第2話 王都ラティス(後編)
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「やだっ、何これ。すっごくおいしぃ。」
ひとくち食べれば、幸せな気分になれる。長蛇の列に一時間近く並んだかいがあったと、うなずきたくもなった。
「あいつさえ、いなけりゃ……な。」
そう呟いて、もぐもぐと口を動かすテトラの視線の先には、ナタリーの横にちゃっかりと居座ったオルフェの姿。
「オルフェ様は、王子様なんですから、わざわざ並ばなくても食べれるんじゃないですか?」
「そうだけど、王子だからって特別扱いされるの僕、嫌いなんだ。」
「そっか……やっぱり、人の上に立つ人は違いますね。」
チョコラを食べながら会話の弾む二人に、テトラの顔はますます不機嫌になっていく。
ナタリーは気付いていないが、してやったりなオルフェの視線がテトラの怒りをあおっていた。
「ねぇ、なんで急に敬語なの?」
「えっ?だって王子様ですし。」
「だめだよ。さっきもいったじゃん。王子だからって、特別扱いされるの僕は嫌いだって。」
「でも。」
「でも?」
口ごもるナタリーに、オルフェはズィっと体を寄せる。
「ふたつも年上で会ったばかりで──」
「そんなこと、関係ないよ。あいつだって、僕と一緒の年なんだし。」
いきなり指をさされて、まさか自分に話がふってくるとは思っていなかったテトラは、ゴホゴホとむせた。
「大丈夫!? もぉ……テトラは、小さい頃からずっと一緒ですから。敬語とか必要ないんですよ。ねっ?」
むせたテトラに近寄ったナタリーは、その背中をさすってやりながら顔をのぞきこむ。しかしどういうわけか、テトラの咳はますますひどくなった。
「大丈夫?」
「あ……あぁ…悪い。」
ナタリーは、困ったようにテトラをおこす。
そんな仲が良い雰囲気に、オルフェの顔が不機嫌に変わった。
「やだ。だめ。僕ともちゃんとふつうに話して。」
「でも───」
「わかった?」
「──はい。じゃあ、わかりました。」
「ました?」
やはり王子さまだと、ナタリーは思う。腰に手を当てて命令してくる姿は、実にそれらしく板についていた。
「わかったわ、オルフェ。」
満足そうにうなずいたオルフェの姿に、ナタリーは思わず笑みをこぼした。
「やったぁ。ナタリーなら、そう言ってくれるって思ってたよ。」
大手をあげて喜ぶ姿が、愛らしい。この国が、平和なはずだとオルフェ自身が証明しているようだった。
「調子いいやつ。」
「テトラ?」
背中をさするテトラの小さな呟きに、よく聞こえなかったとナタリーは首をかしげる。
「いいや。やっぱ、王子なんだなっ~て。」
「そうだね。」
同じ感想を持っていたテトラにナタリーは、苦笑の笑いをもらした。
その後、王都ラティスを知り尽くしたオルフェ王子の案内で、空から太陽が消える時間までナタリーたちは王都を堪能する。そろそろお開きにしようかと、口を開きかけた時だった。
カツンカツンと足音を立てながら、オルフェの横に背の高いスマートな大理石のハーティエストが近寄ってくる。
何事かとナタリーとテトラは、そのハーティエストを見上げたが、オルフェはひとり深いため息を吐いてそれに答えた。
「見つかっちゃったか。」
「お迎えにあがりました。」
うやうやしく腰をおり、よくとおる低い声でハーティエストはオルフェに頭を下げる。
「ねぇ、キーツ。僕は、まだ帰りたくないんだけど?」
「いけません。」
オルフェのわがままをその大理石の青年は、ピシャリと断った。
「さぁ、帰りますよ。」
「わかったよ。仕方ないけど今日はここまでみたい。ナタリー、また明日会えるのを楽しみにしてるよ。」
石のキーツに手を引かれて、諦めたようにオルフェはナタリーへとにこやかに手をふりながら去っていく。
「あいつ。今、わざとナタリーの名前だけ呼びやがった。」
テトラは、ふてくされたように口を尖らせた。今日は一日中こんな調子だからか、ナタリーはあきれたように息を吐いてから、テトラに笑いかける。
「私たちも帰ろっか。」
「……そうだな。」
テトラもなんとか笑顔見せてくれた。
「よかった。」
「えっ?」
「だって、ずぅ~っとテトラは、こんな顔してたもの。私と一緒で、楽しくなかったのかと思っちゃった。せっかく久しぶりに会えて、私はすっごく嬉しかったんだよ?」
