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生命師 -The Hearter-  作者: 皐月うしこ
第1章 ライト帝国
1/13

プロローグ


「何故だ。何故見つからぬ。」



ダンっと、男は目の前の壁を両手で叩きつけた。夜も更け、他に物音ひとつしないこの暗い廊下にその音はよく響く。



「荒れてらっしゃいますな。」


「やはり、そんなものないのではないか?」



わずかな月明かりに照らされた廊下に中年の男の声がふたつ、先ほどの男の元へと近付いてくる。

背が高くがっしりとした男は、その顔面にある大きな傷痕が目を引き付けるが、それよりも陰惨な怖さを感じさせる雰囲気が気になった。その男の後ろから、よくそこまで肥えることが出来たものだと感服したくなるほどの男が、薄くなった髪を揺らし、ふんぞり返りながら歩いている。

そんな二人を見向きもせずに、月明かりの差し込む窓に自身を写した男は焦燥の声を荒げていた。



「必ず存在するのだ!もう十五年も探しているのだぞ!?何故見つからん。」



窓の外を見つめたまま男が苛立たしげに吐き捨てると、近付いてきたばかりの太った男は目をパチパチとさせてからケタケタと笑う。



「まぁ、そうカッカするなグスター。あるのなら、いずれ見つかるさ。」



そのお気楽な物言いにますます苛立ちを募らせた男は、何か言い返そうと振り向いた。が、それよりも早く、顔に傷のある男がすっと一歩前に出る。



「ひとつ朗報があるのですが。」



まだ冷めやらぬ怒りに満ちながらも男は聞く姿勢を見せた。

その耳元に、傷の男は何かを囁く。



「ッ!!?」



傷男の顔が囁くや否や、グスターの目から怒りが消えていった。そして、驚きと喜びの入り交じった目に変わっていく。



「確かなのか?」


「もちろんでございます。」



ニヤリと笑った傷顔の男のせいでフルフルと、小刻みに全身が震えていくのを彼は感じ取っていたに違いない。



「そうかっ!」


「なんだ。わしにも教えろッ!!」



ひとり置いていかれた男は、その重たい体を揺らしながらドタドタと走り寄ってきた。しかし、その男がたどり着くよりも早く、二人の男は体を離していた。



「ふっ…ははははは…そうか…そうかッ!!」



突如、壊れた玩具のようにグスターは笑い始める。バンっと再び壁を殴りつけ、瞳孔は開いていた。



「おっおい!」



走り寄ろうとしていた男は、その巨体を大きく揺らして立ち止まった。



「ぐ…っ…グスター?」



あまりの異様さに、どうしたのだと太った男はうろたえていた。伸ばそうとした腕を引っ込め、自身の唇に手を当てている。何を言ったのだと困ったように傷顔の男に顔を向けたが、当然答えなどもらえなかった。

そのまま太った男が困惑の表情のままゴクリと(ツバ)を飲み込んだところで、高笑いが止む。



「グスター?」



もう一度、太った男は気遣わしげに呼びかけた。

その声が聞こえていないのか、壁に額をつけるようにして息を整えているグスターは、廊下にもうけられたひとつの窓に視線を流す。

最初の苛立ちはどこへやら、全身に喜びの感情を宿していた。



「ぐっグスター。一体、どうしたというのだ?」



球体のような男の震える声には目もくれず、グスターはゆっくりと窓に近寄っていく。その視線の先では、真っ黒な夜の町並みを甲冑の兵士たちがウロウロと徘徊している様子が目に写っていた。

