後編:……star.
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「……う、うっ、おにいちゃん、おにいちゃん…………!」
「しん、ぱい……しないで……必ず、また、会いに行くか、ら………!」
「でも……でも………!!」
「ほら、早く………母さんの後を……急が、ないと、あいつが気付く前に………!」
「……っ……ごめんなさい………!!」
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「…………それでいい、それでいいんだよ言葉。………お前だけでも、幸せになるべきなんだ。待ってて。絶対、会いに行くから………」
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「________ッ!」
ば、と少女が勢いよく身を起こした。
見覚えのないベッドだった。
(ここ、どこ………?)
きょろきょろと辺りを見回してみるも、広い寝室のなかにどうやら人はいないようだ。
寝汗で湿った服を掴んで、微かに震えながら俯く少女。
(いやな夢………見ちゃったな……)
俯いたまま動かないでいると、少女はある事に気がついた。
(服……着てたやつとちがう……?)
煤けてところどころ破れていた血塗れの服が、いつの間にか真っ白なワンピースに変わっていた。それどころか汚れていた体も綺麗になっており、慌てて少女が頭にも手をやるとしっかりとした包帯が巻かれていて、他につくった怪我もちゃんと処置をされている。
(………………???)
「あっ、気がついたー?」
「わぁぁっ!?」
左側にあの時の綺麗な青年が立っていた。
物音すら立てずにいきなり寝室に入ってきた男性の存在に、少女は心底驚いた。
………ドタドタと物凄い足音が聞こえてくる。それはだんだん近づいてきて、そして、
「星詠様ァァァァァア!幼気な少女相手にやらかすのだけはお止め下さいいいいいいい!!」
「きゃぁぁぁぁあ!?」
バァァァン!!!と凄まじい勢いで寝室の扉が開いた。否、勢いがつき過ぎて壊れてしまっている。
「貴方という人は!
どれだけ世話を焼かせれば気が済むのですか!!」
「ごめんって、そんなに怒るなよー若ハゲになるよ?」
「ウッ……洒落にならないので止めてください……ただでさえ胃に穴が空きそうなんですから」
「何言ってるのさ、僕ら概念存在でしょ?穴が空くわけ無いじゃん頭大丈夫?父上に創り直してもらう?」
「じゃあ僕も若ハゲになるわけ無いじゃないですか!その発言はブーメランになりますよ王子!」
「もう、ほんとに乙女座系統の星座は細かいとこ喧しいなぁ………まぁそこのトップがこんなだから乙女座全体の性格にも影響が出てるんだろうけど」
「貴方だけには言われたくないです」
脱線しまくる話に、少女は堪らず声を掛けた。
「え、ええと………………」
「大体ですね、貴方には王子の自覚というものが………あっ!す、すみません、つい脱線してしまい………あの、お体の具合は……?」
「もうだいじょうぶです!たすけてくれて、ありがとうございます!」
「………あの時は本当に申し訳ありませんでした………人間とは知らず、手荒な事をしてしまい………」
「へいきです!わたしも、ごめんなさい……ほしよみさまって、えらいひとのことだったんですね!ほしよみさまも、たすけてくれてありがとうございます!」
「いいんだよ~気にしないで!ごめんねぇ、この馬鹿、僕のことになるとどうも周りが見えなくなる癖があるみたいでさぁ…………」
「それは貴方を怪しいものから護衛するために僕が存在してるからで………!あ、いや、君の事を怪しいと言ってるわけじゃないけど!!」
(……変なの、こんなに笑ったり、怒ったり……してるのに………なんか……………)
怪訝そうに顔をしかめる少女。
それをじっと見つめ、星詠と呼ばれた青年はやがてその口を開いた。
「………僕らは、人間じゃないよ。」
(………………!!…………でも、人間じゃないならこのお兄さんたちは…………?)
