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006


 ぐるりと見渡す。

 どうやって、収拾をつけるか。

 どうやって、一般客に説明し、納得させながら誤魔化すか。


(こういうのが、苦手なんだよ…)


 頭を使うのは嫌いではないが、多数の人を相手にするのは嫌いだった。人の目を見るのは苦手だ、自室に逃げ帰りたくなる。


「ね、チェルト」

 アリーが話しかけてきた。少し気持ちが和らいで、顔をゆるめる

「何?」

「今、樹の陰で何か光ったの」


 アリーの指差す先を見る。

 博物館を囲む芝生は四角く刈られた植え込みに囲まれ、更に広葉樹の林に囲まれていた。博物館を含めた広大な敷地全体が公園となっており、四季折々様々な色彩に彩られる林道は、穏やかな憩いの場となっている。そんな場所に、光るものなど…


「わ、眩しい」

「さっきより近いわ。何かしら」


 木々の間に見え隠れする光。

(金属光沢…?)

 林道を移動している。車か、と思って、ぎくりとした。

 まさか。


 思う間に、音が聞こえてきた。地面をとらえ、小石や小枝を跳ね上げ軋むタイヤの音。

チェルトの中の嫌な予感がぞわぞわと大きくなり、そうであってほしくない、という期待が絶望へと変わっていった。


「ちょっと!あれ、車じゃない?」

 アリーがくっついてきた。

「やだ!公園の中って、車禁止でしょ?誰か跳ねたりしたらどうするのよ!」


 アリーに対し応える余裕など無く、チェルトは拳を握り締めていた。蛇に睨まれた鳥のように身を縮ませる。

(間違いない。こんな非常識な車は、)

 ヤツしかいない。


 突然に、林道から、シャンパンゴールドの車が飛び出してきた。

「うえっ」

 予想通り過ぎて、思わず変な声が出る。


 知的な高級車、と言えば過不足無い。均整のとれたボディライン。外観は重厚だが、重さを感じさせないほど軽やかな足まわりが、走る姿を美しく見せている。

 大勢の人が振り返る中、滑らかに噴水の縁で弧を描き、チェルトの前に滑り込んできた。

扉が開けられる。


 チェルトが眉間にしわを寄せ、ぼそりと言った。

「お疲れ様です。…レジアス教授」



 * * * * * *



(どれが、ほんとの顔なのかしら)

 チェルトはまるで別人のように態度をころころと変える。生意気で強気で挑発的なのかと思えば、臆病で弱気で人を怖がる。

 緑の瞳は虎か子猫か。


 血気盛んな困った若者と警備員とに何かを告げている、その小さな後ろ姿を見つめながら、ぼんやりと考える。

(…将来が、勝手に決まった…って言ってたわね。利用されてる、とも)

 アレクの言葉を思い出す。

 マナプログラム学会が、チェルトがマナ技術者であるという、そのスキルを欲したのだとしたら。

 年齢、経験も足りないままに、チェルトを技術者として囲い込んだのだとしたら。

 チェルトは、大人になる機会を失ったまま、大人の世界に放り込まれてしまったのかもしれない。


(そうだわ…きっとそうよ)

 チェルトの言動は時折ぎょっとするほど幼い。育ちが良いというよりは、悪い言葉、悪い行いを知らないといったほうが正しく思えた。

 外側を取り繕うのに必死で、社会的な経験に伴う、内面の成長を忘れてしまったのだ、きっと。


 話が終わったのか、チェルトがこちらへ歩いてきた。少しうつむいていて表情はよくわからないが、なにやら考えているように見える。

 これからどうするかを探っているのかもしれない。

 酷だと思う。一体どう収拾をつけたら良いのか。


(…あたしは…何も言えないわね、部外者だもの)


 部外者。その単語が、ずしりと重い。歯がゆい気持ちに、胸が締め付けられる。

 辺りをぐるりと見渡すチェルトの視線にぶつからないように、芝生を囲む林のほうへと顔をそらした。


 と、林の中で何かが光った。

 目を疑うが、網膜に残る残像は目を閉じてなお、じわりと光の跡を示していた。見間違いではない。


「ね、チェルト」

 苦しい気持ちを隠して、アリーが話しかける。

「何?」

 こちらを見上げ、顔を少しゆるめてチェルトが問い返してきた。


「今、樹の陰で何か光ったの」

 アリーが林を指差す。博物館を含めた広大な公園を、緑豊かに包む広葉樹。その林を、二人で見つめた。すぐに、

「わ、眩しい」

「さっきより近いわ。何かしら」

 木々の間に見え隠れする光。

(ライトじゃないわ、鏡か、金属の照り返しみたい)

 林道を移動している。一体何が?


 思う間に、音が聞こえてきた。地面を擦るような音、小石や小枝を跳ね上げるような音。何かが軋むような音もする。まさか。


「ちょっと!あれ、車じゃない?」

 なぜだか固まっているチェルトの腕を引っ張り、アリーが叫ぶ。

「やだ!公園の中って、車禁止でしょ?誰か跳ねたりしたらどうするのよ!」


 が、チェルトからの答えはない。疑問に感じてチェルトを見る。チェルトは怯えたような表情で、林を見たまま、拳を握り締めていた。

(どうしちゃったのよ…蛇に睨まれた小鳥みたいになっちゃって)

 交通法もお構いなしな非常識な車に、心当たりでもあるのだろうか。

 アリーが眉をしかめたその時、突然に、林道から、シャンパンゴールドの車が飛び出してきた。

「うえっ」

 チェルトが不快感と恐れと呆れを混ぜたような変な声を出す。


 明らかに高級そうな車だ。堅すぎないデザインも魅力的で、品がある。だが、非常識だ。

 恐らくアリーと同じような気持ちで大勢の人が振り返る中、滑らかに噴水の縁で弧を描く車は引き寄せられるようにチェルトの前に滑り込み、そして。

 扉が開けられる。


 降りてくる人影を、息を飲んで見つめるアリーの横で、チェルトが不快感を前面に押し出した声でぼそりと言った。

「お疲れ様です。…レジアス教授」

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