18 蒼一朗と果ての村 その2
あの場に居てもなんなので、オーガのキキとフィールを連れて、一旦小屋の外へと出てきた俺達。現在はついでとばかりに村を見て回っている。
「あの、ソーイチローさん。この方って大天使様ですよね? それにさっきの女性って魔王様ではないですか? ソーイチローさんって一体何者なんですか……?」
丁寧な口調で俺に話しかけてくるキキ。最初に出会った時の口調は、村に危害を加えようとする者を威嚇するためのものだったようだ。まあどもってたし全然威嚇できて無かったけど。
「何者つってもなあ。まあただの異世界人としか」
ちなみに、キキには俺が異世界から落ちてきた事は既に説明済みだ。あの婆さんのおかげですんなりと信じてもらえた。
すっかり萎縮してしまっているキキと、アズを撫で回すのに夢中なフィールを伴って村の中を見て回る。話には聞いていたが貧しい場所だ。
建物は全て掘っ立て小屋のような場所で、雨風を凌げるかどうかといった様子。畑も碌に作物は実っておらず、痩せた野菜が細々と育てられている。
何よりも、住民の顔に生気が無い。誰もかれもが希望を失い、ただ生きているといった様子だ。
「話には聞いていたが、酷い場所だな」
ここの住人であるキキには悪いが、思ったことを正直に言わせて貰う。
「ええ。そうなんです。ここに居るのは皆他に生きる場所を持てなかった者たちですから……」
少し村を歩いてみれば、様々な人種が見て取れる。獣人や魔人、そして所謂魔物と呼ばれる者たち。
「あそこの二人は人間に奴隷として捕まった狐人族の親子です。どうやら逃げ出すときに人間の貴族に手を出してしまったようで、生まれ故郷では死んだ事にされているようです」
キキの指差す方向を見れば、頭から耳を生やした親子が井戸水をくみ上げているのが見える。奴隷……か。
「刻まれた奴隷紋は消す事ができません。人間に見つかれば奴隷に逆戻りでしょう」
それで、ここにしか居場所が無いって事か。
他にもキキから数人の事情を聞いたが、そのどれもが酷いものだ。
「ねえソーイチロー。なんとかしたいって思ってる?」
こちらを真っ直ぐと見つめるフィールが、そんな問いかけをしてくる。まあ、そうだな。見なかったことにはしたくないなあ。
そんな俺の考えを悟ったのか、はあとため息をつくフィール。
「ホントにお人よしだよね、ソーイチローは」
こればっかりは性分だからな。仕方が無い。
十分ほど村の中を見回ったあと、フェリシアの居る建物へと戻ってきた。
「おお、帰ってきたか」
ババアに出迎えられて、建物の中へと入る。その際にさらっと俺の尻を撫でてくるババア。最初に会ったときから隙あらば俺の尻を撫でてくる。フェリシアの何だか知らないが、俺の中ではこいつはただのセクハラババアだ。
「悪かったわね、気を使わせて」
目元に涙の跡を残すフェリシアが、ババアとの関係を話してくれた。なんでもこのババア、元々はフェリシアの教育係だったらしい。幼い頃から世話になったようだ。
なんで魔界の、それも魔王の世話係が人間界にいるのかといえば、どうやら人間達による悪魔召喚とやらで強引に召喚されてしまったようだ。
まあそれでも魔王の教育係を任されるくらいには力のある魔族であるこのババアは、苦も無く人間達の元から逃走したようだが、魔界に帰ることも出来ないのでこの地で生活していたという事だ。
「そういやこの世界ってどうなってるんだ? 魔界とか天界とか、繋がってる訳じゃないのか?」
今まで気になってたんだよな。
「うーん、分かりやすく説明すると、魔界と天界、それから人間界は明確には同じ世界じゃ無いんだよ」
何処からか紙とGペンを取り出して、何やら書き込んでいくフィール。いやちょっと待てお前今それどこから取り出した?