「へっ?えっ?……えぇっ!?」
面白いほど挙動不審になったテトラに、ナタリーは安心する。
いつものテトラにホッと胸を撫で下ろしたところで、ナタリーはある重大なことを思い出した。
「あぁあ!?」
「なっなんだ!?ナタリー、どうした?」
「ギムルとビースト!!」
「げっ!忘れてた。おいっ、あいつらどこ行ったんだよ。」
「白いウサギのぬいぐるみと、機械の大型犬だから、すぐに見つかるはずなんだけど。」
善は急げだ。
さまざまな人種でごった返すなか、特定の人物を探し当てることなど不可能に近い。
ましてや、夜のとばりがおりはじめた街の中で、小さなぬいぐるみを見つけ出すとなると、それ相応の時間を要する覚悟は必須だった。
「メアリーに怒られる~。」
「俺だって親父に殴られる!」
「「どっちにしろ、リナルドじいさんだけはイヤ!!」」
声に出して確認しあったナタリーとテトラは、明日のアズール皇帝の即位祭に集まった人でごったがえす中を走りまわる。だんだんと時刻はまわり、そろそろ街の雰囲気も怪しい色が濃くなり始める頃、キャーと複数の女性が歓声をあげる声が響いた。
「何かな?」
「もう一本むこうの道っぽいな、行ってみるか?」
気になる方には行くべきだと、本能がささやく。
足を止めたナタリーは、テトラにうなずきかえして道を1本隔てた先へと足を向けた。
「キャー。ハティ様よ。」
「ハティ様、今日は私の所にきてっ。」
「だめよ!私の所って言ってたもの!」
色とりどりの女性でごったがえす大通りは、黄色い歓声から怒声へと、徐々にその声を変えていく。
「だぁぁぁぁぁあ。うっせぇ、あとでみんなまとめて相手にしてやるから、大人しくしてろ。」
そんなギャラリーにむかって、ひとりの男が大声で叫んだ。
まさに、鶴の一声。
見事なまでに静寂が広がり、逆に大声をあげた男の方が気まずい顔をする。
「はぁ~…喋るなって言ってんじゃねぇよ。こいつの声が聞こえなくなるほど、うるさく騒ぐんじゃねぇってことだ。」
取り囲む女たちに向かって、面倒そうに頭をかくと、男はその美麗な容姿を別の男へとむけた。
ざわざわと普段通りの騒音に戻っていった周囲の中で、そこだけが異質に浮き出て見える。
「ルピナスも行きなり来るんじゃねぇよ。」
目の前の男の一挙一動に態度を変える周囲にか、それともその男自身にか、とにかくクスクスと口元に手を当ててルピナスと呼ばれた男は笑っていた。
「あなたも本当によくやりますね、ハティ。」
そう言って、また笑う。
「ルピナス、お前にだけは言われたくねぇよ。」
「それは、どういう意味です? 口も態度も悪いハティと比べられるなんて、心外ですよ。」
「おいおい。普通……本人を目の前にして、そんなこと言うか?」
腰まである長い水色の髪を右耳の下で束ねながら、ハティは冷めた視線をルピナスにむけた。
「ただでさえ、女性に間違えられやすいのに……髪、切らないんですか?」
「ほっとけ。ルピナスも髪伸ばしたら、俺と大差ねぇだろうが。」
「いえ、確実にハティよりかはキレイに着飾れると思いますよ?」
「………さようですか。」
襟足にかかるほどの茶髪をかきあげて微笑むルピナスに、ハティはひくひくと口元をひきつらせる。あながち間違ってなさそうな所が、怖いところだった。
「想像しないでいただけます?」
「してねぇよ。んで、三大名家のひとつであるアバタイト家の当主様が、わざわざ、こんな時間に何しに来たんだよ。ジュアンのじーさんに見つかったら、ヤベェんじゃねーの?」
周囲を見渡して、ハティはバカにしたように鼻をならす。
「ただでさえ、お前と俺を一緒にいさせたくねぇって愚痴ってんのによ。こんな夜の繁華街じゃ、言い訳も出来ねぇぜ?」
「それなら心配無用です。ジュアン殿から、明日の確認をしてくるように言われたんですよ。」
「じーさんが?」
「明日の式典に、生命師として、あなたが出席するのかどうかと。」
「しちゃ悪ぃのかよ。」
「まさか。出席していただかないと、わたしが叱られますから。死んでも出席して下さい。」
「笑って言うセリフじゃねぇよ。」
ハティがルピナスへと突き出した左手の甲には、生命師の証である紋章が示されていた。
「笑顔と敬語は、癖ですから。仕方ありませんよ。」
と、笑うルピナスの左手にもハティ同様、生命師の証である紋章がきざまれている。
