第4話:星の始祖者
区域の奥深くに翔子さんと進んでいった私は、やがて大きな扉の前に辿り着いた。
「こちらの部屋で、首相がお待ちになっています」
「ありがとうございます、……あの、翔子さん」
扉を開ける寸前で尋ねる。
何事もまず聞いてみなくちゃわからないものだ。
「はい、何でしょう?」
「私に何か、言いたい事があれば仰ってください。……ごめんなさい、少しさっきから気になってて……」
「…………!そう見えますか?」
「むしろわかりやすいぐらいです。」
「あはは、隠してたつもりだったんですけどね……いつもは絶対に気づかれないんですよ?これでも首相の秘書ですから。……不思議です、言葉様といると緊張が解けちゃって感情がぜんぶ表に出ちゃうみたい」
「あぁ、それで……」
道理で首相の前では表情が固かったわけだ。あれは本当の翔子さんじゃなかったらしい。
「でもごめんなさい……これは言えない約束なんです。………ただ、これだけ。これだけは言わせてください。」
「何ですか?」
「………私は、何があっても貴女の味方です」
?………それはどういう意味なんだろう。何か含みのあるような言い方に、私は今日何度目かの疑問を抱いた。
今の言葉の真意について思案を巡らせていると、唐突に翔子さんは手を握ってきた。……僅かに肩が震えているのがわかる。
「言葉様………突然申し訳ありません、………少しの間お手をお借りします」
「は、はい……」
「……………」
無言で俯いて私の手を握っている。
何がしたいかは、私にはわからないけど……
……でも。
この異常な状況下……少なくとも私には何が起こっているかさっぱりわからない状況の中で、翔子さんの事は信じられる気がした。
繋いだ手から温もりが伝わる。きっと優しい人だと、信じたい。
数十秒後、手が離れる。立ち上がった翔子さんは照れくさそうに頬をかいた。
「………ありがとうございました。言葉様……これからお困りになった際は、どうか遠慮なく私にお申し付けくださいね」
嬉しそうにはにかむ翔子さんを見て、私は心の中が暖かくなった気がした。
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「遅い!おそーいよー翔子!お前が遅刻するなんて何年振り?明日は剣山でも降るのかな?」
「……申し訳ありません首相。少々、言葉様の準備に手間取ってしまいまして」
扉を開けた先、そこは広大なバルコニーのようだった。優に200人は入りそうなところで、今は夜だからか頭上に星が輝いている。
翔子さんの可愛らしい笑みは鳴りを潜めてしまい、いかにも優秀な秘書として完璧な仕事をこなせます!と言わんばかりに謝罪していた。
……まぁ遅刻をしてしまったのは仕方のない事だ。私も沢山喋っていたし。
「ま、でも今回に限っては許してあげる。それよりも大事な用事があるからね。」
「そうですね首相。そろそろ話さなくては、言葉様がもっと混乱してしまいます」
「はいはい、じゃあ手っ取り早く済ませようか。言葉ちゃん、ちょっと目をつぶってみて。そして手に思いっきり力を込めて……」
「?………こうですか?」
言われた通りに目を閉じ、ぎゅうっと手を握る。
……じわり。
力を込めた手が、熱い。まるで血が沸騰しているような感覚。
「…………!?」
「あー、やっぱり星なのかぁ。すごい掘り出し物を拾ったもんだね、翔子?あ、もう目開けていいよーありがとー!」
首相の許可を得て、目を開ける。
すぐに熱くなった手を見ると、青い光の粒子のようなものが覆っているのがわかった。
「…………!!?」
「言葉ちゃん、言葉ちゃん」
「なんすか」
「無表情だからわかりにくいけどー、敬語も使わないってことは相当ビックリしてるって事でいいんだよね?」
「……まぁ、それなりには」
ウソです。それなりどころじゃ無いくらいに驚いてます。何この青いの。
「話続けるね?確証も持てたし、いきなり結論から言うけどー」
「いや私の方は確証もクソも何1つ理解できていないのですけど」
「君にはね?これから新たに新設する能力者部隊の隊長として、政府内でお仕事してもらいたいなぁーって思うんだけどさ。やるでしょ?」
「ちょっと何言ってるかよくわかんないです」
「まぁ落ち着きなって!……じゃあ言葉ちゃん待望の解説に移るけどー、…君、『10年間眠ってた』って言ったでしょ?今から10年前に君を保護したのはね、強力な力の波動を感じた僕が派遣した医療チームと翔子だったんだ。回収した場所はとある草原地帯の丘の頂上。あ、何故君がそこで寝ていたのかは僕たちも知らないよ。君はその後ずっと眠り続けてたわけなんだけど、君を観察してる過程で1つ気になる事があってね……」
そこまで一気に話すと、首相は突然私の首へ手を伸ばした。
「ここ。首の周りに、星の形をした印がぐるっと付いてたんだよ。翔子ー、鏡ー!」
「こちらに。どうぞ、言葉様」
翔子さんから手渡された手鏡を取って首を見てみると、チョーカーの下に……成る程、確かに星の形をした……印?のようなものが付いている。
「これが、さっきの隊長どうのこうのとかいう話とどう繋がるんですか?」
「能力者、って知ってるでしょ?君の頭の中に知識をインプットさせてるはずだよ」
「………魔法のような、不思議な力を扱う事のできる人間の事。その全てが生まれつきのものであり、2041年の能力者事変以降、1000人に1人という頻度で現れるようになった。また、首に特徴的な痣ができている能力者は、共通してずば抜けて強い能力を扱う事が可能。一般に『始祖者』と呼ばれている……」
「そう、それだよ。君は首に痣みたいな星の印が付いていた。つまり、」
「………私が、その始祖者ということですか?」
うっそだぁ。
「うん!そうだよ!……でも君は少し奇妙でね、他の始祖者と同じ感じの痣じゃない……どっちかというと刻印、って感じだったから確証が持てなかったんだけど……今、間近で能力を見てわかった。確かに君は『星の始祖者』なんだよ。間違いない!」
「はぁ………いや、でも隊長なんて私には無理ですよ。ここは辞退させていただくという方向で…………」
「だーめっ、君に拒否権はないの!首相命令だよ?」
「いや、だってそんな……急に言われても困りますよ……」
流石にこれ以上勧誘が酷いと私も困る。ここはビシッと言った方が………
「………………仕方ないなぁ」
首相の声がワントーン低くなった。
え、何。国家権力でも使うおつもりですか?
