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生命師 -The Hearter-  作者: 皐月うしこ
第2章 即位15周年祭
8/13

第1話 集まった生命師(前編)


「おいっ。」



大声をあげて、目の前を歩く金髪の男の肩をつかむ。

そうして、無理矢理引きとめた。



「よせ、無茶だ。お前の話を素直に聞くようなやつじゃない。」


「だが、いま行かなければ。エランドの意志を伝えねば…っ…無駄な血が流れるのだ。」



強い眼光を宿した金髪の男が振り向く。その瞳も金色に輝き、その崇高なたたずまいは誰もが息をのむほどに美しかった。



「お前でなくてもいいはずだ。いま、あいつは何を言っても耳をかたむけないぞ?」


「だからこそ、このわたしが行くのだ。」



決意の満ちた声で答えながら、金色の男は再び前へ進もうとする。

前に回り込むようにして道をふさいだが、それをやんわりと手で払いのけられた。



「フォスターは、自供した。彼の証言書をもっていくつもりだ。」


「だがっ!!」


「すまない、アズール。しかしこれは、わたしの国の問題だ。」



キッパリとした声と金色の瞳に見つめられれば、道を譲り渡す他ない。

けれど依然、心は反対の叫び声をあげていた。



「お前がいなくなったら───」


「ありがとう。そして、すまない。もし、わたしに何かあった時は、よろしく頼むよ。」


「────知らないぞ。」


「わたしは信じてるよ。」



フッと、笑みを向けられる。

ポンっと肩に乗った手が妙に重たかった。



「どうしても行くのか?」



最後の確認だとでもいう風に、アズールは目の前の男を見上げる。



「ああ。」



迷いのない顔でうなずかれた。


もう何も言えない。


通り抜けるようにして金色の風が凪いだ。

最後の切望をこめて、スレ違いざまにつぶやく。



「相手はグスターだぞ。」


「ああ、わかっている。」



無償に心が締めつけられて、アズールは金髪の男に振り返った。

片手をあげて去っていく、その背に強く唇を噛みしめる。



「今更、証明書など。」



羊皮紙を握ったまま消えていく金色の男の無事を祈ることしか出来ない自分の立場が歯がゆかった。

ついて行くことも出来ない。

国同士の問題に、他国の介入があってはならないのだ。

頂点に立つモノの行動ひとつで、戦争も和解も思いのまま。それだけに、彼の未来が思案された。

強く瞳をふせる。

そうして思いを飲み込みながら、最後にその男の名を呼んだ。


───────────


「……ル…様?」



遠くから声が聞こえる。

今日は大事な日だと、閉じた目の端にため息がこぼれ落ちた。

晴天に恵まれ、国中が浮足立っている。それなのに胸の中は暗い渦をまいて身体中を苦しめていた。



「アズール様、大丈夫ですか?」



突然呼びかけられた声に驚いて、アズールは驚いたように目をあける。

目と鼻の先まで近づいた、愛しい妻の顔がそこにはあった。



「あ…あぁ、アイリス。」



思わず、曖昧な笑みをかえす。



「どうかしたのかい?」


「い…っ…いいえ。」



一瞬困ったような顔を浮かべたが、アイリスは苦笑のまま首を横に振った。

ピンクの長い髪がさらさらと揺れる。



「………。」



その美しい髪を撫でながら、アズールはさきほどみた悪夢を思い返していた。

そのわずかな変化を感じ取ったアイリスの顔が曇る。



「また、思い出されているのですか?」


「……ああ。」



いつもそうだとでも言うように、アイリスの心配そうな瞳がアズールを見つめる。ジッと見つめるように視線をむけられれば、その何とも言えない沈んだ顔に、アズールの方が苦笑するしかなかった。



「アイリス。今でも後悔しているんだよ。あの時、何が何でもあいつを引き止めておけばよかったと。」



小さな子供のように、アズールはシュンとうなだれる。そんな一国の主が愛しくて、アイリスはよしよしとその茶色い頭を撫でた。



「アズール様、過去は変えられませんわ。あの時は、そうする他なかったのです。あのお方も、ご自身であの道を選ばれたのです。一国の主とは、そういうものですわ。自分の歩んできた道に自信をお持ちになって。あなたが強く心を持たなければ、民は不安になります。」


