2 天使がいる
連続投稿二話目です。
大天使フィール。コイツがうちに来たのは大体一年前の事。それからなんやかんやあってこいつは今でもウチに居候している。
小柄な身体に、ふわりとした金髪。垂れ気味の目にぷにっとした頬。まあ一言で言うと、金髪ロリ天使だ。
そんなフィールと、魔王フェリシアが今鉢合わせる事になった訳だが……
「あー、フェリちゃんじゃんおひさー」
「ま、まさか……フィール、なの……?」
「そのまさかのフィールちゃんだけど、どうしたの?」
「どうしたの? じゃないよ! あれから一年も姿をくらませて……私は死んだと思ってたのに!?」
「あちゃー、そういやすっかり忘れてたよー。メンゴメンゴ」
「メンゴメンゴじゃない! 私は心配してたのに!」
案の定、というかやっぱり、というか。この二人は同じ世界の出身だったようだ。たいていはあの世界と繋がるからなー。そうじゃないかと思ったんだよ。
それにしても知り合いだったとは。というか随分と仲がいいみたいだが……天使と魔王だよな?
「あ! そうだソーイチロー。アイス買って来たよアイス。スイカとメロンどっちがいい?」
「スイカで」
「人の話を聞いてよ! ちょっとソーイチローもこいつになんとか言ってやってよ……って、あ」
素が出たな。やっぱりあの仰々しい喋り方はよそ向けだったって事か。
「別に俺に対してもその話し方で良いって。あとフェリシアもアイス食べなよ。おいしいぞ」
失言した事を自覚し、顔が真っ赤になるフェリシア。フィールの差し出したメロン棒のアイスを無言で受け取り、一口齧る。
「おいしい……」
夏はやっぱりこれだよな。
「それにしても、二人が知り合いだったなんて驚いたよ。だって天使と魔王だろう? どっちかって言うと敵どうし、って感じだと思うけど」
「いやいや、天界と魔界は別に敵対してる訳じゃ無いし、一応わたしたちは両方のトップだから、交流とかもそこそこあったんだよ」
そういうもんなのかね。
「というかアナタ。何か性格変わってない?」
「まあわたしにも色々あったからねー。というかマジ疲れた! スーパー遠すぎなんだけど!」
ばたーん←畳に倒れこむ音
ゴロゴロゴロ←畳の上を転がる音
ピッ←リモコンのボタンを押す音
ぼやきながらも流れるように一連の動作を決めるフィール。
新型の薄型テレビが音も無くぱっとつき、番組を映し出す。映っているのは関東のテレビ局の夕方の情報番組だ。色物コメンテーターの歯に絹着せぬ物言いが評判の番組だな。
先ほどからちびちびとアイスを齧っていたフェリシアが、その光景に驚いて目を見開く。
「板の中に人が……!?」
なんか異世界人ってテレビを見ると皆同じ反応するよな。
「この番組下ネタ多いから嫌いなんだよねー。あ! そういやもうすぐ『ヴァルドラ』の時間じゃん」
ピッピッとチャンネルを回し、目当ての番組を探すフィール。『ヴァルドラ』というのは今人気のアニメ『ヴァルキュリアドライバー』というやつだ。
ヴァルキュリアと呼ばれるロボットに少年少女が乗り込んで戦うバトルモノで、夕方のアニメなのに何故か気合の入った作画と、派手なアクションが人気の作品だ。フィールはドはまりして、毎週欠かさずに見ている。
俺はあんまり刺さらなかったな。毎週見てはいるけど。
有名ロックバンドの楽曲が鳴り、ヴァルドラのオープニングが始まる。フィールはともかく、フェリシアも画面に釘付けのようだ。
今の内に夜飯を作るか。
「いやー今週も面白かったー。相変わらず作画気合入りすぎて逆に笑っちゃうわー」
「この世界は凄いね。絵がぎゅんぎゅん動いてるんだもん……って、うっかり最後まで見ちゃったけど、フィール! ちょっと色々聞きたい事があるんだけど!」
「えー。わたしこれからトゥイッターで今回の感想みたりとか叩いてるやつを晒しに行ったり色々する事が……」
それは流石に後にしとけ。
「飯が出来たぞー。細かい事は食べながらでもいいんじゃないか?」
出来上がったものをオーブンから取り出し、ちゃぶ台の上に置く。
「おーピザじゃんピザ。しかもテリマヨとチーズのハーフ&ハーフ! さっすがソーイチローわかってるぅ」
「いいから手洗って来いって。フェリシアも洗ってきな」
「あ、うん。分かった」
それにしても、ああして普通に話していると魔王って事を忘れてしまいそうだ。ごく普通の女の子って感じだ。
まあ姿を見れば嫌でもあの禍々しい角が目に入ってくるから、それで思い出すんだけどな。
「洗った! いただきます!」
我先にとピザに飛びつき、テリマヨの一切れを口へと運ぶフィール。ああそんなに急ぐと。
「あっつ! 熱い! でも美味い!」
案の定熱々のピザにやられている。フィールが美味そうに食べているのをみてつられたのか、フェリシアも急いでピザに手をつける。
「何これ!? 美味しすぎなんだけど!」
はふはふと口から湯気をはきながら、ピザを食べ進めて行く二人。おっと、このままじゃ全部食べられてしまいそうだな。
「はっ!」
ピザの最後の一切れをフィールと争い、十回戦にも及ぶじゃんけんの末に手にいれたフェリシア。その一切れを食べきり、お茶を飲んで一息ついたつかの間。何かに気づいたように目を見開いた。
「そういえば結局何も話が聞けてないんだけど!」
「だってフェリちゃんも無言で食べてたじゃん」
「それは……そうだけど……こ、今度こそ聞かせてもらうわよ! この世界に来てから何があったのかを!」
「えー、なんでさ。別になんでも良くない? なんでそんなに聞きたがるのさ?」
「なんで、って。あなたがそんなに変わってりゃ気にもなるでしょ! 昔はほとんど喋らないし無表情だったし! それが何でこんな人間っぽくなってるのさ!」
へー。フィールって昔はそんな感じだったのか。始めて会った時からこんな感じだった気がするけどなー。
「もー面倒臭いなー。じゃあはい、どーん」
フィールがフェリシアの額に指を突きつけると、その指が淡い光を放った。
「え、ちょっと待……あばばばばばばばばばばば」
おい、フェリシアが人に見せられないような顔をしてるぞ?
