白トラと黒トラ
大きな山の、大きな森の中には、たくさんの動物達がひっそりと暮らしています。リス、ウサギ、タヌキやキツネ。仲良く一緒に暮らしていた彼らは、しかし二匹だけ避けておりました。
白いトラと、黒いトラです。トラはとても怖い動物。リスが近づけば、トラはその小さな体をばくりと飲み込んでしまうでしょう。ウサギが目の前を跳ねれば、追いかけまわして、大きな前足で押さえこんでしまうでしょう。みんな、二匹のトラを怖がり、トラと目が合えばすぐに逃げてしまいます。
白トラは悲しげに目を揺らして、黒トラに言いました。
「僕達も、みんなと仲良く暮らしたいな」
黒トラはそれを聞いて、鼻でフンと笑います。
「どうせ、俺達のことなんか、あいつらは分からないさ。理解できないやつと、一緒に生きていけるもんか」
たしかに、トラの気持ちをリスが分かることはできません。でも、と白トラは黒トラに言い寄ります。
「僕達だけだよ、嫌われているのは。分かり合う努力をして、楽しい生活になった方がいいじゃないか」
「嫌われてるんじゃない、」黒トラは怒ったように言います。「畏れられてるんだ。一番、強いんだから」
強いんだから、あっちに合わせなくてもいいじゃないか。黒トラの考えは、そこから全く変わりません。
白トラはあるとき、森で一番賢いと言われる、フクロウの家へ行きました。
「もしもし。フクロウさん、戸を開けてくださいな」
白トラが言っても、中から聞こえるのはそっけない返事です。
「そう言って、私を食べるつもりだろう。白トラさんや、何をしたいのか分からないけれど、さっさとお帰りなさいな」
「食べません、」白トラは嘆くように叫びます。「僕は、あなたに聞きたいことがあってきたんです」
「聞きたいこと?」
フクロウは白トラの言葉を繰り返すと、そろりと戸を開けました。
「本当に食べないんだろうね?」
白トラはこれまで、フクロウのような動物達を食べたことはありません。首をぶんぶんと振りました。
「僕は、みんなに怖がられたいんじゃない。一緒に楽しみたいんです」
フクロウは、白トラの言葉を聞いてビックリしました。あの、力任せの暴君が、他の動物と話したいというのです。
「ふむ、では白トラさんや、なんでトラは、避けられているんだろうね?」
フクロウは腕組みをして尋ねます。もちろん、フクロウはこの答えを知っていますが、白トラに答えさせようというのです。
「うーん……。怖いからでは、ないのですか?」
「それもあるけどね、」とフクロウはやさしく諭します。「トラは、他の話を聞かないのさ。君の友達もそうだろう?」
黒トラのことでしょうか。たしかに彼は、まったく耳を貸そうとはしませんでした。白トラの考えを認めようとはしなかったのです。
「だから、まずは他の話を聞くことだね。君が穏やかに座ったり、寝そべったりしていれば、きっといつかは寄ってくるはずだ」
フクロウのアドバイスを聞いて、白トラは首を傾げました。
「でも、しゃんと立ってないと、恰好悪くはないですか?」
フクロウは笑って言います。
「同じトラからは格好よく見えても、他からすればとても怖いのさ。とにかく、力を抜いてごらん」
座ったり寝そべったり、ということには納得のいかない白トラでしたが、やってみることにしました。始めからつっぱねては、できることもできないと思ったからです。
森の中で白トラを見て、黒トラは大笑い。寝そべった格好悪いトラを見て、黒トラは嘲るように言います。
「やあい、何をしているんだ、白トラよ。他の動物のために、なんて、馬鹿じゃないかい」
黒トラが来た。そう知ると、白トラはどうしても言いたくなりました。
「でも、こうしていると、他の動物が話しかけてくれるんだ。リスさんと話したのは初めてさ! 黒トラ、君もやってみないかい?」
黒トラは大仰に目を見開いて、
