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◇1st.それは正しくまつりのような出会い

[2034/9/10 島京・新青銅欄エリア]



 時は西暦2034年、未曽有のウィルス災害から五年後のこと。

 私は今や放棄された田舎と化した東京から、人工島に新しく築かれた海城都市・島京とうきょうに上京してきた。


「……よしっ」


 茶色くて長い剛毛を、黒いリボンでポニーテールに縛ると……私はスパッツについた埃をはたいて立ち上がった。


「行って来まーす!」


 誰もいないアパートの部屋にそう言いながら、駆け出した。

 私は琴主(ことぬし)まじる、今日から天銅医大付属女学園、中等部2年に通う事になる。 

 これは辛い別れを経験した私が、世界の命運をかけたおかしな戦いに巻き込まれ……

 色々な過去を持つ彼女たちと出逢い、そしてまた別れを経験するまでの物語。





[Maiden Union GachiYuriDar]



[First move]

[Team K with Gaia]





[琴主・天銅医大エリア・通学路]


 海城都市、島京。

 東京の機能が壊滅状態に陥り今や寂れた廃墟と化した今、日本の首都として機能するその街はまさしく完全な未来都市として人々に安寧とした平和を約束していた。

 しかし、いくら街がより機能的に、より美しく未来を演出しようとそこに住む人間の本質は変わらないのだろう。


 例えば、変質者とか。


「うぉぉおおお!!」


 走る、ひたすら走る。

 私はいろんな理由で、脚力には自信がある方だ。

 だがしかし、そんな私に併走しながら息も切らさずにこやかな笑みを向ける……まだ残暑だというのに黒尽くめの格好をしている怪しい女は、容易く私の自慢と優越感を奪った。


「ねぇねぇすこ~しで良いから話を聞いてもらえないかしらねぇ?」


「急いでますから!!」


「そんなこと言わずねぇ、君なら可愛いし直ぐにうちのエースになれるわよん?」


「そういうお仕事はまだ早いかなって!!」


「未経験者優遇ね、コツならおばさん手取り足取り教えちゃうわよん♪」


「着いてこないでくださぁぁい!!」


 聞けば聞くほど怪しい勧誘を受けながら、私はダッシュで校門を駆け抜けた。

 黒い女も流石に此処までは追ってくるつもりはないのか、キキッと静止して残念そうにこちらを見つめている。

 第一印象から(というか怪しい勧誘内容から)怪しい人だと決めつけていたが、黒いコートに黒い手袋、黒い長髪に黒い瞳。

 顔はそんなに悪そうでもなく、背もそんなに高くない……寧ろ美人の部類だしすこし年上の高校生か大学生くらいだろうか?


「待ってるからねぇ~♪」


 と言って手を振っていた彼女は警備員に問答無用で手錠をはめられ、いきなりのことにキョトンとしながら何処かへ引きずられて行ったのだった。


 私は安堵と何か言いようのない罪悪感とが綯い交ぜになったため息をついた。


「はぁぁ、何だったんだろうあの人……」


 その後ろ髪に、私と同じ……黒い桜のリボンが見えた気がした。


「……まさかね」





「……つまり、よく考えないでキャラを投下しすぎるト、後に出たキャラに神様属性とか色々持ってかれて登場の機会を失う哀れな子が生まれてしまうのデース!!ミナサーン、呉々も無計画な執筆はしないように、エリン先生との約束デース!!」


 ……何なんだ今の朝礼は。

 朝の朝礼も済んだところで、先生は私の両肩に手をおいた。


「それじゃあ紹介しマース、転校生の……」


「琴主・交ですっ!よろしく、お願いします!!」


 頭を下げて挨拶する、少し力が入りすぎたかクラスから少し笑い声が聞こえてきた。


「席は保険委員の正純さんの隣で良いデスね、仲良くしてあげて頂戴ネー」


 先生が指した人のいない席に座ると、隣の席に座る少女が席を寄せて話しかけてきた。

 綺麗な金髪をツインテールにしている、まるで人形のような白い肌の子は私ににこりと微笑みかけて手をさしのべた。


「保健委員の正純まさずみまつりです。これからよろしくお願いします」

「……あ、うん! よろしく」


 しばらく見とれていた私は、慌てて握手に答えようと手を握り返した。

 すると……


[センサーに関知しました]


[シェイクハンドサービスを常備化しますか?Y/N]


[義体診[電子生徒手帳]


[[[[[フレンドリストに登録しますか?]


「うわっ!?」


 突然視界に幾つものARウィンドウが開き、電子生徒手帳と登録ウィンドウが表示された。

 これはたまに、電子化された道具や自販機に触れたらいきなり出てくるのだ。


「琴主さん?」


「ちょっと待って、えぇっと……あれ?」


 しどろもどろにウィンドウを消していく途中で、違和感に気づいた。

 いつも手のセンサーに触れるのは電子機器、しかしいささか明けた視界で正純の手には何も持たれていなかったのだ。


「……ふふっ、琴主さん『同じ』人は初めてですか?」


 コロコロと笑いながら、正純は私に見えているARウィンドウの一枚を持って前に出した。


「あっ、それじゃあ……キミもなんだ?」


 手に持ったウィンドウには、こう書いてあった。


[全身義体医療受診証明 正純.まつり]


