第2話:首相
「改めて、誕生日おめでとう、
星夜見 言葉さん。」
初対面なのに見た事のあるような栗毛の少年。その口から発せられたのは、歓迎と祝いの言葉。純粋に受け取れば嬉しい筈のメッセージだけれど、私は素直に受け止めることが出来なかった。
「私は……天空言葉です。星夜見なんて苗字じゃありません……」
自分の苗字を否定されたような気がして嫌だった。……大体、星夜見だなんて一体どこの……………
あれ………ほしよみ?
また、この違和感。バレッタの時と同じような、頭に靄がかかっているような………そんな違和感。
ほしよみ………どこかで聞いた事のあるような名称。……誰かの名前だったような……?でも少しニュアンスが違う気がする……
………そういえば、この栗毛の少年を見た時にはこんな違和感は感じなかった。いや、また別の『違和感』を感じた、というべきだろうか。少年自体についての知識はあるが、思考……記憶が追いついていない感じの。
…私の頭は、一体どうなっているの……?
ますます混乱する私を見て面白かったのか、
少年はくすり、と笑った。
「……その様子だと、やっぱりあいつの術は上手くいかなかったみたいだね。せいぜい眠りにつかせる事しか出来ず、記憶は保持できなかった………といったところかな?成る程成る程……ふふふ、こっちの話。気にしなくていいよ!」
いや、別に聞いてませんけど。
……自由奔放な人、というのが少年の第一印象だった。
よくわからないが、何やらいろいろと知っていそうな少年に質問してみる事にする。
「あの………ここはどこですか?
私、10年間ずっと寝てたって聞いたんですけど……何故か眠ってしまった以前の事を思い出せないんです。気づいたらここで目が覚めてて……」
「あーはいはい、うん。そうだよね。混乱しちゃうよね。是非とも解決したいところだ!……でもその前に。僕たちの方で確認事項があるんだ!取り敢えずテストしようか。じゃあ問題!僕の事、誰だかわかる?」
質問を質問で返されるとは。
しかもこの質問、微妙にさっきこの少年に感じた違和感の核心をついてる気がしなくもない。
「………………」
「あれ、わからない?それじゃ、ヒントを出そう!ほら、僕の全身をよく見て!」
少年が目の前でくるりと体全身を見せるように回る。栗毛、10歳前後に見える少年では不釣り合いなスーツ………
「………あ」
…思い出した。まるで最初から少年のことを知っていたかのように、知識が溢れてくる。
「第177代目内閣総理大臣……正確な名前は一切不明、通称『首相』。『王の資質』の現保持者であり、日本政府や能力者達の総括を担う立場。…………ですか?」
簡単には信じられないけど。
「はーい大正解!教科書通りの模範解答どうもありがとう!……翔子さぁ、睡眠学習をしたはいいけど学んだ知識を思い出すのに少し時間がかかるみたいだよ?駄目じゃないか、精密機器はちゃんと整備しておかないと」
「申し訳ありません」
少年……日本の実質上のトップ『首相』は喜んで手を叩いた後、同伴者であり秘書であろう女性…翔子さん?に文句をつけ始めた。
…ん?睡眠学習?
「あの……まさかとは思うのですが……」
「うん?睡眠学習のこと?……いやぁだって君、5歳から眠りっぱなしだよ?そのままにしてたら5歳児並みの知識で時が止まってることになるじゃないか。だから睡眠学習で君の年齢に見合う知識を身につけさせてたってわけだよ!」
「いやあの違くて。そういうのって記憶とぶみたいな副作用とか………言い方が悪いですけど、刷り込みとか………」
「記憶を失ってるのは、今は言えないけど間違いなく別の理由だから違うよ!あと、君の倫理思考には一歩も踏み込んでないから!絶対!誓って!この首相がここまで言ってるんだよ!かなり貴重なシーンだよ!」
「はぁ……そこまで言うんだったら別にもう気にしませんけど………」
日本政府万歳!みたいな思考は無い感じするし、大丈夫かな。ここは信じよう。
「あーそうそう、君にもう一つ伝えることがあったんだけど………疲れてるみたいだね、少し休んだほうがいい。」
首相に言われて、初めて気付く。
確かに、もうかなりしんどい……
「丁度いい、この用事は夜に伝えるべき事だからね。今は昼だから、寝るなりなんなりして備えておいて。じゃあまたね!……行くよ翔子」
「はい首相」
そう言って首相は病室から出て行った。
翔子さんもすぐに首相の後を追って出て行くものだと思っていたが、何故か彼女は出て行く寸前にこちらを振り返り、私をじっと見つめている。
「……何か?」
「!いえ………なんでもありません、お気になさらず。どうぞゆっくりとお休みください」
「? はぁ………どうも」
翔子さんは妙に慌てた様子で、今度こそ病室を出て行った。……不思議な人だな。
「……あー……疲れた」
人が完全に居なくなった病室で独りごちる。いろいろな事を一気に受け入れようとしている所為で、頭がパンクしそうだ。
「…………………寝よ」
10年も眠ったのにまだ寝るのか。心のどこかで呆れる自分を余所に、私はベッドに倒れこんで目を閉じた。