27 異世界人と回転寿司
「はー、ここが回転寿司ってやつか」
俺の家から徒歩十分。回転寿司店の看板を見上げるリアがそう呟く。
今日はリアとフィールを連れて、回転寿司へと赴いていた。フェリシアは、昨日シルに引っ張られて行ってから帰ってこない。よっぽど仕事が溜まっていたのだろうか。
「ソーイチロー、二十分待ちだってさ」
「おう、ありがとなー」
店の混雑状況を確認しに行ったフィールが、整理券を片手に帰ってきた。二十分か、まあ店内で待つとするか。
「にしても、急に回転寿司に行こうなんて珍しいじゃん。ソー兄ぃって外食とかあんま行きたがらないのに」
確かに、俺はあまり外食は好きではない。というかそもそも外出自体がおっくうなタイプだ。
「ごくまれにな、体が回転寿司を求める時があるんだよ。こうなったらもう回転寿司を食べるまで止まらないんだ」
「なにそれ、出前の寿司じゃ駄目なの?」
不思議そうに聞いてくるフィールだが、こいつもまだまだだな。
「出前の寿司は寿司だろう」
「……ん? うん、寿司だね。当たり前じゃん」
「回転寿司は寿司じゃ無いんだよ」
「ちょっと何言ってるのか分からないです」
「分からないなら分からないままでいい。いずれ分かるようになる時が来るさ」
虚空を見つめながら、持論を垂れ流してみたが、何を言ってるんだ俺は。アホか。
長椅子に座るリアとフィールも、何言ってんだこいつ、という表情だ。二人の少女の半眼が突き刺さる。
なにはともあれ、念願の回転寿司だ。こう、なんていうのか、やっぱりわくわくするな。
「240番でお待ちのお客様、お待たせ致しましたー」
「あ、私達だ」
お、やっと俺達の番になったようだな。この二十分がとても長く感じられた。
長椅子から立ち上がり、店員さんの下へと向かう。
「四名様、テーブル席でよろしいですかー?」
随分と間延びした話し方の店員さんだ。って、四名?
後ろを振り返り、人数を確かめる。リア、フィール、そしてアルト。俺を含めて四人だな。
「っておい。いつの間に来たんだよお前」
ちゃっかり俺の後ろに陣取っていた、フィールたちの世界の人界神であるアルト。アニメのようなピンク色の髪がふわりと揺れる。
「あはは、来ちゃった」
来ちゃった、じゃ無いよまったく。びっくりしたわ。
まあ来てしまったものは仕方が無い。店員さんも困っているようだし、さっさと席につこうか。
「んで、何しに来たのさ人界神」
「そんな邪険にしなくてもいいじゃん。ソーイチロークンに会おうと思ってこっちまで来てみたんだけど、部屋に居なかったからさー。ぱぱっと探知して会いに来たんだー」
あはは、と軽やかに笑うアルトとは対照的に、フィールはぶすーっとした表情で机に肘をついている。よっぽど苦手なんだな。
「なあソー兄ぃ。結局こいつ誰なのさ?」
「ああ、フィールたちの世界の神様だ」
「マジでか。そりゃやべーな」
うへーっという顔でアルトを見つめるリアと、未だに何やら言い争っているアルトとフィール。寿司のレーン側に座っている二人がわちゃわちゃやってるとこっちも何も出来ないな。
「それにしても、ここの世界は凄いね。建物は立派だし、夜なのに街は明るいし、食べ物は回ってるし」
最後の一つだけ他の二つとは明らかに違うと思うが。
きょろきょろと周りを見渡しているアルトは、見かけだけなら落ち着きの無い子供にしか見えない。
何をしていいか分からないアルトに、フィールが回転寿司の作法を教えているようだ。
「日本では、食事の前には手を洗わないといけないの。ここのボタンを押すと水が出るから、ここで手を洗って」
おいおい、そこはお茶用の熱湯が出るやつだ。嘘教えるんじゃ無いよ。
「アルト、それ嘘だから」
「え?」
本当にボタンを押し込もうとしていたアルトをやんわりと止め、おしぼりを手渡す。
チッ、と舌打ちをするフィール。お前本当に天使か?