「はいっ、だから気兼ねなく……これからよろしくお願いします♪」



 五年前、正体不明のウィルスを含む毒霧が大地から散布され……地球上の半分の命が奪われた。

 観測不能のそのウィルスに便宜上名付けられた名前から、世界各地に大混乱を招いたその事件は『ジオイド災害』と呼ばれることになる。


 そして、世界各地で発生した毒霧の被害を受けたものの多くは私たち子供だった。

 そのため一部の人々は我が子にある特別な処理を施して正体不明の毒霧から守ろうと試みたのである。


 それが全身義体、私……琴主まじると正純まつりもまた、そのような経緯にしてサイボーグ化した子供たちだった。





[昼休み]


 最初に話した正純が取り持ってくれたこともあって、クラスに打ち解けるには思ったよりそう時間はかからなかった。


「へぇ~……東京にもまだ結構人残ってたんだ?」


 クラスメイトの一人、吉田よしだえいこ。


「まぁ今もどんどん人減っていってるけどね、誰もいなくなった所からどんどん寂れて手に負えない廃墟が増えていってるから」


「手に負えない廃墟?」


 そしてもう一人、我孫子あびこみい……二人とも生身。


「舗装されてた地面やビルの建ってた土地がが隆起してアスレチック化してたり、飼われてたペットが野生化してナワバリ作っちゃってたり……」


「「それ何処の秘境!?」」


「秘境かぁ……えへへ、ちょっと行ってみたいです」


 うぅむ都会っ子には今の東京はキツいんだろうか?

 でも正純だけは興味深そうな顔をして笑っていた、どうやら正純は冒険とかアスレチックに憧れがあるようだ。


「あ、じゃあ旧青銅欄に叔父さん夫婦がやってる喫茶店があるからいつか行って見ようよ」


「本当ですかっ?」


「うんっ♪」


「えへへ、嬉しいです」


 目を輝かせ、手を合わせて喜ぶ正純、その喜び方はまるで……いいや、やめとくか。


「……? どうかしました?」


「い、いいや別に? ……そう言えばこの学校って義体の子が多いんだね、ビックリしたよ」


 あたりを見回すと、まだ夏から衣替えも住んでいない時期だからか半袖の子がちらほら見えた。

 その肘には特徴的な間接の溝が見えた。(これは機能的なものではなく、義体製造の際人体と区別するためにつけることが義務化されているらしい)


 東京では考えられないことだった。

 義体が少ない東京では、それであるからといって具体的に差別されるとかそういうことは無かったけれど何かと哀れみの視線を浴びることが多いからだ。


 しかし別に私自身義体であるから困るということもない、義体にはナノマシンが組み込まれていて人体とまったく同じ事ができるし、同じように成長もする。 所謂義肢特有のハンディキャップもない健康そのものと言える私が、そんな視線を受けるのは何か違う気がする。

 だから私は普段着は長袖か、半袖でもプロテクターをつけていたくらいだ。


島京ここはジオイド災害から逃れるために発展したような土地ですから……とくにこの学園は蜘糸グループが手掛けている大学病院が隣接してますからねぇ」


「蜘糸グループ?」


「全身義体の製造元、正純重工の親会社ですよ」


「あぁ! ……ってあれ、正純重工?」


「ふっふっふ、聞いて驚け。何を隠そうこのお方、正純まつりはあの正純重工の創始者……正純いわいの一人娘なのだ!!」


 何故か英子が偉そうにふんぞり返りながら言った。


「ぅええ!? 正真正銘のお嬢様じゃないか!!」


「えへへぇ……でも、今はまだいち学生ですから」


「そうそう、ただのまつり」


「はうっ、そ……その言い方は無いんじゃないでしょうか」


 美居の言い方にショックを覚え頬を膨らませるお嬢様。


「あははっ……本当だ、確かに」


「うぅ、何でしょう気分的に失墜した気がします……」


 そんな何気ない会話をしながら、初日は順調に過ぎていった。

 授業中……ふと見た正門に、あの黒い女性を見つけるまでは。


「げっ」


「……? どうかなさいましたか?」


「あぁ……ちょっと登校中に変な人に声かけられてさぁ」


 私は今朝あった出来事を正純に話した。

 正門の方も指さしたが、ただでさえ巨大で坂の上に建つ校舎から校庭を挟んだ向こうの正門はどうやら遠すぎるようで正純には見えなかったようだ。


「う~ん、やっぱり見えませんよ此処からだと……琴主さん目がよすぎです」


「どうしたものかなぁ、怪しいバイト薦め続けられるのも嫌だし……」


 そんな時、正純はふんすと胸を張って言った。


「それじゃあ帰りに、秘密の抜け道をお教えしましょう!」


「え、良いの?」


「困ったときはお互い様ですから♪」


 そう言ってにこやかに笑う正純の笑顔が私にはまぶしく見えた。



[放課後・校舎裏]


「ほらほら、こっちですよぉ♪」


 正純に案内されて校舎裏に出て少し歩くと、フェンスに人がかがんで通れるくらいの穴があいている。

 穴は前も後ろも草で覆い隠してあり、成る程文字通り抜け道だった。

 先に通ると、向かいは住宅街の路地裏に出ていた。


「フェンスに穴、こんな都会の学校でも普通にあるんだねぇこういう抜け道って」


「えへへ~♪悪いことしてる気がしてちょっと楽しいんです♪」


 お嬢様としてどうなんだろうそれは?

