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①新しいメイド

 不定期投稿の短めの連載にするつもりです。

 五話くらいで完結できたらいいなと思ってます。

 どうも、召使いです。


「今日からお嬢様にお仕えする事になりました、よろしくお願いいたします。先輩」


「はい、どうぞよろしくお願いします。なにぶん、最近はお嬢様も繊細なお年頃なので同性の方でないとお世話できない部分があり困っていたのです」


 早速ですが、新しく後輩が入りました。

 ここは先輩として、しっかり『アドバイス』をしなければなりませんね。


「あなたにはこれからお嬢様に挨拶してもらいます。しかし、道中にお嬢様を前にしたときのいくつか大事な『ルール』を教えておきます」


 本当はお嬢様と接するときには数え切れないほどの『ルール』があるのですが……とりあえずは、基本的なことを教えます。こんなことも守れないようでは、お嬢様の下では長く仕えられませんから。


「まず原則として……『お嬢様にケガをさせない』。事故、故意、たとえ自傷行為だろうと我々はそれを未然に防がなければなりません。お嬢様は割と活発ですから常に見守るのは簡単ではありませんが、それをやるのが我々の仕事です。良いですね?」


「はい、お仕えする身としてお嬢様をお守りするのは当然です」


 なかなかにしっかりとした返事ですね。

 これは期待できそうです。


「そして、あなた自身も『お嬢様の前でケガをしない』。これも、事故だろうと事件だろうと絶対です。特に、誰のものであれ『血』を見せるのは禁物です。わかりましたか?」


「は……はい。それは、お嬢様に心配させないようにですか?」


 おや?

 御自身のことには疑問を呈しますか。もしや、先ほどの『ルール』を『身を挺して盾になってでもお嬢様を守り抜け』とでも理解していましたか……確かにそうして欲しいですが、この『ルール』が誰のためにあるのかを勘違いしていないといいのですが……


「心配というより……お嬢様の精神衛生上よくありません。ですから、もし周りで誰かがケガをしたときにはお嬢様を連れて離れてください。お嬢様は基本的に外には出ませんが、万が一ということもあるので」


「……はい、わかりました」


 過保護……とでも言いたいような顔をしていますね。

 過保護で結構です。何もないのが一番いい。


「では次のルールですが……『お嬢様の睡眠を絶対に妨げてはならない』。これは、お昼寝だろうと夜寝だろうとどんな場合でもです。特に寝入りと寝起きは近付かないように、刺激しないようにしてください」


「え、あの……学校とかに遅れそうなときは……」


「お嬢様は通信教育ですのでその心配はありません。お食事も起きる時間に合わせて遅らせますのでそのように」


「は……はい」


 おや、もう少し『ルール』を説明したかったのですが──いつの間にか到着してしまいました。

 気付けばお嬢様の私室の前です。


「では、これからお嬢様に挨拶しますが……失礼のないようにしてくださいね? ここで働くのに不適格だとお嬢様が判断すれば……」


「わかってます。失業し、身よりもなくて路頭に迷っていた私を拾ってくださったお嬢様に失礼などいたしません」


 ……緊張していますね。

 ここを追い出されれば行く当てもないとなると無理もないかもしれませんが……ロンドンの冬は厳しいですからね。命がけの覚悟でしょう。それでいいのです。


「……ご安心ください。お嬢様は他人の過去を責めたり軽蔑したりしませんから。かく言うわたくしも、お嬢様に拾われた身です」


 コンコンと二回ノックしてドアを開けます。



「あ、新しい人来たの? こんにちは、サツキちゃんでーす」



 ああ、なんと愛らしく元気な声でしょう。

 なんと愛おしい姿でしょう。

 御年14歳になりながら、自分を名前で呼んでもなんら不快感を抱かせない幼い笑顔。闇夜のように美しく長い髪の大人っぽさと十歳以下だと言っても通用しそうな顔つきと小さく愛くるしい体躯が見事にマッチしております。東洋人と英国人のハーフとして生まれ持った青い目はまるでサファイア、それでいてお母上の故郷の伝統衣装だという『キモノ』はお嬢様を包み込むように袖や裾が広がり、庇護欲をかき立てられずにはいられず、同じく伝統的なアクセサリーだという『カンザシ』は頭の左右を花のように彩りその愛らしさをなおのこと引き立て……


「あの……先輩? どうしたんでしょう?」


「いつものことだからほっといていいよー。それより遊ぼうよ! 鬼ごっこしよ!」


「え、あの、危ないことは避けるようにと言われてまして……それに部屋の中で鬼ごっこは難しいですよ?」


「じゃあ目隠し鬼! 新人さんは目隠してよ!」


「危険度が増しましたよ! お嬢様におケガなどさせてしまったらいけませんし……」


「じゃあサツキが鬼! 新人のおねえちゃんは目隠しして逃げてね。捕まったら……イタズラしちゃうぞガオー!」


「それは一方的過ぎるかと……お、お嬢様? なんですか何かをくすぐるような指の動きは……」


「新しい人が来たらまず弱点を把握するのがサツキちゃん流屈服術なのだー!」


「うわっ、お嬢様の着物の帯が目隠しに!」


 ……おっといけない。

 お嬢様のあまりの魅力に放心してしまいました。


 新しい玩具(メイド)を見つけてはしゃいでいるのが我が主のサツキお嬢様。見ての通り元気溌剌で人当たりもよく、利発で完璧な自慢のお嬢様です。


 ……少々、特殊な部分もありますが。


「よいではないかよいではないか」


「あーれー」


 ……楽しんでいるようですし、今は自由に友好を深めてもらいましょうか。


 運が良ければ、今回は長く続けもらえるかもしれません。



 しかし、わたくしの考えの浅いそんな予想は、その日の内に覆されてしまいました。




 その日の夜、いつもお嬢様がお眠りになる時間に近くなった頃でした。


 新しいメイドにテンションの上がったお嬢様は、なかなか彼女の退室をお許しになりませんでした。前のメイドがいなくなってから間も開いていましたし、つまらないわたくしが相手で退屈していたのでしょう。

 新しい玩具を手放したくないのは無理からぬことです。お嬢様の行動は責められるものではありません。


 責めるべきは、先んじて教えておいた『ルール』に抵触した新人の方でしょう。



 諸事情あって学校に通えないお嬢様は、毎日通信教育で購入した教材で教養を深めております。本当はそんなことをせずとも学歴など家の力でどうにでもなりますし、利発なお嬢様にはハイスクール程度の勉強なら楽勝でございますが、さらに自らを高めようとするお嬢様はご立派でございます。


 今日は新しい玩具で……もとい、新人のメイドと遊ぶのに夢中になり、日課の分の勉強を後回しにしてしまっていたお嬢様は、明日にそれを持ち越さず寝る前に片づけてしまおうとお考えになりました。


 不肖わたくしもお手伝い申し上げようとしたのですが──

「サツキより頭悪いからいらなーい。」

 と、すげなくお断りされてしまいました。


 悔しいことに新人メイドの方はハイスクールを卒業しているらしいので、わたくしはお勉強の邪魔にならないよう隣の部屋に控えることにいたしました。


「いいですか? 何かあったら必ずわたくしを呼んでください。くれぐれも勝手なことはしないように」


「はい、かしこまりました。お任せください」


 このメイドも散々お嬢様に弄ばれ──訂正、お嬢様のお遊びに付き合い慣れて、多少自信を持って来ていたようです。お嬢様は悪戯好きで活発で破天荒な部分がありますが、根はとても優しくいい方だと経験から感じ取っていたようで安心しました。


 ──が、結局の所、彼女もだめでした。


 後から聞いた話です。


 新人メイドは、お嬢様が問題を解くのをじっと横で見守っていたそうです。


 ことは、お嬢様が数学の問題を解いていたとき起こりました。

 普段のお嬢様はもう学習し終えた問題はサラサラと解答し、新しい部分もすぐ理解し、多少悩んでもすぐさま突破口を見つけて解き明かしてしまいます。

 しかし、今日は遊び疲れたのか集中力が低く、最後の問題で詰まってしまいました。

 新人メイドはヒントを出そうとしたそうですが、お嬢様は最後まで自力で解きたいとそれを断ったそうです。


 そしていつしか、いつもの就寝時間を過ぎてしまいました。

 習慣的に眠くなり、勉強机に向かってウトウトなさるお嬢様。新人メイドは、もう問題は解けないと判断してわたくしを呼ぼうと思い始めたようでしたが、その前にお嬢様を見て、余計なことを考えてしまったようです。


 『キモノ』と『カンザシ』が似合うお嬢様。

 実のところ、『キモノ』は動くのに少々不便があるため普段の部屋着にしているわけではありません。あれは、お母様から受け継いだ容姿をより引き立て、偏見の目で見られるのを避けるため敢えて初対面で魅力として印象付けるためのお嬢様なりの勝負服なのです。

 しかし、左右二本の『カンザシ』は常に肌身離さず頭の左右を彩っています。こちらは、お母様の形見であり、お嬢様のお気に入りなのです。触れようとすることは、わたくしでも許されません。


 しかし、愚かにも新人メイドは『そのまま寝てしまうと危ないかもしれない』という浅薄な考えで、『カンザシ』を取ろうと──触れてしまいました。


 わたくしは説明したはずですのに──『お嬢様の睡眠を絶対に邪魔してはならない』と。



「きゃぁぁああああ!!」



 その悲鳴を聞いたわたくしは一番に『またか』と思いました。

 急いでお嬢様の部屋へ行くと、予想通りの光景がありました。



 尻餅をついて両手首から血を流す新人メイド。

 そして、二本の刃のついた『カンザシ』を指に挟んで今にも新人メイドの首をかっ切ろうとするお嬢様。その目は寝ぼけたように薄く開かれていますが、その動きに躊躇はありません。


 これは珍しい──まだ運良く致命傷を負っていませんね。


「お嬢様!! チョコレートです!!」


 お嬢様の動きがギリギリで止まり、幼く可愛らしく無邪気な笑顔をわたくしに向けてくれました。


「ホント!? ワーイ!!」


 わたくしが常備しているチョコレートを差し上げると、お嬢様はカンザシを頭に戻して駆け寄っていらっしゃいました。

 本当に可愛らしい──その小さいお手と髪に返り血が付いてしまっていますが、それもアクセントその愛らしさを引き立てるアクセントとなっています。


 新人メイドは──出血はしていますが、命に別状はないですね。手首の腱が切れてしまっているようですが、お嬢様の手の届く範囲で『ルール』を犯してこの程度なら幸運としか言いようがないでしょう。

 こんな夜中にチョコレートを差し上げるのは健康に良くないのはわかっていますが、さすがに人命には替えられませんしね。


「せせせせ先輩!? お、お、お嬢様が、わ、わ、私のて、て、て、手を!!」


「喚いていないで止血でもしたらどうですか? 早くしないと失血死してしまいますよ?」


「し、失血死!? それってお、お嬢様がわ、私をこ、殺そうとしたってこと!?」


「それくらいで驚いてどうします。そうならないための『ルール』を事前に説明しておいたのに、それを守れなかったのはあなたでしょう。自業自得です」


「どどど、どういうことですか!? サツキ様はた、ただの名家の、お嬢様だと」


 やれやれ、これだから新入りは面倒なのです。

 自分が仕えている相手がどんな人かも知らず、その魅力も欠点も見ずに上辺だけを見て、上辺だけの笑顔で好感度を稼ぐことを考えている。本当に心から仕えたいなら、その方に何をされようと──たとえ殺されようと、それを受け入れるべきなのに。


「わざわざ話すほどのことでもないと思っておりましたが、説明しておくべきでしたか。改めてご紹介を……この方は我々の主人にして最愛のお嬢様。そして……」


 大好きなウイスキーボンボンを食べ終わり、指に付いたチョコレートを返り血と一緒に美味しそうに、幸せそうに舐めるお嬢様は、わたくしに名前を呼ばれたのに反応されたのか口元に血を付けて愛らしく笑いました。



「この方は『殺鬼(サツキ)』様……由緒正しき『殺人鬼』の姫君でございます。どうぞ、お見知りおきを」




 次の朝、新しいメイドはもう姿を消していました。

 昨夜は応急処置をしておいたので死んではいないはずですが──逃げ出したのでしょうね。お嬢様の正体を知った者は大抵そうです。お嬢様のかつての学友もこれまでのメイドも皆そうでした。お嬢様はとても優しく、可愛らしく、魅力的なのに殺人鬼だというだけで離れていく──哀しいことです。

 お嬢様も別に恨みや怒りがあったわけでなく、寝ぼけてうっかりしていただけなのに、ちょっと斬られたくらいでお嬢様を化け物のように恐がるなんてなんと失礼な人でしょう。これでは、仮に逃げなくても長くは続かなかったでしょうね。


 もっとも、『殺人鬼』──表の顔はただの資産家ですが、裏では殺し屋家業を営んでいるこの家に一度仕え、あまつさえお嬢様の秘密を知ってしまった彼女が生きて逃げ切れるとは思えませんが──どちらにしろ、新しいメイドを雇わねばなりませんね。


 そもそも自分が身寄りがなく、いなくなっても問題ない人間だから雇われたというのを自覚しているのでしょうか──いえ、あの様子ではしていませんね。きっと次の方も同じように『生活の当てがないところを運良く拾われた』と思いこむのでしょう。


 確かこの前のメイドは紙の端で指をケガして、血を見て興奮したお嬢様に血を抜かれてしまったのでしたっけ──可愛らしいお嬢様のためですが、毎回新しいメイドを探してくるのは少々面倒です。いい加減に長く仕えてくれる人を見つけたいところですね。


 はてさて、ところで──


「お嬢様、そういえばあのメイドさんの名前はなんだったでしょうか? 記録をつける前に聞くのを忘れていたのですが」


「えっと……忘れたー。それより、新しい人探してきてよ!」


「お嬢様、次は大事にしてくださいね?」


 次の玩具を待ち遠しそうにせがむお嬢様は──本当に可愛らしい。

 少々性格に難はありますが──お嬢様はわたくしの最高のご主人様です。


 わたくしは、いつの日にかその手で命を摘まれるその日まで──あなたのお世話を続けられることを願ってます。

 殺人鬼はやっぱり女の子(特にロリ)に限る。

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