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生命師 -The Hearter-  作者: 皐月うしこ
第1章 ライト帝国
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第3話 式典前夜(後編)

その空の下では、真夜中の盛り上がりを見せる異様な街の中を一人の少年が、何かを探すように歩いている。

明日……いや、もう今日の昼には式典がとり行われる王都ラティスは、前夜祭と言う名の飲み会や出店、あるいは、色仕掛けの男女たちで深夜といえど、多くの人で入り乱れていた。



「ライト帝国は、多種族、多民族国家だと聞いていたが……目が疲れる。」



実に、色んな容姿をした人々に遭遇する。

耳にたくさんのピアスをつけたもの、口がでかい、耳が長い、肌の色が黒いものもいれば、そうでないものもいる。服装も様々であれば、髪の色も様々であった。



「少し、休むか。」



本当は、足を止めたくないのだが仕方がない。さっきから、絡み付くような複数の視線を感じる。



「濃紺の髪に白い肌って珍しいな。兄ちゃん、ヴェナハイム出身か?」



近くの壁にもたれかかるなり、真横で酒ビンを傾けていた一人の大柄な男に話しかけられた。



「違ったんなら、悪いな。いやぁ~だけど、兄ちゃんそのナリでこの変あるかねぇほうがいいぜ?」



どういう意味だろうかと、聞くまでもない。



「キャァッ!見てっ。超いい男っ。」


「でも若くない?見たところ十代後半って感じ。」


「いいじゃない。ハティ様だって、今日は遊んでくれなかったんだしぃ。親父ばっか、いっつも相手してんだから。」


「そうよね。っていうか美形すぎない?ハティ様もルピナス様もそうだけど……質が違う気がする。」



露出の高いドレスに身を包んだ二人の女性が、断りもなく目の前にたつ。

酒ビンを持った隣の男は、色目を変えて舌舐めずったが、濃紺の髪をした青年は違った。



「あの、ひとつ伺いたいことがあるのですが。」



丁寧なもの言いに、女性はうんうんと先を急かす。



「金髪で金色の目を持った少女を知りませんか?」



シンッと、一瞬空気が凍った。そして、次の瞬間にはどっと笑い声がおきる。



「やっだぁ。もう、そんな顔して……いいえ。そんな髪の色をしてる子なんて知らないわよ。ねぇ?」


「そうそう。呪われた色に染める物好きなんて、いないいない。」


「呪われた?」


「そんなことよりも、わたしたちと過ごさなぁい?」


「冗談も言えるイケメンなんて、ハティ様以上に楽しめそう。ねぇ~。お姉さんと遊んでぇ?」



胸の谷間をよせ、なおかつ押し付けながら見上げてく二人の女たち。挟み込むように、絡まりついてくる匂いに酔いそうになる。



「ねぇちゃん。兄ちゃんよりも、俺と遊んでくれやぁ。」



すでに酔っている男のおかげで助かった。なんとか出来た隙をついて、その場をそっと抜け出す。



「無駄な時間だったな。コロンがいなかったのが、せめてもの救いか。」



足を止める度に、このヤリトリを目の当たりにするのには、うんざりしていた。

酒によった男、欲に溺れた女、ハーティエストらしきモノたちもウヨウヨしていたが、盛大なため息を吐く人物の求める少女は見つからない。



「はぁー。」



シオンは、集まる視線の中でため息を吐き出すと、何事もなかったかのように再び歩き出した。



「呪われたって、どういう意味だ?」



さっきの女の言葉が気になる。誰もが口を揃えて、金色を持つ存在を笑っていた。

それを聞き出そうにも、話がいつも脇道にそれていくばかりで、結局、これだけ多くの人で溢れかえっているのに金髪の少女の情報は、いまだ何ひとつ得られていない。



「金髪金眼なんてすぐに見つかると思ってたんだがな。甘かった。」



目立つから、すぐに見つけられると思っていた。

楽観視していた自分の甘さに気付いたのは、王都にたどり着いて数分後。

