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006


 男が肩をすくめてみせる。

「揺すっても無駄か?」

 品の悪い笑みを浮かべたまま、男が言った。

「なかなかのもんだ。子供扱いして悪かったな、お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃん?」

 チェルトがイラついた声を出す。

「暗いから仕方ないと思うわ」

「真面目に返さないで」

 アリーと早口で言いあった後、男に向き直る。男は更に距離を詰めてきていた。


「安っぽい問答をしてる暇はない。その、かばん。何が入ってます?」

 警戒を含んだ声で、チェルトが後ろの男たちを指差す。

「こいつか?あぁ、わかった、見せてやるよ…」

 安請け合いし「開けろ」と指示を出す。スポーツバッグが床に下ろされる。少し重そうだ。


 ファスナーが開けられ、バッグを持っていた三人がそれぞれのバッグに手を突っ込む。何か、棒のようなものが取り出された。と、突然、ぱちんぱちんと、見た目よりも軽い音を立てながら、折り畳まれていたそれが組み上がっていく。

 男が笑い声を上げた。優位に立ったと感じているのか。


「棒…?」

 アリーの呟きに、チェルトが頷く。

 長さは一メートル弱。握りやすそうな、何の変哲もない棒だ。打撃だけに特化したそのシンプルなフォルムは、今この場で物騒以外の何物でもない。


「知ってるぜ。学会はマナプログラムを山のように所有しているが、一台のマナコンソールにストックできるマナプログラムは、一つだけだ」


 後ろから投げて寄越された棒、男はそれを左手で受け取って、満足げに手の中で弄ぶ。

 マナコンソール?と疑問符が浮かんだが、それよりも棒のほうが気になった。男の力で殴られれば、無事では済まない。


「お前の、マナコンソール。ストックしてるマナプログラムは、弾丸をはじくだけだろ?おおかた、金属の弾の運動エネルギーを制御するってとこか。どうだ、これは止められるか?」


 組み立てられた棒が全員に行き渡った。

 リーダー格の男の合図に応える男たち。大仰なまでに構えを取り、散開し、じりじりと近づいてくる。


「チェルト…あれは?あれは防げるの?」

 小声で聞く。チェルトが小さく首を振って、答えた。

「…わかんない。…でもとりあえず、下ってて」


 立ち位置を譲ろうとしない。アリーに怪我はさせないと言った、その言葉を守ろうとしているのだろうか。


「でも…!」

「大丈夫だよ、アリー」

 少し柔らかい声で、チェルトが言う。

「僕のマナプログラムは、そんなに単純じゃない」

「え?」

「何とかしてみせるよ」

 にこりと笑って見せると、チェルトは男たちに向き直った。

 そして、何を思ったか。「ちょっと待って」と手を挙げた。


「あぁ?」

 ちょっと本屋に行ってきます、と言うのと同じくらいに軽いチェルトの言葉に、リーダー格の男が片方の眉を吊り上げる。

 チェルトがコートのポケットからはみ出ていた紙を取り出す。地上四階、地下三階の本館と、二階建ての別館とを合わせた巨大な施設を網羅した、大判のパンフレットだ。畳まれていたパンフレットを広げ、しわを軽く伸ばして、端のほうからくるくると丸める。完全に虚を突かれたのか、男たちはぽかんとしながら見守っていた。


「これでよし」

 程なくして、紙の筒が完成した。長さは男たちの持っているものと大差ないが、重量感がまるで違う。


(何をするつもりなの…?)


「…なんのつもりだ、それは」

 男が鼻で笑う。チェルトが首を傾げる。声は朗らかだ。

「だって、こっちだけ丸腰だなんて、不公平でしょ」

「冗談が上手いな」

 リーダー格の男が棒を構える。呪縛から開放されたかのように、他の男たちも動き出した。


 チェルトが前を見据えて、宣言した。

「マナプログラム、展開!」


 男たちが、棒を手にゆらりと近づく。

 チェルトのアンテナが瞬いた。それに伴って、

(え、何?)

空中に、何かが見えた。チェルトを囲むように、何かが。発光する、模様のような何かが。文字にもモザイクにも見えた。しかしそれはすぐに消える。紙の筒に、吸い込まれて。

 チェルトが紙の筒を構え直すと同時に、男たちが踏み込んで、そして…


「うわっ!」


 チェルトの一番近くにいた男の棒が、紙筒と触れた瞬間、ぐにゃりと変形した。オーブンに入れたチーズのようにだらりとだらしなく、棒が溶けていく。

「ひっ…?」

 目を見開く男。恐怖を感じたらしい。周囲に動揺が広がり、男たちの動きが鈍る。チェルトが、トンと軽くステップを踏んでその場から離れた。


「な、なんだ」

「溶け…?」


 チェルトの動きはすばやい。意外だった。運動が得意なようには見えないが、とにかく身軽だ。筋力に任せていちいち大きく振りかぶる男たちの動きでは、小回りのきくチェルトの動きを捕らえるのは難しい。