少女の思考を読んでいるかのように、またしても星詠は口を開く。
「僕らは、この地球で呼ばれているところの、所謂『星座』さ。でも、本当にお星様なわけじゃないんだ。僕の父上……お父さんはまぁ、神様みたいなものでね。もともと長い事空に浮かんでたお星様に、自我を与えたんだ。それが僕たち、『星座概念』だよ。意識だけの、魂みたいな感じ。君の故郷、日本で言うならそうだねぇ……付喪神?みたいなものかな。あーでも僕だけはちょっと特別製なんだけど……これは今しなくてもいい話か。………どう?長くて難しいお話だったけど、ちゃんとわかったかな?」
「はぇー……ん………んー、お兄さんたちは星座なんだよね?」
「ふふ、『お兄さん』なんて初めて言われたよ。うん、要約したらそうなるね」
「わぁ………!……すごい!わたし、お星様がだいすきなの!」
「へぇ……珍しい、あまり驚かないんだね……?」
見当違いの反応に片眉を上げる星詠。
それに対し、少女は少し嬉しそうにしている。そしてその勢いのまま身を乗り出した。
「ねえ、ねえ!」
「なぁに?」
「かにざさんはいるの?」
「………なんで蟹座?」
「わたし、七夕にうまれたの!だからかにざなんだって!わたしのこと、知ってたりするのかなぁ?」
「うーん、誕生日と星座の因果関係は実のところ無いんだよねえ。残念ながら。」
「か、関係ないの!?」
しゅん……と落ち込む少女。
それを見て慌てた星詠に、すかさず少年がフォローを入れた。
「………星詠様、この少女と共に宴に出られては如何でしょう?」
「そっ………そうだね!ね、本当に体が大丈夫なんだったら………一緒にお祭りに行ってみない?」
「お祭り…………?」
「そう!『星々の宴』!星座たちのお祭りさ!年に一度、彦星殿と織姫殿から大量の贈り物をもらうから、この日だけ特別に小星座にもご馳走を大盤振る舞いしてるんだよ!君は運がいいねー!」
楽しそうに目を輝かせていた少女が、
突然びくりと身を震わせた。
(お母さんが死んだのに……?けがいっぱいしたのに?………運が、いい………?)
「……………よく、ないよ……」
「…………あ……ご、ごめんね……」
少女は足を身体に寄せて蹲るように縮こまった。
「…………いたかった、あつかった………すごく………こわかったの………!」
「…………」
その小さくて、今にも折れそうな体を星詠は放っておけず、ぎゅっと少女の体を抱きしめた。
「大丈夫………大丈夫だよ、君の恐れる赤は、消したんだよ、もう大丈夫なんだよ………」
「う、ふぇ、えええええん………!!」
大声で泣き出した少女の涙はしばらく収まることはなかったが、その度に頭を撫でてくれた星詠に、少女は心から感謝していた。
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「…………収まった?」
「うん、うん………ありがとうございます………」
「……ねぇ、君の名前、なんて言うの?」
「…………ことは」
「そっか。じゃあ……コトハ!お祭り、行ってみる?」
「!…………いく!いきます!!」
それから少女……本名「天空 言葉」は星詠や乙女座と共に宴に参加した。その様子はおよそ人間のお祭りとは変わらないものだったが、見たこともない食べ物や見世物がたくさんで、言葉は終始楽しそうにしていた。
「ほしよみさま!ここには人間はいないの?」
「うーん、星座だけしかいないなぁ……同族がいなくて寂しい?」
「ううん、たのしいよ!とっても!!」
「そう、それなら良かったよ」
ちら、と星詠が言葉の横顔を盗み見ると、満面の笑みで宴の会場を見回しているのが見えた。きらきらとした表情に、彼は思わず目を奪われる。
(………可愛いなぁ……)
(一目見た時から、運命だと感じたんだ。)
(仮にも王子なのに……一目惚れ、だなんて。)
(どうしよう、今すぐにでもお嫁さんにしたい。でも父上が許してくれるだろうか……)
父王の命は絶対。
仮に父王が言葉を拒否したとすれば、
嫁に来るどころか彼女は存在すら抹消されかねない。
(………あぁそうか。ならば、)
(僕が、王になればいい。)
(幸いにも父上はあと10年ほどで引退すると言っていた)
(………でもその間、コトハは待っていてくれるのか?)
(確証が、持てない………なら、)
「ねぇ……ねぇほしよみさま!」
「わっ!……どうしたの?コトハ?」
「なにもないところにでたよー?」
「…………あぁ、ここか……」
『星詠の丘』。
この場において最も神聖で、最も特別な場所。星の加護を最大限に得られる所。
(だからこそ………何故、コトハはここまで来られる?)
(丘がここまで導いた?)
(もしかすると、コトハには何か特別な……?)
