007
空中で、生温い爆風を、首の後ろに僅かに感じた。
チェルトを抱きしめ倒れ込む。勢いのまま一回転して、廊下の隅に転がった。
思ったより飛距離が出た。チェルトがだいぶ軽かったせいだ。だがそのおかげで、爆発による被害は受けなかった。
素早く肩越しに振り返る。爆発は小規模なものだったが、第二撃が来たら、身体を起こす隙はない。
(次はダメかも…!)
しかし、そこには誰もいなかった。立ち去る足音が聞こえる。
いともあっさりと男たちは逃げていた。チェルトを恐れて敵わないと見て逃げ出したなら、爆発は最後の悪あがきか。
爆発の煙にしては少ないが、空気にもやが残っていた。が、それもすぐに消える。
ほっとしてアリーが緊張を解いた。脱力して、緩やかなため息が漏れる。
(助かったわ)
と、自分の下から小さい呻き声が聞こえてきた。
「あ、ごめん」
完全に押し潰してしまっていた。チェルトが仰向けに倒れぐったりとしたまま、不満を述べる。
「…重い」
「失礼ね!」
即座に言い返しつつ、脇によけて座る。
チェルトが半身を起こした。
「油断してた…まさか、あいつ…こんな手を残してたなんて!」
悔しげに呻く。
「失敗した…」
「追うんでしょ?挽回すれば良いじゃない」
「そりゃ…そうだけど…」
どうも、落ち込んでいるようだ。チェルトがため息を付きながら顔にかかった髪に手をやり、
「あ、…あれ」
きょろきょろとあたりを見る。床へ倒れた衝撃で、眼鏡がどこかへ飛んでしまったらしい。
何となく動かしたアリーの手に、何かが当たった。
「眼鏡、ここにあったわ」
渡そうとして、目が合う。はっきりした緑の瞳が、僅かな光をきらりと映していた。
「あんた、眼鏡ないほうが可愛いわよ?」
「やめてよ」
手を伸ばしながら、チェルトが顔をしかめて見上げてくる。より幼く見えた。手足は長いが、顔立ちは10歳そこらの子供にしか見えない。
「…顔、あんまり見られたくないんだ」
「なんでよ?」
「子供扱いされるから。ガラス一枚でも距離を取りたくて」
チェルトの視線が逸れていって、ついには床を見る。
「眼鏡はなるべく外したくないんだ。…ナメられたら負けなんだよ」
さっきまでの威勢の良さはどうしたのか。
…あれは、演技だったのか。
だとしたら、相当、演じ馴れている。虚勢を張ることが求められているのかも知れない。
「ねぇ…こういうことって、多いの?犯罪者を、とっつかまえたりとか」
「まあ、ね…」
チェルトがため息を付いて、続ける。
「一応、あくまでも技術者だよ、僕は。でもマナプログラムを使える人は少ないから、駆り出される。マナ技術がらみの犯罪は、なるべく学会の中で片付けたいっていう思惑があってね」
「怪我したり、しないの?」
チェルトの身体は細いだけでなく、触れても筋肉の硬さを感じないほどに華奢だった。チアリーディングで鍛えているアリーならば、片手でひねれそうなほど頼りない。簡単に、壊れてしまいそうなほど。
チェルトが顔を上げ、小さく笑う。
「…ありがと。…大丈夫だよ」
安心はできなかったが、少しはほっとした。
(この子は、受け入れてるのね)
眼鏡を渡す。チェルトが受け取り、すぐに顔を引き締めた。
「…さっきの爆発が気になる」
立ち上がり、爆発点と思しき場所へ数歩、移動する。アリーが続いた。
*
爆発地点には、不思議なことに何もない。ただ、何となく汗を感じた。
(何かしら…湿気?)
「臭いがない、火薬じゃないね」
チェルトがしゃがみ込む。
「ススもない。光も感じなかったから燃焼反応じゃない…」
「ねぇ、追いかけなくていいの?」
「そうか」
チェルトが何かを拾って、立ち上がる。
ひしゃげ、千切れたペットボトルだ。
ずいぶん大きな破片だ。溶けたようにねじ曲がっている。爆発ならもっと木っ端微塵になるように思えるが。
チェルトはその違和感を、忌々しげに見つめていた。
「道理であいつ、自信たっぷりに色々言ってくれたわけだよ。あいつはマナ技術者だ」
「技術者…チェルトと同じってこと?」
「…ありえないはず、なんだけどね」
チェルトが顔をしかめる。
「学会にしか、マナ技術者はいないはず…マナプログラムを使うことはかなり厳しく制限されてるんだ。マナプログラムの持ち出しは厳罰、マナ技術者は全て学会に登録されて、行動を制限される」
「な、何それ」
宗教じみたものを感じなくもない。奇妙な顔をして見つめるアリーに、チェルトが苦笑して返す。
「マナ技術は危険だから。…テンプレ的に言うなら、一般市民を守るため、ってこと」
「…そんなに厳格だなんて…道理で世の中に知られてないわけね」
「情報も制限してるからね。…それはそうと、」
チェルトが千切れたペットボトルを見せる。
「あいつのマナプログラムがわかったよ。水だ」
「水…」
チェルトがニヤリとする。
「マナプログラム自体はすっごく単純。多少の知識はあるようだけど…この程度で学会に楯突こうとはね」
ふふん、と鼻で笑う。驚くほど上から目線だ。戸惑うアリーに、ペットボトルを指で示しながら、謎解きを始める。
「水を加熱して蒸気に変えたんだ。ペットボトルの耐熱性はそんなに高くないから、熱で変形してから、体積膨張で千切れる。だから溶けたような破片になるってわけ」
「爆発物じゃないの?」
「ただの水。ほら、このボトル、絶滅危惧動物の保護寄金のマークが入ってるでしょ?館内の自販機で買ったミネラルウォーターだよ」
言われて見れば、何かマークが入っている。ヒョウが吼えている横顔だ。
「まぁ、水とは言え熱蒸気だから、直撃してたら火傷してただろうけど。アリーのおかげで助かった」
言い終えて、不敵に笑う。
何かを企む顔だ。
「湯沸かし器に負けやしないよ!対策を打つ!逃がさないさ」
*