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前編

彼との恋を思い出す時一番始めに脳裏に浮かぶカラーは優しくて淡いパステルピンク。


淡いパステルピンクとかを思い出すなんて、きっとロマンティックな恋だったんだね、と思われるかもしれないが。

決してそんな事は無かった。


確かに、このまま時間が止まってしまえばいいと思うぐらいの温かい瞬間もあったけど、ほとんどが振り回されっ放しの恋だった。

パステルピンクのようなそんなとろけるような恋じゃない。



それでも、その色と彼を一緒に思い出してしまうのはきっと彼に出会ったのが桜の下だったからだ。


忘れられない大切な恋。


彼と過ごした時間はとても短い物だったけど、とても大切な時間だった。


そして、また桜の季節が今年もやって来た。



**********


進級前の春休みは通常の長期休みと違ってどことなく落ち着かない。

何組になるのかな?担任は誰になるのかな?友達とは同じクラスになれるかな?とか考える事がたくさんある。

新学期になれば中学二年生になる。

二年生って何か中途半端じゃない?

新しい出会いがある訳じゃないし、受験と言うプレッシャーがある訳でもない。

そんな事を考えながら、借りてた本を返そうと思い近所の図書館に入った。

元々本が好きだし、家の近くのこの古びた図書館には、一週間に一度のペースで足を運んでいる。


次は何借りようかな?


何て悩んでいても借りる本は大抵決まっている、たいてい気鋭作家のファンタジー系ラブストーリー物を選ぶ。


うん、これにしよう。


背伸びして一番上にある、本を一冊取り出した。


『貴方と供に…』


ありきたりな題名のその本はまだ入ったばかりなのか新品のようにキレイな背表紙だった。


借りるの私が一番かな?

と思うと何だか嬉しくなる。

こんなにたくさんの本が並んでいる中で自分が一番最初にその本を選んだり、自分が選んだ本があまり借りられて無い本がとても面白い本だと何だか嬉しくなる。

自分しか知らない本と言えば大袈裟だが、多くの人が見逃しているこんなに素敵な本を自分が発見した事が嬉しくなる。


席に着いてその本のページをめくった。

平日の夕方の図書館にいるのはほぼ学生で、調べ物やら勉強が主であるが、春休みの図書館はいつも見る顔ぶれはほとんど無く何か新鮮だ。

分かりやすい描写で書かれている物語で、主人公が恋になる瞬間の心情とか、よくこんな風に表されているなととても面白くページをめくるスピードが早くなる。


あ…。まただ…。


あるページを境に私の手は止まり、心がときめくのを感じた。

ある絵に瞳も心も奪われてしまった。

そこに描かれている絵は、新しい章の境い目に入る余白のページにスペースいっぱいに描かれている女の人の横顔だった。

癖のある腰までの長い髪、儚い雰囲気で遠くを見詰めている女の人だった。

この小説には挿し絵が無い物だが、もし、挿し絵があるとしたらきっと彼女はこんな感じだろうとイメージ通りの絵だった。

今にも動き出しそうな臨場感のある絵で何か語り掛けている気がする。

その絵には温もりがあり、とても優しい絵だった。

まるで、『私に気付いてくれてありがとう』

そう言っている気がした。

それと同時に何故だか分からないけど儚さも感じた。

見付けた瞬間に消えてしまうのでは無いかと…。

消えるはずなんて無いのに。

そんな切なの命を感じでしまった。

以前借りた本にもこんなタッチで同じように絵が描かれていた。

公共物に落書きなんて不謹慎なと思いながらも、その絵の美しさに心引かれてしまう。

絵の事は全く分からない私だけど、その絵から目が離せない。


誰が描いたのだろう?男の人かな?女の人かな?