生気を一切感じさせない亡者のように、その兵士たちは隊列を組んで静かな町を歩いている。

いつもならそうさせているのが自分にも関わらず、それは苛立たせる要素のひとつでしかない。が、今夜は違った。



「少しは希望が見えてきた。」



その口元にふっと笑みをこぼすと、男はつぶやく。



「そうか、あのレオノールの。」



残虐に歪められた瞳は、月光のあかりをうけて陰惨な光を放っていた。


─────────

───────

─────


「ったく。なんで俺なんだよ。」



はぁ~と、もう何度目かわからない長いため息を吐きながらシオン・ヴェナハイムは、黒い皮手袋をはめた左手で頭を軽くかいた。

同じように黒い皮手袋をはめたその右手には、走り書きのような文字がほんの二行しか(ツヅ)られていない羊皮紙が握られている。


──…Boooo……


もうじき港に着くと知らせる船の汽笛が、シオンの手を強く握りしめさせた。

甲板にもたれかかるようにして視線を向けると、水平線の向こうに大きな大陸が姿を見せはじめる。



「これが、もうひとつの大陸。」



雄大な山と広大な土地。

大パノラマな絶景に、知らずと感嘆の息がもれた。

船が()くようにしてスピードをあげる。

耳に少しかかるくらいの濃い紺色をしたシオンの髪が波風にゆられ、サラサラと音をたてた。



「……ったく……」



先ほどから端の方で、ヒソヒソと囁きあいながらチラチラと盗み見てくる数人の女たちに、持ちなおっていた気持ちが沈んでいく。

ただでさえ苛立っているのに、その女たちのせいで、優雅な船旅はシオンにとって最悪なものとなっていた。



「はぁー。」



目の前で揺れる波に顔を戻しながらシオンは、その流れる髪と同じ紺色の瞳をふせる。

無関心を決め込むに越したことはない。

そう思って知らないフリを続けていたのに、シオンの努力は一瞬にして無駄なものと化した。



「そんなにため息ばかりついては、せっかくの綺麗なお顔が台無しですわよ。久しぶりにこうして、外に出れたと言うのに。天気もいいし、それに見てください!海ですよ。海!」



晴れ渡る青い空や穏やかな波をたてる海と同じように、その体を青くきらめかせながらパキパキと音をたててシオンの右肩に鳥が止まった。



「私のようにキラキラ輝いて。なんて美しいのかしら。ねぇ、そう思いませんこと?シオ───」



その青い鳥がシオンの名前を呼ぶよりも早く、彼は口うるさい鳥のくちばしを左手で上下にはさむ。

カチカチと音をたてながら、


「────すみません。」


と、その青い鳥は小さく口ごもった。

それを確認してからシオンが手を放した瞬間、またしてもその青い鳥は弾丸のごとく言葉を並べはじめる。



「ついつい興奮してしまって…だって、見てください!!このわたしの美しさ!!透明にほど近い青いダイヤモンドで出来た身体は美しい海にも勝って太陽の光を弾き返し、ヴェナハイム王国の至宝と名高いわたしの全てが、ひきたっているんですのよ!?

あぁ。そのわたしのご主人様は、世界中の女性が見惚れるほどのお方、そう!!あなた様!! ブルスフィアのわたしでさえ感嘆の息が漏れてしまうほどの素敵なお方。この素晴らしい景色の中で、憂い顔なんて似合いませんわよ?し……ししし…シー?」


「シード、だろ?」


「そっ、そう!!でしたわね。おほほ…シード様!!あぁ、シード様の紋章が、このコロンの身体に刻み込まれているだけで幸せですわぁ。さぁ、笑顔をお見せになって!!」



はぁ~っと、深いため息が笑顔の代わりにこぼれ落ちた。

ドーンと身体を宙に浮かせながら羽を広げる鳥相手に、当然シオンが笑顔を見せられるわけがない。

それを特に気にする風もなく、コロンと名乗った青い鳥は、その硬い身体を甲板に休めるようにして、船の端を睨んだ。



「それにしても、先ほどからチラチラとあそこの女たち。一体なんですの?シ、シード様は、わたしだけのお方ですのに。」



船の甲板に寄りかかって海を見つめるシオンの真横で、船室の壁に隠れるようにして囁きあう女たちを一喝してからコロンは、パキパキと口を鳴らす。



「大体、シード様にとって久しぶりの外の空気ですのに、あのような外野がいては、いい空気も台無しですわ。あぁ、シード様がどのような方か、あの薄汚い女どもに教えてやりたい!」



囁きあっている女たちは、決してコロンが言うような貧相な女たちではなく、どちらかと言えば上流階級相応の身なりをした女たちであった。

が、しかしコロンは自分以外の女は全て「薄汚い」としか表現しない。



「落ち着け、コロン。」



ついには下品な言葉で悪態づき始めたコロンが、ドシッとシオンの肩に舞い上がる。

今まで黙って聞いていたシオンは、再び左手でそのうるさい(クチバシ)を挟まなければならなかった。



「はぁー。」



心底疲れたようなため息が、シオンの疲れ切った全身から吐き出される。

それでも、その顔はどこか解放感に満ちあふれ、紺色の瞳はあらゆる光を反射して、キラキラと輝いていた。


「本当に、イイ空気だな。」



今度は少し違ったため息が、シオンの口からこぼれ落ちる。くちばしを解放されたコロンは、声の代わりにカチカチとその身体を鳴らしてみせた。



「喋るな、とは言ってないだろ?

