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エクレア・パラドックス

 幽霊なんてこの世にいないよ、と彼女は言った。

 人間に、獣に、鳥たちに、もしも『魂』というモノがあるとして、それは肉体を失くした後でいつまでもこの世に留まっているほど気長な存在じゃあない。魂には魂の、あるべき世界があるんだ、と。


 それはつまり、あの世があるってこと?

 と、僕は彼女に訊いた。


 ―――あの世。ひどく曖昧な指示語ね、と彼女は笑う。


 この世があるから、あの世がある。言葉の上では順当だ。けれど僕たちは、僕たちが『この世』と呼んでいる世界についてさえ、一体どれだけのことを知っているだろう? 地球の果ても宇宙の果ても、まだまだその向こう側はずっと続いている。世界は、既知の『こちら側』と未知の『向こう側』に溢れている。

 いわば生命の歴史とは、その境界を克服する歴史とも言える。僕たちの遥かな先祖は、海から川へ、川から陸へ、陸から空へ。どうしようもなく越え難いと思っていたはずの境界線に挑戦してきた。したがって、それが例え『あの世』なんていうものでさえも―――


「単なる、未知のフロンティア。開拓してしまえば、きっとそこにも適当な名前が付いて、やがて簡単に行き来できる身近な世界になるわ」

 

 そう、彼女は言った。つまり、彼女がこれから行うことは、かつてスペインから新大陸を目指して出発したコロンブスと同じことなのだ、とでも言うように、


「だから――だからね、浅野くん」


彼女は、フェンスのあちら側から、何もない空間へと、飛んだ。




―――これは、進化なのよ。


それが彼女の、この世に遺した最後の言葉となった。





『 こんなに美しい光景なら、空飛ぶ天使達が見とれたに違いない 』

                ―-―探検家 デイビット・リビングストン





 罪を憎んで人を憎まず、なんて言葉があるけど、考えてみれば罪というのは人が持つ属性の一つであって、罪が罪だけで独り歩きすることはない。その二つは不可分だ。そもそもどれが罪で何がそうでないのかを決めてきたのも人なのだし、被害者がいるなら当然、加害者もいる。一方で、百年前には罪に問われたことも、現在の法律では同じことが罪に当たらなかったりする。いい加減なものだ。

 思うところ罪とは、人が人に一方的に付ける評価みたいなものだろう。

 

 ―――まあ、法律うんぬんの話はさておいて、

 これは一体、どういうことだ?

 高校二年になったばかりの春先。俺、浅野剣王あさのけんとは、午後から降り出した雨に足を止められ、校舎の出口からじっと外を睨んでいた。

 自分の傘が、なかった。

 考える。―――今朝、自分用の青い傘を手に出かけて、登校時にこの玄関先の傘立てに入れたことまでは覚えていた。確かだ。とすれば、誰かに間違えて持って行かれたか……あるいは、意図的にパクられた、か。

 単なる嫌がらせなら、傘だけ盗んで靴を残したのは、なぜだ?

 傘立てを、もう一度確認する。

 残っているのは、赤い傘が一本だけ。

 さすがに赤はないな。俺ではない誰かのものだ。とはいえ、その傘を使ってしまえば俺も難なく帰路につけるわけだが、そうすると見知らぬ赤い傘の持ち主が困ることになるだろう。何より、そうして誰のものとも知らない傘の奪い合い、無断借用の連鎖に自分も参加してしまうことが嫌だった。なんか、流行りに乗って悪ノリしました、みたいな。俺はそんな軽いキャラじゃない。正義漢でもないけど。

 

 一人、また一人と校舎から出ていく放課後の生徒たちを、色とりどりの傘たちを、俺は成すべもなくただ見送った。


「…………何よ?」


 一瞬、目が合っていたことにすら気づかなかった。いや、そもそも意識して見ていなかったので、声をかけられて初めて、俺はその女子の姿をとらえた。

「いや……別に。君は自分の傘を持ってるんだよな、って」

「……は?」

 当然の反応だった。

 見知らぬ女子生徒―――いや、よく見るといつもの教室で同じ横顔を何度か見たような覚えがなくもない女子生徒は、上履きを脱いだ状態のまま、こちらを睨む。


「……もしかして、傘を忘れたわけ? 今日は雨が降るって、たいていの人が知ってたみたいよ? 言っておくけど、頼まれても私の傘には入れてあげないから」

 そう言いながら、彼女は下駄箱から取り出した学校指定のローファーと上履きを交換し、さらに自分の鞄から、黄色い折り畳み傘を取り出した。


 なるほど。あれなら手放すことなく携帯していられたな。

「もちろん期待はしてないよ」

 俺はそう言って、別れの挨拶とばかりに右手を軽く上げた。

「じゃね、誰だか知らないおバカさん」

「ああ、俺は四組の浅野剣王だ」

「……いや、別に訊いてないし」

「そうか」

「え、でも四組……って、私と同じクラス……だけど、あなたみたいな男子、いた……かしら?」

クラスメイトの女子から、ひどい言われ様だった。

「……いえ、なんか、ごめんなさい。私は北条。同じクラスだから知ってるかもだけど、くれぐれも下の名前は……」

 その自己紹介を遮るように、彼女の鞄から携帯電話の電子音が鳴った。

 北条、と名乗った彼女は渋々と傘をまた鞄にしまい、代わりにスマホを取り出す。―――が、電話に出る様子ではない。画面をじっと見つめて「はあ?」と呟いた。

 メールか。

「ねえ、あなたの名前をもう一度」

「ん? 浅野剣王だ」

「けんと。もしかして、剣の王と書いて『けんと』?」

「よく知ってるな」

 表情を変えないで言う俺に対し、いぶかしい目つきのクラスメイト。

「…………はあ。たしかに、キラキラとまでは言わないけど、漢字で書いたら中二病全開の中二ネームね。普通そうは読まないでしょ」

 北条は肩を上げ、大げさにため息をついた。

「今まで笑われることはあっても、飽きれられたのは初めてだな」

「ごめん。傷ついた?」

「気にしなくていい」

 いずれにしても、高校の二年にもなれば、名前のことで人から特別な反応をされることにはもう慣れている。

「悪いけどちょっと付き合ってくれる? 傘を忘れたなら、どのみち今すぐには帰れないでしょう? 他に何か用事があるようにも見えないし」

「え? なんで?」

「……説明はするわよ。初対面で心外でしょうけど、別に怪しいことをしようってわけじゃないから」

「いや、なんでって言うのは、今すぐに帰れない、の部分に対してなんだが」

「え? だって雨が降ってるから……」

「まあ、女子は気にするだろうけど、男ならな。今ちょうど、この雨の中を走って帰るために気合いを入れていたところだったんだ」

「……バカなの?」

「心外だな。知ってるか? 上空から垂直に雨が降っていると仮定すると、その雨の中を歩くのと走るのでは、実は同じ量の雨粒に当たる計算なんだぞ」

「だから何?」

「だったら、より短時間で家に着くように走った方がいいということだ。雨に当たる時間が短い方が、濡れる量はより少なくなるからな」

「……いや、だから、傘で防げばそんなのゼロでしょ。風邪をひく確率もね」

「………。ふむ、そう言われれば、そうか」

「あのね。ついでに言うと、雨、垂直じゃないから。風吹いてるから」

「ううむ、計算が複雑になりそうだな」

「どう計算しても結局濡れるわよ」

「お前、頭いいな」

「むしろバカにされてる気しかしないんだけど」

「安心しろ、バカは俺の方だ」