世界中から人が集まってきているはずなのに、そんな髪の色をしている人物にすら遭遇しない。

全身金色のハーティエストはいたが……あれは、ただの金塊だった。



「金髪に近い茶髪ならゴロゴロいるのに───」



金色の眼は、もっと難易度が高い。



「───さすがだな。そう簡単に、自由にはさせてもらえないか。」



肩を落としたシオンは、今夜はもう切り上げようと、空を見上げた。そこに一羽の鳥を確認すると、路地裏へと体を滑り込ませる。

昼間のうちに、コロンと決めた待ち合わせ場所に向かっていた。



「………。」



前を向くシオンの気配が緊張する。わずかに細まった瞳は、スッと音もなく後方の気配を探っていた。

コツンと靴を鳴らすたびに、後ろからコツンと足音が迫ってくる。

一歩進めば一歩。

止まれば、止まる。

ダッと走り出したシオンを追うように足音が速くなる。



「───ッ!!?」



開けた場所へと躍り出たその足音の持ち主は、一瞬にしてシオンを見失った。

驚いたように周囲をみわたし、焦燥の息を吐き出す。明かりが全く届かない暗い路地裏で、キョロキョロと顔を動かしていた。が、ふいに息を飲んでぴたりと止まる。



「お前、ハーティエストだな。」


「ヒッ!?」



まったく気がつかなかったとはいえ、真後ろをとられた男は大きな悲鳴を飲み込んだ。月を反射させる短刀の先が、背中の紋章に当たる。



「暗殺か?」


「いっいえ。」



何度か命の危険をその身で体感してきたシオンは、一番最初にそう質問をした。

だが、はいと答えるバカなやつなどいない。



「誰に頼まれた。」


「ちっちち違います!」


「雇い主は?」


「ほほっ本当です!殺せと、そう命じられたのでは、ございません!」



あわれなほど、シオンの後をつけていたハーティエストは、恐怖のあまりに真実を口走る。



「シオン様が、逃げ出さないようにとグスター王に命じられたのでございます。少女を見つけるまで目を離すなと。」


「お前が?」


「わたし一人では、ありませんっ。」



必死に訴えるそのハーティエストは、ひざまずくように振り返った。



「クレイヴァーも目を光らせております。」



そこでシオンは、先日の光景を思い返す。



「それでイシスが。なるほどな。」



顔と名前が一致する人物なんて数少ないだけに、イヤでもその顔が浮かんだ。



「先日ヴェナハイム王国で初めて会ったときから、妙に馴れ馴れしいと思っていた。」


「グスター様には逆らえません。」



足元のハーティエストは、うちひしがれたように縮こまる。

よく見れば、丸腰のハーティエストなことに気づき、シオンは大人しく短刀をおさめた。



「それなら、王に伝えろ。約束は守る。ふざけた真似をすれば───殺すとな。」



無表情で見下ろされたハーティエストは、大きくうなずきながら不安定にどこかへと走り去る。



「……クレイヴァーか……」



これは面倒なことになりそうだと、シオンは黒い手袋の下に隠された紋章にそっと触れた。


「…………。」



転がるように闇の中へと走り去った男と入れ違うようにして、地面に何かが突き刺さる。空から降ってきた隕石のように、青い鳥が垂直に埋まっていた。



「……はぁ。」



ため息を吐いてから、空から降ってきたコロンをシオンは引き抜く。

自由になった途端に、その鳥は弾丸のようにクチバシを鳴らし始めた。



「助かりましたわ!夜目があまりきかないので、標準があわせづらく……ああ、シード様に当たらなくてよかった。」



それは本当にそう思う。



「怪我はございませんか?シード様。待ち合わせ場所にいらっしゃいませんし。何かあったのかと、街中くまなく飛び回り、ようやく見つけたかと思ったら何やら緊迫したご様子!!これは一大事と、シード様に迫る(ヤカラ)を串刺しにしてさしあげようと!!結局、逃がしてしまいましたが……ああっ?!土がっ!!わたしの美しい、このくちばしにぃぃッ!」