「何をしたんだ?」
「ちょっと頭にこっちに来た時のわたしの記憶を流し込んでみた」
「なんかヤバイ感じになってるけど」
「まあ脳に負荷がかかるから……まあ大丈夫だと思う、おそらく、まあ運が悪くても死にはしないから……」
死なないだけでパーにはなるんじゃないのかそれ?
そんな事を思いながらフェリシアを見ていると、どうやら記憶のインストールが終わったようで、頭から煙を出しながらちゃぶ台に突っ伏した。
「うう……頭痛い……でも分かった。こんな事があったのね。それなら納得ね」
何はともあれ納得したようだ。俺にはさっぱり何のことか分からないが、まあその内教えてくれる事を期待しよう。
「それにしても、へぇー」
復活したフェリシアが、ニヤニヤしながらフィールの方を見ている。
「な、なにがさ」
「いや、あのフィールがねえー」
「うぇっ、もしかして見せちゃいけないところまで見せたかも……」
失敗した、みたいな顔をしているフィール。こいつのこういう顔はあんまり見たこと無いかもなー。
「ふう、フィールのおもしろい所も見れたし、そろそろお暇するとするわね」
あのあと、ひとしきりフィールをからかっていたフェリシアだったが、それで満足したようで帰る事にしたようだ。
「ねえフィール。あなた向こうに帰らなくていいの?」
「うーん、こっちの方が居心地いいし、しばらくは帰らないかなー」
「そう、それじゃあしばらくの間はまた会えなくなっちゃうのね」
そういいながら、寂しそうにその表情に影を落とす。ん? こいつは何を言ってるんだ?
「だってそうでしょ。世界を渡る転送魔法は飛ばされる先は何処になるか分からないから、次に使ってもここにこれるわけじゃないんだから。むしろ今回たまたまあなたに会えたのが奇跡だったわね」
あーそうか。こいつはたまたまここに来たと思ってるのか。
フィールも同じ考えに至ったのか、気まずそうに口を開く。
「いやー、それ偶然じゃないから。ソーイチローの部屋は何でだか分からないけど因果が狂ってて、あの世界から異世界に飛ぶとほとんどここに繋がるから」
「え?」
「だから、向こうで転移魔法使ったらいつでもここにこれるって言ってんの。さっきなんて言ってたっけ? あなたに会えたのが奇跡だったわね、だなんてしんみりした顔で言っちゃって。ぷぷっ、そんなにわたしに会えたのが嬉しかったんだーへー?」
先ほどからかわれた仕返しだろう。フィールがフェリシアを煽る煽る。
「このっ、えーと……うー!」
色々な感情がごちゃまぜになっているようで、結局何も言葉が出てこないフェリシア。顔を真っ赤にしてうなっているな。
「まあ、気が向いたらまた来なよ」
未だに混乱から戻ってこないフェリシアに、そう声をかける。異世界から来るやつには色んなやつがいる。その中でもフェリシアは珍しくまともなやつだ。
それに、フィールも楽しそうだった。久しぶりに知り合い、いや友達に会えて楽しかったのだろう。いつになくはしゃいでいた。
ギャースカ言い争いながら、フェリシアは押入れの扉を開き、元の世界へと帰っていった。あの感じだと、また来るだろう。
翌日、朝起きると既にフェリシアがやってきていた。来るのが早えよ。
ここまでがプロローグとなります。ここから先は基本一話完結の短編が多くなっていきます。たまに数話続く中篇があったりもしますが。
次回「魔王とゲーム」