 そう考えさせるような事を言いつつも正純が穴を通ろうとしたその時だった。


 ぎゅっ


「あ、あら?」


「どうしたの?」


 正純の顔が見る見る内に青くなっていった。


「通れない……ま、まさか太った!?」


「まさか!?」


 あり得ないことはないかもしれない、義体は成長するし……たしか説明書を読んだ記憶によれば成長には個人差がでるからだ。

(後から専門家に聞いた話だけど、やっぱり太りはするらしい。ダイエットもできるようだが)


「ふぅぅ……っ、んっ……あぅぅ」


「……あれ?」


 しかし、すぐその心配は杞憂だと気付いた。

 フェンスに手を突いてふんばる正純の制服の裾が、切れたフェンスに引っかかっていた。


「アハハ、服が引っかかってるだけだよ?」


 私はついつい『癖』で早速、引っかかっていた金網を外してあげた。

 しかし正純は丁度、再びフェンスに手を突いて力を込め始めていた。

 タイミングが、良かった。


「ふぇ? ひゃあ!!」


「はぇ? ちょわぁ!?」


 私はバランスを崩した正純に巻き込まれて、後ろから路地裏に倒れ込んだ。


 正純に押し倒される形で。


「……」


「……」


 頭でも打ったのか、単に突然のことで頭が混乱したのか。

 私はふと思い出した。

 東京の古い路地裏を、あの子に誘われて探検していた時のことを。


『お姉ちゃぁん、こっち抜けないよお』


『アハハ、引っかかってるだけだよ舞』


 よく私は、どじなあの子をフォローしていた。

 あの子もそれが日課だからか、引っかかっているのを取るのも大人しく待ってくれた。


『あれ? ホントだ』


『まったく舞ったら、お姉ちゃんが居ないと本当に……』


「あぶないん……だから」


 小さく漏れた言葉に放心していた正気が戻ってきたのか、正純は見る見るうちに顔を赤くしていった。

 いつの間にか、気がつくと私は正純をそのまま抱きしめていた。


「……んん!?」


「あ、あのっ、そのっ、あのあのっ……まだ私心の準備がそのぉっ」


 頭からぷしううぅと湯気を噴きだしながら、正純はわたわたと手足を動かしていた。


(……って私は何やってんだ!?)


「ご、ごめん正純?!」


「こここ、此方こそごめんなさいぃっ」


 二人して慌てて離れ、何故か土下座した。

 動揺して人工の心臓がせわしなく鼓動しているのが分かる。


「あ、あの……さっきのって」


「ご、ごめんっ!! 深い意味はないから……ちょっと、ついというか……」


(油断だった、まだ私は……)


 そう思いながら弁明しようと試みていると、不意に正純の掌にホロウィンドウが開き、着信音が鳴った。

 私も好きな、二人組のアイドル歌手(シャイニング)の曲だ。


「わわっ綾乃さん……ちょっと待ってて下さいね」

 申し訳なさそうに言う正純に頷くと、正純はホロウィンドウを押して掌を耳に当てた。


「はい、まつりです……えっ、テストラン!? ……あぁっ、忘れてました!!」


 テストラン?

 何かを操縦するのだろうか、中学生の女の子が?


(何かのバイトかな?)


 そう思っていると、スピーカーになっているホロウィンドウからどこかで聞いた声が聞こえた。


『まったくもう、もうそろそろ連中がいつ動き出してもおかしくないんだからねぇ?しっかりしてよん?』


「はう、すいません」


(あれ……この声)


 そう思っていると、ふと空を見上げて私は目を見開いた。


「ま、正純?」


「はい? ……!?」


『どうしたのまつりちゃん? そこに誰か……『司令、大変です!!』』


 焦ったような誰かの声とともに正純の掌からホロウィンドウが消失する。

 私達が呆然と見上げる空は、五年前のあの霧と同じ真っ赤に染まっていた。





[綾乃・????司令室]


「あら、まつりちゃん?」


 一般回線が切れたのか、使い慣れたガラケーからまつりちゃんの声が聞こえなくなった。


「あらら……こんな時に始まっちゃったのねぇ?」


 ブリッジに慌ただしく集まるスタッフをよそに、巨大なモニターが自動的に監視カメラの視線を動かして都市部の中心を映し出した。

 毒々しい赤い霧は渦を巻いて都市部をパニックに陥らせていた。


「再五に渡る対象の量子的観測失敗」


「ポジトロンセンサーの反応、虹色……限りなく純正に近いガイア詩実体です」


「凄い、此処まで純な詩実体大量に観測したことあった?」


 浅黄色の髪の少女が眼鏡を輝かせて手元のモニターにかじり付いている。


千尋(ちとせ)ちゃん、目を悪くするわよん?」


「生憎私は計算屋じゃなく物理学者でね、分かりきった結果の計算より結果の確認に喜びを感じるんですよ……しっかし」


 浅黄色の髪の少女──千尋ちゃんは手元のモニターを指でなぞり、同じく虹色を示す色彩グラフを表示する。

 残念なことに、その彩度は低く暗い色だ。


「肝心のカミサマは相変わらず夢見てますよ、全く……」


 悪態をつく千尋ちゃん意見は聞き入れつつも、事態は無慈悲に進んでいく。


「ジオイド……収束していきます、これは!!」


 塵も積もれば山となる、そういうように赤い霧はギリギリと音を立てて実体になる程に凝縮していき……まるで多脚の生えた巨大な卵のようなその姿は……



「あらあら、怪獣ねぇ」



『MZYYYYYYYY!!!!』


「「うわぁ!!」」


 収束を終えたと思しき怪獣は、その存在を全世界の生命に誇示するように響き渡る金切り声をあげた。

 そのあまりの喧しさにオペレーター達が耳を押さえるが……


「何やってるの、市民の緊急避難システムをもっとフル稼働させなさいね!!」


「は、はい!!」


 モニターには地下行きの大型レールカーに詰め込むように人々が駆け込んでいる様子が映っていた。

私は急遽ガラケーの設定を一般回線から範囲指定の専用回線に切り替えて中継し彼女の聴覚に割り込んだ。


「まつりちゃん、聞こえる!?」





[まつり・路地裏]


