第7話:政府内観光ツアー 『四地』朱雀区域
「ここから先が『四地』エリアとなります!直径16㎞の円を斜めに切って四等分したような形………と言えばわかりやすいでしょうか。『二天』の中心から高速エレベーターで下層まで一気に降りたところがここ、KIRIN食堂。ここからそれぞれの区域に繋がる4本の連絡通路が目の前にあるわけですが………言葉様、どこの区域から行きますか?」
「うーん…じゃあ『朱雀』区域?からにします。」
「承知致しました!『朱雀』区域は南の連絡通路に繋がっています。では早速参りましょう!」
300mほどの連絡通路を渡り終え、区域に一歩踏み出した……かと思えば、突然熱風が襲ってきた。
生暖かくて、地味に湿気を帯びている風に私は顔をしかめる………しかめられてない。表情筋がピクリとも動かないので、恐らく傍から見れば常時無表情なのだろう。はぁ……体力不足の体は一晩で治ったのになぁ。
「お、どうやら歓迎されてるみたいですよ言葉様!今の熱風は多分、お前から本拠地に出向いてこい〜的なニュアンスかと思われます!」
「それのどこが歓迎と言えるんですか………?そしてまた私の情報が漏洩してるような………」
「まあそこは気にしたら負けですよー。ここの塔の住人は外部からの新参者とか、新しいものが大好きですからね。そりゃあちょっとしたお祭り騒ぎにもなるってもんです!それでは、とりあえず挨拶も兼ねて『紅蓮隊』の本拠地に向かうとしますか!」
それでいいのか政府直属部隊。
「『朱雀』区域はですねー、このカンカンに照りつけてまっせ〜って感じの砂漠気候が特徴ですね!というか見てわかる通り、区域全体が砂漠みたいになってるんですよー。なんでわざわざこんな内装にしたんでしょうね……あっ、割とすぐに脱水症状に陥るとの事なので、しっかり水分を補給してください!はい、お水をどうぞ?」
……確かに。日光を緻密に再現したような照明がジリジリと肌を焼き、足元の砂がさらに体力を消耗させる中、体が水分を欲していたとようやく気づく。
「………どこに隠してたんですか、その水筒。頂きますけど……………………ぷは。美味しい……ありがとうございます。」
「いえいえ!お役に立てたのなら良かったです!……ほら、あそこが『朱雀』区域の中心地にして『紅蓮隊』の本拠地ですよ!『朱雀』区域の住人達は『コロシアム』、なんて名前を付けてるらしいです。」
翔子さんが、前方の欠けた王冠のような大きな建物を指差す。
それを視認した私はある事に気がついた。
「へぇ………確か本拠地ってそこの区域を管理する隊の始祖者と側近の安息の場所………言わば『寝室』っていう認識で合ってましたよね?」
「はい!」
「あの………『星の揺籠』を管理してる身で言うのもなんですけど……あの『コロシアム』、少しばかり大きすぎやしないかなあ……と。」
そう、大きすぎる。軽く見積もっても『星の揺籠』の8倍くらいはありそうな………
「これはですねー『紅蓮隊』全員戦う事が好きだから、いつも訓練していたい!できれば仲間との対人戦で!と要望された事が始まりなんですけどもー、本来『コロシアム』とは古代ローマの円形闘技場コロッセウムの英語読みであり現在では一般に競技場などを」
「わかりました。もうだいたいわかりましたから解説はしなくていいです。」
………成る程、つまり『紅蓮隊』は主の休息場所でさえ対人訓練場に変えてしまうほどの戦闘狂の集まりであると。碌な隊じゃないな………
「……………ちなみにここの始祖者さんはなんで止めなかったんです?」
「自身も大変な戦闘好きでいらっしゃるので………」
「ああ………」
納得。
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_____ワアアアアアアアアアアッ!!!