「こ、こいつ!」


 右から振り下げられようとする棒を見て、チェルトは半歩後ろにひらりと身を翻した。そのままバドミントンの羽根をバックハンドで打つような軽い動きで、棒に紙筒をぶつける。左にいた男は、横から棒でなぎ払おうという構えを見せていた。チェルトがくるりと振り返り、身を低くする。頭上を通り過ぎた棒に、下から打ち上げるように、紙筒を当てた。悲鳴を上げ、男たちが手から棒を取り落とす。

 いや、それらはすでに棒ではなかった。棒だったものは形を崩し、べちゃりと床に広がる。


「…と、溶けやがった…」


 武器を失い、唖然とする男たち。まだ直線を保っている棒を所持する者も、殴る気は失せてしまったらしい。完全に腰が引けている。


「な…何で?どうして?」

 目を丸くするアリーに、アリーの前に戻ってきたチェルトが軽く息を整えて、ニヤリと笑う。

「種明かしは後でね。それより…どうです?」

 男たちに向かって話しかける。

「観念しましたか」

「…くそ…なんでだ。お前のマナプログラムは、一つじゃねえのかよ!一体いくつマナコンソールを持ってるんだ…」

「…まだ、何か企んでます?」

 チェルトの声が厳しい。

「あなたたちにこの博物館のものを奪われるわけにはいきません。さ、銃を捨てて。そのかばん、渡して下さい」


 取り出されたのは棒だけだ。バックはまだ膨らんでいた。

(重そうね…武器とか用意してきてるくらいだもの、すごいものを盗もうとしてるのかも)

 何が入っているのだろう。

 きらびやかな黄金装飾や宝石類、値の張りそうな彫金、螺鈿。それだけではない、珍しい化石や絶滅動物の標本なども、きっとその道では高値で取引されるに違いない、などとアリーの頭の中に札束が積み上がっていく。


 金目当ての犯罪なんて最低、という思いをたっぷり込めたアリーの視線に気付いたのか、男が舌打ちした。

「これだから、学会様は嫌えなんだ」

 毒づく男に、チェルトが言う。

「…本来は泥棒なんかに学会が関わることはない。それは警察の仕事だから」

 おや?と、疑問符が浮かぶ。どう見ても、状況はチェルトが押しているのに。

 何か違和感を感じて、アリーはチェルトを覗き込む。意外なほど、チェルトは厳しい表情を浮かべていた。


「かばん、渡して下さい。…マナプログラムを渡すわけにはいかない」


 マナプログラムという言葉に、目を丸くして、アリーがチェルトを見る。

 コンピュータのプログラムのようなものしか、想像していなかった。記号の羅列。機械言語の命令文。

 バッグは、なんだかゴツゴツしていて、重そうだ。コンピュータ本体が丸ごと入っているのだろうか、とアリーは考えたが、でも、と自分で否定する。

(機械にしては、扱いが雑すぎるわ。そもそも博物館から盗むって…何が入ってるの?)


「全てのマナプログラムは学会に帰属する。これが原則だ。博物館には、意味を持たない断片しか展示許可を出してないはず。それなのに…意味を見いだされたとなっては、許可を出した学会の不手際だ、ということになる」

「あぁ、そうだよ」

 リーダー格の男が答えた。


 今までの、どこか遊んでいるかのような余裕ぶった態度は、牙のような荒々しさに上書きされている。

 憎悪を剥き出しにして、男はチェルトに詰め寄った。男に見下ろされ、チェルトが少し顎を上げる。


「俺は学会をぶっ潰してやる。俺のマナプログラムでな」

「一般市民がマナプログラムを持つのは、許されてない」

 チェルトが厳しい声で告げる。

「厳罰だ」

「学会様の管理と統制ってやつか?違うな。権力と財産の独占だ」

「…市民の安全のためです」

「ふん。偽善だな。何もかも隠して世界を欺くのか」

 喋りながら、男がゆっくりと手を動かしているのに気づいた。アリーの視界の中で、服のポケットから、何かをとろうとしている。

 嫌な予感がした。


 アリーが叫ぶ。

「チェルト!」

 ほぼ同時に、男が手にしたものを目の前に取り上げた。

 小さいペットボトルだ。貼り付けられた何か小さいカードのようなものに、赤色の小さな光が点灯する。

 それを視界に挟みながら、アリーが床を蹴り、その場から跳んだ。

 直後。鈍い爆発音が、落ちた。


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