21 魔界と変態
本日二話目の投稿です。
「ここが魔界って奴か……思っていたより禍々しさが足りないな」
果ての村から移動してきた俺達一行。世界を繋ぐ門をくぐった先には、魔界の景色が広がっていた。
目の前に広がる景色は、意外にも普通な感じだ。なんというか、普通に海外の景色に似ている感じだろうか。果ての村があった場所のほうがむしろ俺の魔界のイメージに近い。
「ソーイチローは魔界に一体何を求めてるのよ。あんなゲームみたいな魔界なんて誰が好き好んで住むのよ」
まあ確かにそうか。
「そういや、場所の目星がついたっぽい話をしてたけど、どこにあるんだ?」
「王都の郊外に、最近新しく更地が出来たのよ」
更地って新しく出来るものなのか?
「魔王様が数ヶ月前にストレス発散だと言って森を吹き飛ばした跡地ですね。もともと魔物が多くて困っていたため助かりましたが」
シルから補足が入る。森ごと吹き飛ばすって、どんだけストレス溜めてたんだ。
「ちょっとそれ言わないでよ」
まあそんな事はともかく、さっさとその場所まで移動してしまおうか。
「んじゃフィール、もういっちょ頼むわ」
「へいよー」
フィールの気の抜けた声と共に、転移魔法が発動する。ぐにゃりと視界が歪んで景色が切り替わる。ちょっと気持ち悪くなるんだよなーこれ。
切り替わった景色の先には、だだっ広い高原が広がっていた。ぽつぽつと立ち並ぶ小屋のような家だけが視界に入る。
「つうか、気持ち悪りい」
乗り物酔いのきついやつみたいな感じだ。視界が回ってふらふらする。
「あー、ソーイチロー転移酔いしたかー。一回目は大丈夫だったから今回も大丈夫だろうと思ってみんなと一緒に転移したのが駄目だったかー」
そんなフィールの言葉に返事をする気力も出ない。そういや一回目は他の人とは別に一人で転移させてもらったんだったか。
昔から乗り物酔いはするタイプだったが、転移魔法でも酔うとは、情けない限りだ。
そんな俺に構うことなく、シルとフェリシアがてきぱきと村人達を小屋へと割り振っていく。彼らは今後この場所で暮らしていく事になるようだ。
新天地に降り立ち、希望と動揺がないまぜになったような表情で開拓地を歩く彼ら。その顔にもう諦めの表情は無い。
「坊主には感謝じゃな」
吐き気もだんだんとおさまり、地面に胡坐をかく俺の横にババアがそうのたまう。
「そういやババアはこの後どうすんだ? フェリシアの城に帰るのか?」
「誰がババアじゃ。ワシはこの場所に残るわい。今更教育係も必要ないじゃろうし、奴らの事も放っておけないしの」
てきぱきと指示を出すフェリシアを見ながら、そう言葉を溢すババア。うん、俺の内股を撫でながらで無ければいいセリフだったんだけどね。もう台無しだよ。
転移酔いも収まってきたころ、俺達の元へと一人の魔族が現れた。
「おー、我が愛しのフェリシア様、お目にかかれて光栄です」
この場所に来た途端、フェリシアの元へと駆け寄るなりそう言い放った魔族の青年。イケメンかつ高身長、風に揺れる金色の髪がなんとも目に鮮やかだ。
「うわっ、リドワース侯爵じゃない」
あからさまに嫌そうな顔をして、一歩後ずさるフェリシア。隣に座るシルが、奴がフェリシアのストーカーであるコルト=リドワースだと教えてくれた。
そういえばあったな、フェリシアがストーカーから逃げ出してきた事が。あいつが件のストーカーか。なんか思ってたのと違うな。もっと脂ぎったおっさんだと思ってたわ。
「この様な場所で会えるなんて、これはもはや運命の導き! これは神の啓示なのですね!」
「いや、どう考えてもあんたが追っかけてきただけでしょう。一体どこでかぎつけたのやら……」
大仰な身振り手振りでフェリシアに対する想いをぶちまけているコルト。対するフェリシアは冷めた感じだ。うっとおしいという気持ちが顔に出ている。
「おっと、自己紹介が遅れたね。僕はコルト=リドワース。この国の侯爵さ、以後お見知りおきを。それにしても……」
ずいっと俺のほうに一歩踏み出すと、ジロリと睨みつけてくるコルト。何だ?
