第8話:政府内観光ツアー 『四地』青龍区域
海底神殿。
この場所を表す言葉にはこれが1番しっくりくると思う。
連絡通路を抜け、区域の中を泳ぎだした私たちは…………いや、正確に言うと私は泳いでいない。翔子さんに手を引かれながら、なんとか進めているという状態だ。…………カッコ悪いなぁ、これはより恥をかく前に泳ぎも練習しておきたいところ。
区域の空を進む私は、様々なものがひしめきあっている下方が気になり、視線をそちらに向けてじっくり観察してみた。
うーん……街もあるにはあるけれど、なによりも中央部の神殿が目を引く。………何処もかしこも壊れかけているように見え、とても人が住んでいるとは思えない。
…………というか本当に『人』が住めるのかなこれ。こんな水没区域、一体誰が住んでいるというのだろう。
「……………!」
私の手を掴んで華麗にエスコートしていた翔子さんが、突然私をぐいぐいと引っ張ってきた。……何やら興奮した様子で中央部の一際大きい神殿を指差している。
……「あそこに行きますよ!楽しみですね!!」って感じかなぁ。この1日で大分彼女の性格がつかめた気がする。
………不本意だけど、ちょっと楽しい。
政府に住み、働く……というのも案外悪くないかもしれないな。
穏やかな気持ちでここの生活を受け入れ、私は翔子さんと件の神殿へ向かった。
…………?
………………あっっっっっぶねえええええええ!!!!なっ、何が『穏やかな気持ちでここの生活を受け入れ』だ!!!!ダメじゃん!!早くも首相のあの訳のわからない能力に侵されちゃってるじゃん!!しっかりしろ私!!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ドンチャンパフパフパンパカパーン!!
神殿に入った途端に鳴らされる大音量のファンファーレ。超既視感………でも紅蓮隊とは違う歓迎の仕方、これは好感が少なからず持てる部隊だと信じたい………が、ちょっと待て。音楽の演奏をしている人全員……………
…………人魚?
まさかの人外。……この区域において普通の人間が住んでいるとは思わなかったけどさ…………
隣の翔子さんに説明を求めたが、生憎彼女は呑気に小型酸素ボンベを取り外しながら「いやー水中での移動は疲れますねぇ」などとほざいている。おいガイドしろよ。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!!リアル・リトルマーメイドにして海魔妖隊隊長、ついでに水の始祖者!海魔妖 水慕様のお通りだぁぁぁあ!!!」
「お待ちくだされ姫ぇぇえええ!!」
あーあー……もたもたしてるからまた面倒くさい事になってきたぞ………
大声をあげつつこちらに駆け寄ってきたのは2人(?)。1人は金髪碧眼の幼女。変わった水着を着ている………地味な紺色の記事に真ん中の白ワッペンに『みずほ』と黒ペンで書いてある。恐ろしいほどよく似合ってるなぁ。………もう1人はジジイ。尾ひれをひらひら宙に浮かせつつ、タキシード姿の紳士然とした振る舞いでこちらにお辞儀をしてきた。
「お初にお目にかかります、言葉様……姫の側近が1人、セバスチャンと申します。あとの3人は出払っておりまして……申し訳ありません。…姫は少々お転婆ですが、今日はこれでも落ち着いてる方ぅげふぅっっっ!!」
そんなジジイを突き飛ばし、幼女はキラキラした目をしながら私の手を取った。ジジイは犠牲となったのだ……………あれ、今更だけどなんでこの子だけ人魚じゃない普通の人間の足を持ってるんだろう?
「よぉぉぉぉおおこそぉおおおお!!!歓迎歓迎!!感謝感激雨あられの歓迎を執り行うぞ!!!マジでようこそ星の始祖者!!星夜見 言葉ちゃん!!ウェルカムッッッッ!!」
あぁ……………安定の情報漏洩…………
最早ツッコむ気力も無くした私は、項垂れた拍子にふと自分の周りにあった水がなくなっている事に気づく。
「あれ……ここは水没してないんですね。ちゃんと息もできる……」
「そーよ!ここは私の『寝室』だからね!あと私自身も息ができなくなっちゃうから、能力でここだけ水が入らないようにしてるの!凄いでしょ?」
「はい、凄いです。…………不躾を承知で質問なんですが、水慕さんは人魚なんですか?……見た目人間そっくりなので気になってしまって………」
「『水慕さん』、じゃなくて『水慕』って呼び捨てにしてよ!あとタメで話して!私、堅苦しいのはキライだし、あなたと早く仲良くなりたいの!……………えっとねぇ、私は人魚と人間のハーフなの。私のママが海の女王様でー、パパは普通の漁師さんだったんだって。どっちも異種間同士の結婚に対する人魚達の暴動で殺されちゃった。でも人魚って証拠は沢山あるよ!例えばー……ここ!」
水着の上に羽織っていた服で見えなかった肩部分をはだけさせ、水慕さん……水慕は私によく見えるように近づいた。
………虹色に輝く鱗。肩部分に、僅かながらついていたそれを、彼女は誇らしげに撫でていた。
「あのねぇ、他にもあるよ!人間よりも少し自然治癒能力が高かったりー、ママから引き継いだ強大な水の力もあるしー、歳だって言葉ちゃんよりずーっと上なんだよ!!」
「……………カッコいいね。水慕は。」
「えぇへへへへへへー………ありがとありがと!!!お礼にー、少しの幻想を言葉にプレゼントふぉーゆー!!そーーれっ!」
水慕の手から溢れる、一時の幻想。シャボン玉のような色の魚達が洪水のように神殿を埋め尽くす中、私は海の優しさに包まれていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
青龍区域を回り終えた私達は、次なる目的地である玄武区域への連絡通路を歩いていた。
「凄かったですねぇ水慕様!言葉様も楽しんでおられたようですし、良かった良かった!」
「……………楽しんでるように見えました?……表情、戻ってるんですか…?」
「いえ、残念ながら………ただですね言葉様。…………私、この1日で大分言葉様の性格をつかめたような気がするんです!……ね?当たりでしょう?」
「!……………はい、楽しかったです。…凄く。……私も水慕と早く仲良くなりたい。」
「もうとっくに仲良しですよ、言葉様!……………………はぁ、それにしても。」
「気掛かりなのは、さっきの水慕が言ってた………?」
『えぇ!?言葉、もう帰っちゃうのー!?やだやだー!もっとお話ししてよー!!』
『ごめんね水慕。次は玄武区域に向かわなきゃいけなくて………また来るから。待ってて。』
『っ!?………言葉…玄武区域に行くの……?』
『?…………うん。』
『……やー!!!ダメダメダメー!!!そんなとこ行っちゃダメーーーっっ!!』
『わ、…………離して水慕。どうしたの?』
『ダメだってば!!ぜぇったいダメっ!あんなキチガ』
『さ、言葉様。ここ実は水圧も少しかかってるんですよ。具合が悪くなる前に出ましょう?』
『…………翔子!ダメだよ、君もよくわかってるでしょ!?』
『………申し訳ありません水慕様。これが私の仕事です故。』
「……………翔子さん。……玄武区域には何があるんですか?」
「………この私が行くのを嫌がるほどの区域、とだけ伝えておきます。苦手なんですよ………あの場所も、……種族も。」
「……………」
__________扉の前に着く。
……ここも、青龍区域と同じように扉が閉められているようだった。
「……言葉様。ここの区域のみ、若干の危険に晒される事をご留意ください。……ご留意いただくだけで良いのです。私が、必ず守り抜きます。」
「……………はい。」
_____そして翔子さんは、扉の取っ手に手をかけた。