第3話 式典前夜(前編)
さすがは、大人の選ぶお店。
オシャレに仕切られた一角に通されたナタリーは、緊張した面持ちで座りながらも、目の前のふたりをジッと見つめていた。
「とりあえず、自己紹介が必要ですね。わたしの名前は、ルピナス・アバタイトと申します。こちらの口が悪い男は、ハティ・ベガロ。外見に騙されないで下さいね。野蛮人ですから。」
「だから、お前にだけは言われたくねぇよ。」
「俺は、テトラ・アイだ。こいつは、ビースト。」
「あっ。私は、ナタリー・ロベルタです。」
テトラが敵意むき出しで挨拶したのを受けて、ナタリーは居心地が悪そうに軽く頭をさげる。悪い人たちには見えなかったが、初対面の男相手とすぐに打ち解けることは出来なかった。
もともと、あまり人と接したことがないだけに、心臓が口から飛び出してしまいそうになる。
連れられるままについてきてしまったが、その判断は間違っていなかっただろうかと落ち着きそうになかった。
「「ロベルタ!?」」
数秒遅れて、ルピナスとハティの二人が同時に叫んだせいで、ゴホゴホッと飲み物が変な所に入ったらしいテトラがむせる。
「それでは、あなたが。」
「最年少生命師かっ!?」
「えっ?あっ…そうですけど……」
ほらっと、ナタリーは証明するように、左手の紋章を目の前の二人に見せた。むせ終わったテトラが睨んでくるが、もう遅い。
「あっ、すみません。あまり人に言うなって言われてるので。」
パッと左手の甲を右手で押さえたナタリーに、ハティとルピナスは顔を合わせてから、申し訳なさそうに小さく笑った。
「驚かせてすみません。わたし達も生命師です。」
微笑みながらルピナスは、ハティの左手をつかんで、ふたつの左手の甲を見せてくれる。
「九人いるうちの二人って、まさか!お前らなのか!?」
「なんだ? 悪りぃのかよ。」
「いや。予想してたよりも若くて。」
驚愕に叫んだテトラは、ハティに不満気に見つめられて、慌てて視線を紋章へとうつした。
「おいおい。俺様のことも忘れてんじゃねーぜ。姉ちゃん、ありがとな。この貧乳娘が俺のナタリーだ。」
「まぁ、そうだったの。はぁい、ナタリーちゃん。」
妙に色気のある巨乳の彼女は、再び胸の谷間に埋まっていたギムルをナタリーの方に差し出してくる。
女のナタリーでさえ、見惚れるほどの美人だった。
つやのある長い髪と、真っ赤なドレス。やわらかそうでいて、弾力のありそうな胸。適度にくびれた腰と、しなやかな細い足。
「比べると、ほんっと可哀想だな。」
「ギムル、うるさい!!」
お礼を言って受け取ったばかりのギムルの口をナタリーは、持てる限りの力を込めて封じる。バタバタと暴れるが、苦しいわけがないので緩める気もなかった。
「仲良しさんなのねぇ。ハティ様とは、えらい違い。わたしは、ハティ様のハーティエスト。名は、ラブと申します。」
目元のホクロがなんともいえない、大人の女性を演出している。
「えぇっ!?ハーティエスト!?人間じゃないんですかっ!?」
思わず立ち上がってしまっていた。気づけばテトラも真横で立っている。
「俺が作ったんだぜ。すげぇだろ?」
「すげぇ!!あんた、すげぇなぁ。」
突然、素直に感心しはじめたテトラに、今度はハティが驚く番だった。
背をもたれるようにして、その顔が引きつっている。
「テトラは、メルカトル王国、ガタンの職人なんです。」
目を輝かせてラブを見つめるテトラに笑みをこぼしながら、ナタリーはハティとルピナスに説明する。
「ガタン。あの機械職人の街で有名な?」
「はい。」
「へぇ、それであの犬か。」
ハティがその説明を受けている間に、テトラが新しいオモチャを見つけた時の子供のようにラブへと詰め寄っていた。意外にも、ハティも同じような顔をしてビーストを見つめている。
結局、意気投合してしまったテトラとハティは、数分前までとは比べ物にならないほど打ち解けあってしまった。
その会話の内容は、むずかしすぎてついていけない。