「とんでもない!」
と叫びます。
「そんなことをして、何になる? トラはもっと、孤高に気高く生きなくちゃ。他の動物なんて、理解できないよ」
やはり、黒トラの考えは変わりません。
やがて、白トラの元を訪れた、リスが現れました。
「白トラさん、これが菜の花よ」
「わあ、すごくきれいだね」
二匹が楽しく話をしていると、わきからにょきっと影が生えます。
「……おい、リスめ。リスのくせして、白トラと話すなんて、身分知らずだな!」
黒トラが牙をむき出して、リスを脅します。するとリスは、驚いて森の奥深くへと逃げ込んでしまいました。
「黒トラ……」
白トラは、じっと黒トラを見つめます。
「なんだよ! 友達は俺がいるから、いいだろ! 全く、他の動物と話したって、通じないのに」
黒トラは、ぷいっとそっぽを向きました。
冬が来ました。秋の内に、森のみんなは食べ物を集めて、冬籠もりの準備をしておきました。だから、ひもじい冬も無事に過ごせるのです。
白トラは、もちろん他の動物達を助けました。背中にリスを乗せて、食べ物のあるところまで運んだり、食べ物を背中に乗せて運んだり。生まれたばかりのあかちゃんの世話もしました。そうやって、白トラはみんなに受け入られていったのです。
そこで悲しくなったのが黒トラでした。白トラは、いつもリスだの、ネズミだのと一緒にいます。白トラ以外と仲の良くない黒トラは、話し相手がいなくなってしまったのです。
「リスどもめ、白トラから離れろ! がおぅっ!」
そう唸れば、たしかにリスたちは逃げていきます。白トラと話せます。しかし、白トラは悲しそうにこう言うのです。
「黒トラ、なんでそういうことをするんだい? 悲しいよ」
そうして、ますます白トラは黒トラと話さなくなってしまいました。みんなと仲良くしたい、そう思っている白トラも、頑固な黒トラにあきれ果ててしまったのです。
「なんでだ、なんでだよう」
黒トラは寂しくなって、独りで吠えました。
冬が過ぎ、ぽかぽかとした陽気が森を包むと、そろそろと動物達が起きはじめます。しかし、まだ少しだけ冬が残っているようです。動物達は、白トラのふかふかとした毛にすりよりました。
動物達の巣になっていた家の入口で、黒トラがしょんぼりと座りこんでいました。どうしたことでしょう、しゃんと立っていないと格好悪い、そう言っていた黒トラが、力も抜けて、足もくずして、座っているのです。
「どうしたんだい、黒トラ」
白トラがそっと声をかけると、黒トラは嘆く様に言いました。
「だって、しゃんと立っていたって、見ているやつはいないもの。牙を剥いたって、見ているやつはいないもの。声だって出ないさ、話すやつがいないもの」
「僕は、」と白トラは言います。「君の格好いい姿が大好きさ。大きな声も、大好きさ。だけど君は理解しようとしないのだもの」
「何を、理解しろっていうんだ」
黒トラは投げやりに言いました。白トラは、あのフクロウのように優しい声で諭します。
「他のみんなのことさ。今、君が思っているみたいに、僕は話すのが一人、黒トラだけなのが寂しかったんだ。話すときは、相手がどんなふうに思っているか、考えなきゃいけないんだよ」
たしかに、寝そべったりしはじめてからは、白トラの周りは花が咲いたように明るくなりました。黒トラは、少しだけそれが羨ましいという気持ちもありました。
黒トラは、つっかえつっかえ、白トラに聞きます。
「俺も、白トラみたいになれるかな。みんなと話せるかな」
黒トラの言葉を聞いて、白トラは嬉しそうに笑いました。
「なれるよ! みんなと一緒に、話そう!」
始めのうちこそ避けられてしまう黒トラでしたが、夏の頃には一緒に過ごすようになりました。
嫌われていたトラ二匹は、進んで分かり合おうとして、みんなと仲良くなれたのです。
Fin.
読んで下さりありがとうございました!