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生命師 -The Hearter-  作者: 皐月うしこ
第2章 即位15周年祭
12/13

第3話 金色の王女(前編)

夢のような舞踏会から一夜明けた朝。

昨日と同じ、陽気な日差しに照らされた王都ラティスの中心街は、朝から元気な商人たちの声で溢れかえっていた。行き交う人々も帰郷する際の土産物を購入したり、観光を楽しんだりしている。

そんな中、多くの観光客用のホテルが集まる建物の一室で、ナタリーは伸びをしながら眠りから覚めた。



「ん~、よく寝たぁ!」



ここ数日、緊張で眠れなかったことに加え、色々とたてこんだせいで満足にとれなかった睡眠が今ここに果たされる。

気分は上々。



「天気もいいし。今日は最高の一日になりそう!!」



伸びをしながらナタリーは、昨日のオルフェの言葉を思い返した。


"友人として、城に招待するよ。"


おもわず笑いがこみあげてくる。



「生命師で本当によかった。」



それはもう鼻歌まで奏でながら、ナタリーはベッドから身体を起こした。そのままメアリーが用意しておいてくれたのであろう洋服を手に取り、着替えはじめる。差し込む朝日を受けたナタリーの素肌は、透き通るように真っ白だった。



「そうそう、忘れちゃいけないっと。」



目の色を隠す色膜をつけ、薄手の長袖に腕を通し、ふわりと軽いスカートの下に薄手のタイツをまとってブーツをはく。

せっかくの自慢の肌を一切露出させることのない服に着替えおえたナタリーは、長い髪を左右に分けて片方ずつくくり上げてから、最後の仕上げを確認した。



「よし、どこから見ても完璧。」



人知れず胸をなで下ろす。

メアリーに了承を得られるほど完璧に仕上げないと、今日の"お城探索"は中止になるところだと、ナタリーは鏡に向かってほほ笑みかけた。われながら、最高に可愛い。よく寝たからか、血色もよかったし、左右の髪のバランスも絶妙で、なにより相当上機嫌なせいか勝手に笑顔がこぼれてくる。



「昨日が今日だったらよかったのに。」



鏡から顔を離したナタリーは小さく苦笑した。昨日は緊張のしすぎで、身体は固まるし、笑顔もどこか張りつけたようになってしまっていたし、ところどころよく思い出せない。

せっかく生命師として、多くの人々に知ってもらうチャンスだったのにと、悔やまれてならなかった。



「でも、今日で挽回(バンカイ)よ。」



目をまたたかせて仕上がりを確認したナタリーは、今日こそ思うままに堪能してやると意気込みをみせる。



「王子様の友人として、お城に招待されてるんだもの!!昨日は、いっぱいエライ人がいて緊張しちゃったけど、今日は楽しめるはず。なんてったってギムルも一緒だ…し…あれ?」



そう言えば、あの白くてフワフワのぬいぐるみが見当たらないと、ナタリーは室内を見渡した。

いつもならベッドの脇で、ふてくされたように絵本を読んでいるはずなのだが、どこにもいない。ナタリーは、目覚めるなり抱きついてくる感触がなかったことをどこか物足りなさそうに感じながら、苦笑の息を吐いた。