「ロベルタ様は、お元気ですか?」
テトラとハティをひきつった顔で眺めていたら、ふわりとルピナスに質問を向けられた。
こちらの方が会話が弾みそうだと、ナタリーは座りなおしながら笑顔をかえす。
「はい。祖父をご存知なのですか?」
「生命師でロベルタ様を知らない方は、おりませんよ。あなたが生命師になられた時、ロベルタ様に孫がいたと、たいそう噂になりましたから。」
「そうなんですか?全然知りませんでした。」
「今はもう、生命師の血を引く人はほとんどいませんし、先の戦争でたくさん失ってしまったでしょう?生命師の誕生なんて嘘に違いないって言う人もいたのですが、ロベルタ様の孫ならば納得だと、誰もが声をそろえてうなずいてましたよ。」
ルピナスは、そこでなにかを思い出すようにフフッと笑った。
「ですが、あの有名な最年少生命師が、このような可愛らしい方だと知っていれば、もっと早くにお会いするべきでしたね。」
「えっ!?」
「もう、特定の思い人はいらっしゃるのですか?」
ボンっと、音が出たんじゃないかと錯覚するほど全身が熱い。
社交辞令だと言い聞かせても、面と向かってさらりと口説き文句をいってのける男相手に、その効果はなかった。
「そ、そそそんな人いません。」
「それは、よかったです。」
「!!?」
どういう意味かと真意を尋ねたくても、ナタリーの口から声が出てこない。
何か言わなければと、目の前でニコニコとほほ笑むルピナスの視線を避けてるうちに、ギムルの叫び声が店内に響き渡った。
その声に驚いた店員が何事かと飛んでくるが、先ほどナタリーへと意味深な言葉をなんなく言ってのけた男が、その店員をやんわりと追い返す。
「すみません。大丈夫です。」
片手で制したルピナスに、店員はあっさりと引き返していった。
慣れているなと素直に思う。
「さて、原因はなんでしょう?」
にっこりとほほ笑んだルピナスの声が、騒ぎの元凶をめざとくとらえた。
どうやら原因は、ラブの体の仕組みと、ビーストの体の仕組みをあらかた交換しあったテトラとハティが、逃げるギムルを捕まえたことにあるらしい。
何故、愛くるしい姿をしているのに、中身が可愛くないのか調べてやろう。
どちらが言い出したのかは定かではないが、悪ノリが興じて、騒ぎになったことだけは、たしかだった。
「うっせぇなぁ。大人しくしろ。」
「そうだぞ、ギムル。」
「この野郎が! 二人とも顔が、笑ってやがる……ナタリー!! 俺なんか調べても無意味だと言ってやれ。この野獣どもに、俺様の偉大さを叩きつけてやれぇぇぇぇっぇ!?おいっ!この…てめっ…兄ちゃん、耳をめくるんじゃねぇぇ!」
ギャーギャーと、いっこうにおさまらない喧騒を止めたのは、助けを求められたナタリーではなく、ルピナスの「あなたがた、それ以上、目障りな騒音をたてられますと……消しますよ?」という言葉だった。
笑顔がなんとも怖いルピナスを見て、ゴクリと唾を飲み込んだ二人と一匹は、お互いの口をふさぐ。
「よろしい。」
満足そうに、ルピナスが微笑んだ。
「怖ぇぜ。あの兄ちゃん。」
「あぁ。ルピナスは、怒らしたらヤベェんだ。本当に消されちまうから、気をつけろよ?」
「了解。」
白いからだを青くさせたギムルに続き、助言をしたハティにテトラが首をたてにふった。
「何か?」
小声で話していた三人の男どもは、チラリと視線をむけた微笑みの貴公子に、ぶんぶんっと音がするほど勢いよく首を横にふる。
「理解のある友人を持って、わたしは幸せですよ。」
「「「………。」」」
見事な主従関係の確立に、ナタリーは、ただ茫然と眺めていることしか出来なかった。
打って変わって大人しくなっただけでなく、同じ恐怖を味わうことで親密さの増した空気が、なんだか面白かった。
そうしてナタリーが笑い声をあげると、さらにシンと周囲は静かになる。
「お~。ある意味、これも兵器だな。」
「だろ?約一名、いっつもこれにやられちまうんだよ。」