「アイリス───」


「大丈夫よ、アズール。わたしは、ずっとあなたの傍にいるわ。」


「───本当にハーティエストと人間が共存し、それぞれが幸せになることなど出来るのだろうか。この十五年。様々な方法でこの国は、生命師とハーティエストの人権を確保してきた。その甲斐あって今は、昔の面影などまったく見せなくなったが。本当にわたしのしていることは、正しいのだろうか。」



いつになく、弱音を吐く夫をアイリスは見つめる。

この巨大帝国を支配する皇帝ともあろう人が、こうまで弱気になることがあるなどと、自分以外の誰が知っているのだろうか。年の割にはかなり若く見えるその風貌も、しっかりと過去を刻んできた苦労の証しが浮き出ていた。



「民が、その答えを持っていますわ。今日の式典、ご自身の目でご覧くださいませ。わたしだけでなく、みながあなたを誇りに思ってますわ。」



安心させるように笑って見せる。

それに少しは癒されたのか、アズールはその優しい色を宿した茶色の瞳で答えてみせた。



「あぁ、今日という日をカーラーにも参加してもらいたかった。」


────────────

───────────

──────────


穏やかな青空の下、朝早くから広場へ集まってきた人々は、昼前になると猫一匹通る隙間もないほど、その数を増やしていた。大人も子供も関係なく。

また、世界中から聡明な王をひとめ見ようと、この王都ラティスへ足を運んできた人の中にはハーティエストも多くいた。



「あ~、胸がドキドキする。」



ナタリーは鏡の前にうつった自分を見つめながら、その胸に手をあてる。

相当、顔がにやけていた。

メアリーがこの日のために買ってくれたヒザ丈までのミディアムドレスは、ふんだんにレースがあしらわれ貧乳も目立たない。ふたつにくくった長い髪がゆるやかに肩にかかり、最年少生命師の名に恥じない、たたずまいだった。



「生命師として、式典に出られるなんて夢みたい!!」



両手の指を絡ませて、ナタリーは鏡の中の自分を再度見つめ直した。

自分で言うのもなんだが、上出来だと思う。



「王様に会えるんだわ。あ~、アズール皇帝は、聡明なお方だと噂されているから、とっても楽しみ。」


「ハーティエストからの評判も良いお方ですものね。」


「ええ。今日の式典は、世界中から色んな人が出席するのよ。あ~、どうしよう!!メアリー、変じゃないよね!?」



想像すれば、やはり不安になる。

一国の名だたる著名人たちが(カイ)する式典の顔として呼ばれているのだから、無理もなかった。

自分のうつっていた鏡から、ナタリーは真後ろに立つメアリーへと振り返る。そうして、もう一度自分の姿を見下ろした。



「ナタリー様の白い肌も強調されて、よく似合っているわ。」



着替えを手伝っていた木の人形が、両手をあわせて笑顔を見せてくれる。



「本当ッ!?」


「えぇ、きっと王侯貴族の方たちだって、目を見張るほどの出来栄えだと思いますよ。」


「ありがとう。なんだか自信が持てそうな気がする。」


「まぁ!!ふふ。あまりはしゃぎすぎて、目立たないようにね。」


「はぁい。」



目の前で苦笑されて、ナタリーは顔を真っ赤に染めた。昨日の失態はもう水に流そう。わざわざ思い返さなくても、もう誰も覚えていないほど、式典の影響は想像以上に大きい。

式典のことを考えるだけで、胸の鼓動は落ち着くどころか早くなっていくばかりで、すぐにでも飛び出していきそうなほどだった。そわそわと落ち着かないナタリーに、メアリーの瞳が心配そうにゆれる。



