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28 秋の味覚 ~魔界の場合~

少し早めに、秋のお話。作中も9月中旬、少し肌寒くなって来ましたね。

「私は帰って来たわ!」


 一週間ぶりに、フェリシアが俺の部屋を訪れた。


 最近仕事が忙しかったらしく、ずっと魔王城で詰めていたようだ。仕事から解放されたからか、心なしかテンションが高い。


 こいつも初めて会ったときは仕事の虫だったというのに、たった一月でずいぶんと変わってしまったようだ。


「おかえり、んでお疲れ。お茶飲むか?」


「いただくわ!」


 なんかキャラまで変わってないか? 鼻息荒く返事を返すと、何かを思い出したように風呂場へと走っていった。


 帰ってきたフェリシアは、先ほどまで着ていたドレスを脱ぎ去り、私物の文字入りTシャツとスウェットに着替えていた。


 そのままぼふん、と畳の上に倒れこむと、ぐでーっと表情を崩す。


「あー、やっぱこれね。魔王城も畳張りにしようかしら」


 畳をさすりながらそんな事を言い始めるフェリシア。にやにやしながら畳を撫でるその姿は、とてもじゃないが魔王には見えないな。







「そういえば、皆にお土産を持ってきたのよ」


「ちょっとその前にいいか? あれは放っておいてもいいのか?」


 部屋の隅では、簀巻きにされたシルがもぞもぞとうごめいている。フェリシアに遅れてやってきたシルは、フラストレーションが溜まっていたのか俺の姿を見るなり、サキュバスの姿に戻って飛び掛ってきた。


 すぐさまフェリシアとフィールによって捕獲され、簀巻きにされて部屋の隅に放り込まれていたが。


「いいのよ、放っときなさい」


 いいのか。


「さすがにドMとはいってもあれは可哀想じゃないか?」


 俺のその言葉に、まだこの変態の事が分かっていないのかとでも言いたげな視線を向けてくるフェリシア。


 ため息をつくと、シルのほうへと歩いて行き、口に噛まされていた猿轡を外す。


「ぶはっ、はあ……はあ……ソーイチロー様に視姦されながらの、緊縛プレイ……なんて高度な……」


 そこまで言った所で、再びフェリシアが猿轡を噛ます。うん、放っといてよさそうだね。


「なんか……すまん。それで、土産ってのは?」


 改めて話題を戻す。


 俺の問いかけに、胸の谷間から次々と木箱を取り出していくフェリシア。そこがアイテムボックスになっているのは前に聞いたが、なんか古臭い演出だよな。嫌いじゃないけど。


 次々と木箱が出現し、大小三つの木箱がちゃぶ台の上に積み上げられた。


「フェリちゃん、これってもしかして……」


 期待、と瞳に書いてあるような表情で木箱を凝視するフェリシアを見るに、これはとてもいいものなのだろうか。


「ふふ、ソーイチロー。驚きなさい、これは秋の味覚の王様……そう、マツタケよ!」


 マツタケ! これが全部マツタケなのか!


 わざわざためを作ってポーズを取りながら、仰々しく木箱の蓋を取り去るフェリシア。マツタケか、俺もちゃんとしたマツタケなんて見たことが無いから楽しみだ。


 どれどれ……これが……マツタ……ケ?


