26 六畳間とオーク 下
「それで、その後どうなった訳?」
日本からファンタジーな異世界へと転生したオークであるヤスヒロ。そのヤスヒロと女騎士の話に興味津々のフィールが、話の先を促す。
「それが全然僕の話を聞いてくれなくて、騎士の誇りがうんぬんかんぬんとか言い始めた末に、「くっ、このまま私を巣へと連れ帰ってあれこれするつもりだろう、しかし私は屈しないぞ!」とか言うんですよ。イマドキ巣に住んでるオークなんて居ないってーのに」
なにその女騎士、破滅願望でもあるのか?
「それで、ヤッたのか!?」
リアが目を輝かせてそう聞くが、お前はもうちょっと慎みを持てよ。ヤッたのか? じゃねえよ。
いやいや、と首を振るヤスヒロ。なんだ、ヤッてないのか。
「んで、それから事あるごとに付きまとってくるようになったんですよ。なんかオークは所構わず女を襲うから放っては置けない、とか言って。失礼な話ですよねー」
やれやれ、と肩をすくめながら首を振るヤスヒロ。女騎士の言葉を額面どおりに受け取っているようだが、それって……
「それってヤスヒロに惚れたんじゃねーのか?」
「いやいや、そんな訳無いじゃないですか。だって僕はオークですよ?」
リアの的確な指摘も、ヤスヒロの心には届かないようだ。なんか凄いフラグが建ってる感じなんだけどなー。
なんか恋愛漫画みたいな展開だ。これはいいネタを仕入れられたかもしれない。まあ俺恋愛系の話とか書いた事無いんだけど。
「んだよオークらしくない奴だなー。オークならオークらしくもっとガツガツ行きゃあいいのによー」
「いやいや、元男子高校生に無理言わないで下さいよ。彼女だって出来た事無いんすから」
「なんだ、ヤスヒロって結構モテそうな感じなのに、意外だな」
学校とかでイケてるグループとかに居そうな感じだし、彼女の一人や二人できそうなもんだけどな。
いやー、と頭をかきながら、ヤスヒロが自分の前世について振り返る。
「僕ってほら、喋りが達者なタイプなんですよ」
まあ喋ってりゃ分かるよ、それは。
「なんていうんですかね、俗に言う『イケてるグループのお笑い担当』みたいな感じで今まで生きてきまして……」
あー、漫画とかでよくいるよなー。イケメンが集まってるグループで一人だけ居るお笑い担当。だいたい他のキャラの引き立て役になったりするんだよなー。
「仲のいい女友達は居たんですけど、彼女ってやつとは縁が無くて……」
悲しそうに語るヤスヒロの背中からは、哀愁の様なものが漂っていた。
「そんで、最近はどうなんだよ、その女騎士とは?」
親戚のおばちゃんみたいなテンションになってきたリア。見た目とのギャップが凄いことになっている。
「最近はパーティーを組んだりして一緒に冒険したりしてますよ。この間も国で一番の難易度のダンジョンを二人で踏破しましたし」
なにそれ、女騎士をお供にダンジョン踏破とか、それもう主人公じゃん。さすがは転生者、期待を裏切らない。
「それで、ヤッたのか?」
リア、お前そればっかじゃねえか。真面目な顔で言ったところで下世話な話って事には変わり無いからな?
リアの再三の質問に、いやいやと首を振るヤスヒロ。
ふと隣を見てみれば、フィールがパソコンを広げて漫画を書き始めている。ヤスヒロの話に触発されたのだろうか。どおりでさっきから静かだと思った。
「それに僕は決めてるんですよ。初めては海辺のコテージで、ロマンチックな雰囲気と一緒に、って」
何やら急に妄想を垂れ流し始めたヤスヒロ。オークのキメ顔なんて見たく無かったよ。
「何だ、なんやかんや言いつつその女騎士の事は狙ってるのか」
「まあ……だって金髪美少女ですよ? 僕の大好きなF○TEのセ○バー見たいな娘がリアルに目の前に居るんですよ。そりゃ少しくらい夢見ますよ!」
拳を握り、熱く語り始めるヤスヒロ。何だこいつ、オタクだったのか。
隣では、セ○バーの画像をパソコンに映し出したフィールと、それを覗き込んだリアがふーんと言いながらヤスヒロを見ている。こらそこニヤニヤすんな。
やっちまった、と赤面するヤスヒロ。赤面するオークなんて見たく無かったよ。
「じゃあそろそろ帰りますねー」
ヤスヒロが来てから数時間。随分と話し込んでしまった。まあ有意義かどうかは分からないが、面白い話を聞けた。
部屋の隅に立てかけてあった大振りの剣を背中にかけ、押入れの引き戸に手をかけるヤスヒロ。
「じゃあ気をつけてな、頑張れよ」
「はい、これから魔王の討伐なんで、気合入れて頑張ってきます!」
……今何て言った?
「魔王?」
「はい! なんか世界を滅ぼそうとしてる魔王が居るらしいので、ちょっくら倒してきます!」
ヤスヒロの言葉を聞いた俺達は、あわててやつを引き止める。
「はい一旦座って。何? お前今から最終決戦じゃん、ラストバトルじゃん。何でこんな異世界とか来てる訳?」
「いや、なんでも長老が緊急離脱の為に異世界に逃げられる魔道具を作ったから、そのテストで……」
何故そんな大切な事を先に言わない!
「でももしかしたら転移先まで魔王が追いかけてくるかも知れないから、この魔道具は使えませんね。皆さんに迷惑をかけるわけには行かないので……一応転移先は人のいない場所に設定したはずなんですけど……」
そう言いながら、覚悟を決めたように宙を見つめるヤスヒロ。
……まずい、またこの異世界から人をおびき寄せるこの部屋がまずい方向に機能している。
隣ではいつかのように、フィールがだらだらと汗を流している。こいつは頑なに言わないが、こいつのせいでこの部屋が毎度異世界に繋がる事は分かっている。
「ちょっと、その剣貸して」
ヤスヒロの大剣を受け取ったフィールが、何やらぶつぶつと呟きながら剣に手を当てている。幾何学的な文字や光が、剣の刃に走っては消えていく。
「ヤスヒロ、これを持っていけ」
リアが背中から取り出した、何やら機械で出来た丸い物体をヤスヒロに手渡す。
「魔王に出会ったら、このボタンを押して投げ込め。それだけでいい」
それ絶対爆弾じゃん。何でそんなものが背中から出てくるんだ。お前自爆とかしないだろうな。
「ヤスヒロ、ヤバイと思ったらすぐにここに来い」
「え……でも皆さんに迷惑をかける訳には……」
「問題ない。こいつはこう見えて最強の天使だ。なんとかなる」
あ、はい。と頷いて見せたヤスヒロ。まあ多分何とかなるだろう。フィールも自分に責任があるときだけは本気を出すからな。
そうして今度は本当に、ヤスヒロは自分の世界に帰っていった。無事に魔王を倒せる事を祈ってるぞ。
後日、けろっとした顔でこの部屋を訪れたヤスヒロから、割と簡単に魔王が倒せた事を知らされた。
何でもリアの渡した爆弾は、一撃で魔王を瀕死にまで追い込み、フィールの強化した剣で一撃で一刀両断したそうだ。リアよ、何故お前はそんな凶悪な爆弾を隠し持っているんだ。
それと、ヤスヒロを主人公にした物語のプロットを編集さんに見せてみたが「ありきたり」の一言で却下された。解せぬ。