「ねえ!ほしよみさま!」
名を呼ばれて顔を上げると、いつの間にか、言葉は丘の頂上に立って此方を見下ろしていた。
「コ、コトハ!そんなところに立ったら危ないよ!転んでしまう!」
「平気だよ!それよりも、あのね!今日、お祭りにつれていってくれて本当にありがとうございます!とっても楽しかった!!いちばんの、誕生日ぷれぜんとだったよ!!」
花が咲くように、言葉が笑った。
ざぁ、と草原が鳴く。
地が脈動し、大気が揺れた。
星々が一層輝きを増し、まるでこの場全体が、言葉が笑った事に歓喜しているようだった。
「!!!」
「……………これは……!」
星詠と乙女座が驚愕に目を見開き、感嘆の溜息を漏らす。
「……………神聖、星詠の丘、不浄の地にて行われる契約。特異点、星姫、巫女、膨大な力、天の川から零れ落ちた子。全ては星に集約され、其の運命上においてやがて再び巡り逢う………!!!!」
「ほ、星詠様………?」
「そうか、そういう事だったのか……!」
目を見開いたまま、星詠はその美しい顔に笑みを浮かべる。
「あぁ、あぁぁ、やはりこの出逢いは運命だったんだ……!………コトハ、君が、君が『申し子』なんだね!?」
「『申し子』………!?馬鹿な、あれはただのお伽噺だったはず………」
狼狽え、一種の怯えのようなものを見せる従者とは対照的に、目を爛々と輝かせる星詠。
その姿は先ほどまでとは違い異質な雰囲気を持ち合わせるものだった。
「…………下がれ乙女座。後は僕がやる………」
「!………御意に。」
そのまま陽炎が如く消えた乙女座。
それを見届けないうちに、星詠は言葉のもとへ移動し、言葉の目線に合わせるようにしゃがんだ。
「ねぇコトハ。」
「?なぁに、ほしよみさま?」
「あのね、あの時君の『助けて』って願い事、叶えてあげたでしょう?」
「うん………?」
「だからね、今度は僕のお願い事も一つ、聞いて欲しいんだ。」
「うん!いいよ!なんでも叶えてあげる!」
「ふふ、ありがとう。あのね……実は君を妃として迎えたいと思ってるんだ!」
言葉の肩に優しく手を置き、頬を撫で、はにかむように頬を赤く染めながら星詠はその想いを口にした。
「……え?」
「でも僕ね、まだ王子だから、僕のお父さんに『コトハと結婚するな』って言われたら逆らえないんだ。だから、あと10年。僕が王になるまで待っててほしい。」
「え、え、どういうこと……?」
「心配しないで!10年間も僕に会えなかったらきっと君も寂しいだろうから、ゆっくり眠ってればいい!ちょっと記憶とんじゃうかもだけど………大丈夫!僕の事思い出せるように、あと君のその膨大な力をコントロールできるように、今から『印』をつけてあげる!」
「まっ、まって………!」
一方的に興奮した口調でまくし立て、困惑する言葉を抱き締めた星詠。
言葉が泣き止むよう抱きしめた先ほどとは違い、強く、きつく。
そして、
ゆっくりとその首筋に口づけた。
「い、いたっ……ぃ……!」
「ん…………ごめんね、我慢してて…」
星詠が唇を離すと、言葉の首筋には真新しい星型の『刻印』があった。徐々に首の周りに広がっていく印は、まるで首輪のようにも見える。それを見て満足そうに微笑んだ星詠は同時に、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね、僕に力が足りなくて……こうするしかないんだ。………おやすみ、コトハ。良い夢を……10年後、また会おうね……」
「ほ、ほしよみさ………」
途中で倒れこんだ言葉を抱きとめ、丘の頂上に優しく寝かせる。次の瞬間、星詠の周りの空間が揺らぎ、信頼を寄せる12の臣下が姿を現した。
「星詠様、この草原に大勢の人間が近づいてきます。恐らく例の能力者集団かと……」
「あぁ、わかってる。……行こう」
「あの、この少女は……」
「大丈夫。多分その能力者集団の目的はコトハだから……」
「!?ど、どういう事ですか……ってちょっと!もうこの星出ちゃってるし!だから話聞けって!もおおおお!!」
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「どう?回収できた?」
「そっそれが……呼びかけてみたのですが全くもって反応が無く……医者は昏睡状態に陥っている………と……」
「ふぅん…先手を打たれちゃったかぁ……」
「は……?」
「まぁいいや。理由はわからないけど回収が出来ただけでも大勝利。目覚めるまで気長に待つとしようか?」
「はぁ……そうですね……」
「ふふふ〜どの属性の能力者かなぁ……?それともやっぱり新しい始祖者かな?いずれにせよあんなに凄い力……見逃せるわけないよね!」
「(怖い……帰りたい………!!)」
________『lost memory』として刻まれるこの記憶は、10年たった直後ではないけれど、いずれ思い出すことでしょう。
______幕が上がります。どうぞ最後までお楽しみ下さい。
(おはよう、コトハ。)
さて、ようやく前置きが終わり言葉ちゃんの物語が始まります!拙い表現でわかりにくいところもあるかとは思いますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします!