05
──心が。
『王とは貴族ではない。民を守る壁だ』
お世辞にも豊かとはいえない国情の下、民に尽くし、民と共に生きた。
隣国が仕掛けた戦闘行為に対しては平和的和解、つまり話し合いで応じた。だが、民に変事ありし時は感情を露わにし、自ら戦場に出向いた。
己れに与えられた仕事は、そんな王女の護衛。
王女は時に、国政の一端を己れに任せてくる事もあった。なにやら世界を巡ってきた己れの知識だか頭脳を高く買ってくれていたらしい。
そのせいもあってか、己れは騎士でありながら賢者と呼ばれることもあった。独り旅を続けていた己れの周りにできる人だかり。
なんだか、こそばゆい感情を抱いた事を覚えている。
己れには故郷がない。
正確に言えば、幼き頃に捨てられたので故郷を知らない。
そのことを話すと周囲は決まって「親に対して恨みは、寂しさは、憤りは」と問うてくるのだが、己れは肉親に対して感情を抱いたことがない。全くない。皆無といってもいい。
接した事のない人間に対し、抱く感情などなかろう。と言うと冷徹な奴だと思われるだろうが。
だが、実際そうなのだ。
己れには家族がない。故郷がない。
しかしそれゆえに王女が築き上げてきた輪の中にいることが新鮮だった。言い知れない温かさを感じた。安堵感があった。王女の家臣が傷つけられれば怒りが込み上げてきたし、鍛練中に街の娘たちが差し入れてくれる菓子がおいしいとも感じた。
もしも己れに故郷があるとすれば、それはきっと──
そういった感情を一番強く感じたのは、きっと、王女が死したあの時以外に考えられない。
垂れ込めた黒雲から雷光が降り注ぐ嵐の夜だった。
雷鳴と共に、突然、鎧纏いの女が現れた。
女は己れの命を狙ってやって来た。「アルヴィンスと言う名の男を出せ」と指名までしてきたから間違いない。
そうであったのに。
己れが出ていけばそれで事は済むはずであったのに。




