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灰色天使

作者: 天川りか




キラキラと輝く場所があった。

太陽の光を浴びているわけではなく、土地全体が輝いているようなところ。


そこは、天界――天使が住むと言われている世界。

ここはその片隅である。




「ラティ! 本当に人間界に行く気なの?! 」


ラティと呼ばれたのは、か細く小柄な少女だった。

栗色のパーマをかけたようなふわふわの髪と大きい目を持ち、

白いワンピースを着ている。

天使のイメージ、といったら真っ先に思い浮かべるような、そんな容姿だ。

しかし、何かが欠如している。


「行くよ、教授が推薦してくれたからね」


「まぁラティは優秀だけど、翼も無いのに……」


そう、本来天使ならば生えているはずの――翼が無いのだ。

話し掛けてきた方にはしっかりとした白い翼が生えている。


「大丈夫だって。教授が羽を用意してくれるって。まぁ、人工だけど」


「でも、心配だよ」


「サリエは心配し過ぎ! もう子供じゃないんだから、サリエがいなくても平気」


「そうかなぁ……」



二人は天界における学校の生徒であった。

進級にあたり、人間界に行き魂を回収する、という課題が出されている。

しかし翼の無いラティは、周囲からも「行かなくて当然」と言われていたが、

その利巧さと能力の高さが評価され、

その学校の教授から特別に人間界への研修を許可された。

サリエが驚くのも無理はない。


サリエはラティの保護者のような存在であった。

翼の無いラティをいつも見守り、助ける。

それがサリエの仕事だったのだ。


「あ、もうすぐ講義の時間だから行くね」


「ちょっと……ラティってば……」


サリエの話も聞かず、ラティは走り出した。

天使はふつう羽で飛び移動するため、

歩く走るなどは苦手だが、ラティは当たり前のように足を使う。

しかもそのスピードも速いので、

サリエはラティに走られると追いかけようとしない。


「……大丈夫かなぁ……」


サリエは頭を掻きながら呟いた。




そして、研修当日。


ラティは至って元気だった。

さっきからむやみに手を振り回したり足をバタバタさせている。

何せ、初めての人間界であった。

同級生は社会科見学などで人間界に降り立った経験がある。

しかしラティにはそれすらも無いのだ。

その為、ラティは完全に浮かれていた。


「それでは、次……Lの1、出発します」


この学校ではクラスは名前で振り分けられている。

ラティはLの2クラス、彼女を含め5人である。

もうすぐだ、とラティは期待に胸を膨らませていた。

本来の目的である「人間界での魂の回収」は眼中に無いようだ。

大丈夫かな、と遠くから講師が心配しているのも知らずに

ラティは小躍りしていた。


「次、Lの2、出発します」


「はいっ!!」


なぜかラティは一人だけ大声で返事をした。

その呼びかけていた講師は苦笑いだったが、本人は気づいていない様子だ。


ラティは人工の羽を背中につけた。

パラシュートのようになっていて、

落下中にボタンを押すと羽が開く仕組みだ。

ただ1つパラシュートとは違うのは、自分で操作が出来るところである。

やはり羽であるため、移動できなくては仕方ない。


ここ数日間、ラティはこの羽の練習を何度も重ねた。

前例が無かったため、絶対に上手くいくという保障はないという。

しかし練習では完璧に操作が出来たため、ラティは安心しきっていた。


「では、人間界へ行ってらっしゃい」


その一言で、Lの2の天使たちは地上へと降下していった。

その中でもラティは一番最初に飛び込んだ。




急激な落下に、ラティは驚いた。

こんなに早く落ちていくものなんだ。

今更になって怖さがこみ上げたが、戻ることも出来ない。


そう言えば、羽を開かなければならない。

ラティはボタンに手を伸ばした。

そして、確かにその手ごたえはあったはずだった。


しかし、練習の時のような、ふわっと浮く感覚は無い。

それよりも、落ちるスピードが増しているような気がする。

それもそのはず、羽が開いていないのだから。


「嘘……!」


先程までの気分は、この強い風に乗せてどこかへと吹き飛んだ。

どうしよう、落ちる。

天使にも痛みというものはある。

回復は人間よりも早いが、怪我だってする。

この高さから落ちたら、確実に怪我をし、痛いだろう。


周りを見ても、仲間は誰一人いない。

それぞれ担当箇所が違うため、

他のメンバーはもう飛んでいってしまったのだろう。


どうしよう、どうしよう……。


ミニカー程度の大きさだった建物が迫りくる怪物へと変化してゆく。


人に姿は見えないが、かといってど派手に着陸はしたくない。

そして何より、痛いだろう。

もう地面は目前だった。



もう、ダメだ。

人間界なんて、来なきゃ良かった……。





「あーあ、俺も人がいいよなぁ」


ラティは目をつぶっていた。

だからだろう、何が起こったのかわからない。

ただ、何か大きくて暖かいものに包まれているようだった。


ラティは恐る恐る目を開いた。




そこにいたのは、黒髪の男の人だった。

