003
一面の白。非常灯だけが頼りだった地下が、一瞬で光に満たされる。
「うわっ」
「ちくしょう、目が…」
男たちが目を押さえ、光から顔を背ける。ミラーの反射光がスポットライトのように重なり、間抜けな姿を照らし出していた。
照明を操作するアレクのタイミングは完璧だった。チェルトは照明の点灯と同時に走り出していた。光が重なり合う方向から走ってくるチェルトの姿は、白に紛れて見えないはずだ。
(今撃たれたらまずい…撃たないで…!)
念じながら走る。サングラス代わりにマナプログラムを連続展開している今、銃弾を弾くことはできない。
「く、くそっ!」
一人の男が、拳銃を取り出した。当てずっぽうに腕を伸ばす。
その腕に、チェルトが触れた。
間に合った。
マナプログラムを切り替える。
「展開!」
チェルトが触れた部分から、電子が叩き出される。波の性質を持つ電子はチェルトの支配下にある。青白い火花がスパークした。生じた電位差が、男を直撃する。
悲鳴を上げ、男が倒れた。
「ぐ…」
言葉にならず、動けない。実行され、消滅したマナプログラムを、もう一度展開する。
「おい、どうした?」
二人目。
「何が起こった!」
三人目。
ちょっと強力なスタンガンと同程度の電圧だ。チェルトが触れた男たちが次々倒れていく。
大怪我をさせず、しかし確実に動きを止めるには、この方法しかない。そのための目くらましがミラーの反射光だった。
が、いずれ目は馴れてしまう。その前に、片付けなければならない。
(後、何人だっけ?)
ちょっと気を抜いた瞬間、二の腕を掴まれた。
「痛っ…!」
驚きと痛みで、展開していたマナプログラムが霧散する。しまった、と思った瞬間、男と目が合った。
ぎらぎらした目が、ニヤリと笑う。全ての思考が、消える。
ぞっとして、身体がこわばり、動けなくなった。
その時。
「放しなさい!」
気合いの入ったかけ声と共に、男のわき腹にエナメルのヒールがめり込んだ。
男が身をよじり、チェルトを掴んでいた指の力が弱まる。
思考を取り戻した。
(今だ!)
やっと、身体が動いた。するりと抜け出し、距離を取る。
チェルトを助けた人物は、二撃目の構えに入っていた。
「アリー?」
「どいて!」
アリーが半身を引き、勢いを付けて膝を振り上げる。
男の腹に、鋭い一撃が見事に決まった。その衝撃が想像されて、思わず身を縮めてしまう。
(うわ、膝蹴りなんて、初めて見たよ)
しかも、みぞおちをとらえていたらしい。男が声無く崩れ落ち、泡を吹いて動かなくなった。
「うわぁ」
とても痛そうだ。感電するのと、どっちがましだろうか。
男に掴まれていた腕をさすりながら、一歩下がって、アリーを見上げる。
「…アリーって、もしかしてキックボクシングとか…」
「やったことないわ。自己流よ、自己流」
「そ、そうなんだ」
「それより、これで終わり?」
「えーっと、」
芋虫のように床に転がる男たちを数える。
「あれ?」と首を傾げた。足りない。
背後、近くから車のエンジン音がした。
「危ない!」
二人をかすめるように、斜め方向へバンが飛び出す。
出口へ向かい、柱を避けながら加速するバン。まだ目が眩んでいるのか、激しく蛇行し、停めてある他の車に接触しながら逃げていく。
「追いかけないと!」
アリーが走り出そうとする。その肩に手をかけ、止めた。
「待って、アリー」
「なんでよ?」
「レットがいる」
言った直後、破裂音が響いた。
僅かな時間差で四回。思わず身を低くする中、空調ではない、それを遥かに越える突風が押し寄せてきた。
吹き荒れる風の音と、何かが擦れる甲高い音とが、嵐のように渦巻く。
ガラガラと暴れる金属音に耳をふさぐ。何か丸いものが転がってきた。アリーの前に、車のホイールが倒れる。
この「事象」は、間違いなく、レットの仕業だ。
やりすぎだ。
少し遅れて、大きな四角いものが迫ってきた。全てのタイヤを失い、腹を擦り火花を散らして。先ほど走り去っていった車が、水平に回転しながらこちらへ戻ってくる。
「うわ!フィギュアスケートみたい」
「言ってる場合じゃないわ!」
横に飛んで、かわした。
すぐ側を火花が通り過ぎる。その先にコンクリートの柱があった。車はフロントから柱に激突し、ようやく止まる。
ボンネットは大破していたが、意外にも本体は無事だった。二人の男が左右のドアから転げ落ちてくる。一人はふらつきながら立ち上がったが、もう一人はそのまま転がり、這って逃げようとし、また転がった。
「よしっ」
呟き、アリーが拳を握りしめ、ふらつく男の方へ近付こうとしていた。
…アリーのことだから、とどめをさそうというつもりかも知れない。
が、男たちはこちらには目もくれず、車から遠ざかろうとしている。
気付いて、チェルトが叫んだ。
「アリー!離れてっ」
(あれだけ腹を擦ってたんだ、ガソリンタンクに傷が付かない方がおかしい!)
ガソリンの一番の恐ろしさは、低すぎる発火点だ。引火すれば、大爆発へと繋がる。
アリーが、はっとした顔を見せた。爆発の可能性に気づいたらしい。
(逃げて間に合う?それとも、爆発を止める?)
迷った。止めるには近付かなくてはならない、だが危険だ。服の静電気ですら引火する
可能性がある。
と、アリーの姿が目に入った。癖の強い金髪をポニーテールにし、樹脂製の髪留めを着けている。
思い付いた。
「その髪留め、貸して!」
「えっ、…いいけど、」
「展開っ」
なぜ?という顔のアリーには答えず、アンテナを広げる。
アリーが黙って髪留めを渡してきた。素早い対応に感謝するも、それを伝える時間が惜しい。
空中に、手の平大の透明なディスプレイが数枚現れ、チェルトを取り囲んだ。
意識を集中する。
(分子振動を抑えて、凍結させる!)
発光する文字、マナプログラムがディスプレイを埋めていく。水面を渡る風のように。
「何を、するつもりなの?」
描き込みが完了したディスプレイが髪留めに吹い寄せられ、取り込まれ、消える。
「マナプログラムを載せた。アリー、力を貸して!」
隣を見上げる。すぐに力強い笑顔が返ってきた。
「そうこなくっちゃ!」