25 六畳間とオーク 上
オーク。それはファンタジー世界などでよく見る二足歩行するブタのモンスター。多くの小説やゲームに登場し、ほとんどは雑魚キャラとして描かれている。
最近の作品では言葉を喋ったり、物語の主人公になったりすることもあるようだが、やはり雑魚モンスターとしての印象が強い。
さて、いきなり何故オークの説明を始めたのかといえば、現在俺の目の前に、異世界から来たオークが座っているからだ。
どこかで見たようなブタ顔に、二メートルに迫ろうかという巨体。意外にも服装は小奇麗で、革鎧の様なものを身に着けている。
そのオークが現在何をしているのかというと、カップラーメンを食していた。
「いやー、やっぱこれっすわー。ヘブンマート限定の超激辛カップラーメン。これを食べずに死んだ事が唯一の心残りだったんすよ」
唯一の心残りが安すぎる。もっとなんかあっただろうに。
このオーク。名前はヤスヒロというが、名前と発言から分かるように所謂転生者というやつらしい。
高校生の頃、トラックに跳ねられて死に、神様に転生させてもらったらしい。
「ふー、辛い! だけど美味い!」
喋りながらも真っ赤な色のカップラーメンを美味そうに食べるヤスヒロ。隣で見ていたフィールとリアも興味が沸いたようだ。
「ねえソーイチロー。私も食べてみたい」
「あ、あーしも食べる!」
うーん。やめといた方がいいと思うけどなー。俺も食べた事があるけど、あれマジで辛いからな。食べたときもキツイし、何より翌日ケツが痛くなるんだよなー。
私も! あーしも! とせがむ二人の為に、コンビニの袋から新しい激辛ラーメンを取り出し、お湯を注いで渡してやる。まあ二人で一個あれば十分だろう。
三分待って、蓋についている辛味油を入れて食べ始める二人。案の定、あまりの辛さに火を吹き出した。
「ひゃ、ひゃらふぃふあんふあえほ!」
「やべえ、今の一口で味覚系が全部ダウンしやがった……」
まあそうなるよなー。真っ赤に口を腫らしたフィールにはミルクティーを渡してやり、二人の食べかけのラーメンを俺もずるずるとすすっていく。マジで辛い、まあ店で出されるものには届かないもののコンビニカップめんでは別格の辛さだ。
「いやー、美味かったー! やっぱこれですよ! ごっそさんでした」
満足げにスープまで飲み干し、額の汗を拭うヤスヒロ。よく飲めるなそんなもん、明日のヤスヒロの尻が心配だわ。
ヤスヒロがこの部屋にやってきたのは約一時間前。ゲームに勤しんでいたフェリシアが、仕事が溜まっているとシアに引っ張られて魔界に帰っていった直後の事だった。
ブタ顔のモンスターが現れた時はどうしようかと思ったが、話してみればイイやつだった。いきなり「うわ、マジで異世界来ちゃった感じ? つうか超日本っぽい感じなんだけど!」と言い始めたときはびっくりしたけどな。
その後、ヤスヒロが元々日本人だった事、オークに転生した事などを聞き、「どうしても激辛ラーメンが食べたい!」というヤスヒロの頼みごとを聞き入れて、今に至るわけだ。
「いやーごっそさんでした! まさかもう一度激辛赤星が食べれる時が来るなんて、マジで夢のようですよ」
ちなみにこのカップめんの正式名称は『激カラ激ウマ 最強辛旨タンメン赤星』だ。一部愛好家に愛され、そこまで売れないのにコンビニから無くならない隠れた人気商品だ。
爪楊枝を加えながらそう言うヤスヒロ。うーん、顔とセリフが全然しっくりこないな。話している感じじゃノリの良い高校生と話している感じなのにな。
「つうか突っ込み忘れてましたけど、この部屋って一体どうなってるんすか? なんか天使っぽい人が居るし、ソーさんは俺みたいなのが来ても全然動じないし」
ソーさんって。釣り好きのじいさんみたいな呼び名だな。
「この部屋って良く異世界に繋がるんだわ。お前みたいなのも珍しく無いな。こいつは天使だし、こっちの赤いのはアンドロイドだし」
うわーまじっすか、やべーっすね。とイマドキな驚き方をするヤスヒロ。オークのくせにやたらノリの軽いやつだ。