『QAAAAAAAA!!』


 怪獣の耳鳴りがするような鳴き声の中で、綾乃さんの言葉が直接耳に響いた。


「は、はい」


「今から遠隔操作でリリーキャットとリリーブレードを送るわ、実戦……今からいける?」


 先の包容とは違う、身体から熱を奪うような人工心臓の高鳴りが私の胸をおそった。


「……私は……」


 怪獣は今まさに、轟音を上げて街におり立っていた。

 迷っている暇なんてある訳がない、解っているのに……足がふるえた。


「まつり……?」


「琴主さん……」


 心配そうに、目の前にいる私の友達は言った。

 彼女は楽しい子で、明るい子で、たまに凄く寂しそうな顔をする。

 そこが何故か私の父に、そっくりだった。


「琴主さん……もし、世界があれみたいな怪獣に狙われていると言ったら……信じますか?」


「……は?」


「私には、それを止める力を……いえ、止められる存在を動かす力があるんです」


「ちょ、ちょっとなに言ってるのさ正純!! はやく此処から逃げないと……!!」


「琴主さん」


 私は、怪獣の出現で人々が地下へと潜っていった街から自分達も逃げようと手を引く琴主さんの手を強くにぎった。


「私はね、義体になってから大切な者を失いました……

多分琴主さんも、義体になった他の皆もきっとそう」


 そこまで言ったところで、大きな白い陰が私達の頭上を覆った。

 私の機体、リリーキャットだ。

 私は真っ直ぐ、琴主さんの目を見て言った。


「だから、私はこの身体に意義と誇りがあると思うんです。

失ったからこそ、私は守れるんだって!!


……綾乃さん、琴主さんの誘導頼みました!!」


『……ふふっ、了解ねぇ♪』


 機体の胸部から伸びた光線が私の胸を貫くと、意識がほんの一瞬ふわりと浮かび……やがて私は、一瞬の内にリリーキャットのコクピットに座っていた。


『はじめちゃんはパニックに巻き込まれたみたいで反応はまだ見られないわ……

リリーブレードはオートパイロットにしておいたから先に二機で牽制してて、ね?』


「了解……!! リリーキャット、正純まつり……行きます!!」


 操舵を引くと、私のリリーキャットは先端から青く染まっていく。

 そしてやがて青く染まりきると、バーニアをつけて空を駆け出した。





[琴主・路地裏]


 私は突然に起こったあらゆる事象が理解できずに、ただそこに立ち尽くしていた。

 突然赤く染まった空、その中から赤い空が凝縮したかのように現れた怪獣。

 そして飛来した戦闘機と消えた正純……しかし、その言葉から私はほぼ直感的に正純はあの青い戦闘機に乗り込んだのではないかと、確信に近い想像をした。


 青と白の戦闘機はジグザグした軌道を描きながら怪獣に接敵すると、すぐさま内蔵した機銃で怪獣に攻撃を浴びせていた。

 しかし、それは威力からいっても到底怪獣にダメージを与えられるようなものではなく、しかし流れ弾を街に浴びせるような事のない正確なものだった。


 あれは、怪獣の意識を街からそらすための攻撃だと目に見えて判るものだった。


『私はね、義体になってから大切な者を失いました……

多分琴主さんも、義体になった他の皆もきっとそう』


 正純の言葉が、混乱した頭に反芻するように去来してくる。


『だから、私はこの身体に意義と誇りがあると思うんです。

失ったからこそ、私は守れるんだって!!』


 普通の女の子が……あんな無邪気な笑顔が似合う正純が……なんであんな場所にいる?


「なんだこれ……」


 ただ常軌を逸した事態であることよりも、このままでは危ないという漠然とした危機感よりも……


「なんで……何でなの正純!!」


 あの少女に一瞬でも、あの子の面影を見てしまった私には……どうしようもない違和感が私をその光景に縫いつけていた。

 その時、私の耳に一瞬だけ強いノイズがはしった。


『《ガガガ》しうること……は、全て……ねぇ♪《ガガッ》』


「いっ……!?」


『《ガガッ》……はろーう、交ちゃん今朝振りねぇ♪』


 誰もいないのに、耳に通信危機特有の少しくぐもった声が聞こえてきた。

 でも聞こえたのはマイクの向こうからでもわかる……というか聞き覚えのある、人を食ったような調子の外れた明るい声。


「け、今朝の変質者!?」


『変質者!?』


 なにを心外な、とでも言いたげな声が帰ってきた。

 しかし、流石に相手は大人と言うべきか……こほんと咳払いして気を取り直し彼女は話を続けた。


『自己紹介がまだだったわねぇ、可能性軸運用開発局、P.A.U.R.(パウル)の司令官をやっています、綾乃・清泉あやの・きよみというものよん♪』


「は、はぁ……」


 名乗るとよけいに胡散臭い……そんな組織見たことも聞いたこともなかった。

 だいたい司令官ってことは軍隊?

 そんな立場の人が朝も早くに女の子を追い回してるような組織って時点で胡散臭いんだけど。

 しかし、彼女……綾乃は、今朝とは違う真剣な声で言った。


『私は貴女を誘導しに今声をかけているのよ……ええ、まつりちゃんには悪いけど頼むわ。貴女も、あの戦闘機に乗って戦ってほしいのよ』


「……な、なぁっ!?」





[まつりinリリーキャット・都市部上空]


「はぁっ……はぁっ……」


 操舵を握る手が震え始める。

 僅かな戦闘でも、数時間に匹敵するような披露が襲いかかってくる。


「これが……ジオイド……っ」


 リリー戦闘機での戦闘は、何度もシミュレーターで練習してきた。

 でも、予想していたとおり……いや、予想以上の責任の重さ、そして命を懸けた戦いの重圧。


「……っ、ぁあ!!」


 頭を振って、余計な思考を脳裏から追い出した。

 戦いがくるのは、ずっと前から判っていた事だった。

 それが自分や他人の命を懸けていることも、しかしそれがいざ目の前となると……どうしても、寂しかった。


(はじめちゃん……どこに!?)