「なんかちょっと前に流行ったよなーそのネタ」
そう呟くリアが、醤油用の小皿にガリを山のように盛っている。おばちゃんかよ。
にしても、席順がよろしくない。現在俺の席は通路側、しかも流れてくるレーンの上流側に座っている。
これではレーンに気軽に手を伸ばす事も出来ず、しかも次に流れてくる寿司を確認する事もできない。
対して最高のポジションを確保しているフィール。レーン側、しかも下流側にちゃっかりと位置取りをし、流れてくる寿司をチェックしている。
これが普通の人間と来ているのであれば、トイレに行っている間に席を奪取する事が出来るのだが、残念ながらこいつら三人はトイレに行く事は無い。
まあこの場所に陣取ってしまった以上仕方が無い。悪条件をものともせずに回転寿司を楽しむ事が出来る、それもまたプロの条件だ。
「ねえソーイチロークン。この赤いのは何の魚なの?」
「ああ、それはマグロだな」
「魔黒!? この世界では魔黒を食べるのかい?」
とてつもない衝撃を受けたような顔で、手元のマグロを見つめるアルト。なんだ? あっちの世界にもマグロがいるのか?
「魔黒、深淵の森の怪異か……あの怪物を食べる時が来るとはね……」
何そのマグロ。名前だけでもう怖すぎなんだけど。
あ、マグロ美味しいじゃん。と呟きながら食べているアルト。俺はそっちのマグロが気になって寿司に集中できんよ。
「ねえソーイチロー、このキラキラしてるのって何だっけ?」
「ああ、そりゃサンマだ」
「散魔!?」
隣でまたしてもアルトが衝撃を受けた顔をしている。おいフィール、お前分かっててやってるだろ?
「まさか、この国では散魔までが食材になるんだ……なんて恐ろしい国なんだ……」
凄く気になるが、突っ込み出すと面倒そうなので俺も寿司を食べる事にしよう。
「ねえソーイチロー。さっきからその二種類しか食べてないんだけど、それでいいの?」
「俺はこれを食べに来てるんだよ」
俺のテーブルの目の前には、炙りチーズ乗せ豚カルビと、炙りチーズのせ生サーモンがこれでもかと並んでいる。
これが美味いんだよ。ちゃんとした寿司屋とか宅配寿司にはこんなメニュー無いからな。
「なんか胃もたれしそうだね」
「腹いっぱいこれが食べれるなら胃もたれくらい安いもんさ」
炙りチーズ乗せ生サーモンに、醤油を数滴垂らして食べる。これが最高に美味いんだ。
「そういやフィール、お前さっきから流れて来るのを取ってるだけじゃ無いか?」
「あ、それあーしも気になってた。フィー姉ぇ食べたいもんとか無いの?」
この店には、全席にタッチパネルが導入されている。そこから好きなものを頼む事が出来るのだが、フィールがタッチパネルを使っているのを見てないな。
「ん? ああ、だってキッチンの方に思念波飛ばしてるから」
何それずるい。フィール曰く、食べたいものを直接キッチンの店員の脳に送りつけて作らせているらしい。
「それは店員さんに迷惑だからやめてやれ」
これだからファンタジーの住人は。知らないところで色々とやってくれる。
「あー食った食った。満足したわ」
四人で好きなだけ食べて六千円。百円均一の回転寿司は安くていいな。
隣を歩くアルトは、店頭にあったガチャポンで手に入れたストラップを見ながらご満悦だ。
「ねーソーイチロー。アイス買って帰ろうよー」
「あーしアズキ棒がいい」
リア、そのチョイスはどうなんだ。おばちゃんかよ。
すっかり日も落ちて、暗くなった道を四人で歩く。前を歩く三人を眺めていると、ふとこの光景に違和感を覚えなくなっている自分が居ることに気づく。
ピンク、赤、金というアニメみたいな髪の色の少女達。はたから見たら俺の場違い感が凄いな。
「ソーイチロー、帰ったら大乱闘しようよ、丁度四人居るし」
「おーいいなそれ」
「なにそれ、大乱闘?」
これが俺の日常。俺達の日常だ。おっと、こういう暗い道を歩いてると変なことを考えてしまうな。
俺は少し足を早めて三人に合流する。
「ソー兄ぃ、疲れたーおんぶしてー」
お前はアンドロイドだろうが。おんぶはしません。恥ずかしいし。
百円寿司の寿司じゃ無いシリーズが好きです。ハンバーグとかエビフライとか。炙りチーズ系とか。
定期的に行きたくなるんですよね、回転寿司。