「まあ日本からの転生者が来たのはさすがに初めてだけどな」
「僕もびっくりですよ。異世界転移の魔法は、ウチの里の賢者って呼ばれてる爺さんが作ったんすけど、ためしに使ってみたら日本に繋がったんすから。まあそれで赤星が食べれたんでいいんすけど」
満足げに腹を叩き、畳に横になるヤスヒロ。やっぱ畳ってやべーといいながら横になる様子は、休日のおっさんにしか見えないな。
オークの転生者か。ちょっと面白い感じだな。何か小説のネタになるかもしれないし、話でも聞いてみるか。
「ソーイチロー。パソコンなんて広げてどうしたの?」
「いや、小説のネタになりそうだしヤスヒロに話でも聞こうかと思って」
自分のノートパソコンを広げて、メモ帳を開く。
「自分の話っすか? いいっすよ。これでも波乱万丈奇想天外な人生を送ってきましたからね」
冷蔵庫から勝手に取り出してきた缶ジュースを飲みながら、ちゃぶ台の前に腰を下ろすヤスヒロ。遠慮ないなーこいつ。
「それならあーしが録音しといてやるよ。そのほうが楽だろ?」
どうやらリアにはボイスレコーダーも搭載されているらしい。よく見てみれば、頭の上からにゅっとマイクの様なものが生えてきている。お前のその耳は何のためについているんだ。
「んじゃとりあえず転生したときについて聞かせてくれ」
「転生っすね。僕は神奈川の方で高校生やってたんすけど、学校からの帰り道にトラックに跳ねられまして。やっべー死んだわーって思ったら真っ白な空間にいたんすよ」
ふむふむ。異世界転移モノでよくある展開だな。
「んで、なんか神様みたいな人が異世界行ってくれたらめっちゃチートあげるよって言うんで異世界転生しました」
「なんか軽いなあオイ。もっと深く考えた方が良かったんじゃないか?」
「いやーこれが昔から物事を深く考えないタチでして。まあ転生したらオークになるとか聞いてなかったんでマジでびっくりしたんすけど」
びっくりしたで済ませて良い案件じゃ無いだろうそれ。もっと怒ってもいいと思うぞ。
「最近までは普通に村で平和に暮らしてたんすけど、どうせ異世界に来たんだし世界でも見て回ろうかなーと思って旅を始めたんすよ。まあ色々チートとか貰ったんで、今のところ不自由なく旅してますね。意外とオークでも街とか入れますし」
「なんか今のところあんま面白くねーな。波乱も万丈してねえし、奇想天外でもねえな」
「あれ、確かに」
意外とフツーっすね、僕の人生と言いながらぽりぽりと頭をかくヤスヒロ。
「なんかこー胸アツくなるバトルとか、ヒロインとかいないの?」
フィールの質問に、うんうんと考え込むヤスヒロ。
「あー、胸アツなバトルはあんま無いっすねー。でも最近めっちゃ美人な女騎士と出会ったんすよ」
「何それもっと聞かせて」
ぐいっと前のめりになるフィール。俺もそれは興味あるな。
「ちょっと前に、たまたま滞在してた街をモンスターの大群が襲って来たんすよ。そん時にボスっぽいやつに殺されかけてる女騎士を見かけまして。見捨てるのもアレなんでボスをワンパンして助けたんすよ」
何そのモンスターの大群って。その話もわりと興味あるんだけど。
そんな俺の気持ちはさておき、ヤスヒロと女騎士の出会いの話は続く。
「助けたはいいんすけど、あっちは俺の事もモンスターだと思ったらしくて『くっ殺せ、辱めは受けない!』とか言ってくるんすよ。失礼なやつっすよねー」
……こんな所でそんなテンプレ女騎士の話を聞くことになるとはな。隣でフィールも「テンプレ女騎士キタコレ!」と目を輝かせている。
リアもそういった話題には興味があるようで、今まで興味なさげにぼけーっと聞いていたのだが、ちゃぶ台に肘を突いて目を輝かせ始めた。
女子がこういうのに目を輝かせるのは、どこの世界でも、人で無くても変わらないようだな。
ちょっと長くなったので、次話に続きます。
評価や感想など頂けると嬉しいです。
8/12 カップラーメンの名称を、オリジナルのモノに変更しました。