「どおりで静かだと思った。」



寂しいなんて意地でも口にはしないが、やはり少し心配になってくる。



「リナルドじいさんか、メアリーと一緒にいるのかなぁ?」



それ以外には考えられないと思い返したところで、ナタリーはもうひとつの可能性を思い出した。

昨夜の出来事がよみがえる。



「まさか…っ…テトラのところじゃないでしょうね!?」



十分にありえると、ナタリーは勢いよく部屋の入り口に走り寄った。

昨日、式典から帰ってきたナタリーは、ヤンチャなウサギを丸一日ほったらかしておくと、どういうことになるのかを思い知る。

部屋は壊滅状態。

憔悴(ショウスイ)しきったテトラは、可哀想なことに、目くじらを立てたメアリーに、まくしたてられながら掃除をしていた。



「ちゃんと休ませてあげないと。」



テトラの死人のように青ざめた顔が、ナタリーの脳裏をよぎる。



「ギムルいる!?」



バンっと、走り寄った勢いでそのまま扉をあけたナタリーは、その場に集まる面々に驚いたように立ち止まった。



「デイルさんに…っ…テトラ!?」


「おおおはよう、ナタリー。」



ソファーにうずもれるようにして座っていたテトラが、挙動不審に立ち上がる。その隣にはデイル。向かいあうようにしてリナルドとメアリーがいた。



「ナタリー、おっせーぞ。」



探していたぬいぐるみが、なぜか真上から降ってくる。

ボフッという柔らかな音と、独特の感触とともに舞い落ちてきたギムルを受け止めながら、ナタリーはパチパチと目をまたたかせた。



「なんでいるの?」



それは舞い落ちてきた可愛いぬいぐるみにではなく、挙動不審に直立するテトラに対しての疑問。

記憶が正しければ、すぐ向かいの宿に部屋をとっている二人とは、昨日の夜中に別れたはずだ。まだそれほどたっていない朝食時に、この親子はこんなところで何をしているのかと、ナタリーは不思議そうに近づいていく。



「おはよう、ナタリー。これからすぐに帰るんだよ。」


「えっ!?」


「仕事があるからね。ここへは挨拶(アイサツ)がてら立ち寄っただけだ。」



デイルが朝の挨拶ついでに、ここにいる理由を教えてくれる。なるほどと、ナタリーは大きくうなずく。



「そうだったのね。」



それから何故か立ったままのテトラへと身体を寄せ、ギムルを抱きしめたまま、ナタリーはジッとテトラを見上げた。



「テトラも帰っちゃうの?」


「へっ、あっああぁ、うん。俺も仕事があるから。」


「そっか、残念。」


「えぇっ!?」



しゅんとうなだれたナタリーに、テトラが驚いたように目を見開いた。心なしか、どことなく嬉しそうなところは否定しない。

しかし、次に発せられたナタリーの一言に、淡い期待は見事なまでに砕け散る羽目になる。



「オルフェに、お城に招待されてたからテトラも一緒にどうかなって思ってたのに───」


「えぇっ!?」


「───お仕事だったら、しょうがないよね。」



本当に残念だと、ナタリーは笑顔で爆弾を投下した。



「テトラの分も、私がしっかりオルフェと遊んでくるからね。」



その時のテトラの顔は表現しにくい。

ナタリーはショックを受けて放心するテトラに、困ったような曖昧な笑みをむけることしか出来なかった。内心、何も言い返してこないテトラが怒ってるんじゃないかと不安がつのる。



「俺は仕事なのに、ナタリーはお城で遊ぶのか!!」



想像の中でナタリーは、うらやましさ半分、皮肉半分にテトラに怒鳴られることを覚悟していた。



「俺も行く!!」


「仕事だろ。」


「くぅ~…うらやましぃ。」



気がつかなかったが、足元にいたらしいビーストがあきれたように声をかけたせいで、テトラは泣き真似をするように顔をふせた。

想像とは違う現実に、心なしかナタリーの胸がギュッと苦しくなった。



「テトラ、ゴメンね。」



自分一人だけが遊びに行くことを喜べるほど、もう子供ではなくなってしまったのだと伝えるナタリーの声が、室内をなんとも言えない空気に包んでいく。



「ギムルのこともあるし、テトラには何かお礼をしたかったんだけど────」


「いいんだ。もう俺のことは気にしないでくれ。」


「───でも。」



力なく首を横にふるテトラに、ナタリーの言葉はさえぎられた。



「その代わりと言っちゃなんだけどよ。帰ったら、おっおおおお───」


「お?」


「───おっ俺とプロリアズランドに行かないか?」



ガシッと、ナタリーは必死の形相のテトラに肩をつかまれる。固唾(カタズ)をのんで答えを待っているテトラの黒い瞳の中に、顔をほころばせていく自分の姿がうつっていた。



「行く!!連れてってくれるの!?」



ナタリーは、興奮のあまりに腕の中のギムルを放り投げる。



「テトラ大好きッ!!」



舞い上がった感情のままナタリーは、テトラを抱きしめた。()(エガ)いて宙をまったギムルが、ビーストの背中に当たるのが見えたが、今はそれどころじゃない。



「世界最大のテーマパークに行けるなんて夢みたい!!やっぱりテトラって、最高ねっ。」



頭の中はすでに、巨大遊園地でいっぱいだった。小さな頃から一度は行ってみたいと思っていた夢の遊園地に誘ってくれたテトラに、ギムルのお礼をするのは自分の方だということも忘れてナタリーはテトラに抱きついていた。