 少し怪獣から目を離す、するとその隙に怪獣の横倒しにした卵のような巨体がまるで横一線に線を引いたようにぱっくりと裂けた。


「なっ……!!」


 その中からあふれ出てきたのは、大小無数の赤いパスタのような触手の束だった。

 それが機体前面を包み込んだ瞬間……

 ズガガガガッ と、凄まじい衝撃が機体と全身を襲った。


「きゃあぁっ!?」

 何が起こったのか……そう思った瞬間に、機体と繋がるコネクターを通じて全身を締め付けるような痛みがはしった。


「くあ……あぁっ!!」


『正純さん!! しっかりして下さい!! それは機体ダメージのフィードバックです!!』


 判っている、判っているけど答えられない。


「……っ!!」


 とっさの判断でもう一機を遠隔操作で操り、機銃を触手に放った。

 しかしその瞬間、触手は蜃気楼のように『ぶれ』た……そうとしか言い表せないような動きをして機銃を回避したのだ。


「なっ……これ、が……」


 綾乃さんが言っていた、敵の力……可能性を移動する『神の力』。


「……っでも、私にはこれがある!!」


 私はコネクターを通じて『それ』に祈る。

 『それ』もまた、機械でありながら敵と同じ力をもつ存在だから。

 まだ力は弱いけど、私達の身体は『それ』と力を合わせるために作られたものだから!!


[A.M.D. normal activity]


「届いて……っ」


 青いリリーキャットが青い光に包まれる、そして機銃から放たれた同じ青い光を宿した弾丸はぶれる触手をちぎり取った。


「かはっ……はぁ」


 触手から解放されて息を大きく吸い込んだ、しかし……今のではっきりと、判った。


(このままだと、勝てないですよね……)





[琴主・路地裏]


「なっ……何を言ってるの!?」


 突然の頼みに、私は狼狽えながら聞き返した。

 黒い女性――綾乃は真剣な声で言った。


『まつりちゃんだけだと、あの怪物には勝てないわ。

あの機体は、あなた達特別な義体を持つ子達と繋がることで真の力を発揮する……あの子の本来の相棒とも連絡が付かないし、貴女しかいないのよ』


(やっぱり、あそこで戦ってるのは正純なんだ……)


「……一つ聞かせて、何で……正純があんな戦いをしなきゃならないの?」


『全生命の殲滅……それが怪物と……ひいては五年前に猛威を振るったあのウィルスの目的だからよ』


「…!?」


『私たちは……その仲間だったまつりちゃんのお父さんもずっと前から、あの災害の事も──怪獣が現れることも予知していたの。

そしてできる限り対策を組み立ててきた。


でも義体が完成して、まつりちゃんが義体化した

その時にはもうまつりちゃんのお父さんは、ジオイドに侵されて帰らぬ人となったわ』


「そんな……!!」


 綾乃がそう言うと、青い戦闘機が触手の束に絡まれた。


「まつり!!」


 血の気が引く……しかしすぐに戦闘機は青い光を纏って触手を振り払い脱出した。


『まつりちゃんはそれでも嘆かなかった、嘆く暇もなかった。命を懸けて義体を完成させた彼を誇りに思って、まつりちゃんはずっとこの戦いに備えてきた。

怪獣に、彼が守った命さえ奪われたりしたくないから』


「……」


 脱出し、逃げ惑う青い戦闘機……しかしぶれながら迫る触手から逃げ切ることはできず、一本また一本と巻き付いていく。


『だからお願い、貴女の力を……まつりちゃんに貸してあげて!!』


 ……。


「……私は、まだあなた達を信じることはできないよ」


『……そうね』


「でも、まつりの言った事は信じたい」


『……!!』


「もう後悔するのは沢山だ!! 

教えて、私はどうやってあそこにいけばいいの!?」


『……フフっ』


 私がそう言うと、白い機体から光線が延びて一直線に私の胸に突き刺さった。


「あっ……!!」


[Tachyon pulse receiver___Connection]


 目の前に膨大な量のARウィンドウが開いて私の中に何かを書き込んでは消えていく。


[Start up]

[Launched.Lily Operation System[..........OK.]]

[User name...Maziru.Kotonushi.]

[Using language...Japanese]


 そして一通り何かを書き込み終えたことを伝えるように、新しいウィンドウが開いた。


[S.N.W.適性有]

[機動準備完了]

[Lily Blade]


「リリー……ブレード?」


 その名を呟いたその瞬間、私は浮遊感を感じてその場から消え去った。





[綾乃・P.A.U.R.司令室]