「君はフェリシア様の一体なんなんだい? いや、君の事は知っているさ。ソーイチロー君だろう、最近フェリシア様がよく足を運んでいる異世界の」
なんだ、知ってるじゃないか。
「僕が知りたいのは、君とフェリシア様の関係さ」
未だにじろじろとこちらを見ながら、更に距離を詰めてくる。うわー近いなーイケメンだなー。
その金髪を揺らしながら、意を決したような顔で一言、この男は言い放った。
「それで、揉んだのかい?」
「……は?」
「揉んだのかいと聞いているんだ。僕を差し置いて、あの美しいフェリシア様のおっぱいを!」
コルトの肩越しにフェリシアを見てみれば、ため息を溢しながら肩を落としているのが見える。なんとなくフェリシアがこいつを避ける意味が分かってきた気がする。
「コルト坊は昔から変わらないのう。いい年しておっぱいおっぱいと、恥ずかしくないのかい」
「おっと、これはオリヴィエ老では無いか。ご無事だったようで何よりです。ですが! いくらオリヴィエ老とはいえ僕の崇高な愛をバカにするのは許しませんよ!」
熱く高らかに語り上げる姿には、恥じらいの欠片も感じられない。むしろ清々しいな。
熱く語るのは良いが、俺の目の前でおっぱいおっぱい言うのはやめてくれると助かるのだが。ああ、隣で見ているフィールとシルがめちゃくちゃ冷たい目で見ている。
こいつはアレだ、おっぱい星人だ。
「なあ、お前ってフェリシアのどんな部分が好きなの?」
「そんなのあの美しいおっぱいに決まっているだろう!」
あー、言い切りやがった。ある意味男らしいかもしれない。
回りの女性陣のコルトを見る目はもはや絶対零度だ。魔法も無しに人が凍りつくような視線が集まっている。心なしか辺りの気温が下がったような錯覚さえ覚える。
まあこいつの情熱は分かったが、これに付きまとわれているフェリシアはたまったもんじゃないよなー。
「ま、まあお前の情熱は分かったからちょっと離れてくれ。なあフィール、一つ頼みがあるんだけど、今から一旦日本まで戻りたいんだけど」
「えー、まじで? まあいいけど……」
という訳で、ちょっくらフィールに魔王城の異世界転移の魔法陣まで転移させてもらった。今回は一人なので転移酔いも無い。
フィールと共に異世界転移の魔法陣に乗り、ちゃちゃっと俺の部屋まで戻る。ささっと用を済ませたら、またちゃちゃっと村まで戻る。所要時間は一時間弱ってところか。
戻ってきた頃には、フェリシアは疲れ果てた表情で道端の岩に腰を下ろしていた。コルトの視線はその胸に突き刺さったままだ。
「たでーまー」
「でーまー」
帰ってきた俺の手には、コンビニのビニール袋が下がっている。フェリシアに夢中なコルトに、その袋をずいっと押し付ける。
「一体なんだいこれは……っ!!」
コルトに手渡したのは、ちょっくら近くのコンビニで買ってきたグラビア本だ。
本を手にしたコルトは、表紙を目にした時点でフリーズしている。
「ねえ、ホントにこんなのでこいつがフェリちゃんのストーカーやめるのかな?」
「確かにフェリシアは美少女だ。ただ日本の技術力は凄いぞ。特にエロにかける情熱は」
最近では撮影技術も進歩し、実際に見るよりも写真で見るほうが綺麗だという事も多い。
表紙を見つめたまま動かないコルトが、恐る恐る本の中を開く。
開いた途端、涙を流しながらその場に崩れ落ちた。
「これが……神か……」
少なくとも神では無いと思うな。どばどばと涙を流すような事でも無いな。
一ページ、また一ページとめくるたびに涙の量を増やしながら読み続けていくコルト。どの世界でもグラビア本を見ながら泣いているのはこの男だけだろう。
「今まで……」
ぱたりとグラビア本を閉じたコルトが、涙に震える声を絞り出す。
「今まで……ありがとうございました、フェリシア様。僕は、あなたを卒業します……」
そう搾り出したコルト。フェリシアも真顔だ。
うん、自分でやっておいてなんだが、酷い話だ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は本人達も忘れているであろう魔界のお祭り。やっと本来の目的ですね。