そうして浮かれ過ぎて思わず強く抱きしめていたが、テトラが苦しそうにもがく。



「あ、ゴメン。」



あまりにも嬉しくてと、ナタリーは舌を出しながらはにかんだ。

気のせいでなければ、ゆでダコ以上にテトラの顔が赤に染まっているように見える。



「ナタリー、おっ俺!ずっと前から───」


「ん?」


「──ナタリーのことがす──」



その時ちょうど、部屋の外の廊下から室内をたたく音が響いた。



「───ッ?!」


「はぁい!!」



一番ドアに近かったナタリーは、煮え切らないテトラをすり抜けるようにして、訪問者のもとへとかけよっていく。

扉の先にいた人物を見て、ナタリーは思わず固まった。

頭の中がプロリアズランドに移行していたせいですっかり忘れていたが、当初の目的をナタリーは思い出す。



「キーツさん!!」



白い大理石の青年は、オルフェの付き人。わざわざ迎えに来てくれたのかと、ナタリーはその白いハーティエストを中へと招き入れた。



「すみませんッ遅かったですか?」



昼をすぎてからお邪魔するつもりだったと、ナタリーは言葉を濁す。が、キーツはそれを丁寧にさえぎってから静かな声を響かせた。



「リナルド様は、こちらにおいででしょうか?」


「え。あっ、はい。」



戸惑うように室内を振り返ったナタリーにならって、キーツも室内に視線をむける。全員が何事かと静かに成り行きを見守っていたようだが、突然現れた王室からの使いにそろって席を立つのがわかった。



「デイル様もおられましたか。ちょうどよかった。」



ホッと一息ついてから、キーツはよく通る声で集まる視線に宣告する。



「アズール皇帝からの要請(ヨウセイ)です。生命師の皆様は、至急、ライト城にお集まりくださいませ。」


「えっ?」


「詳しいことは申し上げられませんが。アズール皇帝は、生命師の皆様方に迅速な対応を求めておいでです。」



想像すらつかない出来事に、室内は水をうったように静まり返る。リナルドがデイルと顔を合わせ、何か思い当たる(フシ)があるのか、深くうなずき合いながら、そろって身体を前へと傾けた。と同時に、緊迫した空気をブチ壊す声がキーツにむかって発せられる。



「冗談じゃねぇぜ!!」


「ギムルっ!?」



軽々肩に飛び乗ってきたウサギに驚いて、ナタリーは驚愕の声をあげた。

このパターンはよくない。

過去の出来事を思い返してみてもいい風に転んだことはないと、ナタリーは慌ててギムルの口を止めようとした。しかしそれより早く、ギムルはおかまいなしにキーツに突っかかる。



「今日は、この俺様がナタリーと遊ぶって約束してんだよ!!昨日は、仕方なく留守番してやってたが、今日はゴメンだ!!この俺様から、二日続けてナタリーを奪おうなんざ、たとえ王様だろーが王子だろーが、ゆるさねぇ!!」


「ちょ…ッ…ギムル!?」


「うるせぇ!!俺だってナタリーと一緒にいたいんだ。こんちくしょう!!外見が愛くるしいからってなめてっと、痛い目見るぜ!!」



おとといきやがれ!!と、メンチをきったギムルのせいで、ナタリーは身体中の血の気が引いていくのを感じていた。

ギムルはキーツに会ったことも見たこともないだけに、きっと彼がどれほどの人物なのか、よくわかっていないに違いない。下手をすれば、今この場で逮捕者が出るかもしれないと、ナタリーは必死で頭をさげた。



「すみません!!ほんっとうに、申し訳ありません!!」


「んだよ、ナタリー!!ヘコヘコしてんじゃねぇよ!!」


「ギムルうるさい!!キーツさんはね、誰よりもアズール皇帝の傍にいるかたなのよ!?」



減らず口が絶えないギムルを揺さぶりながら、ナタリーは泣き声に近い声をもらす。



「アズール皇帝の声明を各議員に伝達したり、アズール皇帝が不在の時に会議の決定権を持ったりしてるだけじゃなくて…っ…皇帝付き特別ハーティエスト!!アズール皇帝の次に偉い人なんだからねッ!!」