 捕まるか否かという危うい戦況に、司令室は重い緊張感で包まれ始めていた。


「リリーキャット出力依然として変わらず!!」


「敵内部に新機関出現!!…これは」


「リリーキャットを喰う気か……!!」


 千尋ちゃんはこんな時でも、内心の焦りを表に出すことなく私に振り返り意見を仰いだ。


「どうします? 会長は銅鐸堂の本社、ウラノスエンジンは相変わらずですが……」


「……そうねぇ」


「さっき、候補者をやたらと焚きつけていましたよね? らしくないじゃないか……何か奥の手でもあるの?」


 千尋ちゃんの言葉に、私も思わず失笑を溢す。

 一番重要なのは、彼女達に『あれ』が心を開くこと。

 でもまつりちゃんだけだと何かが足りないのは明白……ならとおもったんだけど、それ自体は賭けだ。

 しかし手元の資料によるなら、彼女の力ならあるいは……


「何時だって私は、子供に頼るしかないのか……」


 そしてオペレーターの一人が新しい反応を見つけて叫んだ。


「リリーブレード起動完了!!まっすぐにジオイド触手につっこんでいきます!!」


「来た……!!」





[正純inリリーキャット・都市部上空]


 触手に絡まれた機体は、抵抗も虚しく少しずつ怪獣に引っ張られていく。

 口を開くように開いていく卵型の巨体の内側は鋭く変化した犬歯のような触手が敷き詰められ、取り込まれれは即ち終わりであると容易に理解できた。


「うぁっ……はぁ、もう……」


 弱音を吐きかけた口を噛み締めて、私は怪獣を睨みつけた。


「っ……諦めない、私は……!!」


 それは走馬灯か、脳裏に学校の友達や、はじめちゃんや、育ててくれた踊壺さん八尾さんの笑顔が浮かんでくる。


「私は、皆を守らなきゃいけないんです!!」


 青い光を放ち、全開の逆噴射で抵抗する。

 いつの間にかいない、もう一つの機体の いつの間にかいない、もう一つの機体の援護を待ちながら……


「くあぁ……!!」


 そして、私の上に……その小さい機体の影が被さった。


(来た……!?)


「わぁぁぁぁああああ!!!!」


 それは、赤い機体だった。

 その姿自体は見慣れたリリーブレードのもの、しかしはじめちゃんのパーソナルカラーは黄色の筈なのに……?

 それに、あの声は……


「まぁぁああさずみいいぃぃ……!!」


 琴主さんの悲鳴に近い声がドップラー効果を伴って離れていく。


「琴主さん!! なんでこんな所に……」


 その名を思わず呼び返すと、視界の端に琴主さんの映るモニターが現れた。


『あぁっ、通信こうやるんだっけ? えっと…頭痛いけど、なんとか頭にこれの動かしかたダウンロードして…それで』


 琴主さんのリリーブレードは地面すれすれでバーニアを吹かしてホバリングした。


(リリー戦闘機は搭乗し、接続さえすれば使用方法をダウンロードできる……それでもシュミレーターの訓練を挟まずに動かすのは相当な運動神経を使うはずなのになぁ)


「って、そんなこと言ってるんじゃありません……ばかっ!!」


『ばかって……そんなの、正純がほっとけないからだよ!!』


「……っ」


《ドクン……》


 確かに、私は直接琴主さんに逃げてと言ってはいなかった。

 でも、それが単に忘れていただけと言い切れないことに気づくと、心臓が高鳴った。

 私は、一人でいくことに少なからず恐怖を覚えていたのだ。


「……だって、綾乃さんに……誘導してって」


『まつり!!』


「っ!!」


 考えている間に迫る触手を機銃で一掃する……撃てた!?

 まるで怪獣の触手から、あのブレる能力が消えたかのようにすんなりと……。


「琴主…さん?」


『正純の言うとおりだよ……私は、あの災害で大切な妹を喪った』


「……っ!!」


《ドクン……》


『だからこそ、正純だけを戦わせるなんて事出来ない!! 正純だけを危険にさらして、また私だけ生き残って……後悔なんかしたくない!!』


《ドクン……ドクン……》


『だから今は、私にあなたのお姉さんでいさせてよ!!』


《ドクン……ドクン……》


 私の鼓動と、機体の駆動が重なっている。

 ……そのとき私は、自分自身に何かが足りていなかったことにようやく気づくことができた。

 私は寂しかった、怖かった、それでも皆を守りたかった。

 でも違うんだ、私は守ってもらうことも……知るべきだったんだ。

 守り、守られる、まるで恋人のように……


《ドクン!!!!》


[AMD Ver0.32 Full drive complete]

[合体準備完了]


 ひときわ強い胸の高鳴りとともに、私たちの目の前に『合体』の準備が整ったことを知らせるコンソールが開いた。


「……!!」


『わわっ!?今度は…なにこれ!!』


 慌てる琴主さんに、私は叫んだ。


「お姉様!!」


『ふぇ!? いやその、そう呼べっていう意味じゃ……』


 琴主さんがそんな事をいってる間にも、合体コンソールの表示する虹色の詩実体はどんどん強い光を放っていっている。


(この気持ちの高ぶりに、反応してる!? そうか、『あなた』が求めていたものって……!!)


「合体します!! そのコンソールのボタンを思い切り押して下さい!!」


『が、合体!? こう?』


 琴主さんと私が、同時にボタンを押したその時……一際強い光がコンソールからあふれ出して私たちを包みこんだ。





[琴主・???]