その鋭いクチバシをもった鉱石に、空から狙われたハーティエストに同情せざるをえない。

事情もかまわず襲われる身としては、確かに恐怖以外のなにものでもないだろう。



「ほら、拭いてやるからこっちにこい。」



さっきまで嘆いていた鳥は、その一言で大人しくなった。



「シードさまぁぁぁ。」



スリスリと甘えよってくる姿は可愛いのだが、少し痛い。



「自由は、まだまだ遠いな。」


「何かいいましたか?シード様。」


「いや、それよりもコロンの方はどうだ?見つかったか?」



キレイに磨きあげられて満足したらしいコロンは、パキパキと音をたてながらシオンの横で首をふった。



「いいえ、だめですわ。昼同様、金色の髪をもつものなど一人も見当たりませんでした。」


「呪われた色、か。」


「えっ?」


「金色は、呪われた色だと先ほど尋ねた女が言っていた。そんな物好きなどいないそうだ。」



シオンがそう伝えると、伝えられた内容よりも女と話をしたという部分に強く反応を見せたコロンだったが、何か思い出すように急に黙り込む。



「どうかしたか?」


「そういえば昔、一度だけ見た気がします。」


「何を?」


「金髪で金眼の人物。」



う~んと、うなるコロンを疑うわけではないが、シオンはたいして期待もせずに欠伸をこぼす。

疑惑の眼差しをむける主人のために、コロンは必死で記憶を辿っていた。

そうして数十分が経過した頃、バキッと大きな羽音が響く。



「思い出しましたわ!そうですわ!ああ……どうして、忘れてしまっていたのかしら。昔、グスター王がわたしをたった一度だけ見せた人物がそうでしたわ。二人いましたけど……その内の一人が金髪で金眼でしたわ。間違いありませんっ!!このわたしでさえ、目が(クラ)むほどの美しい人でした。」


「女か?」


「いえ、男性です。あれはたしか、なんと、おっしゃっていたかしら?」



シオンは、父であるグスター王に、国の宝を見せるほどの友人がいたとは思えなかった。

ヴェナハイム王国でのみとれる貴重なブルスフィアの宝石。コロンがシオンの、ハーティエストとなる前は、国の象徴、至高として厳重に保管されていた。

ハーティエストは、魂が宿る前の記憶を覚えている。



「いつもひとりぼっちで、少々うんざりと気が滅入っていた頃でしたから、よく覚えておりますわ。そう!グスター様が、まだ王位をついで間もない頃……王位継承者以外見たことのなかったわたしが、初めて見た他人。あぁ、顔は思い出せるのに!!名前が出てきませんわ!」


「見間違いじゃないのか?」


「いいえ。あの美しさは忘れません!忘れてましたけど……シオ……シード様に出会うまでの十五年あまり小さな箱に閉じ込められていたせいで、記憶がにぶってるんですわ。あぁ、シード様と初めてお会いしたときの衝撃は、昨日のことのように思い出せますのに。」