この絵を描いた人に会いたいな…。


***********


休み中に仕上げなきゃいけない英語のレポート学校においてきた事を思い出し、春休みも終盤に差し掛かった日の昼下がり、私は学校に来ていた。


校舎に入り渡り廊下を歩いていると、一人の男子生徒が目に入った。

片手にスケッチブックを持ち、スラスラとペンを走らせている男子生徒。

ただそこにいるだけで、存在感があった。

麗らかな陽を一心に浴びて、髪の色を茶色く染め、木々の影と重なって彼の顔をくっきりと写し出していた。

端整の取れた顔立ち。つり上がった瞳。


見た事ない、何年生だろう?


あ…。


私の視線に気付き、彼がこっちを見た。


深い深い海の底のような藍色の瞳はただ哀しく私を写していた。


何か言わなくちゃ、と思ったその時、強い風が吹き、彼の手から1枚の紙が飛んでいき、何度か宙回転しながら私の足元に落ちた。

拾い上げると、すぐに目に飛び込んでき

た鉛筆で描かれた散りゆく桜の絵。

ただの絵なのに、その絵に描かれている桜の木からは次から次へと地に落ちて行く花弁が見える……気がした。

風さえも感じ、この世の儚さを教えてくれる。



「返して」


中性的で一度聞いたら忘れられない特徴のある声が私を現実の時間に戻した。


「あ…ごめん、キレイな桜だね」


「……うん、ここから見える桜がとてもキレイで見てたら自然に描いた」


彼は中庭に目を向け、盛りに咲いている桜を見詰めた。


「桜が好きなんだ。明日には散ってしまうかもしれないのに今この一瞬をこうして堂々と美しく咲き誇る桜が好きで、時間があるとついつい描いてしまってる」


憂いを秘めた瞳で、自分が描いた桜の絵を見て小さく息を吐いた。


彼が着ているグレーのジャケット胸ポケットに緑色の校章がついている。

うちの中学は学年によって校章の色が違っており、緑色は私と同じ、新2年生だ。


「貴方も2年生なんだね!見た事無い顔だったから、三年生かと思った!私も2年生だよ、よろしくね!…えっと…」


彼ははにかんだ笑顔を見せてくれたけど、小さなその笑顔でさえも無理して笑っている感じがした。


「ボク、体が弱くて余り学校来れないから」


「え…?」


さらっと言うから理解するのに数秒かかってしまった。


「どこが悪いの…?」


「ここがね…多分そう長くは生きられないんだ。だから、余計に潔く散りゆく桜を見ていると、自分もこうでありたいと思ってしまうのかも」


彼は右手で自分の胸に触れ、目を伏せた。


「あ…。えっと…。その…」


彼の口から出た言葉は想像さえしていなかった言葉で何て言っていいか分からなかった。

何を言えばいいの?

何を言ってもこの場合正しい言葉なんて無い気がして。


「ごめんなさい…」


ありきたりな六文字が口をついて出ていた。


束の間の沈黙の後、


「ぷっ、アハハ」


突然、彼が大きな声で笑い出した。


「冗談だよ!キミ単純だね」


お腹を抱えて笑い出す彼を見てたら、真剣に言葉を選んでいたさっきまでの時間がとても無駄に思えて、イラっときてしまった。


「ひどい、本気で心配したのに!」


「…心配?会ったばかりのボクのことを?」


意外な返答だったのか訝しげに眉を寄せてから、正門に目をやり、タメ息を吐いた。


「キミ変わってるね……。もう少しキミと話していたかったけど、残念。迎えが来たみたいだからもう行くよ」


足もとに置いていた薄汚れたショルダーバッグにスケッチブックをしまい、身を翻す彼を呼び止めた。



「あ、待って。私、吉井陽菜、貴方は?」



彼は迷ったように数回目を瞬きさせてから、聞こえるか聞こえない程の声だったけど、ちゃんと耳に届いた。


「……。奥村蒼汰」



********


今日も奥村蒼汰は休みか…。


桜の季節はとっくに過ぎ去り、開放された美術室の窓から入ってくる風が初夏の香りを運び始めたある日の4時限目。


二年生になった私はあの日渡り廊下で出逢った、奥村蒼汰と同じクラスになった。


あの日話した中にあった真実。

奥村蒼汰はほとんど学校に来なかった。


詳しい理由は先生以外誰も知らないし、一人を除いてみんな知ろうともしていなかった。

勿論その一人とは私の事である。

私もあの時彼と関わらなければこんなに気にならなかったのに。


やっぱり、本当に具合いが悪いんじゃないのかな…?