 私達は気がつくと、真っ白な空間にふわふわと浮かんでいた。

 見上げると三つの白い点が機械的に回転している。

 私は泳ぐように移動して正純の手を取った。


「正純!!」


「きゃっ……琴主さん」


 コーン……

 と、赤い点が何かを催促するように音を鳴らして回転した。


「ここは……?」


「たぶん、私たちが乗っていたリリー戦闘機の中……初めての合体で通信のラグを調律して居る最中なんだと思います」


 よくわからなかった。

 けど、どうやら私と正純はあの機体を通して繋がっている、それだけは前提として理解できた。

 そこで私は冷静になって見回し、自分たちが裸であることに気づく。


「って……裸っ!?」


「えへへ……♪」


 慌てて前を隠す私を、正純は正面から抱き締めた。


「正純……」


「まつりって、さっきみたいに呼んで下さい」


 そう言われて、そういえばさっきつい名前で呼んでしまっていたことに気づく。


「あう……ま、まつり?」


「……えへへ♪そっちの方が自然ですね?」  


 正純……まつりは、無意識か私を抱きしめる手にほんの少しだけど力を込めていた。


「私、一人でもみんなを守れると……守れなきゃならないんだと思っていました、でも……無理でした」


「まつり……」


「意地や義務なんかじゃダメだったんです、琴主さんのおかげで……やっと、それに気付けたんです。 

琴主さん、一緒に……戦ってくれますか?」


 私は、はぁとため息をついた。


「……不公平だよ」


「琴主さん?」


 私は笑って抱き返した。


「私のことも、名前で呼んでよ」


「……はいっ、まじるさん!!」





[綾乃・P.A.U.R.司令室]


 空高く飛び上がり変形して絡まり合う二つの機体を見ながら、私はガラケーをパチンと閉じた。


「っはは


あっはっは、いひひあははは!!

成る程ねぇ、足りなかったのはそれか……」


 大笑いする私の隣で、千尋ちゃんはモニターにかじりつき急激な詩実体数値の変化に驚いていた。


「数値が急激に上昇していく……!!一体何のピースが当てはまったと言うんですか、司令?」


「そうねぇ、強いて言うなら……愛ね?」


「……あい?」

「まぁ……」

「いやいやいや……」


 オペレーターたちが思い思いの反応を示す中で、千尋ちゃんだけが納得したように頷いた。


「成る程ね、愛なら仕方ないです」


「「「仕方ないの!?」」」


「ウラノスエンジンは例えるなら盲目のの赤子です。

それと繋がり、あれの目となり耳となる搭乗者の感覚を通じて、世界を知り力を出す術を知る」


「そう、こればっかりは計算でも実験でも予測できなかったわねぇいっひっひ……そうだ♪」  


即座にガラケーを開き、司令室の開発データにアクセスする。


「……? 何をしているんです、綾乃?」


「折角目覚めた世界を守る機械の神様よん? 

名無しやウラノースワン(仮)じゃ、格好つかないでしょ? あれの名前を、今決めてあげるのよん♪」


 そう言うと千尋ちゃんは理解しがたいように首をひねりながらも、頷いた。


「まぁ、いいんじゃないですか?」


「ありがと♪ そうね、その名は……!!」


 赤と青の機械の巨人は、ズシンと合体を終えて街に降り立った。

 ビシッとそれを指差して、声高らかに宣言した。




「乙女合体……ガチユリダー!!!!!」




 千尋ちゃん以外のスタッフ全員が、見事にずっこけた。





[琴主inガチユリダー・市街地]


 不思議な感覚だった

 妙に一体感があるというか、機体が戦闘機である時も感じていたそれが、今はより鮮明に感じられる。

 そう、この機械の巨人と、まつりとの一体感を。


「これは……」


[Welcome to GachiYuriDar]


 その表示を見て、怪訝な顔をする。


「何これ……まさか名前じゃないよね?」


「まじるさん!!」


[Actually boot]


 まつりの声で迫る触手の拳に気づき、私は反射的に巨人の背を屈めてそれを避けた。

 そしていつの間にか両腕に嵌められていた操作用マニュピレーターを動かして、腹の底から叫びながら触手を掴んで背負い投げた。


「でぇええりゃああぁ!!」


 ズドガアアァァァ!!!!

 と、凄まじい衝撃と共に、怪獣は真っ逆様に市街地に叩きつけられた。


「うわ、やっちゃった……でも正純、ありがとう」


「まつり、です!」


 後ろから抱きついてくるように操舵を前にのばすまつりが、私の背に座っていた。

 ……なんだろうかこの密着度、ちょっと恥ずかしい。


『KMMMMMMMY!!!!』


 逆さまにされた蜘蛛のようにもがいていた怪獣がずるりと溶けてまた正位置に再構成すると、そのまま私たちめがけて真っ直ぐに突進してきた。

 その先端は鋭く固まり、それで私たちを貫こうとしているようだ。

 でも判る、今の私たちなら……こんな怪獣には負けないことが。


「そんなんで、私達を止められると思うなぁぁっ!!」


 ゴゴン!! そんな衝撃と音を伴って、私たちの拳が怪獣の堅い殻にめり込んだ。

 そしてその内側は柔らかく、まるでゆで卵のように怪獣の全面は砕けた。



「凄い……!!」


『GRRRRR……』


 その時怪獣の体がブレて、少しずつ何事もなかったかのような無傷の姿が現れてくる。


「そんな……!!反撃が当たらなかった可能性に逃げ込むなんて……」


「『どこ』に逃げ込んだって、私から逃げられると思うな!!」


[S.N.W.eye connection]


 私が目を凝らして睨むと、元の傷ついた怪獣が『向こう』に見えた。



「これは……やっぱり、綾乃さんが言ってたS.N.W.適性の力……!!」


 ガチン!! と、鍵を閉めるような音と共に、怪獣は完全に元の傷ついた姿になってその場に沈んだ。


「とどめを差します、封印装備解放!!」


[Lilly rancher unlock]