「いいじゃねぇか。青春だ。」
ハティとギムルが、真っ赤な顔でナタリーを見つめるテトラへとニヤついた顔を向けた。
「ばっバカ野郎!!そんなんじゃねぇっ!!」
「いいって、いいって。なんなら俺が、女の口説き方を教えてやろうか?」
「おっ、いいじゃねぇか。テトラ、聞いとけって。ナタリーは鈍いんだからよ~、遠慮ばっかしてっと、誰かに持ってかれちまうぞ?」
「えっ。テトラどこかに行くの?」
ギムルの言葉の最後の方しか聞き取れなかったナタリーは、ひそひそと話しあう輪の中心に向かって首をかしげる。
そこでは、驚きすぎて後ろの壁にまでさがったテトラを笑っているハティとギムルがいた。
「情けない。」
はぁ~と、ビーストのあきれたため息が流れる。
よくわからないと、ナタリーが少しふてくされた所で、ルピナスがパンパンと両手をたたいた。
「もう夜も遅いですし、そろそろお開きにしませんか?」
その瞬間、ナタリーの顔はパックリと、口をあけたまま固まる。
よく見れば、テトラとギムルも同じ表情をしていた。
「そうよっ!?こんなに、のんびりしてる場合じゃないわ。」
「じぃさんに叱られちまう。なんで、俺様を連れて、こんな所に来たんだよ!誘導か!?これは何かの策略なのか!?」
「違うだろうが!!俺とナタリーは、お前らを探してたんだよ。」
ナタリーが慌てて立ち上がると、ギムルの体をしっかりと持ち上げたテトラもそれに続く。
「あー、ぜってぇ親父にどやされる。」
「デイルは、怖いからな。」
そう呟いたテトラに、今まで黙っていたビーストが遠い目をしながら静かにうなずいた。
「だったらなんで、何もいわねぇんだよ!?」
「テトラが帰るって言わなかったから。」
「また俺のせいかよ!?」
「もうっ!! テトラもビーストも今は、そんなこと言ってる場合じゃないでしょっ!?……って。ギムルは!?」
常に静かに答えるビーストに、どんどん熱くなっていくテトラから、相棒の白いウサギを受け取ろうと両手を広げたナタリーは、先ほどまでそこにあったはずの姿を探して首をかしげる。
「ほら、うさぎさん。あなたのご主人様が探してるわよ。」
「あいつら、いつもあーなんだ。まったく世話がやけるだろ?」
「世話やかしてんのは、ギムルの方でしょうがっ。」
色っぽい声をだすラブの胸の谷間に、もう一度埋まろうとよじ登っていたギムルの体をナタリーは、音がでるほど勢いよくかっさらった。
「ラブさん。すみませんっっ。」
「いいえ。とても楽しい時間をすごさせてもらったわ。ありがとう。」
ホクロのある目元を少し細めて笑ったラブに、その胸の谷間に意識が集中していたナタリーは、慌てて彼女に視線をあわせる。
「あっはい。いえ、こちらこそ。楽しかったです。ありがとうございました。」
ラブの横にいるハティとルピナスにも、ナタリーは頭を下げてお礼を言った。
その胸に強く抱きしめられながら、ギムルはフゥ~と、嫌味な息を吐く。
「ナタリーもあんなけ、ありゃなぁ。」
「俺が大きくしてやろうか?」
「~~っ!!結構です!!行くわよっ!テトラ、ビーストっ。」
わざとらしく見上げてくるギムルと、いやらしそうに笑ったハティへと答えた勢いで、ナタリーは店を飛び出した。
「あっ、ちょっ、ナタリー!待てって!!」
憤慨しながら店を出ていったナタリーのあとを追い掛けるように、テトラとビーストも挨拶を残してから、慌ただしく飛び出して行く。すっかりふけ込んだ夜の繁華街は、女の子一人で歩かせられるほど安全なものじゃない。
ギムルのおかげでその必要はなかったが、怒るナタリーをなだめることも出来ずに、テトラは周囲を警戒することに専念していた。
そうして、息も絶え絶えに宿にたどり着いたナタリーたちを待っていたのは、恐怖の三重砦だった。
ひとつ目は、部屋のドアの前でまさしく"木"のように立っていたメアリーに、怒涛のような説教をくらう。
正座の足がしびれて動かなくなってきた頃に、ようやく部屋に入ることを許されたナタリーたちは、第二の関門、室内で腕を組んで仁王立ちする巨大なデイルに鉄拳を喰らった。
「ずびばべんべじだ。」
正確には、テトラが全員分の鉄拳を受け止めてくれた。そのせいで、余計にナタリーの胸も締め付けられる。
「本当に、ごめんなさい。」
「…っ…ごめんなさい。」
「申し訳ない。」
ナタリーが、痛々しいテトラを横目に頭を下げると、ギムルとビーストも大人しくそれに続いた。
ジッとうなだれた頭が、なんとも同情をさそう。
「次からは、気をつけろよ。」
デイルのおとがめは、それで最後だった。もうこれで終わったと、ホッとするのはまだ早い。
二人に叱られ、心から反省するナタリーたち。
出来ればこんなことは言いたくないと、長い人生を送ってきた老人の穏やかな声が聞こえてくる。
「ナタリーは、生命師としての自覚が全然ないのぉ。明日の式典は欠席して、ひとりで村まで歩いて帰るか。あぁ、友が欲しいんじゃったらつけてやらねばならんのぉ。口を縫いつけられたウサギ。もしくは、首輪のついた犬。でどうじゃ?テトラは無理じゃぞ。安心してナタリーをまかせられんからな。」
「「「「………。」」」」
自慢のひげを撫でつけながら、ふぉっふぉっふぉと、笑い声をあげるリナルドに、誰もが恐怖に身体を震わせた。
この何でもないという風な口調と、どこを見ているかわからない白い眉毛の下に隠された視線に、最後の心はへしおれる。本当にやりそうだから怖いと、メアリーとデイルに慰められながら四人はベッドへと潜り込んだ。
「ナタリー、口縫いつけられたら、とってくれよなっ。」
「バカ言わないでよ!?私なんて、明日の式典がかかってるのよ?出席できなかったら、それこそ地獄よぉ~~。」
「首輪…首輪……」
「俺には、役不足……ナタリーを守る資格なし?…あぁ……」
「ぶつぶつウルサイわよ、二人とも!!寝るわ。早起きして挽回して見せるんだから!!おやすみなさい!!」
当然眠れるはずのない三人をしり目に、ナタリーはギュッと目をつぶる。
意外にも、意識は早くに落ちていった。
────────────
───────────
─────────
一方その頃、店に残された三人は、まだ大人の時間を楽しんでいた。
「落ち着きのねぇやつらだったな。」
「ハティ様も人のこと言えませんわよ。」
珍しくはしゃいでいた主人の姿に、ラブはクスリと笑う。そして、スッとドアの方へと腰をあげた。
「ラブ、少し待って下さい。」
引きとめたルピナスに、不思議そうな顔をしたラブは振り返る。
「そーいや、お前、話があるって言ってたよな。」
ハティもルピナスを見た。
「ええ。どうやらクレイヴァーが街に入り込んでいるようですので、お二人とも用心するようにと伝えたかったのですよ。」
「おい。さっきのやつらにも教えてやった方がよかったんじゃねーのか?」
「伝える前に帰ってしまいましたから。」
ハティとラブは、呆れたように首を横に振る。いつもこうだと、困ったようにルピナスをみつめた。
「ナタリーちゃんたち、大丈夫かしら?」
扉の向こうに消えていった若者たちを案じて、ラブがつぶやく。ハティも心配そうに顔を歪めた。
それをまた、この男は笑顔で言葉を投下する。
「大丈夫ですよ、今夜は。式典の前夜に、生命師殺害なんてヘマをする連中ではないですし。彼らも、一般人は狙いません。ハーティエストが単独で出かけなければ、危険はないですよ。あの様子では大丈夫でしょう。ロベルタ様もいらっしゃるようですしね。ですから、むしろ問題なのはこちら側です。ラブは、一人で出歩かないようにして下さい。ハティ、あなたもですよ。」
最後にはいつもの笑顔が消え、するどい視線で捕らえられたハティは、両手をあげてルピナスへと頷いた。
ナタリーがベッドで寝返りをうち、ハティがラブと店をあとにし、ルピナスも自宅に帰りついた夜更け。
月明かりに照らされて、空で時折チカチカと反射する何かが飛んでいた。