然り気無く先生に聞いてみても軽く流されるし。

あまり学校来てないくせに頭はいいし…。



てか、絵描くの嫌い…。

本日の授業は自画像を描くもの。

元々、絵を描く事が大嫌いな私はさっきから全くペンが進んでいなかった。

あー、サボりたい…。

そう思った時。


「遅れてすみません…」


美術室のドアが開き、奥村蒼汰が入ってきた。


久々に見た奥村蒼汰は、より一層青褪めた顔をしていた。

やっぱりどこが悪いのかな…?


私と目が合うと、少し口角を上げて私の隣に座り、書きかけの私の自画像を見てクスりと頬笑った。


「何?」

自分の絵を見て笑われ少し不愉快になった私はつい冷たく言ってしまう。


「いや。キミの顔ってこんな顔なんだなって」


「それイヤミ?」


どうせ私の顔は平均以下ですよぉー。

何なのこの人、こんな事普通言うー!消ゴムで消し始めた。

だから、美術って大嫌い。


しばらく、無言でスケッチブックにペンを走らせていた奥村蒼汰が手を止め、一枚ちぎり、私に渡した。


「これ…」


その紙に描かれていたのは、机に肘をついてこちらの様子を伺っている、笑顔の女の子のだった。

屈託無く笑う女の子が自分だと言うことに気付くのに、数秒かかってしまった。

それは余りにも美しく描かれていて、自分だと認めるのに十分な時間が必要だった。



「…私?」


「うん、ボクが見ているキミの姿はこんな感じだよ」


わぁ。何このキレイな絵…。

絵でこんなに感動するなんて…。

自画自讃って自分描いた絵を誉める言葉だからこの場合当てはまらないんだろうけど、別ベクトルで自画自讃してしまってる。

それと同時に顔から火を吹きそうなぐらい熱くなった。

彼の目に写っている私ってこんな顔なの?

恥ずかしさで胸がいっぱいになり、どこを見ていいか分からず俯いた。


あれ?

でもこんな優しい絵、どこかで見たことある。


あ…。


あの図書館に置いてあった本の絵だ!


「ねー、奥村くんって神里町にある図書館行ったことある?」


しばらく、無言のまま絵を描く事に集中していたようで答えが返ってくるまで結構な時間があった。


「……うん。ボクの家あの図書館の近くだからたまに行くよ…」

じっと私の目を見て彼は言った。


「やっぱり!…もしかして…」


質問とチャイムの音が重なり、これ以上何も聞けなかった。


*********


「奥村くん一緒に帰ろうー」


全ての授業が終わり、珍しくまだ座っている奥村蒼汰の姿がそこにあったので声を掛けてみた。


「ボクと一緒に…?」


その言葉がとても意外な物だったのだろうか。彼はもう一度その言葉を繰り返した。


「うん。だって図書館の近くなら私の家とも近いって事じゃん!良かったら一緒にどうかな?」


「…そうだね。今日は天気もいいし歩いて帰るのも悪くないかな」


その言葉を聞いて、はっとした。そう言えばあの日もお迎えが来ていた。


「そんなに体悪いの?」


「…イヤ、親が過保護すぎるだけ。おかげでなかなか学校にも来れないから、友達なんて一人もいないし」


遠くを見詰める瞳はとても寂しそうで、何て言葉を掛けていいか分からず、ただ彼の次の言葉を待つしかできなかった。


「あ、ごめん、こんな事言われても困るよね。大丈夫だよ。それに、ボクもキミと一緒に帰りたいから」


え?