「ご丁寧に確認ありがとう。よくわかったわ。じゃあ、そのバカを相手に期待はしないで訊くけど、さっきの私の話は聞いてもらえてたかしら?」

「……たしか、付き合ってくださいと告白されたような」

「誰が誰に告白すんのよ、バカ! 人聞きの悪い言い回しに勝手に変えないでくれる? ちょっと部室まで来いって言ってんの。連行よ、れ・ん・こ・う!」

「なんだ、部活動の勧誘か? 俺は二年生だとさっき……」

「聞いたわよ! ポイントはそこじゃない! だから説明はするって言ったの! あなたを部室に連れて行った、あ・と・で!」

「落ち着けよ、興奮するのはベッドでな」

「辞世の句はそれでいいかしら?」

 下の句がなかった。


 まあ暇つぶしに付き合ってくれた礼ということで、俺はその北条というクラスメイトに、言われるがまま付き従った。身体のどこかを拘束されているわけではないのだが、言葉通りの連行だ。というか、傍目から見れば昔のRPGでパーティがフィールドを歩いているような感じだけれど。

 部室、と言うからには、彼女は何らかの部活動に所属しているのだろうか。

「ところで、何部の部室なんだ?」

 俺は素直に疑問を口にしてみる。

「……まあ部活というか、『ふうきいん』の部室よ」

「風紀委員? 北条さん、風紀委員なのか?」

 まさか風紀委員に連行されるとは……。俺が何かしたのか?

「違うわ」

「違う? ……ってことは、風紀委員の別の人からの呼び出し……?」

「いや、だから風紀委員じゃなくて『ふうきいん』なの」

「何だそれ? 誰かが看板を作るとき変換ミスでもしたのか?」

 たいくかん、とか、げいいん、とか、ふいんき、とか、その手の。

「看板なんか、元々ないわ」

「……どういう意味だ?」

「……いや、まあ、それを説明するのもちょっと恥ずかしいんだけど……」

「安心しろ、誰にも言わない」

「……そういう問題じゃなくて。えーと、部室って言ったけど、正確には私たちが

勝手に部屋を使ってるだけで、委員でも部活動でもなくて……」

「じゃあ、何なんだよ?」

「……ついたわ。ここよ」

 ついた。らしい。

 追求が終わる前に、到着してしまった。

 そこには、たしかに何の看板も表札も付いていない、ただの木製のドアがあった。職員室を含む校内のほとんど全てのドアとは違い、引き戸ではなく蝶番式のそれで、ガラスもはめ込まれていない。明かり一つ漏れない秘密の扉といった感じだ。

「ついに来たか……。ここが伝説の……」

「や、あんた『ふうきいん』のこと知らなかったでしょ」

 魔王城への扉が―――今、開かれる。

「うるさい」

 ガチャリ、と、まるで鍵が掛けられていないことを予め知っていたかのように、北条はドアノブを勢いよく回した。ドアが開くとすぐに部屋の光が溢れ、今の今まで曇天の暗中にいた俺の目を容赦なく襲う。

 その部屋には、先客がいた。シルエットから見て、どうやらまた女子のようだ。

「タルト先輩、連れてきました」

 ……たると?

 珍妙なあだ名があったものだ。それも、先輩相手の呼び名としてはどうかと思うほどカジュアルな。

「おお、ご苦労」

 光に目が慣れ、改めて部屋の中を見回すと、そこは無数の本棚に囲まれた空間だった。―――いや、正確には、本棚だらけの部屋だ。何かの部室のようにも見えるし、ただの資料室のようにも見える。ひょっとしたら、古い図書室の一部かもしれなかった。部屋の広さは、平均的な教室の三分の一くらいで、残りの三分の二が荷物で埋まっているというのではなく、予めそのスペース分しか与えられていない部屋のようだ。

「初めまして。文芸部室へようこそ」

 今度こそ完全に見知らぬ女子生徒が一人、その部屋の奥にぽつりと置いてある机に向かっている。机上には光を放つ板状のもの――PCが設置してあり、部屋には彼女が一人しかいないことから、おそらく北条が「たると先輩」と呼んだ人物に違いない。

