はともかく、今まで雑魚ばっかりだったのに急に趣が変わったな。
がらがらと押入れの引き戸が開き、その奥から現れたのは黒いオーラをまとい、豪奢な衣装に身をまとった白骨。禍々しい雰囲気は、今までのモンスターとは段違いだ。
「フィール、吹き飛ばしてくれ」
まあ相手がどんなに強かろうが、フィールの敵ではないだろう。フィールの指から放たれた突風がガイコツを押入れへと押し戻していく。
「ちょ、ちょまっ! ちょままちょっと待った!」
必死にその場に踏み留まろうと踏ん張るガイコツ。あれ、なんかこの感じ覚えがあるな。
「ねえソーイチロー。これヘルフリッツじゃない?」
……あー。確かに、初めて会ったときのヘルフリッツがこんな感じだったような気がする。そういや先週里帰りするとか言って魔界に行ってたような……
「ちょっと待って欲しいですぞフィール殿! それに風魔法は貧乳エルフの特権! 確かにフィール殿は貧乳ですがエルフではないはずですぞwww」
言いながら笑っちゃってるし。こりゃ間違いなくヘルフリッツだな。
「ねえソーイチロー。やっぱ吹き飛ばそうか。それとも跡形も無く消し去ろうか」
おっと、ヘルフリッツがフィールの地雷をしっかりと踏んでしまったようだ。ヘルフリッツ、草を生やしてる場合じゃ無いと思うぞ。
「えっと、それじゃあ今までやたらモンスターがこの部屋に来てたのは、ヘルフリッツのせいだという事か?」
人間の姿に変化した後、フィールにボコボコにされたヘルフリッツが、畳の上で正座している。
「ええ、拙者の作り出した新たな転移魔法陣の実験をしてきたのですが。どうやら不具合でその魔法陣が使用後も消えずに残ってしまっていたようで……」
どうもヘルフリッツは、この部屋以外に転移できる魔法陣を開発したようで、ここ最近はそれを使って様々な世界を飛び回っていたようだ。
その際に色んな世界に魔法陣を残してきてしまったらしい。それにたまたま乗ってしまったモンスターがこの世界に飛ばされてきたようだ。
「というかその魔法陣に乗ったんならヘルフリッツが使った魔法陣の場所に転移するんじゃないのか? なんでこの部屋に飛んで来るんだよ?」
「それがですな、そもそもこの部屋は様々な世界と極太のパイプで繋がっている状態なわけです。拙者が開発した魔法陣は、そのパイプに一度乗り、途中で横に逸れる事で別の世界に転移するのです。その際ある程度の魔力量を必要とするのですが、魔物の類ではその魔力を確保できないようですな」
なるほど。よく分からん。
よく分からんが、とにかくコイツが悪い事だけは分かった。
「ともかく、その魔法陣はしっかり消してきてくれ。このままじゃまともに生活すら出来やしない」
「それはもちろん。責任を持ってやらせていただきますぞ」
深々と頭を下げたヘルフリッツは、そう言うと押入れから異世界へと旅立って行った。これでここ数日のごたごたも解決だな。
後日、押入れから現れたヤスヒロから何やら苦情を受けた。先日のモンスターの中にヤスヒロが紛れていたらしく、この部屋に来た途端風で吹き飛ばされたらしい。
申し訳ないとも思うが、見た目がっつりモンスターだったんだから仕方がないと思う。いやほんとごめん。
ご覧頂きありがとうございます。
次回もだらっと過ごしていきます。フェリシアが久しぶりに帰ってきます。
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