1 魔王が来た
新連載です。
俺の部屋が、最近やたらと異世界に繋がる。
何を言っているのだろうか、コイツ頭大丈夫か? と思う諸兄らも多いだろう。だが残念ながら事実なのだ。
始まりは一年ほど前から。唐突に押入れの引き戸が開き、そこから異世界人が現れた。
それからというもの、一週間に一度程度の頻度で、俺の部屋には異世界からの来訪者が現れるようになった。
そして今日この時もまた、俺の部屋には来訪者が現れていた。
「ふむ、ここが異世界というやつなのか……あの男の遺した研究もあながち捨てたものでは無かったのだな。それにしても殺風景な場所……ん?」
現れたのは、二十歳手前くらいの女。黒いドレスを身にまとい、真紅の髪を優雅に揺らしている。そして特徴的なのは後頭部から生えて首元から突き出している巨大な角だな。
これはアレだ。魔王ってやつだな。
「いらっしゃい」
とりあえずこちらから挨拶しておこう。下手に悪印象を持たれて暴れられても困る。
声をかけた事で、やっと俺の存在に気づいた女が、こちらに視線を向ける。
「おっと、人が居たのか。それは失礼した」
たたずまいを直し、こちらに向かって優雅に一礼する魔王(仮)。風格があるだけに様になっているな。
「すまないが、一つ尋ねてもよいか?」
「ああ、構わないが」
「いきなりこんな事を尋ねても訳が分からないだろうが、ここは異世界で間違いないだろうか?」
まあ確かに一般人に聞いたら頭にハテナが浮かぶ。ここは異世界ですか? なんて聞かれたら、普通は「頭大丈夫ですか?」と返すだろう。
「ああ、ここは君達の世界とは違う世界だ」
「ふむ、何故そのように言い切れる?」
「まあよくあることだから」
最近多いんだよな。事実この家にも一人異世界人の居候が居るし。
「よくあることなのか」
拍子抜けしたような表情の魔王(仮)。さっきまでの凛とした表情は崩れ、どこかぽへーっとした表情になっている。
そんな俺の視線に気づいたのか、ハッと何かに気づくと背筋を伸ばした。
「申し遅れた。我が名はフェリシア・ディ・アスタルティア。一応魔界を統べる王なんてモノをやっている。この度は急な来訪を謝罪しよう」
あー、やっぱり魔王って奴なのか。それにしても、魔王なんて仰々しい肩書きのくせして丁寧な奴だな。
「まあそんな事はいいから座りなよ。お茶もあるから」
部屋の隅から座布団を取り出し、ちゃぶ台の向かい側に置く。
「あ、一応土足厳禁だから、そのゴツイ靴は脱いでそこらに置いておいてくれ」
「あ、ああ。すまないな」
いそいそと靴の金具を外し、脱いだ靴を綺麗にそろえて部屋の隅に置く魔王フェリシア。うん、たまに居る頭のおかしいタイプの異世界人では無いようでなによりだ。
改めて見てみると、とんでもない美少女だなー。しかも巨乳。あの服とかすごいよな。胸元がっぽり空いてるしなー。
目の前に座った魔王フェリシアを見て、俺はそんな事を考えていた。
「ふう、なんとも落ち着く味だな」
出されたお茶をズズズっと飲んで、ふうと呼吸を吐く魔王。
「ところで、貴殿の名前を聞いてもいいだろうか?」
「ああ、俺は七海蒼一朗だ。気軽に蒼一朗と呼んでくれて構わない」
「そうか、では私の事もフェリシア、と名前で呼んでくれ」
名前を交わし、会話も一段落。沈黙が続く。
うーん。何か話題が欲しいが、こういう時に何から話せばいいかよく分からないな。
俺がコミュ障を発揮している間に、フェリシアが口を開く。
「あの、異世界から人が来る、というのはこの世界ではよくあることなのだろうか?」
「いや、ウチだけじゃないかな。そんな奇天烈な事が起きているのは」
「そうなのか……」
「そういや、フェリシアは何をしにこっちへ来たんだ?」
「ああ、配下が遺した異世界転移の術式なるものが少し気になってな。奴は半年ほど前から行方不明になっていて、もしかしたらと思い術式を使ってみたのだ」
うーん。何となくその配下とやらに覚えがあるな。まあ後で教えてあげよう。
「まあまさか本当に異世界に飛ぶとは思ってもみなかったが……」
まあそりゃそうだろさ。
「それにしても、この床はいいな。なんともいい匂いがするし、靴を脱いでゆっくりと出来るのもいい」
あー、畳か。ウチは六畳一間の和室だからな。
足を伸ばして足の裏で畳の感触を確かめているフェリシア。気に入ってくれたようで何よりだ。
その後も、フェリシアと取り留めの無い話をしながら、三十分ほどが経過した。
「そうか、魔王ってのも案外と大変な仕事なんだなー」
「ああ、講演会に視察と、日々の仕事に圧殺されそうだよ。こんなにゆっくりしたのは何時ぶりだったかな」
話しているうちに、フェリシアの口調も柔らかくなって来た。やはりあの凛とした話し方は余所行きのものだったのだろう。
そんな話をしている時、部屋のチャイムがリンゴーンと鳴った。あいつが帰ってきたようだな。
「ん? 今の音は何だ?」
「ああ、同居人が帰ってきた音だな」
「なんだ、同居人がいたのか。それでは私はそろそろお暇するとしようかな」
「いや、どうせなら飯でも食っていけよ。それにあいつもたぶん、お前と同じ世界の奴だと思うぞ」
「何?」
ドアがガチャンと開き、同居人の足音がする。
というか何で態々チャイムなんて押したんだろう? 誰かが居るのを感じたのだろうか。
とてとてという足音と、買い物袋の音が近づいてくる。
「あっつー。今日は暑すぎるよこれー」
ふわっとした金髪に、垂れ気味の目の小柄な少女。
「あー、フェリちゃんじゃんおひさー」
緩い言葉でそうのたまう彼女。
俺の同居人、大天使フィールだ。
この後8時ごろ、第二話の投稿があります。読んでいただけると幸いです