 文芸部、の部室だったのか。

「いやいや、単なる言葉の綾だよ」

 たると先輩は俺の方へと向いて、そう語った。

「ここは間違いなく文芸部の部室なんだ。けれど私たちは、――そこにいるエクレも含めて、文芸部の関係者じゃあ、ない。文芸部は現在、全部員が幽霊なのでね。私たちが勝手に部屋を使わせてもらっている。……まあ、特別リフォームとか模様替えもしていないし、私物を持ち込んでるわけでもない。ところで、君は文芸部員じゃないだろうね?」

 一息で、そこまで言った。

「いや、あの……」

「ん? ああ、すまない。自己紹介が遅れた。私は赤座タルト。タルトは漢字で『果実洋菓』って書くんだけれど、もちろん覚えなくてもいいよ」

 ―――本名だったのかよ。

 というか「エクレ」とは、俺の後ろにいる北条を指して言ったのか?

 まるで男子のような話し方をするそのタルト先輩とやらに、ここは当然、俺も自己紹介をして返すべき場面だろう。

「俺は浅野剣王。『けんと』は漢字で剣の王と書く。こっちは覚えなくてもいいと言うより、できれば速やかに忘れて頂きたい」

「あっはは。お互い、変わった名前で苦労するよね。――つるぎの王様か。英語で言うとソードキング。いや、キングオブソードの方がいいかな?」

 

 どっちもダサい。

 

 とは口に出して言うまい。

 代わりに俺は、ずばり本題に入った。

「クラスメイトが先輩と呼ぶからには、タルト先輩は三年生、ですか。ちなみに俺も文芸部員じゃない。俺を呼んだのは、貴女なんですか?」

「……うん。まあ、正確に言うと、キミを呼んだのは私じゃない」

 タルト先輩はそこでPCに向き直り、一呼吸の拍を入れて、よっ、と椅子から立ち上がった。

「最初の質問には答えないよ。だってほら、キミは男子だろう? 初めて会う女性には、できれば年齢は聞かない方がいい。相手と会話を続けたいのなら、ね。その代わりに、キミにちょっとヘンな質問をしよう」

 先輩は、不敵な笑みを浮かべながら、右手の人差し指をすーっと上げる。

「キミは……この世に幽霊がいるって、信じる方かな?」



                ◇◇◇



 私立、水糸台みずいとだい高校。県内では、そこそこに名の知れた進学校である。生徒数は全校で八百人前後。言わずと浸透した少子化の日本において、かなり安定した高校と言えるだろう。

 と、言うのは表面上の話で。

 学期の節目には、始業式や終業式を勝手にボイコットする生徒が近年多発し、式自体が延期もしくは中止になる等の問題が起きている。不登校の生徒も増加傾向にあり、現在、学級閉鎖ギリギリのクラスも少なくない。


「鬼を見て制するは勇ある者、ってね。そこで私たち〝封鬼院〟が発足するに至ったわけだよ」

「―――え? 何が何ですって?」


 言葉尻すら捉えることができず、俺は思わずそう聞き返していた。

 えらく中二病的な発言が連発したように聞こえたが、前文のことわざは、たしか俺の記憶では『義を見てせざるは勇なきなり』が正しかったと思う。

 ただし、合ってる自信は無いからつっこまないぞ。


「鬼を封じる院、と書いて封鬼院。エクレから聞かなかった?」


聞いて……ました。ええ、たぶん。


「いや、えーと、その封鬼院とやらが一体何をするのか知りませんが、話の流れから察するに、普通に風紀委員の仕事なんじゃないかと」

「風紀委員は現場第一さ。言ってみれば校内の警察ってところかな。様々な人間関係、経済的理由、そういう目には見えない事情で不登校やその他問題を起こす生徒たちに対応するのは、そりゃもう普通は教師の仕事なんだけれどね」