そんな俺の疑問をよそに、フィールの手元の紙には、ピザ生地のようなものが三枚描かれている。
「こうやって、三つの世界が縦に重なってる感じかなー。そんでー」
フィールのGペンがするすると動き、ピザ生地に垂直な棒を何本も書き加えて行く。
「こんな感じで、局所的にそれぞれの世界が繋がってるの。世界各所に扉があって、そこをくぐると上に行ったり下に行ったりする感じ」
なるほど、デパートみたいなものか。それぞれの階は独立してるけど、エレベーターやエスカレーターを使う事で他の階層にいけると。
「ただその扉には鍵がかかってて、勝手に行き来する事は出来ないの。その権利を持ってるのはそれぞれの世界の神様だけ。しかも行き来する二つの世界両方から鍵を開けないと扉は開かないの」
なるほど。そう簡単には世界を移動する事は出来ないのか。
「あれ、じゃあフィール達はどうやってこの人間界に来たんだ?」
「そりゃあまあ扉をぶっ壊して」
さっきまでの鍵云々の話はなんだったんだよ。それって後々人間界の神様とかが怒りそうだな。
「そーいやソーイチローがこの村をどうにかしたいんだってさ」
俺の疑問も一応解決したところで、本題であるこの村の事をフィールが切り出す。あらかじめキキには話してあるが、ババアとフェリシアは初耳だな。
「なんじゃ、お主正気か?」
「いやまあ一応本気だけど。さっきこの村を見て回って、かなり酷い状況だと思った。放っておくのは夢見が悪いし、幸いここには魔王と大天使がいる訳だ。まあなんとか出来るんじゃないかなーと思って」
まあ救ってやりたい、というのが上から目線のおせっかいだというのは百も承知だ。
「夢見が悪い……か。のうフェリシア、この坊主は聞いてた通りのお人よしじゃの」
「そうじゃなかったら急に転がり込んできた天使を家に住まわせたりしないでしょ。こういう男なのよ、ソーイチローは」
なんか若干バカにされている気がするな。
「それで、なんだけど。なあフェリシア、ここの連中まとめてお前の国で面倒見れたりしない?」
「え……? まあ土地は余ってるし人も足りてないから大丈夫だけど……ここには魔族以外の人たちも居るでしょ? 議会の連中とかを説得するのが大変そうね……」
なんか若干渋ってる感じだが、あと一押しで飲んでくれそうだな。
「やってくれるなら来週発売の狩りゲーをフェリシアに先にやらせてやってもいいんだが……」
「やりましょう」
決断が早くて助かるわ。
「でも移動させると言ってもここから門まで大分距離があるわよ? ここの人たちでたどり着けるかしら……」
「そこはそうだな、ああ、フィールって転移魔法とか使えるんじゃなかったっけ? それでまとめて門まで転送できたりしないか?」
「うーんまあ出来ない事も無いけど、アレって結構疲れるんだよねー」
ちらちらとこちらに視線をやりながら渋った感じを出してくるフィール。こいつ……この事にかこつけて報酬を要求してきてやがるな。なんてしたたかな天使だ。
「……新しいペンタブを買ってやろう」
「さすがソーイチロー太っ腹ー!」
両手に抱えたアズを頭の上に掲げ、喜びを露にするフィール。ペンタブって結構なお値段するんだよなー。
「す、すごいですソーイチローさん。こんな簡単に魔王様と大天使様の協力を取り付けてしまうなんて」
その代わりに俺の財布にはなかなかのダメージが入ったけどな。帰ったら仕事頑張らないと。
「あとは人界神の許可を取り付ける事じゃな」
人界神かー。そういやフィールとかが門をぶっ壊してきたらしいけど、怒ってたりするんじゃないのか?
「僕の事呼んだー?」
そんな事を考えていると、狭い部屋の一角が光り輝き、一つの人影が現れる。
小柄な体の少年……いや、少女か? 性別不明の子供って感じだ。髪の色はピンクで、いかにも萌え系アニメみたいな見た目をしている。
「うぇ、人界神」
へえ、これが神様なのか。意外と俗っぽい感じだな。
フィールがめんどくさいと言っていた人間界の神様登場です。
次回、蒼一朗、神様と一瞬で仲良くなるの巻
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