11 六畳間とスライム
第十一話。今日はいつにもましてゆるいです。
ぷるぷる。
「なあ、これってどういう事なんだ?」
ぷるん。
「いやー流石にわたしも分からんなー。たぶんわたし達の世界の子じゃないと思うし」
ぷるぷる。
「それにしても、どうやってこの扉を開けたのかしら」
ぷるん。
んー。何となく俺達の言葉を理解しているような節があるな。
今日の異世界人は、目の前でぷるぷると震えているスライムっぽい生物である。人じゃないけどな。
丸いフォルムに、透き通った青い身体。大きさは枕にしたら丁度いい具合の大きさだ。
「というかこれ、どうするよ?」
「押入れ開いてポイすればいいんじゃない?」
まあ確かに、こいつは所謂モンスターってやつだろうし、それでもいいっちゃいいんだが……
目の前で嫌がるようにぷるぷると体を揺すってるスライムを見る。どうも先ほどから俺達の言葉に反応してるんだよな。
「なあ、スライムってのは言葉を理解したりするのか? どうもこいつ俺達の言葉に反応してるみたいなんだけど。なあ」
俺の言葉にぷるん、と体を震わせるスライム。今のは頷いたのか?
「いやいや、スライムが言葉を理解するなんて聞いた事が無いわよ?」
「そーそー。スライムに知能があるのかは知らないけど、そもそも言葉が……あ」
フィールが何か思い出したようだ。
「そーいや私がこの部屋に言語翻訳の魔法をかけたからかも」
フィール曰く、この部屋には言語翻訳魔法なるものがかかっているらしく、この部屋を通る事で日本語での会話が出来るようになるみたいだ。どおりで今まで言葉の違いに苦労しなかった訳だ。
「でもこいつ喋らないぞ?」
「そりゃスライムだもん。言葉が分かってても発声器官が無いし」
ああ、そりゃそうか。
改めて目の前のスライムを見る。今のところ害は無いみたいだが、どうするかなー。
「あ! あーあ、インク溢しちゃったよー。こりゃホワイトで修正するより書き直したほうがいいかもなー」
ちゃぶ台の上で漫画を書きながら話に混ざっていたフィールが、どうやら卓上のインクのビンを倒したみたいだ。というかお前、もうちょっと興味持てよ。
そんなフィールを見て、目の前のスライムがのそのそと動き始めた。そのままするするとちゃぶ台を登り、フィールの原稿までたどり着くと、べたーっと広がりその身体でインクの広がる原稿を覆いつくした。
「どうしたこいつ。弱小モンスター風情がこのフィール大先生の原稿に触れようだなんて百年はや……お? おー!」
原稿を覆ったスライムは、そのまま原稿の上にこぼれたインクだけを吸いだしていく。その青い身体に靄が混じるようにインクが吸い込まれ、残された原稿にはもうインクの染み一つ残っていない。
「おおー! すげーなスライム! スライムってこんな事も出来るのか!」
「ソーイチロー! この子飼おう!」
先ほどまで全く興味を持っていなかったフィールも、いつの間にかスライムを抱きかかえている。
とりあえず一旦フィールの腕の中からスライムを取り返し、ちゃぶ台の上に置く。
「まあ別に飼うのはいいんだが、なあスライムって普通に部屋の中で飼えるものなのか?」
「さあ、わたし達の世界のスライムとはちょっと違うみたいだし、そもそもスライムを飼うだなんて聞いた事も無いし……」
まあモンスターだもんな。
「まあ、いいか。別にどうとでもなるだろう」
「やったー」
目の前のスライムも嬉しいのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。そのちゃぶ台結構年季入ってるから壊さないようにな。
「それにしても、こいつはどうやって異世界から跳んできたんだろうな」
「まあ順当に考えたら何者かが作った異世界転移の魔法に巻き込まれた、とかかしら?」
そりゃそうか。スライムが自分から異世界に跳ぶわけないもんな。
「というかどうやって押入れの扉を開けたのかしら?」
フェリシアがそう疑問を発した瞬間、フィールに抱えられて撫で回されていたスライムの体がぶるぶると震える。次の瞬間波打つその表面からひょろひょろと触手のようなものが伸びて、俺達の前でふらふらと揺れ始めた。
「なあ、スライムって触手が生えるんだな」
「最近のスライムは凄いわね」
もはやフェリシアも深く考えるのはやめたようだ。なんだ最近のスライムって。
あ、触手が使えるならアレが使えるな。
仕事用のPCを取り出して、ちゃぶ台の上に広げる。
「使い方は……そうだ、フィール、例のやつ頼むわ」
「まかせといてー。そりゃっ」
かつてフェリシアにフィールの記憶を伝えたのと同じ手法で、スライムに直接PCの使い方を叩き込む。フェリシアも思い出したのか、少し嫌そうな顔をしているな。
ぶるぶると震えだすスライム。その色が青から赤、黄色と様々な色へと変わっていく。
「なあ、スライムって色が変わるもんなのか?」
「最近のスライムって凄いわね」
それさっきも聞いたぞ。諦めんなって。
まるでイルミネーションの様に色を変えながら震えるスライム。震えが収まり、元の青い色に戻ると、再び触手を出し、そろそろとキーボードの方へと伸ばしていく。
よし、何か質問してみるか。
「えーと、こんにちわ」
「何かもっと気の効いた質問は無かったのかしら」
思いつかなかったんだ、放っといてくれ。
カタカタとキーボードを打ち込むスライム。なんてシュールな絵面だろうか。
やがて打ちおわったのか、触手がキーボードから離れる。えーと、何々?
『(^-^)v』
……顔文字かよ。
「随分と軽い感じね」
「いや注目するところそこじゃねーだろ」
「次は私が質問するわね。あなたの名前は何?」
再びキーボードを打つスライム。先ほどよりタイピングが早くなっている。適応能力の高いスライムだ。
『ただのスライム、名前はまだ無い』
……なんか突っ込む必要があるような無いような。
「まあ名前は後で付けるとして、えーとお前はどうしてここに来たんだ?」
『気がついたらここにいた。人間の言葉が理解できて驚いた』
「やっぱり巻き込まれただけみたいね」
そうみたいだな。その後も俺達はどんどんとスライムに質問していく。フィールはスライムを撫で回すのに夢中なようだ。どうもすべすべした触感が気に入ったみたいだな。
「お前をこの部屋に置こうと思ってるんだけど、何か不都合はあるか?」
『安全な場所、嬉しい』
「あなたって何を食べるの?」
『なんでもいい。鉄はいや』
「何か生きるうえで必要な事はあるか?」
『一日に少しは太陽の光を浴びたい』
おし、とりあえずはこんな感じか。太陽の光を浴びたいってことは植物っぽいところもあるのか?
「あとはこいつの名前か」
「ゲームだとスラりんがデフォルトよね」
ゲーマーのフェリシアらしい発想だな。ドラゴンがあまり目立たないクエストの五作目からだったか、スライムが仲間になるのは。
「アニメだとスーとか可愛い感じになるよねー」
あー、モンスターと暮らすやつか。つってもアレは一応人型だったしなー。
「青、アクア……マリン……んー、どれもしっくりこないな」
マリンだとパチンコになっちまうな。
「色から連想するのはいいかもね。アズールとかどう? 略してアズとかでも可愛いし」
アズールか。最近俺のスマホでフェリシアが始めたソシャゲからとったな。
「まあそれでいいか。よし、お前の名前はアズール、呼ぶときはアズって呼ぶからな」
『わかった』
まあこんな所か。あとは余ってる座布団を出窓に置いてっと。
「ここがアズの場所な。太陽が浴びたくなったらここに居るといい。まあ外から見られても変な置物で済むしな」
『変とは心外』
そんなこんなで、我が家に新しい住人が増える事になった。普段はだいたいフィールの漫画の手伝いをしているか、出窓で日向ぼっこをしている事が多い。
……この部屋もだんだん混沌として来ている気がするな。
スライムのアズが六畳間に加わりました。とはいえ喋れないので基本的にはあまり出てきません。
人化……は未定です。今のところは丸いままです。
フェリシアのマイブームはアズール○ーンだそうです。自分は未プレイですが。アズールはスペイン語で青という意味だそうで。
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