 その通りだと思う。


「校内の警察に対して、封鬼院は校内の公安局って感じなのかな。だからと言って何か特別な権限を与えられてるわけじゃないけど。特別……と言うなら、そうだね、私たちは特殊な〝手段〟を持っている」

「……いまいち、よくわかりませんね」

「まあ、そうだよねえ」

 からから、とタルト先輩は笑った。

「実際に見てみればいいよ」

 ほら、と言って先輩は先ほど自分が向かっていたPCをこちらに促す。

 見ろと言われて見ても、特別変わったようには見えない。それは、普通のノートパソコンだった。―――が、



『 初 め ま し て 』



 俺も先輩も、もちろん北条も、誰もが手を触れていない、操作していない状況で、その青い画面上に突如、文字列が打ち込まれた。

「ん? チャットツールか?」

 誰も触れていないとすれば、画面上に文字が走る理由はそれしかない。

「違うね」

「………いや、他にないでしょう」

「このPCはネットに繋がっていないのよ」

 と、北条が横から説明を加える。

「……じゃあ一体誰が……?」

「んー、一言で言うなら、ポルターガイストかな」

「ポルター、ガイスト?」

 ポルターガイスト。ドイツ語で「騒がしい幽霊」を意味する。誰も手を触れていないのに家具や雑貨類が勝手に部屋を動き回ったり、音を立てるとかいうアレだ。とりわけ十九世紀の欧米では、家具などを通して音が鳴る現象は霊界からの交信とも噂され、話題を呼んだことがあった。

「……またまた、何の冗談ですか。それは幽霊の話で……」

「うん、だから幽霊。先にそう言わなかった?」

「…………」

「さて、ここでもう一度質問だ。キミは幽霊の存在を、信じる方かな?」

 タルト先輩は、さっきと変わらず不適な表情を浮かべたまま問う。

 俺は、腕組みをして考えた。

「……正直、信じると言うなら、自分の人生には絶対に無関係な存在だろうということを頑なに信じて生きていましたよ。というより、今もまだ、この現象には何か現実的な作用が働いているんじゃないかと疑っている時点で、俺は幽霊というものを信じていないことになるのかな」

「……ふむ、なかなか手堅い人なんだね」

 先輩は口元に手を当てて、いつの間にかその隣にいた女子――北条を見る。

「ま、急に信じろって言う方がムリっぽいですけどね。私も未だにそうだし」

 北条は、両の手のひらを広げて先輩に返す。

 未だにそう、とは、彼女も俺と同じく半ば以上には信じていないということか。

 ―――と、そのとき。

 カタカタカタ、カタカタ……

 本棚に陳列されていた一冊の本が、小さな音を立てて、ひとりでに動いた。

「ん?」

 地震、か?

 校舎に誰も残っていない、こんな静かな教室の中でなければ聞き逃しそうな音をたまたま捉えて、俺は一瞬そう思った。が、その他の本はとくに揺れていない。

 コンマ数秒遅れて、思う。

 小さいながらも決して軽くはないだろう文庫本が揺れるほどの地震だとすれば、揺れそのものをまったく感じなかったというのは、変じゃないか?

 すっ、と。

 俺の視線を読んだかのように、北条の指先が、その文庫に伸びる。

「ほら、この本……」

 そして北条がごく自然にその本を手に取って、適当なページを開いて俺に見せた。

 ―――白紙。

 その本には、表紙や目次はおろか、ぺらぺらといくらページをめくっても、文字一つ書かれていない。まったくの白紙だった。北条は、その白紙のページを開いたまま、はい、と言って俺に手渡す。

「日記帳、か何かか?」

 しかし次の瞬間、信じられない現象が起きる。



『自己紹介をしましょう』



 消えるインク――たとえば、水溶性のペンで書いた文字が水に溶けていく映像を逆再生しているように、極めて滑らかに、流れるように、まるで最初からそこに書かれていた文字であるかのように、その白紙のページに文章が現れた。

「な、何だこれ?」

奇妙さを通り越して、不気味だ。

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