「本当に、大人しくなさっていて下さいね?」



いつになく真剣なメアリーの様子に、ナタリーはクルクルと回っていた身体をピタリと止めた。



「心配しなくても、大丈夫よ。リナルドじいさんも一緒なんだから。」



ふふっと軽く笑ってナタリーはメアリーの瞳をのぞきこむ。珍しく不安な瞳をしているメアリーは、かぶせるようにナタリーに言葉を投げ掛けた。



「リナルド様から、決して離れてはいけませんよ?」


「わかってるわ、メアリー。」



ナタリーは今にも泣き出してしまいそうなメアリーを安心させるように頷く。いや、彼女がハーティエストでなかったら、本当に泣いていたかもしれなかった。



「メアリー、どうしたの。さっきから少し変よ?」


「いえ、なんでもありません。」


「そう、ならいいけど。」



首を横に振るメアリーに、それ以上強く尋ねることは出来ない。小さく納得したナタリーは、気持ちを入れ直すように、また鏡の自分に意識を向けた。

メアリーも絶賛してくれたように、透き通るような白い肌は、ナタリーが自慢できる部分のひとつ。



「あ~あ。髪も目も元の方がキレイ───」


「いけません!!」


「───ッ?!」



ポツリとこぼした独り言に過剰反応したメアリーに驚いて、ナタリーは全身を震わせる。



「わっわかってるわよ。だからこうして、色膜(シキマク)をつけてるんだし。」



ナタリーは、今まさに右目に入れようとしていた薄い色のついた瞳の大きさほどの膜をメアリーにも確認させた。

しまったと、口元を押さえるメアリーの様子に少し戸惑ったものの、ナタリーは作業を再開させる。



「髪もさっきメアリーが整えてくれたし、何も問題ないわよ。ほら…っ…ね?」


「え……ええ。」



いつもこうだった。

人前に出る時は、いつも極度に心配される。

それは何も、式典などの大掛かりな場面だけじゃない。小さなころから、何かと一緒に遊んでいたテトラにだって本当の姿を見せたことはなかった。



「ねぇ、メアリー。どうし──」


「お~!!いいじゃねぇか。」



どうして?と、尋ねようとしたナタリーの言葉は、タイミング良く入ってきたギムルの声に掻き消される。出鼻をくじかれたようにナタリーは肩をすかせると、メアリーへの質問をあきらめた。



「こりゃ、馬子にも衣装だな。」


「───ギムル、うるさい。」



些細な反論とばかりに、ナタリーはフンッと鼻を鳴らす。



「冗談だって。そんだけ着こなしてやりゃ、ドレスも幸せだろ?」


「ギムル。何か変なものでも食べた?」



抱きついてこられると身構えていたギムルが、カクッとこけた。

床に顔を突っ伏しながら、せっかく褒めたのにと、何やらブツブツつぶやいている。



「嘘よ。ありがとう、ギムル。」



ナタリーは、そっと床から拾い上げたギムルを強く抱きしめた。



「ギムルもとっても可愛いわ。」



ピシリと、音をたてて空気が凍る。



「ダァァァァッァ!!貧乳ナタリー、調子に乗るんじゃねぇ!!誰が好きこのんで、こんな格好してると思ってんだよ!!」



バーンと、飛び降りたギムルは黒いチョッキを着せられ、大きくて真っ赤な蝶ネクタイを首にあしらっていた。

そして、鏡にうつった自分の姿が見えたのだろう。ふてくされたように抑揚のない声で呟きながら、リボンの端を持ち上げる。



「だいたい俺は、行かねぇのに。なんで、こんなリボンつけなきゃなんねぇんだよ。」


「あら、とてもよく似合ってると思うけど?」


「こんなんじゃダメだ。もっと男らしく、帽子とかメガネとか、そういうのをつけてみたいんだ。」


「両方とも耳があるから無理だと思うけど?」



面白いほど、ギムルは口をあけて固まった。その様子をみると自分の大きく垂れ下がった耳のことはすっかり忘れていたのだろう。パチパチとつぶらな瞳を向けたままピタリと固まったギムルの姿があまりに可愛すぎて笑けてくる。