「それはいい。」


「あら、なぜですの?歴代のヴェナハイム王位継承者でも一番と言っていいほどの美しさ。コロンは一目惚れでしたわ。

シード様で世界は染まり、わたしは、コロンという名前までいただいた。」


「おかげで王の機嫌を損ねたがな。」


「シード様と二人きりで、わたしは幸せでしたわよ?あのレオノールの人間以来のしょ───」



話している途中で思い出したのだろう。コロンは、口を開けたまま固まった。



「───そうだわ!レオノールよ!金髪、金眼の美しい生命師カーラー・レオノール!!」



────────────

───────────

─────────


そんな中、月の光も届かない、人通りのない路地裏に、背中を深くえぐられたマネキンが一体転がっていた。



「ハーティエストは、これだから困る。」



マネキンは、嫌な音をたててつぶれる。

そのマネキンに自身の足を真上から力任せに埋め込んだ男は、苛立たしげに眉をよせた。



「役にたたんばかりか、王子に自供するとは……使い物にならん。」


「まぁまぁ、いいではないか。これで逃げるなんて考えなくなるかも知れんぞ?」



場違いなほど、のんきな声が後ろからかかる。

暗闇で顔が見えないのをいいことに、その男は人形を踏みつけている足に、さらに力をこめた。



「お言葉ですがパードゥン公、わが組織の者ならば。もう少しマシな働きをしましたぞ?」


「それでは何かね?わしが悪いとでも申すのか?ハーティエストならば、四六時中見張っていられると申したのは、そなただぞ!?」



フンと威厳の態度を見せるかのように、パードゥン公は、前につきだしたお腹をゆする。

また、マネキンは嫌な音をたてた。



「まぁまぁ二人とも。」



いがみ合う二人の横から、ふいに重みのある声がかけられる。

穏やかな口調に思えて、その声音にはあきらかな苛立ちが含まれていた。



「過ぎたことは仕方がない。失敗ならば、次の手を考えればよいだけのこと。それに俺の息子は、そこまでおろかではない。だが、明日の式典にシオンは出せん。」


「なぜなのだ?」


「顔がわれてしまっては、我々の探しているモノは見つからぬ。なんのために城からシオンを出したと思っている?」



間抜けたパードゥン公の問いに、シオンの父親はあきれた息を吹きかける。

もう少し、まともな会話が成り立たないものかと、暗闇にひそむ濃紺の瞳が物語っていた。



「では、どうなさいますか?」



マネキンをただの破片へと変えた男が、面倒そうに首をかしげる。



「シオンには、式典のことを知らせていない。この街に来た以上情報はつかんでおるだろうが、まぁ……ほっておいても問題はなかろう。あの子にとっては式典よりも、自由のために少女を探すことの方が大事だろうからな。」



答えた男は、クックッと喉で笑った。



「俺は帰る。息子の代わりに、明日の式典でヴェナハイムの顔を(ツト)めなければならんからな。」


「それならば、わしも帰るぞ。あまり遅くなるとパーティとハウがうるさいのでな。」



そうして二人の国王は、姿を闇に溶け込ませていく。

先に消えた男を追うように、一件落着と言わんばかりに手をならした丸い影を見送りながら、残された男はその顔を無表情に変えた。

雲の隙間から、月の光がその場所を照らし出す。

ひどく冷めた無表情の男の顔には、深い傷跡がきざまれていた。



「親父。」



ふと、横で壁にもたれるようにして立つ赤い髪の青年が目に入って、男は意識を向ける。



「イシスか。」


「ほんまに、あの二人でいけんの?」


「使えるものは、うまく使わねばなるまい。」



男の答えに、ふぅんと、先ほどの人物が去った方角をバカにしたように見つめていたイシスの視線が、おもしろそうに輝いた。



「んで?使われる俺は、何をしたらエエの?」


「ヴェナハイムの王子が探している女と、同じ女を探せ。なんとしてでも先に手に入れ、生かしたまま連れてこい。その間に、こちらはプレイズの所在をつき止めておく。」


「先に見つけたら、好きにしてエエ?」


「見つけることが出来たならな。」



イシスが舌舐めずれば、男も挑戦的に笑う。



「グスターが根絶やしにした王家の娘だ。生きているかも定かではないが、彼女が唯一、プレイズの真の継承者だということは間違いない。」


「プレイズね。俺は、そんなんどーでもエエんやけど、その女には興味あるんやわ。なんせ、あのレオノールの女やからな。呪われた金色の王族。美しき神の化身───」


「頼んだぞ、息子よ。」


「───まかせといて。メネス・バダーリさんよっ。」



月が姿を消した、その一瞬の間に街は静寂を取り戻していた。

夜が更けて行く。


それぞれに、胸の内を秘めながら。


──────第1章fin.

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