生まれも、境遇も違えば、育ってきた環境もまとう雰囲気もまったく異なる。そんな二人が腐れ縁のような関係になったのは、一概にこのことが大きかった。
年が同じ。ゆえに、何かと顔を合わせることも多い。
「んじゃ、もう用はねぇな。」
ハティは、しびれをきらせて騒ぎ始めた女性の輪に戻ろうする。
しかし、ルピナスの笑顔がそれを引き止めた。
「いえ、もうひとつありますよ。」
「っんだよ。まだ、あんのかよ。」
そう言いながら、ルピナスは指を一本つきたてる。
全身で不快感をあらわにしたハティは、長い髪をゆらしながら、だるそうに額を押さえた。ちょうど、その時である。
「姉ちゃんの乳でけぇなぁ。乗り心地が感じられねぇのが残念だぜ。ナタリーにもこのくらいありゃ、少しは色気もでるってもんだ。なぁビースト。お前もそう思うだろ?」
どこぞの酔っ払いかと思えるほど、女に絡み付くような声が段々と近づいてくる。
ハティもルピナスも声の主を求めて振り返ったが、そこには大きな機械犬と巨乳の女性が並んで歩いてくる姿だけだった。
「姉ちゃんもこんなナリしてんのに、俺らと一緒なんてな~。いやぁ、世の中ってのは何があるかわかんねぇな。しかしまぁ、これだけぺっぴんだと、男どもがよってきて大変だろうが。ナタリーもよ、顔は可愛いし、容姿も悪くねぇ。だけど鈍いからなぁ。その点、俺様は問題ねぇ。どっちかってーと、群がる女どもが多すぎてさばききれねぇって感じだ。ったく、嬉しい悲鳴だぜ。」
このムカつく口調の持ち主は誰なのかと、今まで周囲の視線を独占していた二人の男は視線を彷徨わせる。
キョロキョロと、不思議そうに首をひねる二人のもとに、ついにその巨乳の女性はたどり着いた。そうしてハティとルピナスの前に立ちはだかるなり、この女性はそのたわわに実った胸の中央を指差す。
「ハティ様。こぉこっ。」
なんとも艶のある色っぽい声に導かれて覗きこめば、胸の谷間にうまるようにして抱かれているウサギのぬいぐるみが一匹。
「……はぁ?」
ハティが間の抜けた声を出しながら、その女性の顔を下から見上げた。
理解不能。目がそう言っている。
「超」の上をいく可愛さの象徴をしたぬいぐるみと、さきほどの下品な言葉の持ち主が頭の中で合致しない。
見るからにフワフワそうで、垂れた耳は女性の胸のラインに沿って流れていた。
「いや……でも…さっきの声のトーンからして……」
ハティが、う~んと、もう一度深く胸の谷間を覗き込む。
それが合図だったかのように、そのウサギは埋もれていた胸の谷間からポンっと飛び出した。
「よぉ、兄ちゃん。」
キャーと大人しかった周りの複数の女たちの声が、再び甲高く響く。
その喧騒に耳を押さえながら、なんとか黙らせることに成功したハティは、白い腕を愛想よく振り回してるウサギを指差して、巨乳の女性にいぶかしげな視線をむけた。
「ラブ。お前、こいつどうした?」
「今ね、単なる酔っ払いだったんだと思うんだけど……変な男たちに絡まれていた所をこの子たちが助けてくれたの。」
「このこ、たち?」
「俺とビーストに決まってんだろ。」
白いウサギのぬいぐるみは、地面に四足で立つ機械の犬に飛び乗る。
「珍しいですね。メルカトル製の機械に生命師の紋章……ハーティエストなのですか?」
「当たり前だ。」
「初めて見ました。」
会話をした機械の大型犬に、感心するルピナス同様に、ハティも興味深そうに顔を寄せた時だった。
「ギムル…っ…ビーストッ!?」
ナタリーとテトラが合流する。
状況が今一つ飲み込めないハティは、「ちょっと、待て。」と、当然のように白いウサギに手を伸ばすナタリーの髪をグイッと引っ張った。
「おいっ。」
テトラがハティを睨む。
見えない火花が、一瞬にして険悪な空気を運んできた。しかし、スッと間に差し込まれた手にその空気は排除される。
「すみません。この人ちょっと野蛮なんですよ。お嬢さん、お怪我はありませんか?」
「あっ……はい。ちょっとビックリしましたけど、大丈夫です。」
丁寧にたずねるルピナスに、ナタリーは、小さくペコリと頭を下げた。
その様子にテトラも肩の力を抜く。
「状況を整理したいのですが、ここではなんですし。とりあえず、場所をうつしましょうか?」
ルピナスの提案で痛いくらいに突き刺さる周囲の視線に気付いた一行は、ぞろぞろと近くの店の奥へとその身を落ち着けた。
──────next story.