ガクンガクンと視界が揺れているからか、ギムルの声はうまく聞き取れなかった。

それを無視して、ナタリーはキーツに再び頭をさげる。しかし、キーツは笑ってギムルの非礼を受け流してくれた。



「ハーティエストと言う立場ながら、このようなありがたい地位にいられることを自負(ジフ)しております。ですが、ハーティエストとしての本来あるべき意味は忘れてはおりません。全ては、つかえる主人の心のままに。」



丁寧にお辞儀を返してきたキーツに、ナタリーは呆然と顔をあげる。やはり人の上にたつ人物は違うのだと、あらためて腕の中で暴れ狂うぬいぐるみに視線を落とした。



「はぁ。」



説明してあげたことの1ミリも理解してくれたとは思えないギムルに、今度はナタリーの口から落胆の息がこぼれ落ちる。あきらめにも似たその息が染みわたるころには、準備を終えたリナルドとデイルが真横に立っていた。



「事態は深刻なようじゃ。ここにおるものは皆、信用できる。一緒に連れていくがよいかの?」


「もちろんでございます。皇帝もそのようにと、おっしゃっておりました。リナルド様。」



低い祖父の声に、ナタリーの顔に緊張が戻る。

腕の中で愚痴を言っていたギムルは、一緒に行けると聞いて今は踊り狂っていた。



「リナルドじいさん?」



メアリーに荷物をまかせたリナルドが、全員で出かけると先をうながす。

不安げにもれたナタリーの声は、白いまゆげの下に隠された瞳には答えてもらえなかった。

城に向かう馬車の中でも、リナルドは始終無言だった。スカイシップで空を飛んできたデイルやテトラたちと合流してもなお、口を開こうとはしない。

難しそうな顔をして、ときおりナタリーに刺すような視線を送っていた。


わけがわからない。


いつもと違う祖父の雰囲気にたじろぐことしか出来ずに、ナタリーはどんどん落ち着きを無くしていった。そわそわと視線を泳がせ、罰が悪そうに唇をかむ。



「ナタリー、大丈夫か?」


「ギムル、心配ないわ。」



ふわふわの身体を抱き締めながら、ナタリーはリナルドがさっきのギムルの行為をうまくおさめられなかったことを怒っているのかと疑ってみたが、それはどうやら違うようだった。当事者間で解決した内容については、リナルドは昔から何も言ってこない。

性格をよく知っているだけに、ナタリーはますます事態が飲み込めずに混乱した。



「よう、ナタリー。昨日ぶりだな。」


「えっ、ハティさん。」



すでに集まっている生命師の輪の中から、見知った人物が声をかけてくる。

まっすぐに向かってくるハティは、ナタリーに抱きかかえられるギムルを見て嬉しそうに口をゆがめた。



「おっ、ウサ公元気にしてたかって、テトラがなんでいんだ?」



部外者は立ち入り禁止だとでも言う風にハティは眉をしかめる。が、リナルドが許可を出したことを伝えると、それ以上は何も言ってはこなかった。


やはり、少しおかしい。


事情はよくわからないが、何やら想像以上に深刻なことが起こっていることだけは確かなようだった。



「ナタリー、大丈夫だって。」



ポンっと、テトラに背中を押される。



「俺なんか関係ないどころか国も違うのに、ここにいんだぜ?」


「テトラ。」


「それに、ナタリーがそんなに不安な顔してると、ギムルまで不安になるんじゃねぇの?」



ハッと、ナタリーは顔を胸へとむけた。テトラの言うとおり、心配そうに見上げてくるギムルとバッチリ目があう。



「けっ。」



吐き捨てるようにギムルは視線をそらしたが、それでもすり寄ってくる動作に、ナタリーは強くその身体を抱きしめた。



「あら。今日は、ちゃんとご主人様の胸にいるのね。」


「ラブさんッ!?」



独特の色気を持ったハーティエストが近寄ってくる。大きな胸と赤いカクテルドレス、間違いなくその女性は、ハティの相方だった。



「姉ちゃんが、なんでここにいんだよ?」



ナタリーの胸中の疑問は、垂れた耳のうさぎに代弁される。愛くるしい外見からは想像できないほどの口の悪さに、ナタリーは慌ててラブへと頭を下げた。が、ラブは嫌な顔一つ見せずに、ほほ笑みを向けてくれた。



「アズール皇帝がハティ様をお呼びになった時にね、わたしも一緒にって言われたらしいの。」


「一緒に?」


「ええ。それに、ここにいるハーティエストは、わたしだけじゃなくってよ?」



クスクスと柔らかな視線をながすラブにうながされて、ナタリーは胸の中のギムルと一緒に顔を向ける。もちろん、隣に立つテトラも一緒に、その方向へと身体を向けた。



「どれ、だ?」



そこに集まる数名を見ながら、テトラは眉を寄せる。昨日式典に参列したナタリーには、ひとめで"彼"だとわかる"それ"も、ラブと同じように精巧な人間のようなのだから、初見でわからないのも無理はない。



「ほら、アンジェ様の斜め後ろにいるでしょう。青いおかっぱ頭で、ビクビクしているのがそうよ。」


「あいつがハーティエストなのか!?」



的確なラブの説明で、一瞬にして"どれ"かわかったテトラは目を丸くしながら叫んだ。驚いていると言うよりかは、何か面白いものでも見つけたような瞳を彼に送っている。



「すっげぇ。人間みてぇだな。」


「ハティ様が、アンジェ様の贈り物として作られたのが、ターメリックなのよ。」


「ハティが作ったのか、なるほど。」



やっぱすげぇな。と、ひとり感心しているテトラに苦笑しながらも、ナタリーはターメリックと言う名前を持つらしいハーティエストを見つめていた。

少し離れているここから見ると、本当に人間にしか見えない。たぶん言われなければ、ラブ同様、なんの違和感もなく人の輪に溶け込めそうだ。



「ただ、少し臆病すぎるの。」



ラブの言うとおり、何におびえているのかはわからないが、神経はとてつもなく細いように見えた。小さな物音にもビクリと肩を震わせ、定まらない視線で、今にもアンジェにしがみつきそうな勢いさえ見受けられる。

昨日のアンジェの姿から想像するに、相性はあまり良くないんじゃないかと、ナタリーは顔をひきつらせた。

現に今だって玉座の間に通されているにも関わらず、アンジェと、たしか、三大生命師のジュアンが言い争いをしている横で、ターメリックはおろおろとしている。その脇に見物するハティとルピナスがいるが、ふたりとも止めようとする気配は微塵(ミジン)も持っていないようだった。



「いつもこうなの。」



ラブの困ったような愛嬌のある笑顔に、ナタリーは納得せざるをえない。ちらっとテトラを盗み見てみると、どうやらテトラも同じ感想を(イダ)いているようだった。



「仲がいいんだな。」



どこがそう見えるのか。ナタリーは白けた視線をテトラに送ったが、ラブが少し意外だという顔をして、優しく「ええ。」とうなずいた。そして同時に、よく通る声が響き渡る。



「アズール様が、お見えになられます。」



白い大理石のキーツの報告にナタリーは慌てて頭を下げた。ナタリーを含めそこに集められた全員が頭を下げるのを確認すると、皇帝付きハーティエストは、スッと道を皇帝に譲る。


茶色の髪をした穏やかな皇帝。


隣のテトラはもとより、胸の中のギムルでさえ感心したように息を漏らすほどの存在感をもつアズール皇帝が、台座の中央に設けられた椅子に腰かける。すべての所作がゆるやかで、それでいて圧巻の一言だった。



「みな、集まったようだな。」



それを合図に、ナタリーたちは各々に顔をあげた。その顔ぶれを一通り眺めたあとで、アズール皇帝は片手をあげる。



「キーツ、ここはよい。オルフェを頼む。」



言葉を受けた大理石の青年は、丁寧に腰をおって、皇帝の命令を聞いた。カツンカツンと、心地よい音が一定の速さで遠ざかっていく。キーツの足音が完全に消え去ってしまったころになって、ようやくアズール皇帝は口をひらいた。



「急に呼びだしてすまない。」


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