そんな馬鹿な事を考えていると、首相の目がどんどん金色に光り輝いていくのに気付いた。
何をするつもりだろうか………まるで人間ではないような目の色彩に、私は星夜見隊の隊長になろうと思う。
……………………ん?
「あれ、結構効果が薄いなぁ。やっぱり始祖者だとあんまり効かないね?一般人だったらとっくに服従してるぐらいの威力なんだけど。」
「……今、何を………」
「すごい、言葉ちゃんこの状態で喋れるのかぁ。やー、ほら。お昼に君が言ってた、僕の能力。『王の資質』の実演だよ!」
「正直、今も星夜見隊の隊長になるべきそうすべきっていう思考で埋め尽くされそうですけどね…………洗脳ですか?」
頭が痛い、無理やり情報を星夜見隊隊長になる。
「違うよぉー!そんな物騒なものじゃないって!ただ、ちょーっと無条件に屈服させるか、僕の都合のいいように思考を改変させるかぐらいの能力だってば!」
充分物騒ですしそれを洗脳っていうんですよ星夜見隊の隊長になろう。
「ぅ、ぐ…………あーもう、わかった。わかりましたよ。やればいいんでしょう、やれば。だから早くこの思考汚染止めてくれませんか」
半ばヤケになって言ってしまうと、首相の目も元の色に戻ったようだった。
汚染の無い脳内思考って素晴らしい。
「あはは、やったー!言葉ちゃんが物分かりよくて良かったよー!」
「……………」
「まぁまぁいいじゃない!じゃあ、また後日連絡はするから……これからよろしくね、言葉ちゃん!」
非常によろしくしたくない。
一応上司にあたるからなるべく頑張るけど。
「あぁ、あとその黒い首輪。抑制リングって言って、始祖者の強すぎる能力を抑えるためのものなんだけど……僕の許可か、よほどの強い力が外部から加わるみたいな事をしないと外れないから!それと、ついでにこれもあげる!つけとくと自動的に言葉ちゃんの力が蓄積されてくからー、肌身離さず持ってるんだよ?」
えぇ……これチョーカーじゃなくて首輪だったのか………嫌だなぁ……
そして首相から1枚の羽根を渡された。……無駄に洗練されたデザインをしている。
「あ、ちょっと翔子と話す事があるから1回言葉ちゃん中入っててくれる?ごめんね!話聞いてくれてありがとっ、今日はお疲れ様ー!」
「……どうも、お疲れ様でした」
いろいろと、散々な1日だったなぁ……
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バタン、と言葉が扉を閉めるのを確認してから、首相は翔子に向き直った。
「ふふ、彼女はとっても強くなる気がするな。いい駒になりそうだねぇ、期待値大だねぇ。君はどう?随分と言葉ちゃんと仲良くなったみたいだけど」
「…………まぁ、バレてるとは思いましたが。そうですね。言葉様は精神的な強さも評価できると思いますよ」
「あははは!だってお前が準備に手間取るだなんてあるわけ無いじゃないか!どうせ適当にお喋りでもしてたんだろ?」
「お褒めにあずかり、恐悦至極に存じます」
「この後、しっかり言葉ちゃんを案内しなよー。お前は優秀なんだからさ!それぐらい完璧にこなしてよね?」
「……随分とご機嫌ですね。逆に鳥肌がたつので、褒めるのはやめてください」
「つれないなぁ。昔はもうちょっと面白味があったのに……ビクビクしててさぁ、めちゃくちゃ僕の事怖がってたよねぇ!思い出すだけで今とのギャップにじわじわくるよ!」
「それはそれでムカつくのでやめてくれませんか首相」
「あー笑った笑った!あ、そういえば例の問題行動起こした炎の眷属2人。あれ処断した?」
「…………はい。お望み通り、朱雀門前で公開処刑しましたよ。」
「ふんふん、よろしい!2人の血文字で書いた、『無能は不要』は?ちゃんとつけた?」
「流石に自重すべきかと思ったのでつけてません」
「えぇー!?つまんないなぁ、折角の見せしめなのに意味ないじゃん!」
「……………………」
「まぁ、もうどうでもいいや!ほら翔子、言葉ちゃんが待ってるからもうそろそろ終わりにしようか!はい解散、お疲れー!」
1人は屈託の無い笑顔で。もう1人は後悔や諦めの入り混じった苦しそうな顔で。
正反対の主と秘書はそれぞれの思惑を抱えながら、自らの仕事に戻っていくのだった。