髪は短くも長くもなく、少しつり目だ。

ラティを軽々持ち上げている。


人間、ではない。

人間なら触ることも見ることさえも出来ないのだから。

よく見ると背中には翼が生えている。

灰色の翼だ。

天界ではその色の翼は見かけないが、噂では聞いたことがあるような気がした。

その噂の内容は思い出せない。

しかし、助けてくれたのだから、悪い人ではないのだろう。


その男はそっとラティを降ろした。


「あ、ありがとうございます! 助かりました!」


その男はにっと笑い、「いいよいいよ」と手をひらひらさせた。

そして、ぼそっと付け加えた。


「どうせ最後だし」


「え……?」


ラティにはいまいちその意味が理解できなかったが、

今は先にお礼をすることが肝心だ。


「えっと、何かお礼をしたいんですけど……」


「いいよ、そんなの」


「でも、助けてもらったから……」


ラティがおどおどしていると、男は少し寂しげな目をした。


「……きみ、天使だよね」


「え……あ、はい」


その男はやっぱりね、と言うように頷いた。

その瞬間、男から寂しげな表情は消え、またにっと笑った顔を見せた。


「俺の名前はザフィ。きみは?」


「ラティです」


なんだかザフィは掴みどころの無い人だった。

優秀だから、あまり人に付け込まれてはいけないのかもしれない。

少し見習わなければ、とラティは思った。


「ラティか。さっき天使だって言ったよね?」


「はい」


「じゃあなんで、翼が無いの?」


「……それは……」


ラティは唇を噛み、黙り込んだ。

そんなラティの様子を察したのか、ザフィは首を傾げた。


「なんかあるの?」


心配しているのだか、楽しんでいるのだか分からない表情。

言うべきか、言わないべきか。

しかし、先輩だった場合言わないと失礼だろうか。

ラティの中で天秤が揺れ動いた。


「……実は……幼いとき、誰かに取られたんです」


天秤は、言う方に傾いた。

どうせ知らない人だから、ということもあったのかもしれない。

しかし、このことはサリエと講師くらいしか知らないのに、

どうして教える気になったのだろう、と後から思った。

それでも、なぜか言ってしまったのだ。


ザフィはそれを無表情で聞いていた。


「だから……もう、生まれつきみたいで、慣れちゃいました」


「……そっか」


ザフィは少し暗い顔をしていた。

こんな話を聞いて、気分のいい人はいないだろう。


ラティが俯いていると、温かい手が頭の上に乗った。

驚いて顔を上げると、ザフィがまたにっと笑っていた。


「それじゃ不便だから、連れてってあげる」


「え……悪いですよ、そんなの」


「この人工羽じゃ飛べないし、人間界は複雑で迷いやすいから。

羽があったほうが便利でしょ?」


「……そうですけど……」


ラティは返事に困った。

助けてもらった上、運んでもらうなんて申し訳ない。

迷っていると、ザフィはラティの頭をくしゃくしゃに撫でた。


「じゃあ決まり! どこ行くの?」


「え……っと、ここら辺のはずです……」


ザフィには有無を言わせない力があるような気がする。

引き込まれるような、少し人を惑わせるような。

そんなことを考えているうちに、ラティは持ち上げられた。


「わっ……」


「近付くと分かるんだよね、確か」


「は、はい……」


ザフィは「どこかなー」と即興で作ったであろう歌を口ずさみ、空を泳いだ。

ふわふわと浮く感覚は人工羽と同じだったが、

人間界と天界は空気が違うらしい。

少し新鮮だった。


「あ……こっちです」


「ん、こっちね」


ラティの反応どおりに進むと、病院であった。

そしてその人がいる部屋は手術室だった。

涙ぐむ家族に囲まれながら、ベッドに横たわっている。

きっとこの世とあの世をさまよっているのだろう。

もう、選択の余地は無いけれど。


「降ろすよ」


「はい」


ラティは降ろされると、ポケットから小型の鎌を取り出した。

折りたたみが出来て便利だ。

一人前になれば立派な鎌なのだが、こちらの方が良い気もする。


「……えいっ」


ラティは鎌を振り下ろした。

すると鎌に魂が吸収され、同時に脈拍の停止を告げる音が鳴った。

部屋が一瞬静かになったかと思うと、すぐに泣き声が響いた。


「……これで、いいんですね」


「上出来だと思うよ」


「ありがとうございます」


当たり前のように、家族は泣きやまない。

いいじゃない、楽になったのだから。

そんなに泣かれると、正直こちらも困ってしまう。

天使と人間の考え方は違うと誰かに聞いたことがあるけれど、

やはりそうなのかもしれない。


「ねぇ、もうこれで終わり?」


「はい、私は一人だけです」


「じゃあ、付き合ってくれない?さっきのお礼とやらで」


「もちろんですっ」


ラティはまた持ち上げられ、ザフィの目的地へと向かった。

そこは天界と同じで、上にあるようだ。

どんどん上に昇っている。

空から人間界をゆっくりと眺められ、少し気分が良かった。


「ザフィさんは、どれくらいの魂を狩ったんですか?」


「んー。数え切れないな」


「すごい、ベテランなんですね」


「きみは?」