 ゴクンと巨人のバックパックが開いて、そこから刀身に砲門が備わった大剣が姿を表した。

 青く塗装された刀身の腹には何かの樹木の幾何学模様が堀込まれており、十の宝玉が薄く発光している。


「まじるさん、これで!!」


「わかったぁぁ!!」


 怪獣が無数の触手を放射状に伸ばし、放物線を描いて私たちに伸ばす。

 その一つ一つを大剣で切り裂き、または塚に備えられた引き金を引いて、砲身から放たれた光の弾丸で撃ち落とした。


「詩実体チャージ完了!!」


「りゃあああ!!」


 かけ声とともに怪獣に大剣を突き刺した、そして巨人の腕からあふれる光が大剣にそそぎ込まれ──刀身の宝玉が万色に輝いていく。

 私とまつりは、心のなかに浮かんできた言葉を叫んでいた。


「「リリー……インパクトぉ!!!!」」


 引き金を引く──するとさっきまでの光の弾丸とは比べ物にならない、膨大な閃光の束が砲門から轟音とともに吹き出した。

 怪獣が光に飲まれ、激流のなかに消えていく……


『Sニ゛ワAAA!!MZYノTaMGMeeee!!!!』


 断末魔とおぼしき遠吠えと共に、怪獣を巻き込んだ閃光は遙か彼方へと飛んでいき……やがて完全に消滅した。





[綾乃・P.A.U.R.司令室]


「怪獣のジオイド反応……消失」


「赤い空もガイア干渉から解放されて、霧散しました」


 オペレーターたちの言葉に、椅子に寄りかかりなおしながら千尋ちゃんは言う。


「有り体に言えば、勝てたって事ですね」


 わああぁぁぁ!!

と、司令室の彼方此方から安堵と歓喜の声が聞こえてくる。

 私も安心して司令用の椅子に腰掛けた。


「まずは一安心ってとこねぇ?」


「しかし、これで終わりというわけではないんでしょうね?」


「当然」


 千尋ちゃんの言葉に私は腕を組んで答え、沈黙したガチユリダーをモニターで見ながら微笑んだ。


「これからが、戦いの始まりよ……ね」





[琴主inガチユリダー]


 怪獣は跡形もなく蒸発し、街は戦闘の傷跡のみを残して静寂と青い空を取り戻していた。


「か……勝ったの?」


「たぶん……」


 二人して激しい戦闘を乗り切ったからか、呆然としていると……ガクンとコクピット全体が揺れて周囲の景色がブラックアウトした。

 まつりは一緒に座っているバイク型の座席からバランスを崩して滑り落ちた。


「きゃっ……!!」


「まつり!」


 パシッと私の手がまつりの手を掴んだ。

 柔らかくて暖かい、私と違って女の子らしい手だった。


「えへへ、また助けられちゃいましたね」


「まったくもう……ヨイショ」


 そのまま抱き起こすと、まつりも私も顔を赤くした。

 今はもうもとの服を着ていたが、やっぱりさっき裸同士で抱き合ったのを意識してしまったのだろうか。

 そのときコクピットから再び虹色の光が漏れ出した。


「な、なにまだあの怪獣が居るの!?」


 慌てる私に、まつりはふわりと抱きついた。


「ふわっ……まつり?」


「大丈夫ですよ、レーダーにはもう何も反応はありませんから……それに、これはですね」


『あなた達がそれだけ仲良しになれたってことよん♪』


 いきなりマイク越しの通信が入り、私とまつりはビクゥッ!!と肩を揺らした。


「あ、あぁあ綾乃さん!? いつから!?」


『そりゃーもーさっきからじっくり観察させて貰ったわねぇ♪』


「覗くな!!」


 なんでこのオバサンはこんな胡散臭いんだ……綾乃さんは笑いながら続ける。


『いっひっひ……まずはお疲れさまと言ってあげたかったのよん♪ 

これからはあなた達の絆に、世界の命運をかけることになるんだからねぇ?』


「……は? え、でも怪獣はさっき……」


『あんなのまだ前哨戦だからねぇ♪

怪獣はこれからまだじゃんじゃん来ると思った方がいいわよ、ね?』


 私はギギギと壊れた人形みたいにまつりの方を振り向いた。

 まつりは赤くなりながらも、胸の前で手を組みながら笑顔をたたえて言った。



「これから一緒に、頑張りましょうね。まじるさん♪」



 ──かくして私は謎の巨大ロボットガチユリダーのパイロットの一人として、戦いに巻き込まれることになった。


 いや、なにも私だけではない。





「ふぅん……あれが、人の作ったカミサマか、果たしてあれが私達にとって正となるか邪となるか……」


「ママーあのお姉ちゃんなんかポエム読んでるよー」


「しっ」


「……ぐすん」


 シェルターの出口から巨大ロボットを見上げる人々に混じり、感嘆の声を漏らす赤い髪の少女や……





「う……私は、何を……!? あれは、ウラノース!? いったい誰が、お嬢様の……」


 住宅街のはずれで、眠りから覚めるように起き上がった小さな少女も……





 百合を力に変えて戦う正義のロボットと怪獣が命を懸けて戦う世界。

 小さな可能性の端っこに起きた奇跡わるふざけのような物語

 行く末なんてだれも……


 カミサマでさえもきっと、予想はできないはずだ。


次回予告


戦いを終え、ひとまずの日常に帰ってきた琴主に襲いかかる少女……愛糸はじめ

同じガチユリダーのパイロットである彼女は、何故か琴主に敵意を燃やす。


そしてまつりに誘われた大企業蜘糸商会で聞かされる真実の一端。

ジオイド、怪獣、そして敵対するガイアの存在。


果たして琴主は、それでも戦う意志を捨てはしない。



次回「そして愛しきはじめの言葉」


愛糸「なんなんだそのふざけた名前はぁ!!」


趣好の芽生え、それは自我の芽生えでもある。

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