『よう兄ちゃん、調子はどうだ? なんだそんな狐に化かされたような顔をして』


 濃い顔のついたマツタケと思わしき何かが、木箱の中から渋い声で話しかけてきた。 


 なんじゃこりゃ。







『なんだ兄ちゃん、黙りこんじまって。悩みでもあるなら聞いてやろうか?』


 目の前の状況を認識出来ない。脳が受け入れを拒否している。


「なあ、フェリシア。これがマツタケだと言うのか?」


「ええ、今年初収穫の上物よ。秋といったらやっぱりマツタケよね」


 少なくとも、顔のついて喋るものをマツタケとは呼ばないと思うのだが。


 改めて、フェリシアがマツタケだと言い張る物体をよく観察してみよう。


 確かに、木箱を空けた瞬間にマツタケの芳醇な香りが広がった。フォルムもテレビなどで見るマツタケそのものだ。


『兄ちゃん、自分の常識ってー狭い世界だけで生きてるだけじゃ、お前の世界はつまらないままだぜ』


 うるせえよ。なんで俺はマツタケに人生諭されなあかんのじゃ。


 駄目だ、何度見ても濃ゆい顔がこちらを向いている。


「なあ、マツタケってのは生きてるのか?」


「ん? 生きてるし喋るわよ、マツタケだもの」


 何言ってるの? という表情でこちらを振り向くフェリシア。恐らく俺も同じような表情をしているだろう。


 まあ確かに、冷静に考えればこいつらの世界は何でもありのファンタジーだ。こういうこともあるのだろうが……


「なあ、どうしてこの謎生物の名前がマツタケなんだ?」


「なんでも昔人間の冒険者が名づけたらしいわよ? それまでは食用だと思われて無かったけど、その冒険者が世間に広めたらしいわ。今では高級食材として有名ね」


 またそいつか。絶対台風の名づけ親と同一人物だよな。 







 まあこいつがマツタケだという事は分かった。匂いもマツタケっぽいし、まあいいだろう。ただ……


『まさか異世界にまで来ちまうなんてな。長く生きてみたが、俺の旅の果てがこんな形になるだなんてな』


 無駄に渋い声で、遠い目をしているマツタケ。なんか食べるのが億劫になるな。


 ちなみに、他の木箱も開いてみたが、他のマツタケは顔こそついているものの、どれも静かに眠っているかのように静かだ。なぜこいつだけこんなにべらべら喋ってるんだ。


「ああ、それはこいつが村長だからよ」


「村長?」


「その年で取れたマツタケの中で一番の上物ね。長く生きてきているからやけによく喋ったりするのよ。毎年魔王城に上納されてるわ」


 村長ねえ。異世界のマツタケは村さえ作っているのか。


『長い、いや短い旅だったな。故郷の家族は元気にしているだろうか』


 なにやら自分語りを始めたマツタケを見ていると、どんどんと食べづらくなっていく。すでに俺は心の中でこのマツタケの事をマツさんと呼ぶようになっている。俺、こういう男の渋さに弱いんだよ。マツタケだけど。


『まあこういう形の終わりも悪くはねえな、ただ』


「にしても今年のは喋りすぎね、えい」


 フェリシアの右手に生み出された針の様なものが、マツさんの眉間を一刺し。


 その一刺しで、マツさんはその生を終えた。その瞳がゆっくりと閉じられ、そのまま顔自体がすーっと消えていく。


 後に残されたのは、マツタケそのもの。もう喋る事も無い。


「マツさん……」


 おもわず声が漏れる。アンタ、いい男だったよ。


「どうしたのソーイチロー」


「いや、命って儚いなと思ってさ」


 おっと、何言ってんだコイツって顔だな。俺もちょっと思ったよ。









「ソーイチロー。私はやっぱり炊き込みご飯だと思うよ」


 俺がマツさんとの別れを惜しんでいると、フィールからリクエストが入った。この部屋で飯を作るのは俺の担当だ。フェリシアもフィールもこれっぽっちも料理が出来ないからな。


「フェリシア、これって全部食べても大丈夫なのか?」


「いいわよ。城に戻ればまだたくさんあるし」


 ふむ、となるとこのデカイマツタケ十本が使い放題という訳か。


「マツタケか……炊き込みご飯は鉄板だよな。あとは土瓶蒸しに天ぷら、ホイル焼きなんかもいいよな」


 エプロンの紐を後ろで締めながら、晩御飯の献立を考える。今の時間は……四時前か。


「どうせなら全部やろうよ。今日はマツタケづくしで!」


 気軽に言ってくれる。作るのは俺だというのに。


「いいわね、マツタケづくし。ソーイチローの料理は美味しいから、きっと凄い晩御飯になるわね」


 足でゲーム機のスイッチを入れながらそう言うフェリシア。こいつゲームしながら晩御飯を待つつもりだな。まあマツタケの提供者はフェリシアだ、ここは素直に従うとしよう。


 もうすぐリアも学校から帰ってくる。アズを入れて五人分、ああ、そこの簀巻きの分も入れて六人分か。


「アズ、ちょっと手伝ってくれ」


 出窓で日に当たっていたアズを呼び、料理の手伝いを頼む。後ろでフィールが「なんで私はスルーなのさ」と言っている。当たり前だ、俺はかつてお前のやらかした事件を忘れていない。


「さあ、ちゃちゃっと作りますかー」


 ちゃんとした料理をするのは久しぶりかもしれないな。


 とてとてと近づいてきたアズを撫でながら、台所に立つ。まずは炊き込みご飯からかな。 

ご覧頂きありがとうございます。次回はがっつり料理編。


ぶっちゃけちゃんとしたマツタケとか食べた事がありません。最初に食べたときは「ああ、まあエリンギよりは美味いかな」ぐらいにしか思えませんでした。


次回「ソーイチローのマツタケ料理」


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