「いえ、人間界にきたのはこれが初めてなんです」


「そうなんだ。でも凄いと思うよ」


「ありがとうございますっ」


昇っているその間、ラティはザフィと沢山の話をした。

少しずつ、打ち解けていくのが分かった。

そしてこの瞬間が、いつまでも続けばいいと思っていた。

人間界にきて、良かったと思えた。





「ここ、なんだ」


「……ここは……?」


確かに、天界と方面は同じだったように思えた。

しかし、辿り着いたのは、天界とは全く雰囲気が違う。

暗い沼地のようだった。

少しくらくらする。


「消滅の沼。聞いたことある?」


「無いです……」


ラティは首を横に振った。

ザフィは寂しげに笑った。


「そうだよね、天使だもん」


「……あなたは……?」


少しめまいがする。

黒い霧のようなものに囲まれているからだろうか。


「俺はね、死神って呼ばれてるの。同じ魂を狩る仕事でも、ちょっと違うんだ」


死神――。

ラティの頭の中を記憶が駆け巡った。



そう言えば、サリエが言っていた――。

『天使のほかに、死神って言うのがあるんだって」

『黒い翼は死神なんだって』



「翼……白いですよね……?」


「ああ、これ?だってこれ、きみのだもん」



ラティは耳を疑った。

『きみのだもん』――……


ザフィはまた寂しげに笑った。


「俺がきみの翼取ったの。天使に化けた方が、こっちにとっても都合がいいんだ」


何が起こっているのだろう。

何を言っているのだろう。

もうわけがわからなかった。


「でね、基本的に天使と死神は触れ合っちゃいけないんだよね。

だから……罰を受けるんだ」


「まさか……!」


「そう、そのまさか」


ザフィは笑顔だった。


どうして、こうなっているの?

どうして、ザフィが罰を受けるの?

まさかって、この沼で……。


ラティはその場に座り込んだ。


「だから、この羽きみに返すね」


ザフィは鎌を取り出した。

そして、ラティが止めるまもなく翼を切り落とした。


「はい。少し汚れちゃったけど。やっぱり合わなかったみたいね。

きみと会ったときから、この羽が『戻りたい』って言ってた」


ザフィは座り込んでいるラティに翼をつけた。

一瞬背中が熱くなったかと思うと、すぐに溶け込むように羽がついた。

しかしそんなことよりも、ラティは目の前のザフィのことが不安だった。


「……消えちゃうんですか……?」


ザフィは一瞬無表情になった。

そして、緩やかに笑うと、驚くほどあっさりと言った。


「うん」


「……どうして……」


「俺は悪い子だから。そう言えば分かるでしょ?」


「分かりません……分かりません!」


そう言ってラティははっとした。

途端に、すっと背筋が凍った。


「私を……私を助けたから……ですか……」


ザフィの言葉が頭を駆け巡った。

『基本的に天使と死神は触れ合っちゃいけないんだよね』


ラティを助けた時。

『どうせ最後だし』


きっとあの時、ラティ助けていなかったら、

ザフィはこんな選択をせずにすんだのだろうか?

ラティは唇を噛み、悔やんだ。


「そんな顔しないでよ。きみのせいじゃないから……」


「じゃあ、私が消えればいい……」


「だめ。羽、戻ったんだよ?やりたいこと沢山あるでしょ。

だから、生きて。そうじゃないと、俺も悲しい」


「でもっ……」


それでも諦めないラティに苛立ったのか、

ザフィは眉間にしわを寄せ、一瞬顔を歪めた。

そして、すぐさま表情を切り替え、笑って言った。


「じゃあ、ちょっと眠ってね」


「え……?」


それから、ラティの記憶が一瞬飛んだ。








気がつくと、そこにザフィの姿は無かった。

少しだけ、沼の水面が揺れている。

ラティは背中がすっと冷たくなった。


「ザフィさん!ザフィさん!!」


返事は無かった。

いくら叫んでも、泣いても、出ては来なかった。


「……ザフィさん……っ」


初めて、人がいなくなって悲しくなった。

魂を狩る時は、何も思っていなかったのに。


何で悲しむんだろう。

楽になったからいいのに。


そういう問題じゃないんだ。

大切な人には、ずっと一緒にいて欲しいんだ。


時間は短かったけれど。








あるところに、灰色の羽の天使がいました。

他の人に比べて、羽は汚れているけれど、天使はそれがとても誇りでした。



大切な人が生きた証だから……。






読んでくださりありがとうございました!

心に何か残るものが有れば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。霧島といいます。 おもしろかったです。天使と死神の悲恋ですよね? ラティの感情が「死ねば楽になれるからよかったじゃない」→「大切な人とはずっと一緒にいたいからよくない」に変わると…
[一言] 読ませていただきました。 どこかせつない物語で胸にくるものがありました。 気になった点は、序盤天界の様子があまりにも現実と似ていて、物語に入りづらかったこと。人間と天使の決定的な違いが早い段…
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