「あはは、ゴメンごめん。次はそういうのをちゃんと用意するね。でも、今日はダメ。」



ナタリーは、もう一度ギムルを抱き上げる。そして、二人そろって鏡の中を見つめた。



「ギムルはメアリーとお留守番だけど、私がヘマしないように、ギムルが傍にいるんだって思えるためにも、おそろいのリボンつけててよ。」



ねっと、目線をあわせて微笑めば、ギムルはリボンを眺めていた顔をあげて胸をはる。



「仕方ねぇな~。そこまで言うなら、つけといてやろうじゃねぇか。」


「ふふっ。ありがとう、ギムル。」



ナタリーは、笑いながらギムルを床へとおろした。と同時に、リナルドの声に呼ばれる。



「それじゃ、いってきます。」



笑顔で見送ってくれた二人を背に、ナタリーは、リナルドの元へと駆け寄った。

リナルドのもとに駆け寄るや否や、ナタリーは一緒に行く約束をしていたデイルの姿をとらえる。



「デイルさん、おはようございます。」


「お~、これはこれは。見違えたよ。ナタリーもすっかり大人の女性だな。なっ、テトラ?」


「あら、テトラも来てたの。おはよう。」



大きなデイルの後ろから、ヒョコッと姿をみせた黒髪の青年にナタリーは笑いかけた。

だが、テトラの様子がいつもと違う。



「おっおは…~っ…おはよう。」


「どうしたの?」


「いや、ななななんでもない。」



真っ赤な顔の前で必死に両手を振るテトラは、やっぱり変だった。



「ナタリーが、あまりに綺麗だから舞い上がってるだけだよ。」


「ちょッ!?父さん!!」


「はいはい。じゃあ、テトラあとはよろしく頼むぞ。」


「あ…っおお…まかせといてよ!!」



誤魔化すように声を張り上げたテトラの言葉に、ナタリーは首をかしげた。

他国の彼が式典に何か関係があっただろうか。



「テトラは何をするの?」


「ほら、メアリーたちだけじゃ心配だろ?だから俺とこいつ……ビーストも一緒の部屋で待ってようと思ってさ。」


「よっ。」



挙動不審なテトラの後ろから、機械の犬が姿を見せた。

なるほど。



「そっかぁ。よろしくね。」



納得したように、ナタリーはうなずく。



「テトラ。ギムルとメアリーをよろしくね。」


「あっあぁ!!」


「ビーストは、テトラをお願いね。」


「ちょッ!?」


「あはは、冗談だってば。」



テトラの挙動不審な態度が可笑しくて笑っていると、準備が整ったらしいデイルの声に呼ばれる。



「ナタリー、置いてくぞ。」


「あっ!!待ってよ。デイルさん、リナルドじいさん!それじゃあ、いってきまぁす。」



ブンブンとテトラとビーストに向かって手を振りながら、ナタリーは先を急ぐ二人の後を追いかけた。

そんなナタリーの後ろ姿を見届けたばかりのテトラは、ビーストをうながして部屋に入る。



「ちっくしょー。可愛いーー!!」



部屋に入るなり、テトラは顔を揉むようにしながら崩れ落ちた。真っ赤な顔を隠すようにして縮こまるテトラの横をビーストが見向きもせずに通りぎていく。



「先は長いな。」



ハッと、ビーストは犬らしく鼻を鳴らした。



「何が長いって?」



今度は、ピョコンと目の前に躍り出たギムルを見て、ビーストの笑い声があがる。



「今日は、ずいぶんと勇ましいな。」


「いいだろ、これっ。ナタリーと一緒なんだぜ。」



ビーストの嫌味もなんのその。

先程まで、さんざん文句を言っていたリボンを見せびらかせるようにして、ギムルは胸をはった。



「大丈夫かしら。」



なんとも言えない室内の状況に、メアリーは苦笑する。



「テトラもそんなところでもたれてないで、ソファーにでも座ったらどう?」



そう声をかけられて顔をあげたテトラの視線が、ギムルの胸元をとらえた。

さっき会ったナタリーが首につけていたものと同じリボン。

もちろんテトラの顔つきが変わっていく。



「ギムル!そのリボンを俺によこせっ!!」


「やだよーだっ。万年片思いぃ。」



はぁーと、メアリーとビーストのため息がむなしく室内に染み渡る。

目の前ではベーっと舌を出したギムルとテトラの攻防戦。

そんな騒がしい室内にも匹敵するほど、もしくはそれ以上にナタリーの向かった外は騒がしさを増していた。

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