『コロシアム』に足を踏み入れると、痛いほどの歓声が私達を包んだ。
キーンと耳鳴りがする。………非常に五月蝿い。
階段状に席が設置されており、その全てが人で埋まっている様子は少し異常に見えた。
………最前列の席から20代前半ぐらいの真っ赤な髪の男が嬉しそうにこちらへ爆走ってくるのが見える。
絶対あれだ。ここの始祖者だ。断言できる。
「おおお!お前が言葉だなっ!!!俺は紅蓮 炎真!『紅蓮隊』の隊長で始祖者をやってるぞ!!!よろしくな!ところで早速だが俺と勝負してくれないか?最近不完全燃焼気味でな、新しい始祖者が来たって話だから手合わせしたかったんだ!!!燐音もいなくてな、あ!燐音ってのは俺の側近の一人だ!!俺には燐音も含め、全部で4人側近がいるが、今どいつもこいつも戦闘中でな。紹介してやれなくて悪いな!!さ、バトルフィールドはこっちだぜ?案内してやるよ!」
「あ、あの………星夜見 言葉で…………わっ」
マシンガンのような自己紹介を終えると、炎真さんは私の手首をぐわしと掴み、そのまま『コロシアム』の奥へ連れて行こうと………ちょちょちょ待て待て待て。戦闘とか無理だってまだ何も知らな
「そこまでです炎真様。言葉様はまだ観光中でいらっしゃいますゆえ………お手つきをされては困るんですよ。それとも首相にまた報告致しましょうか?ただでさえ貴方の隊は最近2名ほど『やらかしてる』んですから………ね?おわかりいただけますよね?」
………途中で翔子さんが割って入ってくれた。助かったー………あれ?今、翔子さんいつ移動したの?
後ろにいた筈の翔子さんが一瞬にして私の前に躍り出て、私の手首を掴んでいた炎真さんの腕をはたき落とした………?
……運動神経良すぎない?
「…………テメェ。首相の忠犬やってんのがそんなに楽しいのか?ああ?………なんなら、今テメェと闘りあっても構わねぇんだぜ?なあ……翔子サンよぉ!」
轟ッッッッッ!!!
叫び、燃え盛る炎を拳に纏った炎真さんは、そのまま翔子さんに殴りかかった。
「危ない翔子さん……!」
「ご安心ください言葉様。」
微笑み、翔子さんは攻撃をひらりとかわした。そしてまたどこから取り出したのか、警棒のようなものを炎真さんに突きつけた。
……炎真さんがわからない。何故、そんなにも翔子さんに対して激昂しているの……?
見るからに怒っているという表情を前面に出し、尚も炎を纏った拳を振るい続けている……………
………炎。…火?…………………あ、れ?また頭が痛い。これも私の記憶に関するもの?
体の震えが止まらない。私は、……恐怖、している?何に?何故?どうして………?
「炎真様?先ほども申し上げた通り、私は言葉様の観光案内で忙しいので。この件は不問と致しますので、以後お気をつけください。言葉様、次の区域に行きましょう…………言葉様?」
「…………………………あ………はい。」
「……大丈夫ですか言葉様。少し休憩を入れては……」
「………いい。大丈夫です。行きましょう翔子さん。」
心配そうに尋ねてくる翔子さんを目で制しながら、私達は『朱雀』区域を後にした。
………『コロシアム』を出る直前に、背中に注がれていた炎真さんの圧力が怖かったな……
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「言葉様、本当に大丈夫ですか?無理しちゃヤですよ?」
「ん………平気です。さっきはちょっと驚いただけです。」
「あれが『能力』ですよ。炎真様はアレでも始祖者ですからね。威力が強すぎるから初めて見るにしては刺激が強すぎたでしょうか……配慮が足りず、申し訳ありません。」
「あ、そんなに謝らないでください………そうだ、ここって『青龍』区域への連絡通路なんですよね?『朱雀』区域とは違って、出口に扉がある………?」
「そうですよ。ふふ………言葉様、また驚かないでくださいね?」
悪戯っぽく私にウィンクを飛ばし、翔子さんは思いっきり扉を開けた。
「………………水?」
扉の淵沿いに水の膜が入り口に張っている………と表現すればいいのだろうか。
表面張力の如く、触れたらそのまま水がこちらに溢れてきてしまいそうな感じがする。
「はい!『青龍』区域は特殊な隊の管理区域ゆえに、区域全体が水中に沈んでいるのが一番の特徴となっているんですよ!」
「え、これどうやって進めば………」
まさか生身のまま水の中を進むだなんて言わないだろうな………
不安を感じて翔子さんを見遣ると、当の本人は何やらゴソゴソとバッグを漁っている。
「………何やってるんですか翔子さん?」
「んーー……あっ!あったあった!ふふふ………じゃーーーーん!口にくわえるタイプの小型酸素ボンベです!カッコいいフォルムですよね……ロマンを感じるんですよ、ロマン………」
「………それ本当に使えるんですか?」
「性能試験ではオールグリーンの超優良品!価格もお手頃、なんと1つあたり19,800円!!私も愛用してる品ですよ!」
「どこの通信販売ですか……」
「今回は言葉様用にもう1つ買ってきたんです!はい、どうぞ!」
「ありがとうございます………えっふぉ、これでいいれふか?
コクコクと頷きながら翔子さんが扉を指差す。行こう、という事か。
頷き返し、私達は水中へと身を沈めていった。