少し落ちつけと、言っただけだ。」



苦笑したシオンに、コロンの身体が嬉しそうに光る。



「わかりましたわ!!シード様のために、おしとやかに…えぇ!!おしとやかにいたしますともっ!!美しい外見に見合った美しい言葉で…あぁ、それこそ見る者すべてを(トリコ)にするんでしょうね……素敵ですわ。さぁ、シード様!!十五年ぶりの外の空気をもっと、もっと吸われてはいかがです?」


「……そうだな。」


「この十五年もの間、お城の中だけでしたものね。グスター王も実の息子であるシオン様…ッとと…シード様を十五年も閉じ込めておくなんて、許せませんわ。」



正確には、与えられた自室に軟禁されていた。

自室から出ることを禁じられ、特に左手の甲に紋章が現れてからは、目に見えて避けられるようになった。



「ご覧下さい、シード様。ビガ大陸ですわ。」


「あぁ、さすがだな。」



先ほどよりも、はるかに近くなった大陸に、シオンとコロンはそろって顔を向ける。

自分たちの王国があるレーヴェ大陸もそれなりの広さを誇っているが、このビガ大陸の前では、かすんで見えるほどの偉大な光景だった。



「大小異なるふたつの大陸、命の架け橋となりて、世界を結ぶ……か。」


「小さな大陸は、いまやヴェナハイム王国そのものですが、この大きな大陸ビガは、4つの王国が混在する場所。顔が知られていないとはいえ、グスター王は何故、王子であるシード様に、危険な命令をされたのでしょうか?」


「さぁな。」



こっちが聞きたいと、シオンは握りしめていた羊皮紙に視線を落とす。

十五年もの間、実の父によって軟禁状態だったシオンは、大国の王子でありながらもヴェナハイム王国の民どころか誰もその姿を見たことがないという、半ば伝説と化した人物。そんな彼が父であるグスター王に突然、外の世界に放り出された。


本来ならば、両手をあげて喜びを表現したいところだが、彼の右手に未だ握られたままの羊皮紙が、それをさせないでいる。



「大体、外の世界を知らない俺よりも、もっと適任者がいただろう。ったく、なんで俺なんだよ。」



そして、冒頭のように再び彼は頭を悩ませた。


クルクルと、羊皮紙をひろげる。



『お前と同じ年頃の金髪、金眼の女を連れてこい。そうすればお前を自由にする。Guster』


たった二行。確かに直筆サイン入りのそれは、グスター王からシオンにあてられた手紙だった。それも走り書きというよりも、殴り書きに近い。

けれどシオンにとってそんなことは、どうでもよかった。

ここに書かれた女を連れていけば自由になれる。


────自由────


それこそが、シオンが一番望んでやまないもの。



「仕方ない、か。」



もう一度、羊皮紙を眺めてからクルクルとそれをまとめ、小さめの鞄の中に押し込んだ時である。


──…Bo…Boooo…


船が港についた合図の音をあげた。


"ホンプレコ"


そう看板が掲げられた港町に降り立ったシオンは、ひとりウ~ンと身体をのばす。ドキドキと、未知なる世界の期待に、胸は膨らんでいた。



「やっぱり、一番人が多いライト帝国の王都ラティスに向かうべきだな。」


「そうですわ。世界人口の半分がいる。と、まで言われているライト帝国の王都ですもの!!何が何でも、その女をとっつかまえて、一日でも早く自由を手に入れましょう!!」


「そうだな。それと、コロン。ここから先は、ヴェナハイムのことを口にするなよ。なんのために偽名を使ってるのか、わからないだろう?」


「あっ…申し訳ございません。以後気をつけますわ。シード様。」



早朝にも関わらず、多くの人でごった返す中、この時のシオンは楽観的だった。

年頃の娘なんて山ほどいる。まして、金髪金眼と書かれているだけで、どこの誰という娘かなんて示されていない。

そんな目立つ女なんてすぐに見つかるから、少しくらい外の世界を楽しんでやろう。


そう思っていたのである。


その考えが甘いことに気づかされたのは、彼が世界最大都市、王都ラティスについてから

もう少し、先の話しになる。



「ふあぁぁぁ。」



ラティス行きの馬車に乗り、彼は心地よい揺れに眠りについた。

まだ見ぬ、自由の鍵を握る女を求めて。


─────next story.

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