今さらっととんでも無いこと言わなかった?


さぁ、行こうと言うようにイスから立ち上がった彼は私に笑ってみせた。




「もうすぐ夏だね」


校門を出て、鮮やかな新緑の木々を見ながら彼が話し出した。


「そうだね…。私は夏嫌いなんだよね」


冬は寒ければ服を多目に着れば生き抜けるけど、夏の暑さはどうしようもない。たとえ、裸になったとしても暑さからは逃れられない。



「ボクは夏が好きだよ、いつまでも陽が沈まない夕暮れとか、このまま夜が来ないのではないかと思わせてくれる。いつまでもいつまでもこのまま起き続けていいんだって思わせてくれる」


奥村くんの語る口調はどこか詩のような不思議な言い方で、切なさを感じる言葉だった。


「あ…またボク変な事言った?」


黙ってしまった私の様子を見て、また自分の言った事は人とは違うのでは無いかと、慌てたようにこっちを見た。


「生活のほとんど誰とも話さないで過ごしてるから、会話って難しいね…」


「大丈夫、変な事なんて1つも言ってないよ」


そう言うと、嬉しそうに笑って続けた。


「あ…それと、さっきの話しの続き…。あの絵描いたのボクだよ」


「え?」


「それがキミの聞きたかった事でしょう?あの図書館の本に描いた絵は全部ボクが描いたモノだよ」


これには私が不意討ちを喰らってしまった。私の言葉の続きが分かっていたなんて驚いた。

彼は人の心が読めてしまうのではないかとそんな風に思ってしまった。


「どうしてあんな事?って思ってるよね?」


「…」


「あれはキミに見て貰いたくて描いたものだよ」


「え?」


「一度ボクの描いた絵をキミが発見したのを偶然見た事があって、あの時のキミの驚いた顔が忘れられ無くて。だって、あの絵をとても大切そうに見てくれていたから、ボクにはそれが嬉しくて。ボクはキミが好きそうな本に絵を描く事にした」


「え?」


一気に捲し立てられてしまい、頭が追い付かない。

どう言う事?

私の好きそうな本ってそんなのどうしたら分かるの?

脳裏がクエスチョンマークばかりの中、奥村くんが可笑しそうにクスクスと笑った。


「まっ、それは冗談だけど。たまたまボクが借りて絵を描いた本をキミが読んだって事だよ」


またこれだ。

またこうして冗談だよってはぐらかされる。


「もう…」

と、私が文句を言い掛けた時、唇に人さし指を当てられ、ひんやりとした温もりを感じた。

そのまま、奥村くんはニコッと笑って真っ直ぐな瞳をして言った。



「ボクはキミが好きだよ」



え?え?え?


今何て?何て言ったの?


これは告白と言うやつでは…?

13年と少し生きていて、こんな事産まれて初めてだし。

また冗談だよって言われる気がして、何も言葉が出てこない。

そうだよ、これはきっとまた冗談だよ。


「…どうせまた冗談なんでしょう?」


「残念。本気だよ!ボクはキミが好きだよ。あの図書館で初めてキミを見た時からずっと好きだよ。だから、あの日キミに話し掛けられて驚いた」


「…」


「あーあ、言っちゃった。誰にも言わないつもりだったのに。でも、まぁ、言っちゃったんだから、返事聞く権利あるよね?ボクと付き合ってくれる?」


正直、何て答えていいか分からなかった。

彼の事全く知らないし。


でも…。


「悪い返事ならいらないよ、付き合ってくれる?」


勝手に告白してきて、こんな事をさらっと言う彼の事、不思議なんだけど、もっと知りたいって思った。

こんな自己中の告白してくる彼の事、もっと深く知りたいってそう思えた。


私は首を縦に動かした。

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